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死にかけ女と猫のぬいぐるみ  作者: 明星 志
第3章 カルツの神殿
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非常事態

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

 また暗い通路を静かに歩く。


「ねぇキージェ、なんか変な臭いしない?」


 アイリスが鼻をスンスンと鳴らす。私も意識して呼吸してみると、確かに(かす)かだけど何か変な臭いがする。


「……獣の臭いか?」


 ……うーん、そういう臭いじゃないかも。


「グラン、待って。止まって」


 アイリスがグランに声をかけて、一行は進むのを止めた。


「どうした?」

「これは……死臭だ……」


 え?


「死臭って……何の」

「……分からない。でも、僕はこの臭いを知ってる」


 アイリス?


「まさか、カルツに食われたデジエント兵や末裔じゃないだろうな」

「え? それこそまさか、だよ」

「……武器の用意だ」


 キージェの低い声。


「カ、カルツと、戦うの?」

「いや、一体何が原因で死臭が漂ってるのかを確かめる」


 これは、安全確認の調査だから……。

 私たちはそれぞれ抜刀する。


「アイリス、鏑矢(かぶらや)の用意を頼む」

「うん、準備出来てる」

「エリは背後を警戒していてくれ」

「うん」


 鏑矢は、スモノチ狩りでも使った音の出る(やじり)


「まずは石つぶてを投げてみて、それで反応が無かったら鏑矢だ」

「わかった」

「俺達が相手に認識されることはないから、向こうの出方(でかた)を見るためにじっとしていよう」


 グランが石つぶてを投げると、壁に当たって転がっていく。周囲にそのカラカラと乾いた音が反響する……。




 しばらく待機していたけど……特に何も反応はないかも?


「キージェ、鏑矢行けるよ?」

「頼む」


 キリキリと、弦を引く音が小さく響く。同じ方向に向けてアイリスが鏑矢を放った。

 ギュルルル……!


『うわっ』


 緊急地震速報みたいな酷く不快な音に、思わず鳥肌が立った。




 ……………………


 …………?


 …………鏑矢にも反応がない?


 ……暗闇に目を凝らしても何も見えてこない。


 でも……何だろう……すごく微かな音が……


「キージェ、何か聴こえる」

「なんだ?」

「カツカツ……って小さい音が」

「どんな風に聞こえた?」


 もう一度静かに耳を澄まし、聞こえてきた音と同じリズムを、私が小さく手を鳴らして伝えると、アイリスが立ち上がった。


「救援信号だ……」

「え?」

「行こう!」


 罠かもしれないことを考え、私たちは抜刀したまま静かに音の出どころまで進むことにした。



 そこに倒れていたのは……無惨にも片足の脛から下を切り落とされた冒険者だった。

「しっかりしろ!」

「今助けるからね」

 えーと、こういう時は何をすれば……

「エリ、僕の鞄から薬を出して」

「分かった!」

 アイリスは両手を兵士の脚の傷口にかざし、優しい光を当てる。

「……ヨーンの自警団か」


 左腕に赤い腕章、そこに刻まれた名前はシャル・ピナ。


 グッタリしているその右手には、着火器具が握られていた。


 アイリスの鏑矢で一瞬意識を取り戻して、それで床を叩いて救援信号を刻んだんだ……。


 そして、近くには片足が落ちていて、地面には既に茶色くなった血がこびり着いていた。


「争ってから時間がだいぶ経ってるみたいだな」


 いったい、何に襲われたんだろう。内部には侵入者は居ないって言ってたのに。


「……水、使っても平気?」

「もちろんだ」


 私は荷物の中から手ぬぐいを取り出し、水で湿らせた。


 傷の手当はアイリスの魔法で大丈夫だろうけど、まずは少しでも清潔にしてあげたかった。


 足の手当はアイリスに任せ、私はシャルの顔を拭う。


 自分で応急処置をしたのか、膝の上をロープで縛って止血をしてあった。


「痛かったね……」


 さっきアイリスが言ってた死臭というのは、この切り落とされた片足からだったんだ……。どれくらいの時間、ここにこうしていたのだろう。


 アイリスの魔法で痛みが取り除かれてから、重たそうな装備を外してあげた。弱った体でこの金属の鎧は辛い。それに、恐らく私かグランが背負(せお)って帰ることになる。


「一旦出よう。ここに置いていけないし、清潔な場所でしっかり手当てしてあげたい」

「そうだな。すぐに一度基地に戻って出直そう」

「あぁ」


 メルナさんが言った通り、この編成はバランスが良い。それぞれの役割の話もそうだけど、的確に判断して指示したり、それに従って相互的に動ける人が揃っている。




「シャルをこんな目に遭わせた奴がまた戻ってくるかもしれない。鏑矢の音が聞こえてないってことはさすがに考えられないし、相手の手勢もわからないから無理はしたくない。急ごう」


 グランの荷物は私たちで分担して運ぶことにし、水のタンクと、シャルの荷物と装備は、後で来た時に回収することになった。


 私たちは再び荷を背負い、撤収の準備をする。


「シャルを背負うからロープでしっかり固定してくれ」

「うん」

「それから、足もこの袋に入れてロープで一緒に括り付けて」

「足も?」

「うん」


 アイリスに渡された袋にシャルの片足を入れそれを言われた通り一緒に括る。


 ……もしこの状況で敵が現れたら、私が排除しなくちゃならない。

 思わず、剣を握る手に力入った。


「機動力は俺よりエリのほうが上だ。頼むぞ」

「……わかった」




 長い階段を地下2階へ上がると、視界はすっかり明るくなった。


 道幅も広いし、もうすぐ壁画の写しをとった広間だ。


「静かすぎて……気持ち悪いな」

「え?」

「シャルを斬った相手は一体どこにいるんだろう」

「さらに奥か、南ルートか西ルートだろうな」

「西と南の部隊は大丈夫かな……」

「みんな特命として受けてるはずだが、そのシャルがこの通りだもんな」

「万が一、は想定しておくに越したことはない……な」


 そうだ、気を抜いたらだめだ。無事に帰るまでが探索だ。


 背後にも気を配り、私は抜刀したまま殿(しんがり)を歩く。




 周囲に警戒をしながら歩き、階段を上り、木箱が置いてある分岐点の踊り場まであともう少し……


「非常事態だ」

 グランが立ち止まる。その先には……

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