涙の日から
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
「もう一つ、お前に話しておきたいことがある」
「なんですか?」
「15年前、レグラドの焼け野原でたった一人で泣いていた幼い子供がいた」
「子供……ですか」
「その子供は、負傷者を探していた正規軍の老兵によって保護された。老兵は、ヨーンに戻った直後にその子を連れて姿を消した。〝もうメーニスたちを巻き込まないで欲しい〟と書き置きを残してな」
メーニス、ということは――
「あの……その老兵って、もしかしてヨギナムさんですか?」
「その通りだ。どこでヨギナムの名を?」
「アイリスから……」
「そうか。ヨギナムと一緒にいなくなった子供の名前は分からないままだったが、やはりアイリスだったか」
アイリスはレグラドの出身だったんだね……。
「……当時伝え聞いた話では、ヨギナムは西の国境沿いを南下し、南のデジエントを経由して西の隣国のカザンへ行き、さらに北のペルデスナ地方を旅していたそうだ。俺が以前カザンに滞在していたのは、ヨギナムが再びカザンに潜伏していると噂が入ったからなんだ」
「それで、クミモスにいたんですね」
「あぁ。クミモスの町を拠点にして周辺の遺跡や集落、森や草原、洞窟に至るまでヨギナムを捜索したが、見つかったのはヨギナムの墓だけだった。数年後、アイリスはエリとキージェに連れられてヨーンへやって来た」
クミモスでキュスト隊長とエリムレアが出会ったのって、エリムレアがたしか14、5歳だから8~9年前。アイリスとエリムレアが出会ったのが4年前だから、アイリスは5年ほど一人ぼっちだったってこと……?
「最近の拉致事件で居なくなったのも、皆優れた治癒士ばかりだ。ピルーコはまた似たようなことが起きていると考えている」
治癒士は血筋とセンスが全てとキージェが教えてくれた。
アイリスがロジオン公国によって計画的に生み出された子供なら、その体には濃い血が流れているのだろう。
「あの……アイリスの出自について、本人やキージェ達も知ってるんですか?」
「ヨギナムが他国を放浪していたことを考えると、その過去を教えてはいないだろう。アイリスは知らずしてヨーンに来てしまったと考えるのが妥当だ」
それを聞いて、少しだけ不安を覚えた。
「では、先日のアイリスの拉致未遂は」
キュスト隊長の表情が険しくなる。
「ロジオン側が、ヨーンの治癒士の個々の技量まで詳しく把握できているとは思えん。モデトンは情報源だったのかもしれん」
「……あの日、モデトンはアイリスのことを〝腕は確かだ〟と言って売り込んでいました」
「モデトンに詳しく事情を聴きたいところだが、短剣に塗られていた毒のせいで、まだ目を覚ましていない」
毒か……。
そういえば、確かエリムレアに刺さった矢に毒が塗られていたって――
「キュスト隊長! 毒が手がかりかもです!」
「いきなりどうした……」
「あの……エリムレアと私が入れ替わった時の話なんですけど、腹を切られただけでなく毒のせいで目を覚ますまで3日かかったと」
「毒か……」
「えぇ。アイリスが、解毒薬を持っているはずです」
「なるほど、同じ毒ならばモデトンも目を覚ますかもしれんな」
キージェが話していた疑惑が、思い違いではない気がしてきた。
「どちらにしろ招集の時にアイリスを呼ぶ。その時にエリの手当てをした時のことを聞いてみよう」
「はい、それで目を覚ませば、色々なことが繋がるかもしれません」
「そうだな……。それと、モデトンにヨギナムとアイリスの繋がりが知られていたら、アイリスは狙われて当然だ」
レグラドの事を聞いて、あの日アイリスを奪還できて本当に良かったと思った。……そして、この大規模制圧戦で私は必ず彼を守り切らなくてはならない。
いえ、守って見せる!
「いいか、ナズナ。作戦行動中、お前はアイリスから離れるな。絶対にだ」
「はい!」
必ずやり遂げてみせる。これが、私にしか出来ないことならば。
ノックの後、ドアが開いた。
「キュスト、ナズナ。食事は済んでいるか」
凛とした気配で入ってきたのはピルーコ指揮官だった。
私は慌てて立ち上がり、お辞儀をした。
「はい、ご馳走様でした」
「ナズナ、レイリーから聞いている。よくやった」
そう言って、私の両肩をしっかりと掴んだ。
「いえ……あの、ありがとうございます」
「キュストもよく指導してくれた。感謝する。……さぁ、ここからが本番だ。いいな」
そして私の胸を拳で叩く。
いよいよ、大規模制圧戦に向けての軍議だ。
「ナズナ、お前には出席者の顔と名前を憶えてもらう。皆重要な人物だ」
「わかりました」
「そして、これからはいかなる場合も聞かれたこと以外は話すな。ここにいる者以外にお前の正体は知られぬようにな」
「はい……!」
「レイリー、ナズナの隣に付いていてやってくれ」
「承知しました」
ハレイズさんの話を聞いたこともあり、レイリーさんとピルーコ指揮官を全力で応援したい気持ちだ。
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