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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
7幕.悪魔は消える
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7-4.悪魔の決斗


 エーリアルの塞いでいた扉の先は広間だった。何体かの悪魔に襲われる。相手取っていると、天井に光る紋様が現れた。あれは召喚魔術だ。

 鬼が出るか蛇が出るか、身構えた俺の前に、人間大のなにかが落っこちてきた。


「いったぁ……」


 ドレス姿に、丸い尻。体を起こして、俺を見た。


「隆志さま!」

「ミランダか」


 ミランダの背後から襲ってきた悪魔の顔にヴェルギリを突き刺す。こいつでここにいた悪魔は最後だ。


「なにがあったか説明してくれ」

「私が隆志さまと別れてから、会場に戻ってしばらくすると、爆発が起こりました。そして七柱魔が攻め寄せてきて、そして戦いの最中に私は魔法陣に引き込まれ、この体たらくです」


 ミランダが俺に両手を差し出して見せた。手首の周りに光る紋様が浮かび上がっており、手枷のようにミランダを拘束していた。


「なにか力は使えるか?」

「ちょっと待ってください。ええと……だめなようです」

「そうか、お前がシコラクス役か……」

「へ?」


 大昔、シコラクスは人間界から魔界に堕ちた。ある部族の生け贄として。堕ちた魔界は人間界に最も近い第九魔界で、偶然にも第八魔界へ進もうとするアリゲーリと出会った。そのときのアリゲーリが、どうしてシコラクスを保護したか、やはり今まで考えたことはなかったが……。


「隆志さま?」


 またぼーっとしていたらしい。どうにも最近、そういうことが多い。キャリバンとのデート以降か、いやもう少し前から兆候はあったかもしれない。原因はなんだろう、俺は――


「ピキー!」


 ヴェルギリの声で我に返る。今はこんなことをしている場合ではないのだ。俺はミランダを連れて先へ進んだ。

 二十四階に下りる。二十四階からはやはり、第八魔界が再現されている。乾いた空気と、歩くたび足に纏わりつく砂。砂漠の世界だ。敵の悪魔も砂に潜んでいることが多くやりづらい。第九魔界で濡れた体に砂が纏わりついて鬱陶しい。怪我の痛みも重なって、精神的な消耗が激しかった。

 なぜアントニウスかシコラクスはこんなことを計画したのだろう。ともかく先へ進むしかなかい。

 巨大な蠍の悪魔が現れ、斬り伏せる。倒した悪魔は片っ端からヴェルギリの食糧にしている。でなければ、俺が戦闘能力を維持するのに必要な瘴気をヴェルギリが賄えなくなる可能性があるし、ヴェルギリ自身の力も維持できないかもしれない。


「隆志さま!」


 ミランダが先程とは別個体の蠍に襲われている。砂の所為で上手く走れない。ならばと、ヴェルギリの触手のようなあれを天井に打ち込み、思いっきり体を引っ張った。天井と壁を利用すれば、足を使うより幾分早い。蠍を一刀両断し、事なきを得た。


「ありがとうございます」

「いや、ある意味では予定通りだ。気にするな」

「予定通り?」

「そういえば言ってなかったな」


 現時点でわかっていることを説明しながら、第八階層を進む。多少の時間を掛けて、俺たちは二十二階に到達した。


「おそらくここが第八階層の最後で、親玉的な悪魔が待ち受けているはずだ」

「なんとか私も戦えれば良いのですが……」

「お前が普通に戦えるようになるのは多分、第六階層あたりからだな」

「わかるんですか?」

「昔シコラクスが魔女として戦うようになったのがそれくらいからなんだ」


 シコラクスは元々、数種の魔術を扱えた。魔界の瘴気に耐えるために魔術を使用するうち、人間の体が瘴気に対応して変質したらしい。それから魔女としての頭角を現し始めた。それになぞらえるのであれば、ミランダの拘束もある階層に到達するといったなんらかの条件で解除される可能性が高い。

