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死にかけ女と猫のぬいぐるみ  作者: 明星 志
第4章 犠牲の灰
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決意

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

 私は、レイリーさんが着てきた甲冑を身に着けて、彼女と共に事務官の居る執務室へと向かった。


 幸い、エリムレアの死亡の噂をしている者はおらず、戦の準備に追われて慌ただしいのだということが伝わってきた。


「新兵の登録をお願いします。色々ゴタゴタしていたもので、すぐにお連れできなくてすみません」

「これはこれは、レイリー殿。例の件……お疲れ様です。あなたがお連れしたということは、治癒士ですかな?」

「いいえ、剣士の方ですわ」


 目配せで、私に自己紹介を促す。


「あ、ナズナ・オオバです。()()のピルーコがお世話になっております」

「ピルー……? あっ! 大変失礼しました!」

「腕章の刺繍が出来上がりましたら、(わたくし)まで届けてくださいな」

「承知いたしました。では、こちらにお名前を……」


 言われた通り、私は自分の名前を書いた。


 まさかここに来て、本名を書くことになるなんて……。




 手続きを済ませると、再びレイリーさんに連れられて、階段を下りる。


「堅苦しい所でしょう?」

「いえ……()()()の名前を出せば割とどうにでもなってしまってますが、良いんです?」

「ヨーンではピルーコ様は絶対ですから」


 だから、こんな横暴な作戦でもごり押ししてくるんだろうか。


「あの、レイリーさん」

「レイリーとお呼びください」


 小声で短く言われて、もう芝居は始まっているということに気づく。


「えっと……レイリー、この後の予定は?」

「今は地下の闘技場に向かっております。ピルーコ様のお申しつけ通り、ナズナ様の特訓が開始されます」


 私の心の準備もほとんどないまま進行していく。




「取り急ぎ、使い古しですがこちらをお使いください。ナズナ様のものは急ぎ作らせます」


 闘技場の入り口横にある武器庫で、古びた剣をいくつか持ってみた。


「いえ、良いです。ここに()るもので」

「……いや、お前はちゃんと新品を(あつら)えてもらえ」

「キュスト隊長!」

「新しい剣こそ新兵の証だ。ピルーコの甥を名乗る者が、正規軍で使い古しの剣を持っていたら怪しまれるだろう」

「あ。確かに」

「むしろ、俺の方がここの使い古しでいいくらいだよ。……お前次第だがな」


 そう言いながら、キュスト隊長は先日新調したばかりの大剣を置いて、手近にあった大剣を手に取る。


「レイリー、急いで鍛冶屋へ行って来てくれ」

「承知しました。では、失礼いたします」




 レイリーさんを見送ると、キュスト隊長が深く呼吸をする。


「ナズナ……、すまない」


 キュスト隊長から意外な言葉が漏れた。


「本当に突然……すまなかった」

「……この首の傷も筋書きも、本当に酷いなと思いますが、全部アイリスのためです」

「ナズナ……」

「最終的に協力を承諾したのは私です。だからキュスト隊長はあまり気にしないでください」

「……俺もあの報告書には目を通した。平和的な解決を望むお前を、こんなことに巻き込むなど――」

「キュスト隊長、せっかくなので……私の話を聞いてもらえますか?」

「あぁ、話してくれ」


 今までは、本物のエリムレアを失ったキュスト隊長に遠慮していたけど、この姿ならちゃんと(ナズナ)の話が出来そう。


「私がいた日本という国では、私が生まれる前にあった世界中を巻き込んだ大きな戦で、とても多くの死者がでました。私の住んでいた地域だけでも数万人ほど……」

「数万人? どうしたらそんな数字に……何百年も続いた大戦だったのか?」

「いえ……。私がいた世界は、ここよりももっと文明が進んでいて、どんどん強力な武器や兵器が開発されたんです」

「それは、どんなものだ?」

