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第3話 赤い化け物の値踏み


「カーテン越しの面接って聞いてないんですけど」


「聞いてないも何も、ウチは全部そうよ。会頭の顔を直接見たら正気を保てないって、みんな言うから」


案内役の女性店員が、心底申し訳なさそうに言った。


赤薔薇商会の本社は、王都の商業区画でも一際大きな建物だった。磨かれた大理石の床。天井にはシャンデリア。どこからどう見ても大企業の本社ビルだ。


その応接室の奥に、深紅のカーテンが一枚垂れている。


カーテンの向こうに、人の気配がある。


「で、あんたが新しい日雇い?」


カーテンの奥から声が響いた。低くて、よく通る。ふてぶてしくて、どこか色っぽい声だ。


「はい。セルフィーネの紹介で——」


「ああ、あの蒼い化け物の。まさかあの子が男を連れてくるとはね」


店員が椅子を指さす。カーテンの手前に置かれた椅子。つまり、俺はカーテンのこちら側に座り、向こうの人物は姿を見せないまま面接するという段取りらしい。


なるほど。この世界で「最も醜い」とされる女は、自分の顔を誰にも見せないのか。


いや、違う。


見せないんじゃない。見せられないんだ。


面接のたびにカーテンを引き、商談のたびに代理人を立て、自分の顔が人を不快にすると知っているから、二十四年間ずっとそうやって生きてきた。


俺はカーテンの前を通り過ぎて、向こう側に回り込んだ。


「ちょっ——何してんのあんた!」


店員が慌てた。だが遅い。


カーテンの向こうに座っていたのは、赤い髪の女だった。


燃えるような巻き毛が肩に流れ、意志の強い大きな目がこちらを睨んでいる。唇は赤く、肌は白く、豊満な体を仕立てのいいドレスが包んでいる。


こちらの基準で言えば、ため息が出るほどの美女だった。


女が——赤薔薇商会会頭、ロゼッタが、一瞬だけ目を見開いた。


すぐに取り繕ったが、その一瞬を見逃さなかった。驚いたのだ。カーテンの向こうに回り込んでくる人間が、今までいなかったのだ。


「顔、見えてるわよ?」


試すような声だった。


「はい?」


「あたしの顔。見えてるわよって言ってんの」


見えている。赤い巻き毛の美女の顔がはっきり見えている。何か問題があるのだろうか。


「ええ、見えてますけど」


ロゼッタの目が、揺れた。


ほんの一瞬だ。すぐに不敵な笑みを貼り直して、腕を組んで椅子の背にもたれた。


「度胸だけはあるわね。それとも馬鹿なの? この顔を見て平気な男、初めてよ」


「いや、なんで平気じゃないんです?」


ロゼッタの笑みが、かすかに固まった。


俺の反応が本気だと気づいたのだ。演技でもなく虚勢でもなく、本当に意味がわかっていない。


「——ふうん」


ロゼッタが立ち上がった。俺より頭半分高い。ヒールもあるが、それを差し引いても長身だ。近づいてきて、顔を覗き込む。至近距離で赤い瞳と目が合った。


「あんた、変な男ね」


「よく言われます」


こちらに来てからは。元いた世界では言われたことはない。


「気に入ったわ。雇ってあげる。今日の仕事は倉庫の荷物仕分け。量は多いけど、文句言わない?」


「日雇いで来たんで、何でもやります」


ロゼッタが鼻を鳴らして笑った。この女、笑うと八重歯が覗く。きれいな上に可愛いとか。


倉庫に案内されて絶句した。


天井まで積み上がった木箱の山。中身は商会が扱う商品で、種類別に仕分けて棚に並べろという指示だ。一人でやる量ではない。三人がかりで三日かかる量だ。


試されている。


どうせすぐ音を上げるだろう、と思われている。あるいは「化け物の下で働くなんてやってられるか」と投げ出すのを待っている。今までの日雇いが全員そうだったのだろう。


黙って箱を持ち上げた。重い。腰にくる。それでも一つずつ仕分けていく。


二時間後。


汗だくで作業している俺のところに、ロゼッタが現れた。腕を組んでこちらを見下ろしている。


「まだやってんの?」


「まだ終わってないんで」


「普通、逃げるわよ。前の日雇いは三箱で帰ったわ」


「三箱は少なすぎでしょ」


ロゼッタが目を丸くした。それから、何か言いたそうに口を開きかけて、閉じた。


「……昼、まだでしょ。休憩しなさい」


「あ、じゃあ一緒に食べません?」


ロゼッタが固まった。


今度こそ、明確に固まった。


「一緒にって、あんたが——あたしと?」


