白湯と記憶
※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています
キージェとアイリスが遊びに来たのは、引っ越しから2週間ほどが経過した頃だった。
2人の来訪は予想は出来ていたのに、探索と訓練と革工房の手伝いとぬいぐるみの試作に明け暮れて、カップ以外は何の用意もできなかった……。
とりあえずお湯を沸かしたものの、お茶もコーヒーもない! ジュースもない!
……ということで、私は二人に白湯を出した。
「白湯だ」
「……白湯だな」
「ごめんなさい……白湯です」
「エリの記憶障害は、こんなところにまでとは……」
「しょうがないよ。本当に重傷で死にかけていたんだから」
「……記憶がごっそり消えたエリには俺達も驚いたけど、何よりエリが一番不安だよな。あの時はいきなり制圧戦に連れ出したのも、悪かったと思ってる」
「え、そんな……」
それでも、二人の気遣いはとても嬉しいんだよ。
「ところで、ここの住み心地、どう?」
「まぁまぁ快適だよ」
「空いてるのは部屋じゃなくて家一軒まるごとだったってことか」
「そう、だからすごい広々なの」
1階は元工房で、今は広いダイニングに改築されている。元々作業台として使われていた机が2つあり、片方の大きな机をそのままテーブルにしている。
それらがあってもなお広々だ。 ……他の家財道具がないからなんだけど。
「自分だけのエリアに水場とか厠とかがあるのって、なんか不思議な感じ」
「アイリスは家に住んだことは無かったのか」
「うん。ヨーンに来るまでは、だいたい野宿か宿屋暮らしだったからね。それより前のことは小さすぎて覚えてなくって」
「俺も実家を出た後は、ヨーンに来るまで似たようなもんだったな」
「二人とも、苦労したんだね……」
「え? 別に普通だよ」
あ、しまった……。
きっとエリムレアも、他の自警団や冒険者たちも、ヨーンの寄宿舎に入る前はそういう暮らしをしていたのだろう。
「そういえば、今日はグランはどうしたの?」
「同僚に付き合って訓練施設に行ったよ」
「そっか」
「なぁ、エリ……引っ越しの時に気になっていたんだけどさ」
「うん?」
「これはなんだ?」
キージェが作業机の上の猫のぬいぐるみを手に取った。アイリスにあげようと思っていたのだけど、改良点を探すために一緒に引っ越してきた。
「あ、それは……」
「ヌイグルミっていうんだって。僕たちが留守中にエリが作ったんだってさ!」
「作った?」
「うん」
「お前……そんなに手先器用だったの?」
「え……えぇ、まぁたぶん……」
子供の頃に作れるようになりたくて頑張ったから、生まれつき器用ってわけではないんだと思うけど。
「お前なあ、俺がどれだけ服のボタン付けてやったと思ってるんだよ」
「ていうか、キージェが勝手にやっちゃってたよね」
キージェはやっぱり面倒見のいいオカンタイプのイケメンだ。むすっとしたエリムレアの服のボタンを「貸せよ」といってキージェがチクチクと縫い付けてるのを想像してしまった。
どうしよう、微笑ましくて笑いが堪えられない……。
アイリスがニッコリ笑う。
「キージェは嫌々やってたわけじゃないよ。むしろ率先してやってた」
「大丈夫、なんとなくわかるよ」
「アイリス、お前だって何かとエリの世話焼いてただろ」
「僕は治癒士だもん。仲間の世話を焼くのが仕事!」
……こういう、エリムレアが二人に慕われていたという過去に不意に触れると、胸がギュッとなる。
今頃、どうしているかな……。もう退院して、お母さんと暮らしているかなぁ。
「そういや、前に職人街行きたいって騒いでたもんな。で、どうやって作ったんだ?」
「あ、えっとね……」
厚紙に描いた型紙を、ぬいぐるみの資材入れにしている木箱から取り出して見せた。
「こう、毛皮を切り抜いて裏側から縫って中に木毛を入れて」
「へぇ……縫い合わせる前はこんな形なんだね」
アイリスが型紙をテーブルに並べている。
「なぁエリ、これカルツだろ?」
「え、うん」
「スモノチの毛皮で作ったんだって」
「へぇ……」
キージェがぬいぐるみを膝に置いている。
「絵でしか知らないけど、こんな風に立体になると面白いな。どんな生き物だったんだろうなあ」
外見はクールなキージェが抱えるほどの大きなぬいぐるみをギュッと抱きしめたら、それはとてつもないギャップ萌えじゃない?
……毛足の長いラニゴの毛皮で、大型のぬいぐるみを作ろうと心に決めた。
「スモノチがこんな形になるなんて思ってもみなかったなぁ……」
「エリ、そういえばあれは?」
「あれ?」
「ほら、手を入れるやつ」
あ!
「ネコチャンね」
私は鞄からネコチャンのパペットを取りだした。
アイリスが受け取って、手を入れて……
「はい、ネコチャンでーす!」
アイリスはネコチャンをもぞもぞと動かしながらキージェの顔に近づけた。
「なんだぁ?!」
「ネコチャンって名前だって」
「名前……ってこれもカルツだろ」
「あっ、えっとほら、個人名と同じだよ」
「はぁ……?」
……そうか、ここはきっとそういう文化なんだ。
動物を飼って、当たり前のように名前を付けて可愛がるという習慣がない。たまにネズミに似た動物が路の隅を歩いてるのは見かけるけど、誰も気に留めることはない。
私たちが一番お世話になっている動物のノイにも、おそらく固有の名前はついてない。やっぱり、日々の暮らしで精いっぱいなのかな……。
「俺にも貸して」
でも、キージェはアイリスから受け取ったネコチャンを右手にはめてご満悦だ。
可愛いものに名前を付けて身近に置いて、それを可愛いって言って微笑むことができる、そういう世界にしたい。
でも……
「北東の禁足地……またゴタゴタしてるんでしょ?」
「そうなんだよなぁ」
北東の禁足地は、キュスト隊長が重傷を負い、大切な剣の柄がなくなった場所。
「一昨日あたりから急にお客さんが増えて、みんな装備の修理の依頼だった」
ルートンさんの工房だけじゃなく、職人街全体的に急に活気づいている。
「みんな事前に修理やら新調やら、装備の備えに動いてるよ。……北東は前回かなりの痛手を食らったからな」
キュスト隊長ほどの人が重傷を負ったくらいだし、やっぱり……
「近々きっと制圧戦があるから、その時はいい感じに決着つけられるようにしなきゃね」
「そうだな……」
キージェもアイリスも平和を願っているのに、それ以前の制圧戦に行かなくてはならない。……何とも理不尽だ。
私から戦況のことを話しに出してしまったけど、今後はこの家に遊びに来た時はそんなこと忘れていられる場所にしたいな……。
……そうだ!
「ね、二人に聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「好きな飲み物、教えて?」
「は? いきなりどうした」
「えーと、その……せっかく遊びに来てくれたのにちゃんとしたもの出してなくて」
「はぁ? なんだそれ」
「さては、エリ……僕たちに気を遣ってる?」
「別に白湯でいいって」
「でも……私は二人のことがもっと知りたい」
「知るって、これ以上何かあるか?」
「じゃあさ、こうしない?」
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