かりそめの平和
「ここまで来たら、一旦は安心ね。」
何回か分岐を選んだり、街道から横に逸れたりしつつ、あれから走ること約1時間。僕が召喚された街が地平線の向こうに隠れるほど、遠い所まで来てしまった。完全に開けた草原はとうに通り過ぎ、今は木々の多い場所に入りかかっているところだ。
僕の右手を引っ張り続けた赤毛碧眼の美少女さんが、休憩休憩、とマントを脱いで木陰に座り込んでいる。
僕はと言うと、貰ったマントをブランケット代わりにして、彼女の隣で無様にもうつ伏せで倒れ込んでいる。もう肉体的にも精神的にも限界はとっくに超えているのだ。よく死ななかったものだと褒めたいくらいに。
「散々連れ回してごめんなさいね、勇者様。でも、こうするしかなかったの。お怪我の具合はどう?」
痛みの具合からして問題なさそうだが、念の為両手両足を確認してみる。
学ランはもうとっくにボロボロだが、幸いにも僕自身は目立ったケガは無さそうだ。打撲のひとつすらも無いのは不自然な気がするが。あれだけやれば大怪我の一発くらいあってもおかしくないだろうに。
勇者になると多少身体が丈夫になったりするものなのだろうか?それともこの世界の人類は全員、僕のいた地球人類よりも身体が丈夫なのだろうか。
「あら、あれだけやってキズひとつ無いだなんて。もしかして貴方はそういう力をお持ちなの?」
怪我してる前提で話しかけてきたんかい。
よっこいせ、となんとか身体を動かして、彼女の顔を見ようとうつ伏せから仰向けになる。
さっきまで全力疾走していた彼女は少し汗ばんでいる程度で、今の僕のような疲労の色は見えない。あれだけ走ったのに!?
「僕は、普通の、人間ですよ」
「勇者様が『普通の人間』を自称するなんて笑えるわね」
疲労で息が途切れ途切れになる。まともに話せない。
「まず、『勇者』って、何なんです。まさか、魔王を倒す、宿命とか?」
「あら、まさか知っているとはね。概ねその通りよ」
適当に言っただけなのに合ってるんですか。
「そういえば貴方は、勇者としての説明を何も受けていないのよね……ついでに今ここで、その辺のことも軽く説明するわ」
どうやらようやくこの世界のことを知ることができるらしい。ありがたく拝聴する。
横になったまま彼女の言葉に耳を傾ける。行儀が悪いのは分かっているが許して欲しい。
「私達人類はね。魔王軍を自称する軍勢と、100年ほど戦争状態にある。だけど正直勝ち目が無いというか、あと数年もすれば負けそうなのよ」
「私の国……ここから西にある島国、アーネリエ王国も、3年前に奴らに滅ぼされたの。人類が支配できている最後の大陸、ここアンシェリア大陸侵攻への足掛かりにね」
そう語り始めた彼女の傍には、白い蝶が2匹飛んでいる。
風で木々が揺れる音に混じって、鳥のさえずりが聞こえる。彼女の語る絶望的な状況とは裏腹に、目の前の景色はどうしようもなく穏やかで平和なソレに見えた。
「これまで魔王は別大陸にいたものだから、海を失った私達はどうすることもできなかったのだけど。……魔王と側近共は今、ここから比較的近いアーネリエに居を構えていると分かったの。王城をそのまま乗っ取る形で」
「人類へのトドメの一撃は、魔王自身の手で打ちたいのでしょうね」
彼女はそう言うと、鞄から出した皮の袋のようなものに口を付けて、ごく、ごく、と喉を鳴らした。地球では見たことの無い形だが、おそらくは水筒的なものなのだろう。
「無限に増え続ける上に統率の取れた魔物と魔族共を根絶やしするのは不可能。故に大元たる魔王を討伐することこそが、私達人類存続の最後の望み」
「だからここバルドロンド王国はアーネリエが陥落して以降、魔王討伐に足る戦力を求めて半年に一度、王都で『勇者召喚の儀』を行っているの」
「そして6度目のソレで呼び出されたのが、バルドロンド第六勇者たる貴方、という訳ね」
「なんでそんな大事な勇者の僕が、こうやって処刑されかけたんですか」
「だからそれは知らないわよ。私もそろそろ儀式が行われるはず……と張ってただけだし。万一の為の転移結晶とか用意しといて良かったわ」
息を落ち着かせていくのと同時に、彼女の言葉で少しずつ事態を飲み込んでいく。とりあえず火刑の時におっさんが並べていた言葉の意味が、なんとなくは分かった。
何故僕が処刑されかけたのか?という疑問は未だ解けないままだし。『意味不明な事態』が『最悪の事態』にシフトしただけなのだが。
僕はこれから誰かを殺さないといけないのか?
「なんとなく、わかりました。説明ありがとうございます」
「あなたの言っていた『手伝い』、というのは。魔王を倒せということで合ってますかね?」
「半分正解ね。……でも、無理なら無理で構わないわ」
「さっき一緒に走っていて思ったけれど。貴方、どう見ても闘いの素人でしょう」
美少女さんがはあ、という溜息と共に目を伏せた。
そういえばこの人、さっきから僕の顔を見ていないな。
「勇者はそれぞれ何かひとつ、『祝福』と呼ばれる特別な力を与えられている……参考までに、貴方の先輩の第五勇者は、無限の魔力を身に宿しているらしいわ。」
「貴方が何の力を宿しているかは知らないけれど、何にせよ。使いこなせない力に意味は無いの」
知らない用語が増えたのはいいとして。
もしかしなくとも戦力外通告されてる?
思わずムッとした。
こちらは平和な世界から急にぶん投げられてきた身なのだ、当たり前だろう。そう文句のひとつでも言おうと口を開いたが。
彼女が続けた言葉を聴いて、それらは全て引っ込めた。
「貴方には『勇者の仲間』として、私をアーネリエに連れて行って欲しいの」
「そこから先はどうしてくれても構わない。どこかに隠れて過ごしてもらって結構よ」
ざわざわと木々が囁く。
「魔王は私が殺すから」
殺す。
そう言い切った彼女の双眸は、揺れる木漏れ日に照らされて、キラキラと青く輝いていながらも。
言葉にし難い黒い何かを、その奥に宿しているように見えた。




