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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
5幕.悪魔が悪魔であるために
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5-7.夏の夜の夢


 こんな、夢を見た。

 俺が寝静まった頃、ミランダたちが俺を囲んで談義している。俺の手元にエーリアルが座り、その隣におずおずとしたキャリバンが、その横にはヴェルギリを抱えたミランダが、その脇に正座するミラーレが、その傍らにレギオニステラが居た。


「では始めましょう」


 ミラーレが言った。


「私が言っておきたいのは、私たちの上下関係です」

「上下関係なんて、隆志さまは気にしないと思うな……」

「隆志さまはそうでしょう。ですが、私たちはそうもいきません」

「それはともかくよ、旦那は本当にそいつが居るのを許したのか?」


 当て擦るようにキャリバンが言った。キャリバンに向けて、レギオニステラがアリドュスクロワを見せつける。


「これこそがその証。敵対しているものに兵器を与えはしないだろう」

「だけどよぉ、それは与えたくて与えたっていうよりかは、なあ?」


 キャリバンは横目にエーリアルを見た。レギオニステラもたじろいでしまう。俺がエーリアル以外の武器を持つと、エーリアルが暴れるので、アリドュスクロワはレギオニステラに預けた。そういう経緯がある。


「付いてくるぶんには気にしないって、前にエーリアルちゃんが言ってましたよ。だから今回もそうじゃないかなあ。そもそもキャリバン、貴女も同じ穴の貉でしょう」

「お前もな」

「だからこそ、隆志さまの信頼が私たちにとり最重要なのです。私たちの上下関係とはつまり、隆志さまの信頼を直接的に反映させたものであるべきです」


 閑話休題。キャリバンがミラーレに食って掛かる。


「俺たちに上下関係なんて必要ねえだろ。旦那が上に居りゃそれでいい」

「私たちが男性ならば、それで良かったかも知れませんが――」


 男だったら自然に上下関係が出来そうだが。


「考えてもみてください。もしも隆志さまが、このうちの一人に対して、特別な愛情を注ぐようになったとしたら、どうなるかを」

「特別な愛情……?」


 ミランダが首を傾げた。


「そうなったとき、果たして私たちは味方の関係でいられるでしょうか。獅子身中の虫という言葉が相応しい、歪な関係が生まれるに違いありません」


 ミランダと、キャリバンと、レギオニステラが首を傾げる。


「なんでだ?」

「お前の言っていることが良く分からない」

「特別な愛情ってなに?」


 この鈍チン共め、というミラーレの心の声が届いた気がした。


「では一人ずつ質問してみましょう。先ずは一番わかりやすそうなエーリアル様から」

「ああ゛ん?」

「隆志さまがエーリアル様の使用を止めて、常に他の剣を使うようになったらどうされますか?」

「……ヴェルギリを殺します」


 恐れ(おのの)いたヴェルギリがミランダにしがみ付く。「よしよし」と、ミランダはヴェルギリを撫でた。


「では次にミランダ。今回のことで、隆志さまが貴女を遠ざけ、代わりにキャリバン様をお側に付けると仰ったと言ったら、貴女はどうします?」

「えっ」

「例えばの話だから」

「そ、そう。ええと、隆志さまがキャリバンをお側に? あんまり考え付かないなあ」

「どういう意味だよ」

「ミランダ、魔界で隆志さまを案内したのはキャリバン様よ」

「うう」


 ミランダの様子から、キャリバンがへらへらと笑いながら視線を遠くへ向ける。


「言っちゃあなんだが、俺がいなかったらヤバかったぜ、旦那は。あれだけ役に立ったら、家来冥利ってなもんだ」

「ううう」

「どっかの誰かと違って、裏切り者でもなければ騙そうともしてねえしな」

「うううう」

「上下関係には興味ねえけど、信頼ってんなら俺が一番されてるかも知れねえな。……あ、いや、エーリアルを除いて」


 エーリアルが無表情な視線を向けると、キャリバンは途端にびくつき始めた。でも実は、ヴェルギリもキャリバンに攻撃的な視線を向けていたりする。誤魔化すように、キャリバンは酒をちびちび飲り出した。


