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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
6幕.悪魔を呼ぶ手紙
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6-3.這い寄る悪魔

part隆志


 ゆっさ、ゆっさ、という擬音がなんの擬音か、ご想像にお任せする。タイトなシャツのお陰もあって、非常に楽しんでおります、とだけ言っておこう。

 隣を歩くキャリバンは、忙しなく周囲の様子を窺っていた。きょろきょろと落ち着きがない。サイドポニーテールにした灰色の髪の房が揺れている。つい目がいって仕方ない。じゃらされる猫にでもなった気分だ。こちらまでそわそわしてくる。きりもなや。キャリバンに声を掛けた。


「やけに落ち着きないな、どうかしたのか?」

「えっ、い、いや、だってよ、こんな姿を誰かに見られたりでもしたら……」

「したら?」

「したら……別になんにもないけどよ」


 多少は落ち着きを取り戻したのか、キャリバンはきょろきょろするのを止めて、うつむき加減に俺の隣を歩く。

 不意に俺の手が掴まれた。鱗の付いたキャリバンの手は、少し湿っていた。元々そうなのか、それとも汗なのか。


「どうした?」

「ど、どうしたって、だって、デートだろ?」

「まあな」

「だから、て、手を……」


 キャリバンの顔が真っ赤になっていた。熱でもないか心配になる程だ。初心過ぎやしないか、こいつ。

 握った手になんの反応もないというのも悪いので、握り返した。するとキャリバンは、「ひぃ」と極小さな悲鳴を上げた。


「ところで、行きたい所はあるのか?」

「逝きたい所? ない」


 てっきり居酒屋とか言い出すかと思ったんだが、意外だな。


「キャリバンってどんな物が好きなんだ? 酒は知ってるが……」

「お肉」

「ああ、確かに肉食な印象あるな」

「ワタシ、オニク、スキ」

「大丈夫だ、落ち着け、どうどう」


 しかし参ったな。最近の様子のおかしさについて話を聞こうと思っていたが、碌に話もできない状態だ。デートの名目は失敗だったか。いやしかし、他の連中は遠ざけた方が話しやすいだろうし、やはり適当にぶらつこう。先ずはキャリバンの緊張を解かなくてはなるまい。

 ぎくしゃくした動きで、キャリバンが前方を指差した。


「だだだ旦那」

「なんだ?」

「ああそこにコココンビニががあああある」

「ちょっと待て解読に時間が掛かる」

「くこかきくけこ」

「あそこにコンビニがあるな。それがどうした?」

「ささ酒をの飲んで、き緊張をお抑えよようと思う」


 あまり酒に頼るのもどうかと思うが、流石にキャリバンの緊張が尋常じゃない。哀れになってくる。致し方ないと判断して、俺は酎ハイを一本買って与えた。缶を渡すや否やツメを立てて、開封する。ぐびぐびぐび、と渇きで死にかけだったみたいに、飲み下していく。んくんくと喉が動いている。若干眼が血走っている。大丈夫かこいつ。


「ぷはっ」


 穏やかな笑みを浮かべて、キャリバンが一息吐いた。一息で飲み干してしまったらしい。


「大丈夫か?」

「応! 面倒かけちまったな。もう兵器だぜ!」

「……微妙に大丈夫じゃない気もするが、大丈夫ということにしておこう」


 そうこうしている間に、俺の頭の中で計画が定まっていた。キャリバンの手を取る。流石に慣れたか、やや顔を赤らめるぐらいで済んだ。


「行くぞ」

「ああ」


part悪魔


 空中を飛翔する悪魔がいた。背中から二対の羽が生えてはいるが、羽ばたいているわけではなかった。その悪魔は、彫像のような顔に、淡いピンク色の肌を持っていた。ねじくれた紫色の角が、額を飾っている。そして艶めかしい女体だった。悪魔の名はサクルマム。第三魔界の魔王、アユスルオキナの腹心たる、七柱魔の一柱だ。

 サクルマムは、一人の少年を抱えて飛んでいた。少年は小柄で、色白の顔は端正。それだけなら、この光景について、もう少しましな印象を抱いたであろう。少年の下半身は、巨大な蟷螂のそれだった。シオネラ、それがこの悪魔の名前だ。サクルマムと同様、七柱魔の一柱である。

 二体の悪魔は、上空から隆志とキャリバンを監視していた。


「あいつらなにやってんだ?」


 シオネラが首を傾げて言った。銀色の髪がさらりと額を撫でる。

 シオネラとサクルマムは、隆志たちの監視をアユスルオキナに命ぜられていた。監視を続け数日。今日、今までと違うことが起きた。それは隆志とキャリバンのデートだったのだが、この二体の悪魔にはそんなこと、見当も付いていない。


「あのキャリバンの格好、人間への擬態かな? どう思う? サクルマム」

「重い……」

「人間に化けて近付き、貪り喰おうって魂胆だと俺は思うんだよな。奴ら力を蓄えたいだろうし、それにキャリバンだしな。サクルマムはどう思う」

「……重い」


 考え込む素振りをしながら、シオネラは改めて隆志たちを見下ろした。その視界の端に、シオネラの興味を引くものが映る。


「おい、サクルマム。降りられるか?」

「降りてもいいの?」

「ああ、あいつらに気付かれないよう、慎重にな」


 その時シオネラの眼が捉えていたのは、公園にいるミランダたちだった。

 ミランダはベンチに座り込み、頭にはモザイクを乗せている。表情は浮かない。エーリアルはその隣にあるブランコを立ち漕ぎしていた。表情は沈んでいる。


「おい阿婆擦れ」


 エーリアルが不機嫌に言った。


「なんですか?」


 ミランダは暗い面を上げて、エーリアルに顔を向ける。


「ここはなんです?」

「公園です」


 エーリアルの漕ぐブランコの、勢いが増す。それを追いミランダの瞳は左右に揺れ動いた。


「なんで公園にいるんです?」

「散歩の寄り道と言ったら、公園じゃありませんか」

「だからなんで散歩してるんです?」

「散歩しに行くって始めに言ったじゃないですか」

「だからなんで散歩なんです? アリゲーリを追うのでは?」

「付いていったらだめって、言われたじゃありませんか」


 しばし沈黙が続き、ブランコの軋む音だけが、ミランダとエーリアルの間の空間を埋める。ブランコの台を吊る鎖には、少々油が足りていないようだった。


「エーリアルキィック!」


 不自然な動きで直角に跳ね飛んだエーリアルの、蹴り出した足がミランダの顔に直撃する。ミランダはベンチから蹴落とされ、ぐるりと後転して地べたに這いつくばった。


「呆れました、エーリアルは呆れました。阿婆擦れ、お前は今からアホの子に格下げそして改名です」

「ううう」

「そのモザイクとよろしくやってろ、エーリアルは勝手にやります」


 そう言ってエーリアルは念視を始めた。隆志を探している。

 ミランダは地面に這いつくばりながら、立ち竦むような気持ちでいた。隆志を追いかけるべきなのか、そうでないのか、その二択ですら、複雑な迷路に迷い込んだようで、どうして良いかわからなくなる。エーリアルの直情が羨ましかった。

 羨望の眼差しでエーリアルを見たとき、ミランダは瞠目した。エーリアルの頭上わずかの所にサクルマムが現れていた。魔手がエーリアルの頭に触れる。


「エーリアルちゃん!」


 ミランダが叫んだ。




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