第8話 琥珀の首飾りとライバル
「本当に、これを預けるのかい?」
質屋の主人は、布から取り出した琥珀の首飾りを見つめながら尋ねた。
一月十一日の朝。俺は商業区の小さな質屋にいた。店内には古時計や宝石箱、使い込まれた工具が並んでいる。どれも誰かが事情を抱えて持ち込んだ品なのだろう。
「はい。売るんじゃなくて、質入れしたいんです」
「何に使う金だい?」
「魔物と暮らすための牧場を借りたいんです。保証金が足りなくて」
主人は俺の顔と首飾りを見比べた。
「大事な品なんだろう?」
「母さんからもらいました」
「だったら、よく考えた方がいい。借りた金を返せなければ、取り戻せなくなることもある」
昨夜から何度も考えていた。
母さんの首飾りを預けてまで、あの古い牧場を借りるべきなのか。今の宿で暮らしながら金を貯める方法だってある。
けれど、ガルドはこれから大きくなる。傷ついた翼に負担をかけず、安心して休める場所が必要だ。ルルにも水場を用意してやりたい。
「分かっています。だから、必ず取り戻すつもりです」
主人は頷き、首飾りの査定を始めた。
琥珀を灯りにかざし、金具や紐の状態を確かめる。俺はその手元を見つめながら、母さんが首飾りをかけてくれた日のことを思い出していた。
やがて主人が顔を上げる。
「二万ルーンまでなら貸せるよ」
「二万ですか!」
保証金は一万ルーン。これなら正式契約に進める。
ただし、借りた金は返さなければならない。
「受け戻すときは、いくら必要ですか?」
「二万一千ルーンだ。質料の千ルーンを含めた金額になる」
主人は契約書を差し出した。返済期限や質流れの条件も記されている。
俺は分からない箇所を尋ね、説明を聞きながら一つずつ確認した。母さんの首飾りを失うわけにはいかない。いつまでに金を用意すればいいのか、間違えないようにしなければ。
「決めたかい?」
俺は琥珀をもう一度見た。
「お願いします」
書類に名前を書くと、主人は二万ルーンと質札を渡してくれた。
「質札は大切に保管するんだよ。首飾りはこちらで預かっておく」
「よろしくお願いします」
布に包まれた首飾りが店の奥へ運ばれていく。
いつも服の内側にあった重みが消え、俺は無意識に胸元へ手をやった。
代わりに鞄には、二万ルーンと質札が入っている。
牧場を借りるための金と、必ず返さなければならない借金だ。
「また迎えに来るからな」
俺は店の奥へ一度だけ目を向け、質屋をあとにした。
*
「本当に保証金を用意したんですか?」
育成士協会の女性職員は、俺が差し出した仮契約書を見て驚いた。
「はい。母さんの首飾りを質屋に預けて、二万ルーン借りました」
「それなら、返済のことも考えなければいけませんね」
「分かっています。倉庫の仕事も続けます」
女性は書類を確認しながら、少し心配そうな顔をした。
「牧場を借りれば、月々の使用料もかかります。ガルドの食費や治療費も必要ですし、ルルの生活環境も整えなければなりません」
耳の痛い話だったが、どれも避けて通れない。
「だからこそ、ちゃんと計算しながら暮らしていきます。分からないことは相談しますから」
女性は俺の顔を見て頷いた。
「では、管理担当者へ連絡しましょう。正式契約の確認を進めます」
その間、ガルドとルルには協会の休養スペースで待っていてもらった。
ガルドは朝食を済ませたばかりなのに、まだ俺の鞄を気にしていた。ルルはその背中に乗り、職員が近づくたびに角の陰へ隠れている。
「二匹とも、ちゃんと休んでてくれよ」
そう声をかけ、俺は牧場へ向かった。
*
旧グラン牧場の管理担当者は、俺を見るなり驚いた顔をした。
「レオン君、もう保証金を用意したのかい?」
「はい。正式契約をお願いします」
「そうか。それなら、もう一度条件を確認しよう」
机の上に契約書が広げられる。
保証金は一万ルーン。月額使用料は一万五千ルーンで、初月は後払い。
