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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
5幕.悪魔が悪魔であるために
33/68

5-6.蛙は蛇に睨まれて鼠は袋で噛んだ猫には豆鉄砲でやり返されて猿と犬が西向きゃ尾は東……


 ミランダは俺が体を押し離すそのときも、指先を名残り惜しそうにした。


「他の皆は?」


 訊くと


「家から離れてもらいました。隆志さまのお母さまがお帰りになる頃ですので」 

「瘴気のことなら問題ない。俺が吸収できるし、ヴェルギリに手伝ってもらえば無際限に近く瘴気を処理できる」

「わあ、すごい。消臭剤みたいですね」

「…………ところで、その眼のことだ」


 ミランダは片目を隠した。誤魔化すように笑う。


「臓器は特に栄養がありますから、その、魔剣さんのお手伝いになればって思いました」

「あとでヴェルギリの眼をもらうと良い。嵌めれば使えるようになるから」

「そんな電池みたいな……」

「うらァ!」


 エーリアルがミランダを蹴った。急なことでミランダは対処できずに、ごろりと床に転がった。エーリアルはふんぞり返って俺を見た。


「なにやってんだ」

「真っ先の感謝がないとは、流石のエーリアルもいらっときます。ヴェルギリや阿婆擦れといちゃこら、いちゃこら、ちんちんかもかも……エーリアルがアリゲーリを助けたんです! アリゲーリは最近エーリアルの扱いが雑です! 剣は手入れと扱いが命です! もっと大切にしてください!」

「どう扱えってんだ」

「ありがとうなどの良い言葉を聞かせると綺麗なエーリアルになります」

「水の結晶じゃないんだから……」


 頬を膨らませ気味のエーリアル。ミランダがぽつりと呟くように言った。


「……嫉妬?」

「あ゛ん?」


 エーリアルがぎろりと睨む。エーリアルは俺か敵しか見ない。ミランダの命が危うい。エーリアルを引き寄せて膝に乗せた。腕を胴に回した。こうしておけばいきなり襲いかかったりはできまい。


「あ、ほら! いま嬉しそうな顔した!」


 ミランダが嬉しそうにはしゃぐ。「ケッ」とエーリアルが悪態を付いた。


「エーリアルは剣です。剣に感情なんてありません。あるのは剣としての自覚だけです」

「じゃあなんで隆志さまに抱っこされて嬉しそうにしたの!?」

「嬉しそうなのはテメェだろ、くの、阿婆擦れェ!」

「こら暴れるな!」


 エーリアルを押さえると、手の甲の赤が目に付いた。近付けて見る。


「なんだこれ、口紅……?」

「あ」


 急にミランダが俺の手を掴んで、布で拭いた。


「なんか知ってるのか?」

「なんでもありません。姉さんとキャリバンを呼び戻してきますね」


 ミランダは窓から飛んでいった。その後カーチャンが家に帰った。念のため顔を見せたが、特に会話もなく、特に問題もなかった。

 部屋に戻るとエーリアルがヴェルギリを苛めていた。エーリアルをヴェルギリから引き離し、膝の上に押さえ込んでおく。ヴェルギリはウミウシみたいな姿で部屋の隅をうろうろしていた。少しでもヴェルギリがこちらに近付くと、エーリアルは足をぱたぱたさせた。