「ではキャリバン様。もしもミランダが隆志さまの子を宿したとしたらどうですか」


 キャリバンはむせた。ミランダは顔を赤くして立ち上がる。


「ちょっと姉さん、なに馬鹿なこと言ってるの!」

「なにって、なによ。元々貴女が人間界へ来た目的には、そういうことも含まれていたでしょう」

「それはそうだけど、そんな今更……」

「おい待て、そんな話、俺は聞いてねえぞ」

「貴様には私が言った。まともに聞いていなかっただけだな」

「それはともかく、仮にそうなったとしたら、どうしますか、キャリバン様」

「ど、どうって……旦那に限ってそんなことはありっこねえ」

「ちなみに私は隆志さまに押し倒されました」

「ええ!?」


 キャリバンよりむしろ、ミランダが驚いた。というかミラーレ、嘘じゃないけど誤解を呼ぶだろ。あまりそういうことを吹聴するな。


「英雄色を好むと言うでしょう。心当たりはありませんか? 隆志さまのどこかいやらしい視線を……」

「う、確かに……」

「私も、しょっちゅう……」


 おいおいおい! お前ら! ちょっと待て! 俺が悪かったからちょっと待て!


「俺、黙ってたけど、魔界にいたとき、旦那に、胸を……」

「そ、そんな、隆志さまが、そんな! でも私が最初、自分に歯止めが効かなくなったとき、エーリアルちゃんの制止を無視して、隆志さまも……」


 おいおいおいおい! いい加減にしろ! キャリバンのときは偶然だろ、偶然! ミランダのときはちゃんと理性を働かせたろう、俺!?


「エーリアルの姿はアリゲーリの好みです」


 嘘を吐くなあああぁぁ!! ……ああ、皆の俺を見る目になにか得体の知れないものが加わった。違うんだよ、誤解だよ、エーリアルはある日突然その姿をするようになったんだよ。俺の好みを調べたとか言ってたけど、俺そんな趣味ないよ。本当だよ。エーリアルの胸見てみろよ。自分たちのと比べろよ。わかるだろ!?

 俺の魂の叫びは魂の叫びであるが故に届かなった。俺の憤死せんばかりの慟哭を置き去りに、会話は進む。


「はっきり言って、私たちのいずれもが、いつ隆志さまのお手付きになっても不思議ありません」

「いや、いや、旦那に限って、それは……!」

「それです。そのキャリバン様の隆志さまへの信頼はひとえに、隆志さまの鷹揚さと誠実さから来ていますね」


 ミラーレはきらり目を光らせた。キャリバンはこくんと頷く。


「隆志さまが鷹揚なだけであって、始めから誰彼かまわず取って食う獣だったならこのような問題もなかったかも知れません。ですが、そう、隆志さまは誠実なのです。常に私たちのことを気遣っています。もし隆志さまが私たちの誰かと関係を結んだとしたら……」

「その悪魔だけ特別扱い!?」

「そうです。そうなったとき、私たちは今の関係でいられますか? 無理でしょう。相手によっては不満を持つこともあるはずです。そうなれば誰より苦しむのは隆志さまのはず。そうならないために、(あらかじ)め上下関係を決めておこうというのです」