傷んだ床や柵は安全確認が済むまで使わない。井戸水も検査結果が出るまでは飲み水にしない。施設の修繕については、事前に相談する必要がある。
「君はまだ育成士資格を持っていない。協会の継続確認も忘れないようにね」
「はい。危ない場所は使いませんし、勝手に大きな修理もしません」
管理担当者は協会からの確認内容を照合し、契約書を俺の前へ置いた。
「内容に間違いがなければ、署名してくれ」
俺はペンを握った。
レオン・アシュベル。
名前を書き終え、保証金一万ルーンを支払う。
管理担当者は受領記録をつけ、契約書の控えと古い鍵を差し出した。
「これで正式契約だ。旧グラン牧場を大切に使ってくれよ」
「ありがとうございます!」
鍵を受け取ると、ようやく実感が湧いてきた。
あの荒れた牧場を、これから自分たちの手で整えていくのだ。
もちろん、正式契約ができたからといって、すべてが解決したわけじゃない。食費も治療費も必要だし、建物を安全に使えるようにするには時間も金もかかる。
それでも、最初の一歩を踏み出せた。
「まずは安全に使える場所を確認して、少しずつ整えていきます」
「それがいい。張り切りすぎて怪我をしないようにね」
俺は鍵と契約書を鞄へしまい、管理担当者に礼を言った。
*
協会へ戻ると、ガルドは休養スペースの敷物で横になっていた。頭の上にはルルが乗っている。
「ガルド、ルル! 聞いてくれ!」
声をかけた途端、ルルが驚いて転がり落ちた。
「あっ、ごめん!」
ルルは慌ててガルドの前脚の陰へ隠れる。ガルドは俺の方へ首を伸ばしたが、傷ついた左翼をかばって身体は起こさなかった。
俺は二匹の前にしゃがみ、鍵を見せた。
「牧場を借りられたんだ。あそこが俺たちの家になるぞ!」
ガルドは鍵を嗅いだあと、すぐに鞄へ鼻先を向けた。
「おい、もう少し喜んでくれよ!」
どうやら鍵より食べ物の方が気になるらしい。
ルルはガルドの陰から出てきて、鍵の先に身体を触れさせた。冷たい金属に驚いたのか、すぐに引っ込んでしまう。
「ははっ。食べ物じゃないし、怖いものでもないぞ」
俺は鍵を鞄へ戻した。
母さんの首飾りは手元にない。
けれど、育成日誌はある。ガルドとルルもいる。
あとは、この二匹が安心して暮らせる場所を作るだけだ。
*
協会を出ようとしたとき、聞き覚えのある声がした。
「レオン?」
振り返ると、入口の近くに一人の少年が立っていた。
整った身なりに、よく手入れされた靴。背筋を伸ばした立ち姿にも見覚えがある。
「カイル!」
育成士学校で何度も顔を合わせた相手だった。
カイルは俺を見ると、少し驚いたように眉を上げた。
「学校を離れたって聞いたけど、本当だったんだな」
「ああ。いろいろあってさ」
「そうか」
カイルはそれ以上、家の事情を聞いてこなかった。
代わりに、俺の足元へ視線を向ける。
「その竜は?」
「ガルドっていうんだ。俺の仲間だよ」
カイルはガルドの左翼を見た。
「怪我をしているのか?」
「輸送事故で骨格と神経を傷めてる。今は飛べないんだ」
「それで、お前が育てているのか?」
「ああ。逆契約したんだ」
カイルの表情が変わった。
「逆契約? 魔物の方から人間を選ぶ、あの契約か?」
「そう。協会でも確認してもらった」
カイルはガルドをじっと見つめた。
「学校で習ったときは、実例なんてほとんどないって話だったよな」
「俺も驚いたよ」
「でも、お前らしいな」
「どういう意味だよ?」
「学校でも、魔物が嫌がる訓練にはすぐ口を出してただろ。成績より、魔物の様子ばかり気にしてた」
俺は少しむっとした。
「悪いことじゃないだろ」
「悪いとは言ってない。ただ、試験じゃ結果も必要だった」
その言葉には反論できなかった。
カイルは昔からそうだ。思ったことをはっきり言うし、競技でも手を抜かない。俺が実技試験で失敗したときも、慰めるより先に何が悪かったのか指摘してきた。
腹が立つこともあったが、間違ったことばかり言うわけではない。
「今はどうなんだ? 育成士になるのを諦めたのか?」
