6-2.ああデートだよ、と私はホントを言うのであった
part隆志
食器洗いが済み、俺は手を拭いていた。時刻は一時前。出掛けるには丁度良い時間だ。二階へと上がると、部屋の前にミラーレが佇んでいた。なんとなく暗い顔だ。
「どうした? キャリバンは?」
「今、中で着替えをしているところです」
「お前はどうしてここに……ああ、俺が入らないよう見張りか」
「恐れ入ります」
部屋の中からは、きゃいきゃいと騒ぐミランダとキャリバンの声が聞こえる。長いなー、まだかなー、と思って待っていると、部屋の扉が開いた。
「あ、隆志さま。キャリバンの着替えが終わりましたよ」
「おお、そうか」
部屋に入ってみると、キャリバンが自分の体を隠すように腕で覆っていた。胸の谷間は見えてるし、へそ出てるし、肩から二の腕はむき出しだし、ミニスカートだし、露出度がどうにも高い。
「俺はまともな服を、と言ったはずだが」
「折角のデートですから、可愛い服のほうが良いではありませんか!」
「これはお前が選んだ服か」
「そうです! 可愛いでしょう?」
ミランダがどういう感性で、普段自分が着る服を選んでいるのかわかった。なるほど、悪魔然とした恐ろしい感性だ。
「ミラーレはなんとも言わなかったのか?」
「姉さんは……ちょっと地味めの服が好きなので、デートには合わないかと」
ミランダはなにか言い辛そうな雰囲気があった。喧嘩でもしたのかも知れない。
「後で仲直りしとけよ」
「うぇいっ、なんのことです!?」
「ところで、どんな服なら用意できるんだ」
「あ、えと、はい。それはこちらに」
ミランダは床に置いてあった分厚い本を差し出してきた。茶色の装丁がされている。開いてみると、様々な服の絵が描かれていた。服の細かい仕様から値段まで列記してある。
「まさか、これは……」
「カタログです」
いったいどこが出しているんだ、こんな物。明らかに悪魔向けだ。ともかく、キャリバンに合った服がないかと、ページを捲ってみる。
「キャリバンはどんな服が良いんだ?」
「もっと、肌が、隠れるやつ……」
「あ、それならこれとかどうだろう。あとこれとこれも」
「わかりました。注文しますね」
「金はあるのか?」
「試着できます」
「なら先ず試着だ」
十分後、タイトスーツを着て眼鏡を掛け、髪を纏めたキャリバンが立っていた。
「おお、意外にもかなり似合うな。秘書スタイル」
「旦那……?」
「あ、隆志さま、こっちはどうですか?」
「よし、やってみよう」
「旦那?」
十分後、ミニスカナースのキャリバンが立っていた。
「ああ、これはダメだな。白衣の天使っていうよりかは死神っぽい」
「元々悪魔ですからね」
「なあ旦那」
「よし次だ!」
「はい!」
「おい旦那!」
その後は色々と試した末、白いシャツにジーンズという男っぽい格好に落ち着いた。キャリバンは上背もあるし、健康的な体躯なので良く似合っている。割とぴっちりした服なので、胸の迫力も増して良い。ただ髪を纏めておかないと顔つきに陰が出来て、人殺しみたいな凶相になってしまう。髪はサイドポニーテールに纏めた。
「想像以上に時間が掛かってしまったが、良く似合っている。早速出掛けようか」
「お、おう」
まだ恥ずかしそうなキャリバンの手を引いて部屋を出た。後ろからエーリアルとミランダとヴェルギリが列を成して付いてくる。振り向くと、皆一斉に立ち止まった。エーリアルは眠たそうないつも通りの顔で、ミランダは円らな瞳に口元をにっこりさせて、ヴェルギリにはまだモザイクが付いている。
「お前らなにやってんだ?」
「お伴ですが?」
「いや、必要ない。留守番してろ」
「ですが、今は危険な時期ですし」
「キャリバンもいるだろう」
「はあ、では……」
がっかりした表情で、ミランダはヴェルギリを抱え上げた。エーリアルはしれっとそのままでいる。
「お前も来るなよ」
「はあ!? 武器を置いて出掛けるなんてありえません!」