「これから面白くなりますね、アリゲーリ」

「なんだよ急に」

「きっと第三魔界の悪魔が押し寄せてきますうししし」


 俺は右を見て、左を見て、上を見た。ついさっきのことなのにすっかり忘れていた。第一魔界にいた分、時間の感覚が狂っていたという理由もあるが。


「楽しみです。血沸き肉躍るでしょう、アリゲーリ。血や肉があればエーリアルはそうです」

「楽しみ、ではないな」

「エーリアルを握る手の力が強くなってます。敵を斬ろうとするときにするアリゲーリの癖です」


 エーリアルに指摘されて気付いた。手を握る力を緩める。


「ほら、早速なんか来ました。まあまあ遊べそうです。エーリアルを使ってくださいね」

「マジか」


 エーリアルが剣になる。その柄を掴んだ。


「ああ、なんか凄い久しぶりな感じです。エーリアルを使うアリゲーリ。これこそ魔剣士です。瘴気の魔王です!」

「いちいち喋るな黙れ。それと敵はどっちから来る」

「太陽の方です。時空を越えて来ます」


 窓の方に構えた。ヴェルギリは俺の後方で備える。数秒後、エーリアルの言を違えずに空間が歪み、悪魔が現れた。

 見覚えのある黒い甲冑姿の悪魔は、腰にアリドュスクロワを佩いている。


「アリゲーリ?」

「レギオニステラか。お前が追っ手とは意外だな。傷は平気なのか?」


 一瞬の間が空く。そして


「はっ! 悪魔の体です故、支障はございません」


 いきなりその場に跪き、堅苦しくそう告げた。妙な様子にエーリアルを下ろす。


「こらっアリゲーリ! 敵の眼前で剣を下ろすな!」

「お前は静かにしてろ。レギオニステラ、それはなんのつもりだ」

「私は貴方に忠誠を誓うこととしました」


 凛とした声が響く。嘘偽りはなさそうに感じてしまい、試すため、エーリアルの刃を、レギオニステラの首に添えた。


「今この場でお前を殺すこともできる」

「構いません。だが貴方はそれを望まないはずだ」

「なぜそう思う?」

「それは貴方がアリゲーリだからだ。貴方は弱者を手に掛けない」

「勘違いだな。弱い奴しか俺は殺さん」

「貴方が殺めるのは弱者を襲う者だけだ。戦意のない者は襲わない」

「やれーっ、やれーっ、アーリーゲーリ! やれっやれっアリゲリ! やれっやれっアリゲリぃ!」

「黙れ」


 戦う気を失い、エーリアルを放る。エーリアルは少女の姿に戻り、俺の脛を蹴ってくる。


「部屋の中でやりたくないしな」

「ふふ」


 レギオニステラは立ち上がった。そして己の手を見詰めた。手はかすかに震えている。レギオニステラほどの者が恐怖したとも思えない。


「どうした」

「歓喜に手が震えております。こうして再び貴方に相見えることができると、思っておりませんでしたので。運命というものも、どうして中々、見限ったものではありません」

「うんめい?」

「お気になさらず。ところで勝手ながら、貴方へ忠誠の印を捧げさせていただきました。簡易な呪詛ですので、貴方の私に対する命令は、ある程度の強制力を持っています。印は落とせば消えるものですが、より確固たる契約の締結を、貴方の命令によって強制させることができるはずです。それを以って、私への信用とさせてください」

「印ねえ?」


 印を探して、体のあちこちを見る。そんなものは見当たらない。


「印は手の甲に」


 言われて見るが、やはりなにもない。


「ば、馬鹿な、確かに印を付けたはず……」


 レギオニステラが狼狽して、俺に近付いた。足元でヴェルギリが「ピキーッ!」という声で鳴いて、レギオニステラを威嚇する。レギオニステラが立ち止まった。


「も、申し訳ありません。こんなはずでは……」

「手の甲、印……あっ」


 先ほどの口紅を思い出す。その間にレギオニステラは再び跪く。佩いていたアリドュスクロワを俺に差し上げていた。


「これは元々貴方の剣。返上致します」


 武装解除して戦意のないことを示そうというのだろう。だけどもそうは烏賊の金玉。エーリアルがレギオニステラの手を蹴り上げた。天井で跳ね返るアリドュスクロワをヴェルギリが受け止める。庇うように巻き付いて、こそこそと部屋の隅に移動した。

 エーリアルは熊も竦みそうな冷酷な表情でレギオニステラを見た。茫然と手を掲げたままのレギオニステラだ。


「旦那っ! 復活したってほんとか!?」


 時空の穴からキャリバンが出てくる。位置が悪く、レギオニステラの肩にぶつかり、すってんころりん、受け身をとって見上げた先にはエーリアル。


「ひぃ……」


 声が押し潰れている。既に涙目だ。後ろの扉が開く。ミランダとミラーレだった。


「これで全員ですね。……ッ! レギオニステラ、貴方!」


 レギオニステラに身構えるミランダ。そして硬直する時間。位置的に渦中の俺。どうして良いか分からない。特に落ち着きのありあそうなミラーレは、俺を見て瞠目している。死んだ人間が生き返ったらそうなるわな。


「アリゲーリ、皆殺しが適切です」

「だ、旦那、たしゅけて……」

「その、私は……」

「隆志さま、下がってください!」

「ミランダ、どうなってるの?」

「皆いったん黙ろうか」


 この状況は、もうしばらく続いた。




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