 やがて俺とミランダは、ある広間へ出た。砂漠の夜がそのままここにあるような風景の真ん中に、異形の戦士が立っている。


「来たか、魔王アリゲーリ」


 直立する双頭のトカゲだった。


「確か、トニカトゲウ、とか言ったか」

「名を覚えていてくれるとは、嬉しいぞ。いかにも我はトニカトゲウ。アユスルオキナ様に仕える七柱魔が一柱」

「この有り様はなんだ、なにが目的だ、誰が首謀者だ」

「それらの質問には答えることができない。我らが望んたこととも言えるし、そうでないとも……おそらく七柱魔の誰も事の真相を知らん」

「どういう意味だ?」

「どうもこうもない。確かなのは、七柱魔と貴様の間には因縁があるということだけだ」


 トニカトゲウは剣を抜き放った。青白く光りを反射する二刀は、殺意をそのまま具現化したようにさえ思える。


「いざ、尋常に……」


 空気が張り詰める。ミランダに下がるよう手で合図し、ヴェルギリを構える。象牙色の刀身が鮮烈に感ぜられた。世界が鮮明になったように感じたのだ。それは、生への執着が為した一種の躁状態だったかもしれない。七柱魔を相手にして一度、本当に殺された俺だ。生への執着。ある意味では平凡な感情であり衝動であるはずなのに、俺にはそれが新しかった。前世を含めて、俺はここまで命に執着したことがあったろうか? 嗚呼、最近の俺は本当に変だ。俺は――


「ピキー!」


 ヴェルギリが鳴いた。いかんまたぼーっとしていた。そしてその鳴き声の直後に「勝負!」と気勢を上げてトニカトゲウが迫り来た。

 鋭い斬撃を払い落とす。相手は二刀。こちらは二倍の動きをしなければ一刀に刈り取られてしまう。

 金属を擦る音、弾く甲高い音、心地良く耳に入る。トニカトゲウの四つの眸の視線。踏み抜く砂の感触。体を脱ぎ捨てたくなるほど、意識が体の動きから逸脱する。言語にならない感情のうねりが捉える一点は、勝って生き残るという、原初的ななにか。あるいは、俺はここで死んでも良いという達観。いやだめだ。それでは足りない、まだ足りない。

 俺の体と精神に満ちているのは、生命の充足だった。俺の全存在を奪おうという者を前にして、恐怖と勇気がせめぎ合い、その境目に生まれる意識。純粋な利と純粋な害。その二つを前にして、俺は必死になっていた。必死になる、ああ、俺は今までそんなことがあったろうか? この恐怖は? この喜びは? 運命とか試練とか困難とか、そういうものに俺は抗うということをしたのか? 避けえないなにかに対し、拒絶しうつむく自由があり、あるいは忘れる自由が、そういう人間に与えられた選択の自由を得て、俺はあえて避けえないなにかに対面したことがあったろうか? 俺はいつも受動だった。なにか自分の背後に感じたより大きな意思に従っているだけだった。俺は今の今まで傀儡だった。そう、何故かそんな気がするのだ。

 靄を払うように、ヴェルギリを切り上げた。トニカトゲウの持つ一刀が宙に回る。すかさず切り返し、残りの一刀を叩き落とした。トニカトゲウの首にヴェルギリを添える。


「見事」


 トニカトゲウが言った。俺の息は上がり、掻いた汗に気分が良かった。


「通してくれるな」

「俺を殺してから行け。死に損なうのは不名誉だ。瘴気の魔王と戦い果てるならば本望!」


 トニカトゲウの円らな眸には、真実を語る者の持つ輝きがあった。こいつは本気で死を望んでいた。絶望ではなく、もっと気高い精神から。そしてそれがわかって尚、俺はそうする気になれなかった。殺すのがいやなのではない。こいつに生きていて欲しいのだ。


「お前は生きろ。お前は良い敵だった」

「ならば己で決着をつけるだけだ」

「生きることは不名誉じゃない」


 俺はヴェルギリを下した。


「いくぞミランダ」

「あ、はいっ」


 後ろからミランダが付いてくる。広間を抜け、俺たちは第八階層を突破した。




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