末裔の叫び
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
「嘘だろ……」
血だまりの中で倒れている冒険者の姿。
その腕には、赤いヨーンの自警団の証……。
「しっかりして!」
「エリ、待って!」
アイリスが、走り出す私の腕を掴んで引き留めた。
「だめ、不用意に飛び出したら」
でも……。
「あの人はもう……」
そう言ってアイリスが力なく首を振る。
「エリ、生存者が優先だ」
「わかった……」
「さあ、もうすぐだ。急ごう」
出口に向かう通路へとグランが誘導し、アイリスもその後に続いた。
うつ伏せに倒れている冒険者の顔は見えない。
「いったい……何があったの? 仲間割れ?」
この倒れ方……西から倒れこんでいるし、敵はあの奥にいるのかな。
いったい誰がこんなこと――
「エリ! 南だ!」
キージェの叫び声で我に返る。
ランタンを投げ捨て、振り返りざまに刀身を左手で支えて受け止めると、手が痺れるほどの重い一撃だった。
「くっ……!」
「何しにきやがった……エリムレア!」
この声は……!
「エリッ! 気をつけろ!」
わかってる……!
「ふんっ!」
力いっぱい腹に蹴りを入れると、男は数歩後ずさり距離をとる。あの程度では当然、効いてない。
「……今日こそお前をぶっ殺してやる」
あの時と同じように大剣を構える。顔の右半分に包帯を巻いている。恐らく、キージェの魔法による火傷がまだ癒えてないんだ。
「ガイダ……」
……大丈夫、落ち着いてナズナ。
きっと、今の私なら渡り合える。だけど……。
本当に、話し合いでどうにかならないの?
「古ヨーンの末裔にして神殿荒らしとは……」
「今、なんて……」
「アイリスとグランは先に行け! ここは俺達が食い止める!」
「……分かった。エリを頼んだ!」
「あぁ! 任せろ!」
キージェも細剣を抜いた。でも、自分で頼りにならないって言ってたのに何故……
「クィンク家の出来損ない、お前は絶対に手を出すな」
「……それは約束できないな」
「恥を知れ。エリムレアの後にお前を始末してやる。大人しく見ていろッ!」
「ま、待って!」
再び激しく大剣が振り下ろされ、私はそれを打ち払う。
「ヨーンの学者さんたちはちゃんと盟約を守っているから、だから!」
「今更お前の話に耳を傾ける必要があるかっ!」
何度も激しく刃を交え、その都度火花が散る。
また、顔をしつこく狙ってくる。でも、北ヨーン丘陵の時のような、遊び半分の空気じゃない。
「俺達は多くの同胞を失った! 俺は、もう誰も信じない!」
信じるとか信じないの問題じゃないのに。こんなの虚しいだけなのに!
「あなた達の神様は、いつまでもこんな殺し合いをしろと? もうやめようよ!」
「うるせぇ……お前に殺された同胞たちを、その一言で片づける気か!」
あぁ、エリムレア……、貴方は一体どれほど彼らを……
「カルツはこんな殺し合いを望んでいるの?」
「黙れ! 禁足地を踏み荒らし、カルツの恩恵だけじゃ飽き足らず、俺達の同胞の命まで奪った報いは、必ず受けてもらうぞ!」
吠えるように叫び、剣を真横に構え薙ぎ払いに来る。
それを打ち払おうとすると、エリムレアの姿を映した銀色の剣は、粉々に砕け散った。
ガイダの剣を、体の向きを変えてやり過ごす。
「世界を……世界を変えよう! 誰も泣かない世界に、みんなで!」
「綺麗ごとをぬかすなぁ! その目でそう言って出て行って……すべて忘れたのは、お前だエリムレア!」
あの大剣を上から激しく叩きつけてくる。
私は転がりながら避け、体勢を立て直しもう1本の剣を抜く。
「……言葉が通じるのに、話し合いを放棄して、争い続けるなんて馬鹿げてるよ!」
私は、血で血を洗う戦争を、何十万もの多くの人が死んでいった哀しい歴史を学んだ。それは当事者ではないかもしれない。ここでもそれは同じかもしれないけど……
でも……
「ガイダ、お願い!」
「黙れ! 全て無かったことになど出来るか!」
「……カルツは可愛い。でも、人間に哀しい未来を押し付けるなら……私は信じることができないよ!」
「……エリムレア、貴様ァ!」
ダメだ、今の私はエリムレアの姿なんだ……何を言っても煽るだけだ。
もう一撃を打ち払おうとすると、左手の剣も砕け散った。ガイダの剣が顔面スレスレを過ぎる。
どうすれば……どうすればいい……
どうすれば、ガイダは怒りを鎮めてくれる?