「空から、爆発物を……。中には一瞬で、数万人もの命を奪うようなものもあって、とても残酷なものです」


 キュスト隊長が息をのむ。


「……誰か、身内で戦死者がいたのか?」

「いえ……、かなり前のことなので私にはわかりません。でも、歴史の勉強で必ず習いますし、終戦の日は、必ずその過ちを繰り返さないと、繰り返し謳われます」

「そうか……」

「でも、それから日本は平和な国になりました。それに、今は例え正義のためであっても人を殺せば罪に問われます」


 ヨーンで暮らす人たちには……想像できないことかもしれないけれど。


「私の家をご覧になりましたよね? ぬいぐるみがあったと思うのですが」

「ぬいぐるみ?」

「ええ、カルツの姿を模したものです。日本では〝ネコ〟という、カルツにそっくりな生き物が身近にいるんです」

「あぁ、以前お前が町で女の子に見せていた、あのカルツのことか」

「私は、ぬいぐるみを作るためにこの地に来ましたが、ぬいぐるみは私にとって平和の象徴なんです」


 平和な世界のイメージを……私の理想を聞いて欲しかった。


「人は、ゆとりが無ければ生活に必要のない物は買いません。ヨーンでは、オシャレな服を着る人はいないですよね」

「以前、話した通りだ。ヨーンでは皆、戦に備えているからな」

「日本では、ほとんどの人が毎日服を選んでオシャレをして仕事に行きます。好きな色や好きなデザインの服を選んで、特別なお出かけじゃなくてもオシャレを楽しむんです」

「……あの時、お前が服の事を尋ねた時の違和感は、そういうことだったのか」

「えぇ。そして、ぬいぐるみは生活の役には立たないけれど、それを(そば)に置いて可愛いと言って愛でる……それを理想だと思っているんです」

「役に立たないものを置くことが?」

「ぬいぐるみって、不思議とみんな笑顔になるんですよ。あのアーリンのように」


 本当に、この世界は平和には程遠い。


 でも、平和なはずの日本で恭子にお腹を刺された時、あの状況から逃げ出したのは私自身だ。


 逃げてばかりでは、何も変わらない。


「アイリスは、幼い頃から旅をしていて、その先々で子供たちの泣き顔ばかり見てきたと話していました。アイリス自身もまた、戦の被害者です」

「そう……だな」

「アイリスは、ぬいぐるみで子供たちを笑顔にして欲しいと……この手を取って言ってくれました。……世界を変えて欲しいと」

「世界を?」


 本当にそんなことができるかは分からないけれど。


「前にキュスト隊長から、アイリスやキージェを守れるのか、と言われた時に、この世界で生きていく覚悟を決めたつもりでした。それでも今回は荷が重すぎます」


 キュスト隊長が目を伏せる。


「でも、最後までやり遂げます。私がディプリミスを完全に体得さえすれば、相手を殺すことなくアイリスを守れるんですから」


 私はもう逃げない。


 この地で生きていくと決めた以上、他人任せにはしない。


「だから、誰にも何も言わせない強いイケメンになります」

「イケメン?」

「日本で言う〝かっこいい男〟という意味です」


 ディプリミスを極めて、そして皆と再会して、改めてぬいぐるみを作って広めていきたい。


 アイリスの願いを、私の想いを叶えたい。


「これは、私にしかできないことだから」


 きっと、私にしかできないから。


「ナズナ……、ありがとう」

「なのでキュスト隊長、よろしくお願いします。私に両手剣を教えてください!」


 キュスト隊長からの力いっぱいのハグ。


「お前の協力、心から感謝する!」


 私も同じ力で抱き返す。


 これは、私の二度目の覚悟だ。


 些細な失敗もきっと許されない。


 これからは現代用語も漏らさないように注意しなくちゃ。

狙ったわけではないのですが、戦争の話をこの時期に投稿することになってしまいました。


本当に、戦争は恐ろしいです。

普通の生活が脅かされ、それまでの「当たり前」がなくなってしまう。


ナズナちゃんの奮闘、私も頑張って書き上げたいと思います。

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