「はい。一人で食べるより誰かと食べた方がうまいし」


ロゼッタの赤い瞳が、不自然に泳いだ。大陸五大商会の会頭が、たかが昼飯の誘いにうろたえている。


「べ、別にいいけど。商会の食堂もあるけど、あんたみたいな日雇いが入れる場所じゃないから、外で——」


「じゃああそこの屋台でいいですか。串焼きうまそうだったんで」


「屋台?」


ロゼッタの声が裏返った。


大陸有数の豪商が、屋台の串焼きを食べたことがない。高級料理なら毎晩食べている。だが屋台の安い串焼きを、誰かと隣に座って食べたことがない。


なぜなら、隣に座ってくれる人間がいなかったからだ。


屋台の前に並んで座った。


串焼きを二本ずつ買って、ロゼッタに一本渡す。彼女はしばらく串を眺めていた。


「こんなもの食べたことない」


「うまいですよ。たぶん」


「たぶんって何よ」


「俺もこの世界の串焼きは初めてなんで」


ロゼッタが鼻で笑って、串焼きにかぶりついた。


咀嚼する。


目が、丸くなった。


「……おいしい」


「でしょう」


「ちょっと待って。これ、こんなにおいしいものなの?」


「屋台の串焼きはだいたいうまいんですよ。世界共通の法則です」


ロゼッタが二口目を頬張った。三口目。無言で咀嚼している。夢中で食べている。


そして不意に、串焼きを持ったまま、動きが止まった。


赤い瞳から、涙がこぼれていた。


ロゼッタ自身が一番驚いていた。空いた手で目元を押さえ、信じられないという顔をしている。


「なんで泣いてんのあたし? こんなの、ただの串焼きでしょ」


「おいしいですよね、誰かと食べると」


ロゼッタの手が止まった。


俺を見た。赤い瞳に涙が溜まったまま、唇が震えて、何か言おうとして、何も出てこなくて、また串焼きにかぶりついた。泣きながら食べている。二十四年間一人で食事をしてきた女が、安い屋台で、泣きながら串焼きを食べている。


「……あんた」


「はい」


「名前」


「え?」


「名前、聞いてなかったわ」


そういえば名乗っていなかった。


名前を告げると、ロゼッタは涙を拭いて、串焼きの最後の一口を飲み込んだ。


「明日も来なさい。仕分け、全然終わってないんだから」


「日雇いって毎日契約では」


「うるさい。雇用形態はあたしが決めるのよ」


帰り道、宿の前でセルフィーネが仁王立ちしていた。


「遅い」


「ごめん、仕事が長引いて——」


「串焼きの匂いがします」


「あ」


蒼い瞳が据わっている。


「誰と食べましたか」


「えっと」


「誰と、食べましたか」


二回聞かれた。セルフィーネの質問を二回聞くと寿命が縮む気がする。


正直に答えると、セルフィーネは三秒ほど沈黙し、それから静かに言った。


「明日から、昼食は私が用意します」


宣言だった。


こうして俺の周囲に、二つ目の鎖が静かに巻きついた。剣と、金。逃げ場が少しずつ減っている気がするのは、気のせいだと思いたい。



翌日、商会に行くと早速ロゼッタに呼び出された。


「今日の仕事の前に報告があるわ。あんたが昨日仕分けた倉庫の隣、あの区画も昨日付けでウチが買い取ったから」


「はあ。それが何か?」


「あんたが帰りに寄ってた屋台、あの通り一帯もウチの所有になったわ」


「昨日の今日で?」


「仕事が早いのが取り柄なの」


ロゼッタが笑った。八重歯が光った。


それは笑顔だが、目の奥が笑っていない。正確には、笑っているのだが、その笑いの奥に「もう逃がさない」と書いてあるのが見える。


嫌な予感が確信に変わった。


しかし仕事がもらえるのはありがたい。


昨日より張り切って荷物を運んだ。それがいけなかった。


なれない作業に腰が悲鳴を上げた。


それを聞きつけたセルフィーネが、それまでどこにいたのか、飛び込んでくる。


「大丈夫ですか!?」


「あまり、大丈夫、じゃない」


「治療を受けさせるところに運びます。……腕は保証します。これくらいなら歩いて帰れますよ。……ただ」


セルフィーネの表情が曇った。


「また、化け物の?」


「はい。小さい化け物、と呼ばれている鍛冶師兼医術士です」


俺は深く息を吐いた。


「そこへ運んでくれ」


もう驚かない。この世界で「化け物」と呼ばれる女は、全員とんでもなく有能で、全員とんでもなく美人なのだ。


慣れてきた自分が一番怖い。

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