どうすれば、キージェを無事に脱出させられる?
「ガイダ、もうやめろ!」
そう言いながら、キージェが私の背に触れる。
『エリ、返事はしなくていい。……俺の声はガイダには聞こえていない』
影魔法……!
そうだ、キージェはいつだって冷静だ。
「それで引きさがる奴がいるか!」
『お前のネコチャン、貸してもらうぞ。その間に逃げるんだ』
え?
キージェが、素早くネコチャンを引き抜いた。
「ガイダ! カルツはこの通り俺達が捕えた! 学術協会のほうで詳しく調べさせてもらう!」
ネコチャンの首根っこを持って、高く掲げると、大きな三角の耳の動物が項垂れているように見える。
「ちょっと……キージェ!」
「ぐっ……貴様ぁッ……!」
キージェの行動は、古ヨーンの末裔を逆上させるのに十分だった。
雄たけびを上げて振り下ろすその腕を、懐に飛び込んで受け止める。
キージェは、背後の東ルートの階段を駆け下りて行った。
「キージェ! 戻って外に逃げて!」
「邪魔だ! 退け! エリムレア!」
ガイダは、剣を振り上げたまま、私の腹を左手で殴り、そして真正面から蹴飛ばした。
「ぐふッ!」
「エリ!」
壁の結晶もろとも弾き飛ばされ、背中から叩きつけられた後、そのまま数段滑り落ちた。
「く……」
息が……できない。
「エリ! すぐに逃げるんだ!」
「キージェ……」
死ぬ気だ……。
ガラガラと、結晶が崩れてくる。
「エリムレア、お前は後でなぶり殺してやる!」
通り過ぎざまに私の腹を思い切り蹴りつけて行った。
「ぐぁっ……!」
お腹が……熱い。
私は……ここで死んじゃうの?
でも……
でも……、何とかしなきゃ……!
幸い、背負っていたザックのお陰で、背骨は無事だ。体はちゃんと動く。
「二人を止めなきゃ……」
倒れた時に結晶で頭を切ったのか、血が垂れてくる。
私は荷を下ろし、キージェとガイダを追う。
『私、逃げろって言われているのに、身を危険に晒しに行くヒロインが苦手だったんだけどな……』
大事な人が死んでしまうかもしれないのに、ハイわかりましたと逃げることが出来ない気持ちが分かった気がした。
だけど……私は、か弱いヒロインじゃない。
私が望んだ強いイケメンなんだよ……。
エリムレアの大事な相棒を助けられるのは、今は私しかいない。途中まで行けば、シャルの剣があるはずだ。
奥からガイダの怒号と、ガシャンと大きな音が響く。
キージェ……無茶しないで。あなたは今ここでは幻炎魔法は使えない。
「キージェ! ガイダ!」
螺旋階段を降り、壁画を写し取った広間を抜け、さらに奥の階段を下りる。
真っ暗闇の通路を、壁にぶつかりながら走る。
カツン、と足に何か当たった。
『あった、シャルの剣!』
剣を拾い、もう一度真っ暗闇を走り出すと、急に静けさが訪れた。
ブックマーク、ありがとうございます!




