草と花と土とあと虫
1~5話にて、新規の台詞の追加や表現の大幅な変更を含む、大規模な改稿作業を行いました。
話の大筋はそのままなので読み返さなくとも問題ないですが、以後の話は改稿後の1~5話がいわゆる劇中の正史となることにご留意ください。
お手数をおかけして申し訳ございません。
(2026/06/16 19時 更新)
あれから謎の美少女改め、ミューさんと歩くこと3日目。
初めからないようなものだった携帯食料は、今や完全に底を尽き。それから僕達は丸2日間、飯抜きで過ごしている。
今日も快晴だ。
「腹が……」
「ウサギの一匹でもいれば良いのだけれどね……」
僕がぐうぐうとお腹を鳴らしながら、筋肉痛でしびれる足を前へ前へと動かしている横で。ミューさんは初日から何も変わらぬ様子で歩きながら、忌々しそうに地平線を睨んでいる。
ここまでに何度か「魔物」とかいう生物群の襲撃があった一方で、まともに食料にできそうな普通の動物は一匹も見当たらなかったのだ。
僕達がこうして歩き続けているのは、現在地であるバルドロンド王国を出て、隣国のウィルケッタ連合に向かうのが目的で。今回はまず補給地点として、中間地点の農村に向かっているのだが。
「…………」
どこまで歩いてもほぼ変わらない景色。
視界いっぱいに広がる草原。
歩き始めてすぐは、見慣れぬ雄大な景色に心躍ったものだが。しばらくして目が慣れてくると、今度は欠点の方に目が行くようになった。
川の近くでもない本気の平原となると、真面目に草と花と土あと虫以外ほぼなんもねえのだ。あとはたまに木が生えているくらい。いい景色で腹は膨れない。
しかも遮蔽物が何も無いせいで、日光がほぼずっと直に当たってキツい。フード付きマントがあるだけまだマシとはいえ暑い。あつい。
春でこうだと言うのなら、夏ならどうなっていたことか。
おなかすいた。
いっそ昆虫食にでもトライしてみるか?とこっちに飛んできたエビっぽいでかい羽虫に目を向けてみれば。
「それ魔物。食べて腹下すの分かってんだから、食べずに歩いた方がマシよ」
とミューさんに止められた。
でも僕の腹は全力で悲鳴をあげている。
おなかすいた!!!
ミューさんによると、魔物とは動物が「因子」とやらで変異して生まれたものたちのことで、魔王軍が現れてからその数を急激に増やしたのだとかなんとか。基本的な生態は変異元のそれに近い一方で、魔物に共通して見られる特徴が2つ。それは周囲の魔物ではない動物を徹底して排除しようとすることと、厄介なことに魔物の肉は食用にならないということ……具体的には、食べると必ず身体に異常をきたしてしまうらしいのだ。そのせいで現状人類が管理できている、あるいは魔物の侵攻が進んでいない場所以外では、肉類の供給源がろくに無い、のだったか。
確か昨日そんなことを言ってたんだっけ、と思い出していたら。ミューさんが容赦無く羽虫を手で叩き落とした。
ああ……
「あのねえトラ、断食2日目くらいで遠い目をするんじゃないの。水が飲めるだけマシなのよ今回は」
「生憎生まれてこの方飢えたことがないもので」
ミューさんの言葉にそう返してみれば、明らかに苛立った様子の溜息が返ってきた。
彼女の言っていた村までは、このまま歩いて行けば今夜には着く見込みだ。だからあと少し我慢すればいいだけの話ではあるのだが。
人間は案外食べなくとも死なないと知っていようと、空腹はどうしても耐え難いものがある。これまで餓えとは無縁な生活を送っていた分、尚更。
道中にあった大きな街に補給に寄ることができたなら、こんなに飢える必要も無かったのだが。生憎僕はお尋ね者の身なので、街を囲む壁に近付くことすら許されず、泣く泣くスルーしたのだ。
王都以外ならまだ何の情報も伝わっていないのでは?と疑問をぶつけてもみたが、彼女曰く手配書の類は通信魔術だとかなんとかで、一瞬で国中の都市に伝達されるらしい。