「いや、しかしそれはそれで軋轢を生みそうだが。そもそもどうやって信頼の深さを測るというのだ」

「それもそうですね」


 レギオニステラの意見に、ミラーレが考え込むふりをする。勘の良いヴェルギリはなにか感じ取ったのか、ミラーレを警戒しているようだ。


「それではこれから、隆志さまの信頼、いえ、直接的に言ってしまいしょう。寵愛を獲得できるか、競争にしませんか?」

「そんなの要らねえよ」

「私にも必要ない」


 キャリバンとレギオニステラが、ごみでも放るみたいに言い放った。しかしミラーレの思う壺だったようで、隠しきれずに漏れたような笑みが、ヴェルギリを震え上がらせた。


「同じ台詞を隆志さまに言えますか?」


 躓いたみたいに、キャリバンとレギオニステラは押し黙った。


「隆志さまがキャリバン様やレギオニステラ様を憎からず思っていることは明白です。ふとしたことが切欠で、今の均衡が崩れることは想像に難くありません」

「俺は、旦那に、好かれてねえよ……」


 先ほどの自慢が嘘のように、キャリバンは気落ちした声で言った。


「旦那は優しいんだよ。だから俺みたいなはねっかえり (・・・・・・)にも付き合ってくれる。だけど、それだけだ。それ以上はねえ」

「そもそも私は、アリゲーリ様が魔界を統治してくださればそれで良い。私自身がどう思われようが構わない」


 キャリバンに乗っかってレギオニステラも所感を述べる。


「隆志さまは優しいだけではありません。苛烈な面をお持ちです。今回のことでそれは十分に理解できるはず。隆志さまはミランダを連れ出すためだけに、第三魔界に挑んだのです。誰にも出来ることではありません。その苛烈な面が私たち関係性に向いたとしたら……」


 キャリバンは膝を抱えてうつむいた。レギオニステラも沈黙したままだ。見事にミラーレの誘導に乗せられている。俺が第三魔界に挑んだのは罠に嵌められたのが始めにあるのだ。


「それにキャリバン様、隆志さまの寵愛を得ることは、貴女様の目的に適うことではありませんか」


 がばりと、キャリバンが顔を上げた。顔が驚きに染まっている。


「なんでテメエがそのこと知ってんだ」

「風の噂に聞き及びました。それとレギオニステラ様。隆志さまは魔界の統治をなさらないと存じます」

「なぜ言い切れる?」

「エーリアル様を見れば自ずと」


 エーリアルは頬を膨らまして、俺の頬を指でつんつんと突いた。


「それにミランダの誘いも始めの時点で断っていらっしゃいますから。それに隆志さまは人間の体でもありますし、現実的に考えて隆志さまが好いて魔界に行くことはないでしょう」

「……お前に考えがあるとでも?」

「流石はレギオニステラ様、話がお早い。考え、ええ、ございます。隆志さまが、私たちのうちの誰かと、終生を共にする決意をなされば良いのです。魔界で暮らすという考えも湧いて出てくるでしょう」

「つまり、アリゲーリ様と貴様らのうちの誰かの縁結びをしろと言うのだな」

「仰る通りです」

「ふん」


 レギオニステラは明確な返答をしなかった。


「遅かれ早かれ、隆志さまの好意を奪い合う事態は訪れます。そうなったときの仲間割れを防ごうというのが、今回の提案の本旨です。それぞれに思うところあるようですから、今日はここまでにしておきましょう」


 そうして談義は終わり、俺の視界が暗転する。再び視界が戻ったときには、シコラクスが俺の目の前にいた。


「顔が近いぞ、なんのつもりだ」

「第一魔界の妾に会ってきたのだろう。元気そうじゃったか?」

「どうもこうも、お前と同じだ。というかなんだ、これは夢なのか? それともお前が見せた――」

「夢じゃよ、夢。だからさっさと起きると良い。妾が物語を進めておいてやるから」

「は!? おい、余計なことを――」

「はいドーン!」


 気付けば朝で、布団の上で横になっていた。エーリアルが俺の懐に潜り込んでいる。寝返りを打とうとすると、その先でミランダが眠り、さらにその先にミラーレが眠っている。ヴェルギリはミランダの枕になっている。寝返りは諦めた。向かいの壁際にはキャリバンが横になっている。俺は体を起こした。

 部屋の角にレギオニステラが佇んでいた。


「おはようございます」

「おはよう。……なあ、お前、昨日」

「はい」

「いや、やっぱりなんでもない」


 こうして、第三魔界での騒動は新たな悪魔を家に呼び込み、幕を下したのだった。




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