異界を駆け抜ける風
勢いよく薄暗い路地から出てきた僕達は、人通りの多い大通りに出た。
美少女に手を引かれて街を走る……と書けば、なんだかロマンチックな響きを感じるものだが。残念ながら今の僕達には、そんな風情を感じるだけの余裕は無かった。
なんせ「走る」と書いたものの。僕は今、完全に彼女に引きずられている状態なのだ。
「走って、走って!」
「いっ……だ、痛だだだ!!!」
美少女さんは振り返ることもなしに僕にそう叫ぶ。
もう精一杯走ってます。
僕が差し出された手を取った直後。彼女はどこからか取り出した何かよく分からない液体……ポーション?を呷ったかと思うと、とんでもない勢いで走り出したのだ。
彼女の走りは文字通り風のようと形容したくなるような、控えめに言って人間離れしたもので。例えるならば地球なら短距離走世界記録更新間違い無しどころじゃないペースで、長距離走をやっているような状態。マントの下に隠れて見えなかった彼女の肩掛け鞄が、今物凄い音を立てて揺れまくっている。
そしてそんな彼女の走りに、一般的インドア男子高校生に過ぎない僕は、当然ながら追いつけない。先程から膝から下がちょいちょい地面に叩き付けられているのだが、それが強く掴まれている右手と合わせて本気で痛い。トラックに轢かれたとき程じゃないけど超痛い。
追っ手に捕まる前に彼女に殺されそうだ。勘弁して。
「きゃあっ」
「危ねぇぞバカヤロー!」
「偽勇者め!」
「魔導警官隊の到着はまだか!」
通行人も馬車も全てを無視して、大通りを共に駆け抜けていく。
通行人の悲鳴を聞きつけたのか、さっきの火刑の場にいた兵士達が続々とやってきたが、僕達の走りに追いつくものは誰もいない。何度か槍の穂先がマントを掠めはしたものの、致命的な攻撃は全て躱すか、彼女が槍ごと叩き落して対処していく。
何回か待ち伏せされて人の壁を築いていたものの、それらは全てジャンプで飛び越えた。改めて考えなくともやっていることが滅茶苦茶だ。
なおこちらはというと疲労と痛みで足の感覚が消え失せてきている。そろそろ引きずられるのを通り越して両足が浮きそう。
「勇者様って案外足が遅いのね」
人の壁を大ジャンプで飛び越え、宙を浮いている間に彼女が一言そう呟いた。
人が気にしていることを!
何もかもを撥ね飛ばしながら、ひたすら道を突き進んでゆく。そうしているといつの間にか、見上げる程に高い壁と、現在進行形で閉まりつつある門が迫ってきた。街の外までもうすぐだ。
僕たちの行く手を塞ぐように、槍を構えた警備兵達が続々と門に集まりつつあるが。
「このまま突っ切るわよ!」
そう短く言い切った瞬間、ただでさえ速かった彼女の走りが更に加速し、僕の両足が完全に宙に浮いた。
門が完全に閉まるまであと数秒。しかし、門の前には槍を構える警備兵が多数。それでも、彼女の勢いは止まらない。
槍の穂先が僕達に届くまで、あと約10メートル、2メートル、数センチ……針山を前になおも止まらない僕達を見て、恐怖か困惑を覚えているらしい警備兵の顔が妙によく見える。死の間際のスローモーションというやつだろうか。
そして警備兵達の槍が身体に刺さることを想像して、思わず強く目を瞑ろうとした瞬間。
「【防護】!」
彼女の叫び声と同時に、青白いバリアが僕達を包み込み。向けられた槍の穂先を、1本も残さずに弾き飛ばしたかと思えば。
僕達はそのまま数人の警備兵達を巻き込みつつ、閉まりかけていた門の隙間に強引に滑り込んだ。
門の向こうにあったのは、無限に続いているようにも見える広大な草原と、地平線まで続く1本の街道。
門を通り抜けてもなお、僕達の走りは止まらない。彼女は門を通り抜けた時の勢いそのままに、足を動かし続けている。
僕はというと後方から聞こえてくる諸々──────主に僕達を追う人達の怒号と、おそらくは僕達が弾いた槍が刺さったか、門に身体を挟まれたかした警備兵達の悲鳴──────を全力で聞かなかったことにしつつ、ただ脚の痛みに耐えているだけだが。
ぐんぐんと街から離れていくうちに、視界を占める草花の緑と、青く晴れた空の割合が増してゆく。最早追っ手の声も聞こえない。
覚えのあるそれとはまた違った草の匂いが、改めて此処が別世界だということを思い出させた。