幸いにもそれに用いる通信拠点とやらは、その維持費の高さから主要都市のみに存在しているので、小さな田舎町や農村であれば潜伏は可能だろうが。逆に通信拠点のある街には今頃、僕とミューさんの似顔絵がそこら中に貼られていることだろう……とは彼女の談だ。
「おのれ魔術……」
「なーに言ってんのアナタは……」
そういえば魔術と魔法は別物らしい。詳しいことは彼女もよく分からないらしいが。
……妙に頭が痛い。
1年分くらいの運動量をこの数日にやっているのだから、ふらついているのと体がだるいのは当然として。太陽の光が、やけに眩しく感じるような。
「そういえばトラ。貴方さっきから水飲んでる?」
おなかがすいた。帰りたい。
ともあれ日本を恋しく思ったり、魔術への怒りを呟いたところで、どうしようもないので。
今はとにかく歩かなくては。
「トラ?」
歩く、歩く、歩く──────
***
「……流石に今日はもう無理ね」
誠に申し訳ございません。
街道から少し離れた場所にて、木を背もたれにして地べたに座りながら、僕はミューさんに差し出された水筒の中身を飲み干した。
ミューさんはと言うと、立ったまま辺りの様子を見ている。
「そろそろ日も落ちるし、今日はここで休みましょう」
「すみません」
「死なれる方が困るもの、仕方が無いわ。」
どうやら僕は歩いているうちに、いつの間にか気を失っていたらしい。
木陰で目が覚めた時には既に日も暮れていて、今はすっかり夕焼け空。話を聞くに、ミューさんがここまでおぶって運んでくれたらしい。
ついでに氷の魔術で身体も冷やしておいたのだと。感謝してもしきれません。もう足向けて寝れない。
「……悪かったわね、立て続けに無理させて」
周囲の監視に勤しむミューさんが僕の顔を見たかと思えば、予想外の言葉を口にした。
思わず「それこそ仕方の無いことでしょう」と返す寸前、ふと冷静になってこれまでのことを振り返る。
初日の火刑に人間こいのぼりに、風呂無し飯無し布団無し。トドメの軽い熱中症。
「……」
僕は口をつぐんだ。
彼女がいなければ今頃死んでいたことには違いないのだから、感謝こそすれど恨むことはないが。火刑以外の直接的な原因は彼女だと思うと、内心だけでも感謝したことを少し後悔したくなるね。
正直言ってここまでよくもった方だと思う。
「……ここは気の利いた言葉の一つでも返す場面なんじゃないの?」
視線を地平線の方に戻して一言。
あんたのそういうこと自分で言っちゃう所、僕は嫌いじゃないですよ。
まあいいか。
旅程を遅らせてしまっていることに申し訳なさを感じているのは事実だが、それはそれとして。与えられた休みは、存分に堪能させていただくことにした。今日こそは遂に、遂にまともに休めるのだ!
さっさと筋肉痛とおさらばしようと、もう一度地べたに寝そべってみる。どうせもう全身汗と汚れでドロドロなのだから、今更気にすることもないや。
「お腹空いてるって言ってたわね。肉はどうしようも無いけど、とりあえず生で食べられる草でも採ってきてあげましょうか」
「生で食べられる草?」
「ここに調理用具なんて無いし。精々火の魔術で炙るくらいが精一杯よ」
雑草も物によっては結構美味しいんだったっけ。
少しは腹も満たされるだろうか。
「とりあえずそれをお願いします」
「はいはい。昨日も言ったけど、そろそろオオカミ型の魔物が動き始めるだろうから。待ってる間に何かあったら、兎に角大声で私を呼びなさい」
「わかりました」
「それじゃあ、行ってく……あら、」
「……どうしたんです?」
ミューさんが言葉を途切れさせて、来た道の方を突然向いたかと思えば、何かを探すように目を凝らす。そしてとある一点を指した。
「……噂をすればなんとやらね。トラ。遠くのアレ、見える?」
「黒い点なら」
「アレは多分……馬車よ。それも全速力で走ってる」
なんだって。
ヒッチハイクチャンスか!?