「諦めてないよ。牧場も借りたし、ガルドたちと一緒にやっていくつもりだ」
「牧場まで?」
カイルは本気で驚いたらしい。
「思い切ったな。維持費だってかかるだろ」
「それは嫌というほど分かってる。倉庫で働きながら、少しずつ整えていくよ」
「なるほどな」
カイルはガルドを見たあと、今度はルルへ目を向けた。
「そっちのスライムも契約魔物なのか?」
「いや、ルルは自由同行。水路で出会って、ガルドについてきたんだ」
ルルは知らない相手を警戒し、ガルドの後ろへ隠れていた。
カイルは少し笑った。
「どうやら、お前よりその竜の方が人気者みたいだな」
「俺もそう思う」
二人で笑ったあと、カイルの表情が少し変わった。
「ところで、レオン。競技大会には出るつもりか?」
「条件が整えば挑戦したい。もちろん、ガルドの体調が最優先だけどな」
「そうか。だったら、いつか競技場で会うかもしれないな」
カイルの声には、さっきまでとは違う張りがあった。
「俺はもう、自分の魔物たちと競技に向けて準備してる。レグリオスもセレスティも、まだ伸ばせるところがあるからな」
その名前を聞いて、俺は思わず顔を上げた。
カイルが育てている二匹だ。学校にいた頃から、あいつは魔物の能力をよく観察し、弱点を補う訓練を考えるのが得意だった。
「相変わらず熱心だな」
「当然だろ。勝ちたいからな」
カイルは迷いなく答えた。
「お前も本気で育成士を目指すなら、いつか勝負しよう。今度は学校の試験じゃなくて、ちゃんとした競技場で」
俺はガルドを見た。
左翼の怪我はまだ治っていない。競技に出られるかどうかも、医療担当者の判断が必要だ。
今の俺たちでは、カイルに勝てる自信なんてない。
それでも、逃げたいとは思わなかった。
「いいよ。いつか必ず勝負しよう」
カイルは口元を上げた。
「言っておくけど、手加減はしないぞ」
「こっちだって、負けるつもりで出るわけじゃない」
「その言葉、覚えておくからな」
カイルは楽しそうに笑った。
その顔を見て、俺もつられて笑う。
悔しいけれど、こういうところは昔から嫌いじゃなかった。
「じゃあな、レオン。また会おう」
「ああ。またな!」
カイルは手を上げ、協会の奥へ歩いていった。
俺はその背中を見送りながら、少しだけ考えた。
学校にいた頃、俺は何度もカイルの背中を追いかけていた。試験の成績でも、競技の技術でも、あいつの方が一歩先にいた。
今も、その差は簡単には埋まらないだろう。
けれど、今の俺にはガルドとルルがいる。
俺たちなりのやり方で、少しずつ強くなっていけばいい。
「ガルド。いつか、あいつと勝負するぞ」
ガルドは俺を見上げた。
そして、俺の鞄へ鼻先を近づける。
「だから、今は勝負の話だって!」
ガルドは構わず、鞄の匂いを確かめていた。
どうやら、俺の将来の話より、今日の夕食の方が大事らしい。
ルルはその背中で小さく揺れている。
「まったく、お前たちらしいな」
俺は二匹を連れて協会を出た。
*
旧グラン牧場へ戻る頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。
古い門の前に立ち、鞄から鍵を取り出す。昼間、正式契約を済ませたときに管理担当者から受け取ったものだ。
鍵穴に差し込んで回すと、かちりと小さな音がした。
「よし、開いた!」
門を押すと、錆びた蝶番がきしんだ。
その向こうには、傷んだ家屋と飼育小屋、荒れた畑が広がっている。木柵は傾いたままだし、水路にも泥が溜まっていた。数日前に見学したときと、何も変わっていない。
それなのに、今日は少し違って見えた。
「ガルド、ルル。ここが俺たちの新しい家だぞ」
ガルドは門をくぐると、以前の見学で気に入っていた日当たりのよい場所へ向かおうとした。
「待った! そっちはまだ安全を確認してないからな」
呼び止めると、ガルドは素直に足を止めた。
左翼をかばいながら振り返るガルドを見て、俺は歩く速度を落とした。
