決断を迫る美少女
「ああ、やっと悲願が成されるのね」
そんな言葉が聞こえたような、聞こえなかったような。
突然の視界の変遷に意識が追い付かぬままに、僕はどさり、と勢いよく石畳に叩きつけられた。
「い゛ッ……!?ゲホ、ガはっ……」
吸ってしまった煙を全力で吐き出しながら、落下の衝撃に悶える。床にぶつけた頭がすんごく痛い。タンコブ出来てないかなコレ。
息を整えながら、目の前の景色にピントを合わせていく。壁と屋根の間に、青く晴れた空が見えた。ここはおそらくどこかの路地か何かなのだろう。
そんなことを考えながら間抜けに床にのびている僕を、緑のフード付きマントを被った見知らぬ女の人……女の子?が見下ろしている。
赤い髪に青い目を持っていて、たぶん白人系で。おそらくは所謂「美少女」と呼ばれるような、気が強そうでポニーテールの似合う彼女は、シリアスな顔でこちらを見ていて────
「死に際の幻覚?」
「ここは現実よ、勇者様」
思っていたことが口に出ていたらしい。
美少女さんがお返事をくれた。
「あれだけ盛大に燃やされてた割には無傷……運が良かったわね」
「それはそうと忙しなくて悪いのだけれど、今ここで詳細をお話しする時間は無いの。コレを着ながら話を聞いて」
夢ではないということは、状況的に彼女はおそらく僕の命の恩人ということなるのだろうか。
服装はマントで見えないからさておき、体格的には僕と同い年か少し年下くらいに見える。
しかし彼女の纏う雰囲気は、とても僕の同級生だとかでは見たことの無い程に、鋭利というかなんというか。やっぱり年上か……?
お揃いの緑のフード付きマントを押し付けられつつ、彼女に学ランの襟を掴まれて、そのまま強引に引っ張り上げられた。
顔が近い。
「貴方にとって急な話であることは承知の上で、単刀直入に言うわ」
「勇者様。どうか私に協力して。私の祖国を救って」
「はい?」
さっきからそうだが話が急だ。
頭上をバタバタと黒い鳥の群れが通り過ぎた。
カラスだろうか。
「僕は偽勇者らしいですけど」
「違う、あなたは本物のバルドロンド第六勇者。その右手の甲の聖印が、貴方が本物の勇者である証」
そう言われて右手の甲を見てみれば、確かにうっすらとした謎のタトゥー……いや、痣っぽいものがそこにはあった。
細めの三菱を上下反対にふたつ重ねたようなマーク。6枚の花弁を持つ花の意匠を、単純化したものにも見えるだろうか。
「貴方は正真正銘の勇者よ、さっきは何でか処刑されそうになっていたみたいだけれど。貴方何したのよ一体」
「何もしてませんよ……死んだと思ったら変な場所にいて、気付いたらあんなことに」
「……貴方は無実で、召喚されてからすぐにあんなことになった、という訳?」
「ええ、そうです。王様っぽい感じの人が『予定通り』処分する、とか言ってましたけど」
「成程ね?」
どういうことかしら、という呟きと共に彼女がこちらを見ている。
それは僕が聞きたい。やっとまともに話してくれる人が現れたと思ったのに、一番知りたい部分が分からないままじゃないか。
彼女は僕の訝しげな目に構わず、言葉を続ける。
「なんだかキナ臭いけれど……まあいいわ、兎に角。貴方は今、この国に命を狙われている。このまま適当に逃げたところで、すぐに捕まって殺されるのがオチでしょうね」
「まあそうでしょうね」
「私は貴方を助けに来たの。私は貴方に足と情報をあげる。この世界で生きる術は全て教えるわ」
「その代わりに、僕に何かしらであなたの手伝いをしろ、とか?」
「ご名答。嫌なら嫌で構わないわよ、それなら私は貴方を置いてここを発つだけだから」
実質的に断る選択肢は無いのでは?
美少女がにこりと笑った。
「……ええ、これは脅しよ。死にたくなければ協力して、という旨の。一応は『お願い』の体を取っているけれども、ね」
「まあ悪いことをさせるつもりは無いから安心して。やることは精々魔物退治くらいよ」
「いかにも勇者らしい」
なるほど。処刑の次は脅しと来ましたか。
押し付けられたマントを着るのに手間取っていたら、今度はマントを奪われ、そのまま乱暴に着せられた。強引だなあ。
何もそんなことをしなくても、と言いたいのは山々だったが。
「偽勇者を探せ!」
「近くに居るはずだ!」
大勢が走っているような物々しい音と一緒に、そんな怒号が遠くから微かに聞こえてきたので。今すぐこの場を離れないといけないのは確実なようだ。
「今の聞こえた?……これから街の外まで走って逃げる。私が先導するから、あなたはただ走るだけでいい」
彼女は路地の出口に向けて一歩進み、僕に左手を差し出した。
このまま走り出すつもりらしい。
「もう時間が無いわ。選びなさい。私の手を取るか、このまま死ぬか」
…………
この人、僕と背丈が同じくらいなんだな、と。
大通りの喧騒を背に立つ彼女を見て、意味もなく、そんなことに気が付いた。
この手を取っても取らなくても、きっとロクな目に合わないのは、もう既に分かりきったことだが。
どちらにせよ、今とれる選択肢はひとつしかない。
僕が右手で彼女の手を取った瞬間。
僕達は走り出した。