「デートだっつってんだろ。念視で俺のことを見るのもなしだからな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアリゲーリ。それだけは、それだけは……! 第一、もしもの時にアリゲーリが襲われたら、エーリアルはどうやってそれを察知したら良いのです!」
「だからキャリバンがいるって」
やいやいと言い合っていると、ミランダが口を挟んだ。
「あの、ところで隆志さま。キャリバンとはどのようなことを予定されているのです?」
「え? まあ、そうだな。先ずはキャリバンの行きたい所にでも行って、その後は俺の案内で適当にぶらついて、頃合いを見て晩飯かな」
「一日中一緒なのですか!?」
「まあな」
「そんな、そんなの、普通のデートじゃないですか!」
「特殊なデートってなんだよ」
「私はもっと、こう、デートと銘打った散歩みたいなものだと考えていたんです! 気晴らしに! 夜には帰ってくるものかと!」
「気晴らしは気晴らしだよ。もう出発していいか?」
ダメです! とでも言おうとしたのだろうが、ミランダは一瞬だけ力んで脱力した。項垂れるように頷く。アリゲーリぃ、アリゲーリぃ、と縋り付いていくるエーリアルを払い除け、俺とキャリバンは家を出た。
part悪魔
ミランダは暗い表情でモザイクを抱えつつ、二階の部屋に戻った。その後ろをとぼとぼとエーリアルが続く。部屋に入るなり、ミランダはへなへなと腰を下ろした。しばしの間いじけていたミランダは、思い出したようにミラーレを見上げた。ミラーレは冷淡な目でミランダを見下ろしていた。
ほれ見たことか、というミラーレの視線が、深々とミランダに突き刺さる。ミランダは自分の浅慮を後悔しいしい、乱れる気持ちに翻弄されていた。
結局のところ、なぜ危険を冒してまで隆志がミランダを連れ出したか、理由もなにも聞いていない。ミランダもなんとなく遠慮してしまって、自分から聞きに行くことをしなかった。だから、隆志とミランダの関係も、ミランダと隆志の気持ちも、中途半端のまま宙にぶら下がっていた。そんな折での、隆志とキャリバンによるデート敢行。どう受けて止めて良いのかわからなかった。
「せめて、エーリアルちゃんとだったなら……」
喉の奥から競り上がる、ほんの少しの情念を噛み殺しつつ、ミランダが言った。
「たまには良いこと言いますね、阿婆擦れェ」
天井を見上げるエーリアルが、具合の悪そうな声を上げる。エーリアルの眼がぐるぐると回っている。常に隆志を視続けていたエーリアルは、捕捉先を失い、どこに視線を置けば良いのか混乱しているのだった。
エーリアルに、ミランダから哀れみの目が向く。居ても立っても居られなくなったのか、ミランダの瞳に決意が宿った。
「姉さん、さっきはごめん。でも私、自分のために隆志さまを利用するなんて、できないし、したくないから」
「ええ、それについては私も浅はかだったわ。それで、どうするつもり?」
「決まってるじゃない。散歩してくる!」
「そう、気を付けてね」
「うん。さあ、行こうエーリアルちゃん!」
「あぅん?」
ミランダはエーリアルの手首をがっしと握って、慌ただしく部屋を出て行った。「テメェ、離せ、この馬鹿!」「ぎゃん!」「ピキーッ!」階段を転がり落ちる音の後。玄関の扉が開かれ、そして閉まる音が、二階の部屋に届いた。
ミラーレが溜め息を一つ零す。
「それでは私たちも行きましょうか」
「なに?」
レギオニステラは驚いてミラーレを見た。
「ミランダたちが不始末をしでかしては、私たちにも咎が及ぶでしょう?」
「貴様、始めから私を巻き込むつもりだったな」
「私がそのような狐に見えますか? 妹の手綱も握れぬ無能の姉です」
「耳と尻尾が見えるぞ」
レギオニステラは気持ちを態度で明らかにする性質ではない。だが行動を見る限り、隆志とキャリバンがなにをするのか、気にはなっていたようである。レギオニステラは迷いも躊躇いも見せず、窓から部屋を出た。
それを底知れぬ微笑で見送ると、ミラーレは気兼ねのないのびをした。
「さて、戸締りしたら私も出ますか」




