02
目移りしてもおかしくないのに。選び放題な肩書きゆえに、好きな子ができたら決められるくらい。
「照れてるのもかわいいね」
「もう……私のことはいいから、彼らのことを話し合いましょう。私のことはいいから」
二度と言わねば止めなそうなので、二度言う。ナルシストだと、この際思われてもいい。
「彼らを応援する人たちが多すぎる。実際問題、婚約者が入ってきたらどうなるの?本当の本当に別れるの?」
「別れるんじゃないかな?体の距離だけ」
「距離、だけ。ということは、やっぱりちらちら見つめあったり、手紙を送ったり意味深に生徒たちが見たり?婚約者に別れてあげて〜とかお節介な他人が言うの?なんていう地獄?」
地獄に思えるのは、男爵家のご令嬢。どうして何もしてないのに皆から見下されなければならないのか。勝手に盛り上がった周りが悪いのに。
「私たちは彼女より一つ年上なのよ?一つ年下の子供に寄ってたかって虐めてることになるのよ?こんなの、れっきとした集団的な追い詰めじゃない。下手をしたら命を断つような辛いことをされるの?そんなの、耐えられない」
彼らは立場を履き違えている。悲劇に酔う同学年としてみてはいけない。自分たちの姉妹や兄妹が同じ目にあったらという目線でいなければいけないのだ。
決して、恋人がいる二人を自分たち、婚約者や本の中の登場人物として投影してはならなかった。
平民ならばまだ夢みがちでも影響なんて、精々家族や親戚や近所だけに留まろう。
けれど、彼らは貴族。いずれこの国を統治するのだ。
そんな存在が契約や一時的な恋情でありとあらゆるものを無視する行為は、国の根本さえのちのち揺るがしかねない。
そして、ゆくゆくは己らの子供に適用されるべき今回の実験内容。自分たちの子供が同じ目にあったらふざけた真似をと憤る。
他人のことだからと無関心では国を預かる貴族として、不適切極まりない。
「国も国よ。なにを呑気に観察日記をつけてるの?失敗したら取り返しがつかないかもしれないのに。その子が追い詰められて死んだら……男爵令嬢だからと軽く、受け流せるとでも言うの?」
またボルテージがじわりと滲む中で、彼が手をぽんぽんと叩き落ち着くように伝えてくる。
「ほら、また血圧が上がる。ケーキ食べなよ。チョコケーキ」
見事な装飾のケーキを一掬いして、こちらへフォークを寄せる。
「やめてよ。バカップルみたいに見えてしまうわ」
クスッと男は笑う。
「まごうことない、バカップルだよ?」
ツンツンとクリームを遠慮なく唇につけるから、ぺろりと舐めた。おいしさに頬が緩む。
「いい考えがある」
「あるの?」
「ああ」
婚約者がイタズラをする前の子供のような顔で、にんまりと企む。
「僕たちで彼女を攫っちゃおう」
「えっ?」
てっきり、恋人ごっこをしている子爵令嬢を攫うのか?と問いかけたけれど、彼は手紙をテーブルへ置く。そこには二人の間でも、学園の中でもなにかと話題に事欠かない男爵令嬢の名前が。それと、親の明記もある。
「え、これ、え?」
「君が気にいる子なら、うちの国に攫おうよ。留学という便利な言葉が世の中にはあるだろう?期限は……」
彼はイタズラが成功したね、と言いそうな口調でもう一つの紙切れをテーブルに並べる。
「え、外交顧問と帝国学園の校長のサイン……?え!?こ、行動が早すぎる」
この人は二十四時間ではなく四十八時間一日があるのでは?と思う。
紙には男爵令嬢の名前と編入資格の許可証。男爵家からの手紙には状況を把握した親の言葉と、男爵令嬢からの感謝の言葉が所狭しに並ぶ。
「ああ、あと、追加情報だけど……契約は完了扱いになったから、子爵家の長男は契約満了による退学が一年後に決まった」
「……あのね、色々詰め込みすぎて」
頭がクラクラしてきた。話を聞くと不貞をして、お前はなにをしに学園へ行ったのか?という醜態に子爵は激怒し説教も説得も、警告もなしで一年後の退学を決めたらしい。
男爵家当主とも話し合い、学園に行かせる価値も、意味もろくに理解していない彼。学費を残り一年以上払ってまで行かせるのは、無駄だと合意された。
ちょっと考えれば穴がありすぎる。手紙も書かないし、寄越さないし。かといって友人も全くいないし、領地の資金や勉強を必死にしている気配もない。
婚約者を大切にもしない。支援、援助をされている身で他の女生徒と無断で付き合っている。
とてもではないが、男爵も子爵に援助なぞするわけがない。
どこの家に、将来結婚するか危うい、または子供が生まれる可能性も残さないような男に、資金援助する他家がいるというのか。
男爵家の旨みなどない。子爵家への資金援助も、領地が近いから、荒れられても困るという理由が強いと聞いている。
子爵家も不義理な息子で夜もぐっすり眠れていないとか。子供の育て方を間違えたと手紙を送るけれど、その手紙も読まれておらずな状況らしい。
気持ちが少しずつ落ち着いてきた。どうやら心配は一つ残らず消えているみたい。水面下でそれだけ動いていれば、この国の王でも手出しは不可だ。
婚約者に目を向けると笑みを浮かべて、したり顔をしていた。
「まあ、僕もただボランティアをしているわけじゃない」
「そうなの?初耳ね」
男はまあ見ててよ、と片目を閉じてみせた。キザが顔を出しているなと、薄く笑う。
こうして、二人が留学を終えると同時に男爵家令嬢も留学のために他国へ移動した。
数年後には、帝国の女傑に気に入られて養女へとなり、祖国の王はそれはそれは大層喜んで、殆ど王命に近い言い方で父親へサインするようにと言ったらしい。
「ちょ、聞いてない」
「なにが?」
「お姉様?」
ちょこんと座る件の男爵令嬢と知り合って数年が経過して、今では姉のように慕われているまでは、なんとなく予測していた。