「まずは使える場所を確かめよう。急がなくても、牧場は逃げないからさ」
ガルドは俺の隣へ戻り、鼻先で膝を押してきた。その背中では、ルルが青い身体を揺らしている。
俺たちは管理担当者と確認した通路を進み、古い家屋へ向かった。
玄関の鍵を開けると、埃っぽい空気が流れてきた。窓から差し込む夕日が、何も置かれていない居間を照らしている。
「まずは掃除だな。あとは寝床と飲み水、それから食事の準備も必要か」
考え始めると、やることが次々に浮かんでくる。
奥の部屋は床板が傷んでいるから使えない。飼育小屋も修繕が必要だし、井戸水は検査が済むまで飲めない。
正式契約をしたからといって、今日から何でも自由に使えるわけではなかった。
「ガルド、そこなら休めそうだぞ」
俺は見学時に状態を確認した居間の壁際を指さした。
ガルドはゆっくり近づき、床の匂いを確かめる。前脚で何度か踏んでから、日差しの残る場所へ腰を下ろした。
「やっぱり、そこが気に入ってたんだな」
ガルドは俺を見上げ、尻尾を一度動かした。
ただし、床が比較的しっかりしているからといって、寝床の準備ができたわけじゃない。俺は持ってきた敷物を広げ、左翼を圧迫しないよう位置を調整した。
「ほら、これならどうだ?」
ガルドは敷物へ移り、身体を丸めようとした。
ところが、途中で左翼が床に触れたらしく、すぐに姿勢を変えた。
「痛むのか?」
俺がしゃがむと、ガルドは一度こちらを見たあと、傷ついた翼をかばいながら横になった。
無理に動かさない方がいい。
「今日はもう休んでてくれ。片づけは俺がやるから」
そう言って立ち上がると、今度はルルが動き始めた。
青い身体がガルドの背中から滑り降り、玄関へ向かって跳ねていく。
「ルル、どこ行くんだ?」
ルルは入口で一度振り返ったあと、外へ出ていった。
俺が様子を見に行くと、向かった先は水路だった。
「ああ、そっちか」
ここはルルと初めて出会った場所だ。
水路へ近づいたルルは、石の縁でしばらく動きを止めたあと、水の中へ飛び込んだ。
ぽちゃん。
青い身体が水面の下で揺れている。
「やっぱり、ここが好きなんだな」
ルルは石の陰へ潜り、しばらく姿を見せなかった。
俺は無理に呼び戻さず、安全な場所から水路を眺めた。
ルルは契約魔物ではない。自分の意思で俺たちについてきているだけだ。
ここに戻りたいなら、それもルルの自由だった。
「水路もいつか掃除したいけど、お前の住んでる場所を壊さないようにしないとな」
水の中から、青い身体が少しだけ現れた。
俺が手を振ると、ルルはすぐ石の陰へ引っ込んだ。
「まだ俺には警戒するんだな」
まあ、昨日出会ったばかりだ。
焦る必要はない。
*
家屋へ戻ると、ガルドは敷物の上で休んでいた。
俺は鞄から紙と鉛筆を取り出し、必要なものを書き始めた。
寝具、掃除道具、飲み水、食料、飼料。それから、傷んだ建物を修繕するための材料と作業の手配。
書けば書くほど、必要なものが増えていく。
「うわあ、これ全部そろえるのか」
質屋から借りた二万ルーンのうち、一万ルーンは保証金として支払った。
保証金は預けている金であって、使ってなくなっただけの金とは違う。それでも、今すぐ食費や修繕費に回せる現金ではない。
しかも、母さんの首飾りを取り戻すには二万一千ルーンが必要だ。
牧場の使用料一万五千ルーンも、初月は後払いとはいえ、いずれ支払わなければならない。
「仕事を続けるだけじゃ、足りないかもしれないな」
倉庫の仕事は大切だ。
けれど、これからガルドとルルの生活を守るには、収入を増やす方法も考えなければならない。
俺は鉛筆を置き、敷物で眠るガルドを見た。
左翼の怪我はまだ治っていない。
それでも、ガルドには地面の振動を感じ取っているかもしれないという、気になる反応があった。
第6話で気づいたばかりの、小さな手がかりだ。
あれが本当に能力なのかは、まだ分からない。
