背中を押す声
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
「ピルーコ指揮官、いくら瀕死だからといって、こんなところまで連れ込むとは」
「案ずるな、イェット。こいつは瀕死じゃない。もう死んでいるぞ」
「ですが、指揮官……」
「ここに来るまでの血を見ていなかったか?」
「そ、それは、もう……」
「廊下の血は綺麗に掃除しておいてくれ。謀反人の血など、残っていると不愉快だ」
「しかし、死体ならば検分をしませんと」
「死体の検分と調書の作成は我々で行う」
「ですが、そこまでお二人がやるなど……」
「こいつはキュストの愛弟子だ。本人が責任を持ってやると言っている」
「しかし……」
「最期の別れくらい、大目にみてやってくれないか?」
「……そういう事でしたら」
「検分が終わったらこの死体はこちらで灰にする。その後の処分はお前たちに頼む」
「はっ、承知しました」
カチャカチャと金属音を響かせながら遠ざかる足音。
「……もういいぞ。起きろエリ」
毛布をめくられ、口の奥まで詰められていた布を引きずり出され、私は床の上でなんとか上半身を起こした。
「ゲホッ、ゲホッ……」
口の中の水分が全て奪われていて、咳き込んでいるとキュスト隊長がコップに入った水を飲ませてくれた。
「……これは……ゲホッ、どういうことですか! いったいなんでこんな酷いことを!」
いきなり切りつけられたし、体は縛られてるし、手には頑丈な枷が付いているし、その上ホコリまみれだし、血でベトベトで嫌な臭いがする。
「落ち着けエリ、これは作戦だ」
「作戦……?」
「エリムレア、正規軍に入れ。その上でキュストの下に派遣する」
正規軍? 自警団じゃないの? というか、本当に一体なんなの?
「昨夜、キュストからガイダの話は聞いた。それを踏まえた上での命令だ」
「それより、まずはこの状況を説明してもらっていいですか?」
「死んでもらうと言ったはずだが」
「だから、なぜ私が死ななきゃならないんですか。それにこの状況の説明になっていません」
キュスト隊長が、膝をついて私の肩に手を置く。
「エリ、お前は重要な作戦に抜擢されたんだ」
「え?」
「そのためにも、あの場でいかにもお前を切り捨てたと偽装する必要があったんだ」
「そう、まずは味方を欺くためにもな」
……本当に死んだことにされるの?
「当初はガイダの大剣の武勲を、報奨金と共に称える予定だったのだが……今朝の一件で考えが変わった」
「今朝の……?」
……まさか
「古ヨーンの末裔ということは、ずっと隠していたのか?」
「…………」
もう噂が耳に……。
「偶然、あの軍用地近くの詰め所に行く途中に見かけてな。……前線に立ってくれとは言わない。次の戦において、治癒士の護衛に就いて欲しいのだ」
「治癒士の……護衛?」
「君たちが遠征に行っている間に、また拉致事件が起きた……」
「え?」
ピルーコ指揮官が拳を握りしめる。
「モデトンとサーギル、そして首謀者と思われる男を拘束しているにも関わらずだ。そして……その治癒士を助けることができなかった」
「そんな……」
……アイリスに何かあったら。
そう思うと力になりたいと思うのだけど、いったい、私に何ができる?
「エリ、お前の個人的な事情は知っているが、どうか引き受けてくれないか。信用できる人間で、ある程度の強さがないと意味がない」
「考えさせてください」
「ダメだ、エリムレア。これはヨーン政府としての命令だ。従えなければこのまま死亡したことになるが」
「無茶言わないでください……」
「これは決定だ」
なんという横暴で一方的な……。
「頼む、エリ。引き受けてくれ」
「…………」
私は、今はただの冒険者。いや……本来はただの兼業ぬいぐるみ作家だというのに。
……やりたいことがあるのに。
私はただ、ぬいぐるみを――
『子供はいつだって泣き顔だった。だから、エリがこういうものを作って、世界を変えて欲しい!』
アイリスの優しい声が、頭の奥で響いた。
「エリムレア、返事を」
「……分かりました」
キュスト隊長と顔を見合わせ頷くピルーコ指揮官。
「感謝する」
本当に、一体何に巻き込まれたのだろう、私は……。
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