決意
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
私は、レイリーさんが着てきた甲冑を身に着けて、彼女と共に事務官の居る執務室へと向かった。
幸い、エリムレアの死亡の噂をしている者はおらず、戦の準備に追われて慌ただしいのだということが伝わってきた。
「新兵の登録をお願いします。色々ゴタゴタしていたもので、すぐにお連れできなくてすみません」
「これはこれは、レイリー殿。例の件……お疲れ様です。あなたがお連れしたということは、治癒士ですかな?」
「いいえ、剣士の方ですわ」
目配せで、私に自己紹介を促す。
「あ、ナズナ・オオバです。叔父のピルーコがお世話になっております」
「ピルー……? あっ! 大変失礼しました!」
「腕章の刺繍が出来上がりましたら、私まで届けてくださいな」
「承知いたしました。では、こちらにお名前を……」
言われた通り、私は自分の名前を書いた。
まさかここに来て、本名を書くことになるなんて……。
手続きを済ませると、再びレイリーさんに連れられて、階段を下りる。
「堅苦しい所でしょう?」
「いえ……叔父上の名前を出せば割とどうにでもなってしまってますが、良いんです?」
「ヨーンではピルーコ様は絶対ですから」
だから、こんな横暴な作戦でもごり押ししてくるんだろうか。
「あの、レイリーさん」
「レイリーとお呼びください」
小声で短く言われて、もう芝居は始まっているということに気づく。
「えっと……レイリー、この後の予定は?」
「今は地下の闘技場に向かっております。ピルーコ様のお申しつけ通り、ナズナ様の特訓が開始されます」
私の心の準備もほとんどないまま進行していく。
「取り急ぎ、使い古しですがこちらをお使いください。ナズナ様のものは急ぎ作らせます」
闘技場の入り口横にある武器庫で、古びた剣をいくつか持ってみた。
「いえ、良いです。ここに在るもので」
「……いや、お前はちゃんと新品を誂えてもらえ」
「キュスト隊長!」
「新しい剣こそ新兵の証だ。ピルーコの甥を名乗る者が、正規軍で使い古しの剣を持っていたら怪しまれるだろう」
「あ。確かに」
「むしろ、俺の方がここの使い古しでいいくらいだよ。……お前次第だがな」
そう言いながら、キュスト隊長は先日新調したばかりの大剣を置いて、手近にあった大剣を手に取る。
「レイリー、急いで鍛冶屋へ行って来てくれ」
「承知しました。では、失礼いたします」
レイリーさんを見送ると、キュスト隊長が深く呼吸をする。
「ナズナ……、すまない」
キュスト隊長から意外な言葉が漏れた。
「本当に突然……すまなかった」
「……この首の傷も筋書きも、本当に酷いなと思いますが、全部アイリスのためです」
「ナズナ……」
「最終的に協力を承諾したのは私です。だからキュスト隊長はあまり気にしないでください」
「……俺もあの報告書には目を通した。平和的な解決を望むお前を、こんなことに巻き込むなど――」
「キュスト隊長、せっかくなので……私の話を聞いてもらえますか?」
「あぁ、話してくれ」
今までは、本物のエリムレアを失ったキュスト隊長に遠慮していたけど、この姿ならちゃんと私の話が出来そう。
「私がいた日本という国では、私が生まれる前にあった世界中を巻き込んだ大きな戦で、とても多くの死者がでました。私の住んでいた地域だけでも数万人ほど……」
「数万人? どうしたらそんな数字に……何百年も続いた大戦だったのか?」
「いえ……。私がいた世界は、ここよりももっと文明が進んでいて、どんどん強力な武器や兵器が開発されたんです」
「それは、どんなものだ?」
「空から、爆発物を……。中には一瞬で、数万人もの命を奪うようなものもあって、とても残酷なものです」
キュスト隊長が息をのむ。
「……誰か、身内で戦死者がいたのか?」
「いえ……、かなり前のことなので私にはわかりません。でも、歴史の勉強で必ず習いますし、終戦の日は、必ずその過ちを繰り返さないと、繰り返し謳われます」
「そうか……」
「でも、それから日本は平和な国になりました。それに、今は例え正義のためであっても人を殺せば罪に問われます」
ヨーンで暮らす人たちには……想像できないことかもしれないけれど。
「私の家をご覧になりましたよね? ぬいぐるみがあったと思うのですが」
「ぬいぐるみ?」
「ええ、カルツの姿を模したものです。日本では〝ネコ〟という、カルツにそっくりな生き物が身近にいるんです」
「あぁ、以前お前が町で女の子に見せていた、あのカルツのことか」
「私は、ぬいぐるみを作るためにこの地に来ましたが、ぬいぐるみは私にとって平和の象徴なんです」
平和な世界のイメージを……私の理想を聞いて欲しかった。
「人は、ゆとりが無ければ生活に必要のない物は買いません。ヨーンでは、オシャレな服を着る人はいないですよね」
「以前、話した通りだ。ヨーンでは皆、戦に備えているからな」
「日本では、ほとんどの人が毎日服を選んでオシャレをして仕事に行きます。好きな色や好きなデザインの服を選んで、特別なお出かけじゃなくてもオシャレを楽しむんです」
「……あの時、お前が服の事を尋ねた時の違和感は、そういうことだったのか」
「えぇ。そして、ぬいぐるみは生活の役には立たないけれど、それを傍に置いて可愛いと言って愛でる……それを理想だと思っているんです」
「役に立たないものを置くことが?」
「ぬいぐるみって、不思議とみんな笑顔になるんですよ。あのアーリンのように」
本当に、この世界は平和には程遠い。
でも、平和なはずの日本で恭子にお腹を刺された時、あの状況から逃げ出したのは私自身だ。
逃げてばかりでは、何も変わらない。
「アイリスは、幼い頃から旅をしていて、その先々で子供たちの泣き顔ばかり見てきたと話していました。アイリス自身もまた、戦の被害者です」
「そう……だな」
「アイリスは、ぬいぐるみで子供たちを笑顔にして欲しいと……この手を取って言ってくれました。……世界を変えて欲しいと」
「世界を?」
本当にそんなことができるかは分からないけれど。
「前にキュスト隊長から、アイリスやキージェを守れるのか、と言われた時に、この世界で生きていく覚悟を決めたつもりでした。それでも今回は荷が重すぎます」
キュスト隊長が目を伏せる。
「でも、最後までやり遂げます。私がディプリミスを完全に体得さえすれば、相手を殺すことなくアイリスを守れるんですから」
私はもう逃げない。
この地で生きていくと決めた以上、他人任せにはしない。
「だから、誰にも何も言わせない強いイケメンになります」
「イケメン?」
「日本で言う〝かっこいい男〟という意味です」
ディプリミスを極めて、そして皆と再会して、改めてぬいぐるみを作って広めていきたい。
アイリスの願いを、私の想いを叶えたい。
「これは、私にしかできないことだから」
きっと、私にしかできないから。
「ナズナ……、ありがとう」
「なのでキュスト隊長、よろしくお願いします。私に両手剣を教えてください!」
キュスト隊長からの力いっぱいのハグ。
「お前の協力、心から感謝する!」
私も同じ力で抱き返す。
これは、私の二度目の覚悟だ。
些細な失敗もきっと許されない。
これからは現代用語も漏らさないように注意しなくちゃ。
狙ったわけではないのですが、戦争の話をこの時期に投稿することになってしまいました。
本当に、戦争は恐ろしいです。
普通の生活が脅かされ、それまでの「当たり前」がなくなってしまう。
ナズナちゃんの奮闘、私も頑張って書き上げたいと思います。