無理に確かめようとして怪我を悪化させるわけにはいかないし、競技に出るなら医療担当者の判断も必要になる。
それでも、いつかガルドが自分の得意なことを見つけられたら嬉しい。
「カイルも頑張ってるんだよな」
協会で再会したライバルの顔を思い出す。
レグリオスとセレスティを育て、競技大会へ向けて準備を進めていると言っていた。
学校にいた頃から、カイルは何でも器用にこなしていたわけじゃない。誰よりも観察し、何度も試し、納得できるまで練習を続ける奴だった。
だから強い。
俺はそんなカイルに、何度も負けてきた。
「次は、簡単には負けたくないな」
もちろん、今すぐ勝負できるわけじゃない。
まずはガルドの身体を守り、育成士として必要なことを一つずつ覚える。
その積み重ねが、いつかカイルとの勝負につながるはずだ。
*
外が暗くなる前に、俺は家屋の入口でルルを待った。
水路の方を見ると、小さな青い身体が石の上へ乗っている。
「ルル、そろそろ戻るか?」
声をかけると、ルルは身体を縮めた。
けれど、家屋の方からガルドが顔を出した途端、勢いよく跳ね始める。
ぽよん、ぽよん。
「おいおい、そんなに急がなくても」
ルルはガルドの足元まで来ると、すぐに背中へ登ろうとした。
途中で滑り落ちたが、諦めずにもう一度挑戦する。
ガルドはそんなルルを見下ろし、鼻先で軽く押し上げた。
すると、ルルはようやく背中へ乗ることができた。
「お前、手伝ってやったのか?」
ガルドは俺を見上げた。
その顔が少し得意げに見えて、俺は笑ってしまった。
「優しいところもあるんだな」
ガルドは返事の代わりに、俺の鞄へ鼻先を近づけてきた。
「はいはい。ご飯だろ?」
どうやら、褒められることより食事の方が気になるらしい。
俺は二匹を連れて居間へ戻り、用意していた食事を出した。
ガルドは待ちきれない様子だったが、器を置くまでは何とか我慢してくれた。ルルも自分の食事へ近づき、周囲を確かめてから食べ始める。
俺は二匹の様子を見守りながら、自分の食事を取った。
古い家屋には、まだ十分な家具もない。
窓の隙間からは冷たい風が入ってくるし、床も傷んだ場所が多い。
それでも、三人で食事をするには十分な場所だった。
*
食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
俺は安全を確認した居間に寝床を整え、持ってきた灯りを置いた。
ガルドは敷物の上で身体を丸め、ルルはその近くに用意した水場へ移動する。
二匹とも落ち着いた様子だった。
俺は入口の戸締まりを確かめ、最後に窓の外を眺めた。
月明かりの下には、古い飼育小屋と荒れた畑が広がっている。
今はまだ、立派な牧場とは呼べない。
けれど、今日からここが俺たちの暮らす場所になる。
「ガルド、ルル」
名前を呼ぶと、ガルドが顔を上げた。
ルルも水場から身体を少し伸ばす。
「これから、少しずつ直していこうな。お前たちが安心して暮らせるように」
ガルドは俺の手へ鼻先を寄せた。
ルルはしばらく迷ったあと、水場から出てきてガルドの前脚へくっついた。
その姿を見て、俺は二匹のそばへ腰を下ろした。
母さんの首飾りは、今は質屋に預けてある。
手元に戻すには、まだたくさん働かなければならない。
カイルとの勝負だって、いつになるか分からない。
それでも、今日は一つ大きなことができた。
俺たちの帰る場所を手に入れたのだ。
「おやすみ、ガルド。ルルもな」
灯りを落とすと、ガルドは目を閉じた。
ルルもその隣で小さく丸くなる。
しばらくして、暗い部屋にガルドの腹の音が響いた。
ぐうううっ。
「お前、さっき食べたばかりだろ……」
思わず呆れた声が出たが、ガルドはもう眠っていた。
ルルだけが身体を小さく揺らしている。
俺は毛布を引き寄せ、二匹の寝顔を確かめた。
明日からは、牧場の修繕や生活の準備で忙しくなる。
それでも、もう宿を探して歩き回る必要はない。
古い牧場の小さな家。
ここから、俺たちの新しい生活が始まる。




