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魔物の血も温かい

 僕は草むらに伏せるのをやめて、隣のミューさんと同じように片膝を立ててしゃがみこんだ。

 前方で必死に走っている馬車を追いかけている5匹のオオカミっぽい魔物、グラスハウンド達を睨む。

 僕は今から、アレに立ち向かわなければならない。


「一応訊いておくけれど。自分で助けると宣っておきながら、私に全て任せるつもりじゃなかったでしょうね」

「……当たり前でしょう」


 包丁くらいの刃渡りのあるナイフを、両手でぎゅうと握る。

 ずっしりとした金属の重みが嫌に手に響いた。


 ここまでの道中にも何度か魔物の襲撃はあった。

 しかし、あまりにも貧弱な僕は歩くだけで精一杯……ということを察してくれていたのか、それらすべてはミューさんがあっという間に対処してくれていたのだ。


 今回だって、いざという時はミューさんに任せれば何とかなるだろう、という内心での甘えは間違いなくある。

 もし仮に今この場にいたのが僕一人だったとしたら。

 僕は助けに行く選択をしただろうか。


「突入のタイミングはトラに任せる。覚悟を決める時間が要るでしょう?」

「はい」

「……大丈夫、貴方には最初から戦力として期待していないわ。大怪我しない程度に引き付けてくれれば、それで十分よ。」

「それはどうも」


 今のは果たして彼女なりの気遣いなのか、それともただの罵倒なのか知らないが。

 お陰様でガチガチに固まっていた肩の力が少しだけ緩んだ。ありがとう。

 覚悟を決めたいのは山々なのだが、きっとそれを待っていては間に合わないから。今はただ、任されたことを行うことだけに集中しよう。


「…………」


 おまじない代わりの深呼吸をひとつ。


 そろそろ馬車が僕達の丁度前を通過する。

 おまけに魔物達ももう馬車を囲い始めている。

 行くなら今しかない!


「……おっ、うおああああぁッ!!!」

「やあああああああァッ!!!」


 僕は精一杯の雄叫びと共に、ナイフを構えつつ駆け出した。

 ミューさんも後に続く。


 オオカミは耳が良いということはこの世界でも同じだったようで、夢中で馬車を追っていたグラスハウンド達が、一斉に僕達の方へと身体の向きを変えてくれた。

 陽が落ちかかって薄暗い中で瞳をギラギラと輝かせながら、奴等はあっという間に僕達の目の前にまでやってくる。

 きっと馬車を追い続けるよりも、僕達を狩る方が楽だと判断したのだろう。半分正解だがもう半分は不正解だ。


「【点火(イグニッション)】ッ!!!」


 ミューさんが群れを丸ごと強引に飛び越えるように跳躍したかと思えば、空中で全身に炎を纏い、宙を蹴るようにして群れの最後尾の辺りに勢いよく着地した。

 今の着地で生まれた衝撃波だけで、最後尾の1匹が吹っ飛ばされて動かなくなっている。

 残り4匹。


 舐めてかかれる相手ではないと気付いた前の3匹も、全員踵を返してはミューさんの方へと走っていった。彼女は両手両足に炎を纏わせながら、華麗な身のこなしで3匹の攻撃をいなしている。いつか見たアクション映画のワンシーンみたいだ。

 3対1だろうがお構いなしと拳を振るっている様子からして、彼女が負けることはないだろう。問題は群れの先頭の残った1匹。

 それは背後の仲間の惨状に目もくれず、その大口を開きながら僕目掛けて飛び込んできた。

 鋭い牙が、僕の喉を嚙み千切ろうと迫り来る。


 牙が僕の身体に当たる寸前、咄嗟に身体をねじって無理矢理に回避。

 初撃はなんとか避けたが、2回目、3回目と回数を重ねてゆく毎に、これまでの疲労がより強く主張してくる。ナイフを構えてこそいるものの、反撃する隙なんてどこにもない。


「……ふ、ッ!……うわっ!」


 そして4回目の回避、なんとか直撃を避けた代わりに、僕は遂に身体のバランスを崩して地面に倒れてしまった。

 絶好のチャンスを見逃すはずもなく、奴は僕の身体に馬乗りになった。

 爪が胸元に刺さって、鋭い痛みが走った。血出てるかな。

 奴は勝利を確信しているのか、明らかに僕を見て笑っている。


「────ッ!!!っ!!!」


 心拍数が跳ね上がる。まずいまずいまずい!!!

 このまま噛みつかれることを想像して半ばパニックに陥った僕は、がむしゃらにナイフを振り回した。

 ざくり。


 キャウン!!!


 ナイフ越しに嫌な感触が伝わると同時に、温かい液体が頬についた。

 血だ。


「み、ミューさん、ミューさんっ!」


 グラスハウンドが予想外の反撃に怯んだ隙をついて、拘束からなんとか脱出しつつ、ミューさんの居る方へ逃げながら助けを叫ぶ。先程と違って怒りに震えているソレが、背後に迫っているのが分かる。


「ちゃんと聞こえてるわ、よッ!!!」


 追いつかれる、と思ったその瞬間。ミューさんの束ねられたオレンジ色の髪が、僕の頬を掠めていった。

 彼女が僕とすれ違うようにして、後ろのグラスハウンドに一撃を加えたのだ。

 すぐに立ち止まって振り返ってみれば、さっきまで僕を追っていたグラスハウンドが倒れているのと、ミューさんが手を軽くはたいているのが見えた。今の一撃で全て終わったらしい。


 頬についた血を拭うことすらできないまま、僕はその場で立ち尽くした。

 戦闘終了だ。


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