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死にかけ女と猫のぬいぐるみ  作者: 明星 志
第3章 カルツの神殿
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末裔との盟約

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

「壁面も、細かくキラキラしているが……これも小さな結晶だな」


 グランは歩きながら周囲を確認している。


 10段ほどの緩やかな直線の階段にも横から大きな結晶が突き出していて、足元は明るい。その階段を降りると細い回廊になり、さらに進むと大きならせん状の階段に出た。やはり壁面や床からは入り口と同じような結晶が突き出していた。


「少し足元が悪いな。地図に書いておこう」

「あ、筆記具さっき出したばかりだから私が書くよ」

「よし、じゃあ頼んだ」


 足元では、崩れた細かい結晶がシャリシャリと音を立てる。


「すごい量だな……。互いにぶつかり合って折れたのかな」


 地下2階に到着すると、辺りは多少は薄暗くなっていた。


 再び1本道の回廊を進むと、開け放たれた扉の先に広間が見えた。


 地図では〝両開きの扉〟とあるけど、片方は外れて床に落ちていて、もう片方も金具が(いびつ)にひしゃげている。腐食かなにかで変形したのかな……。落ちるのは時間の問題に見える。……これも地図に書いておこう。


 そして広間には巨大な柱があった。


「すごいなー。どうやって運んだんだろうね!」


 アイリスの楽し気な声が、高い天井に反響する。


「恐らく、ここで直接切り出したんじゃないかな」


 グランが柱の根元を見て、継ぎ目のないことを指摘した。


「大昔にそんな技術があったのか?」


 大きな重機もあったのかな。どれだけの文明だったのだろうか。


 エジプトのピラミッドだって、日本の古い木造建築だって、当時どうやって作ったんだろうと思うものはたくさんあるけれど……。


 よく見ると、柱にはすごく細かい結晶がびっしり生えていてキラキラしている。まるで塩の神殿みたい。……これも地図に書いておこう。


「広さとか、寸法はだいたい地図の通りだね」

「だなぁ」

「あ、あそこに壁画がある」


 広間に入って突き当りの壁に壁画……これは地図にある通りだ。


「あ、ちょっと待って!」


 アイリスが荷を下ろすと、茶色の筒と薬瓶を2つ取り出した。


「エリ、壁画の写しをとってみようか」

「あ、転写魔法?」

「うん」


 壁画って結構大きいけど、どうやるんだろう。


「エリも一式持ってきてるだろ」

「あ、うん」


 エリムレアの所持品から、同じものを持って来るように言われていたのだけど、こういう時に使うものだったんだね。


「まず、これをこうして」


 アイリスが筒の中からA3くらいの大きさの厚いプッシー(フェルト)布を取り出して広げる。


「この上に紙を1枚置いたら、触媒を塗る」


 茶色いほうの瓶には液体が入っていて、それを瓶の蓋についている刷毛(はけ)で紙に塗っていく。


「そしたら、薬品を塗った方を写し取りたいところに押し当てるんだ」

「こう?」


 アイリスと同じように、壁画に押し当てる。


「うん。その時、しっかり手を当てて……()()()絵を写し取ることを意識しながら、ムラなく満遍なく()でる!」

「薬品に?」

「うん!」


 ()()じゃなくて、薬品になんだ。……というか薬品で汚れないのかな。


「こんな感じ?」

「そう、そしたら、今度は壁に当てた方を上にして広げてもう一枚の紙を乗せたら……次はこっち」


 もう1つの青い瓶にはキラキラした粉末が入っていて、それを胡椒のように紙に振りかけると、押し当てた部分の壁画が浮かび上がってきた。


「ね、簡単でしょ?」

「すごい!」


 でも、アイリスのに比べたら薄いし(まだら)になっていて〝写し〟というには程遠い。


「エリは前から転写は苦手だよな」


 アイリスのはそのまま綺麗に写し取れている。


 うーん……練習しよう。


「ね、これ壁画の方は汚れたり破損とかしないの? 大丈夫?」

「それは大丈夫だ。学者たちが長い時間かけて作り出した技術で、原稿や壁画には影響がない」

「へぇ……便利!」

「でも、この壁画かなり大きいし、この壁画の写し取りの依頼を受ける人は大変そうだなあ」

「ははっ、確かにな」


 今回の依頼に、壁画の写し取りが含まれてたら本当に大変だったかもしれない。


 ……でも、どうしてこんな風に細々(こまごま)と依頼を分けるんだろう。


「えっと……今更、初歩的な質問なんだけど、いいかな?」

「ん? どんなこと?」

「なんで最初から大規模な学術調査をしないの? 調査をする学者が正規軍や冒険者をたくさん連れて来てしまえば、一度で済むことじゃない?」

「あぁ……それは古ヨーンの末裔と学者たちの古い盟約なんだよ」

「盟約……?」

「180年くらい昔、最初の禁足地を見つけた学者たちは、近くに住む末裔たちとともに遺跡に入って調査をしていたんだ」

「末裔たちと?」

「彼らも当時は協力的だったらしい。何しろ自分たちのルーツの解明に繋がるしな」

「でも、内部にはそれなりに獰猛な生物も棲みついていて危険だったから、冒険者を雇って入るようになったんだけど……」

「有用な資源が次々に発見されるようになって、国王がヨーンの学者と冒険者を支援するようになったんだ。それから噂を聞きつけた冒険者が、仕事を求めて集まるようになった」

「でも中には悪いヤツもいるから、結晶とかの有用資源の乱獲や、遺跡の盗掘や破壊って事件も起きたんだって」


 人が集まるとトラブルも同時に増えるのは、どこでも一緒か……。


「昔、冒険者が大人数で遺跡に入って、遺跡が崩落してしまった事故もあったみたいだよ」

「それで、古ヨーンの末裔たちが怒って暴動を起こして、最小限の人数での調査を行うことを当時の学者が約束をしたんだ。そして絶対に遺跡は傷つけないと」

「そうなんだ……」

「前にカルツの糞尿の時に説明したけど、あそこを正規軍がしっかり管理しているのは、乱獲と遺跡の保護のためだからだな」

「学者たちは今でもその盟約を尊重しているから、依頼は必ず探索組合を通じて、力量に合わせた人員で構成した最少人数でいくんだ」


 ヨーンの学者さんたちは、きちんと当時の事を守ってるんだ。


 ……それならこの仕組みは納得だし、私たちもそれは守らなきゃいけない。


「ややこしいのは、他国が末裔たちを利用して、デジエントみたいに侵略戦争を起こそうとすることだな」

「そんなことが続いたんで、ヨーンは学者の集落から今の城塞都市に発展したんだ。前にヨーンは末裔からみたら侵略者だと言ったけど、実際は国土と共に遺跡を保護しているんだよ」

「今の説明で、大丈夫か?」

「うん、ありがとう。スッキリした!」

「そうか、ならよかった」


 写し取ったばかりの壁画を道具類と一緒にしまおうとしたら、ぼんやりとだけど小さなカルツの姿があった。……やっぱりここもカルツの神殿なのかな。


 壁画にはカルツが描かれている、と書いておこう。

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