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死にかけ女と猫のぬいぐるみ  作者: 明星 志
第3章 カルツの神殿
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笑顔になって

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

『キージェ……?』


 そうだ、影魔法で隠れているんだ。


 もしも、ガイダも同じ魔法が使えたら……。途端に暗闇に対して恐怖が芽生える。


 キージェが最初から影魔法で逃げ切る算段だったなら……私は致命的なミスをした。


 やっぱり、私は足手まといだ……


 その時だった。


 奥からガシャンと大きな音が響いて、閃光で左にカーブした通路が浮かび上がる。


 光を頼りに通路を走り抜けると、高いドーム状の天井がある広間の中央で、キージェがネコチャンをぶら下げ、もう片方の手を天に向けていた。


「ガイダ! 今日こそとどめを刺してやる!」


 手の先に……白い炎。照明魔法……ううん、幻炎魔法……?


 ガイダはどこ?


 ……左だ。閃光を受けて目がくらんでいるのか、私には気づいてない。


「クソ野郎がぁ! 絶対にぶっ殺してやる!」


 激昂するガイダ。


「だめ! やめて!!」


 シャルの剣を投げ捨て、キージェに襲い掛かるガイダめがけて力の限りを尽くして突進した。


「ぐぁっ……!」


 体当たりの衝撃で、ガイダもろとも数メートルほど転がった。


「ぐ……」


 ガイダは短く呻いて気を失った。


「う……」


 ……お腹にズシンと重く鋭い痛みが走る。でもまだだ……


 私は我慢して立ち上がる。


「エリ! 血が……大丈夫か――」


「……馬鹿!」


 私はキージェの頬をひっぱたいた。


「ごめん……無謀だったよな」


「……ネコチャンを……返して」


 (こら)え切れず、ボロボロと涙がこぼれた。


「え、あ……すまない」


「これは、私が……誰かを笑顔にしたくて作ったの……。誰かを怒らせたり……美しい神殿を傷つけるための道具じゃない」


 涙を拭い、横たわるガイダを見やる。




「ガイダ……、ごめん」


 瞼が痙攣(けいれん)したあと、ゆっくり開いた。


 血走った眼が宙を泳ぐ。朦朧としているのか、焦点は定まらない。


「エリ……」


 私はネコチャンを右手に嵌めて跪いた。


「ガイダ、聞いて……、私たちはカルツには会えてない。……ごめんなさい」


「カ……ル……ツ……」


 私は、ネコチャンでガイダの頬を撫でた。


「あなた達の神様を、否定するようなことを言って、ごめんなさい。でも、カルツは……きっとこんな風に柔らかで温かい……人の幸せを願う可愛い生き物だと思ってるよ」


 ネコチャンを外し、ガイダの手に握らせると、彼は静かに目を閉じた。


 ごめん……ガイダ……


 ごめん……(いにしえ)の都の人々……


 ごめん、カルツ




「ぐふっ……!」


「エリ!」


 血を吐き、そのまま倒れた。……さすがにもうダメかも。


 きっと……私も限界だ。


「エリ! しっかりしろ!」


 キージェに抱き起されると、天井には……美しいつる草模様のレリーフが刻まれていた……。


「エリ! エリ!」


 キージェ、近いってば……


 でも、キージェの声が遠くに行ってしまう。


 ごめんね。良かれと思ってしてくれたことなのに殴っちゃって……


 私はまた暗闇を彷徨うのかな……


 ネコチャン……あとは頼むね




 お母さんの背に揺られている、懐かしい夢を見た。


 とてもあったかい背中。


 あぁ、そうか。迎えに来てくれたんだね。


 私、きっとこのまま日本に戻るんだ……


 でも、さよならを言えてないよ……


 まだ、みんなと一緒にいたかったなぁ……




「う……」

「エリ……!」

「あれ……?」

「俺だ、分かるか? 記憶は……あるか?」


 あの日と同じく、最初に目に入ってきたのはキージェの姿だった。


「キージェ……」


 名を口にすると、安堵の表情を浮かべた。……でも、顔が腫れている。


「アイリスから、ネコチャンのこと全部聞いた。……ごめん。謝って済むとは思っていないが……謝らせてくれ。ごめん……」

「ううん。私も、ごめんなさい。……殴っちゃって」

「いや、良い」

「……ごめん、手加減ができなくて」

「いや、これはアイリスに殴られた」

「……え」


 あ。


 ……アイリスは子供たちを笑顔にして欲しいって、願ってたから。


「仲直りして、治してもらってよ」

「いや、喧嘩はしてない。自戒のために、しばらくはこのままでいるよ」


 真面目だなぁ……。


「そうだ、アイリスとグランは?」

「二人とも無事だ。今は基地の人の依頼で周辺のスモノチを狩りに出ている。それから、シャルも重傷だが生きているよ」

「よかった……」

「お前は、ガイダに蹴られた腹が……内臓が損傷していたから、まだ起きるなって」

「ガイダは……?」


 死んでしまっただろうか……


「それが、お前をここまで運んだあと、瀕死のガイダを回収しに戻ったんだが……その剣だけ残していなくなっていた」


 壁に立てかけられていたのは、ガイダの大剣だ。


「ネコチャンは……?」

「ガイダと一緒に……いなくなった」

「そっか……」


 自力で脱出したのか、それとも同胞に救出されたのか。でも……なんとなくだけど、もう二度と会うことはない気がする。


「ネコチャンは……ガイダを笑顔にできるかな」

「……だといいな」

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