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捨てられた魔物たちの王国 ~無能と追放された少年、飛べない幼竜に選ばれて最強の育成士を目指す~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第4話 古い牧場と最初の約束

「魔物と一緒に暮らせる、安い家を探しているんです」


育成士協会の受付でそう伝えると、女性職員は手元の書類から顔を上げた。


「安い、というのはどのくらいですか?」


「できれば、今の宿より安くて、ガルドが大きくなっても暮らせるところがいいです」


「それは、なかなか難しい注文ですね」


やっぱりそうだよな。


一月六日。倉庫での仕事を終え、ガルドを迎えに来たところだった。


昨日、初めて自分で稼いだ金を受け取ったときは嬉しかった。今日も帳簿の確認を任せてもらい、仕事を続けられる見込みは立っている。


けれど、宿代と食費を払い続けながら、ガルドの治療費まで用意するとなると話は別だ。


しかも、今の宿は狭い。


ガルドが寝返りを打つたびに翼が家具へ当たらないか気になるし、身体が大きくなれば、いずれ泊まることさえ難しくなるだろう。


「広さだけじゃなくて、怪我をした翼に負担がかからない場所が欲しいんです。段差が少なくて、ゆっくり休めるところがあれば」


女性職員は足元のガルドを見た。


当の本人は受付台の脇に置かれた観葉植物を観察している。葉が揺れるたびに鼻先を近づけ、食べられるものか確かめているようだった。


「ガルド、それは食べ物じゃないぞ」


俺が声をかけると、ガルドは何もしていないような顔でこちらを向いた。


女性職員が笑った。


「元気そうですね。でも、まだ左翼には気をつけてください」


「はい。だからこそ、早く落ち着ける場所を見つけたくて」


「それなら、普通の住宅より、飼育施設として登録されている物件を探した方がいいかもしれません」


女性は受付の奥から分厚い台帳を取り出した。


そこには、町や周辺地域で利用できる飼育施設の情報がまとめられていた。


最初に紹介されたのは、町の中心部に近い家だった。


広い庭があり、飼育小屋も新しい。


「ここ、いいですね!」


「保証金は八万ルーンです」


「次をお願いします」


即答すると、女性職員が吹き出した。


二件目は少し安かったものの、飼育小屋が小さすぎる。三件目は広さに問題がなかったが、月額使用料を見た瞬間に諦めた。


俺の財布では、立派な施設を選ぶどころか、契約することすら難しい。


それでも、何も探さずに宿暮らしを続けていたら、状況は変わらない。


「もう少し、古くても構いません。自分で掃除したり、直したりできる場所なら」


「修繕が必要な施設ですか?」


「はい。ただし、危険なところは使わないようにします」


女性は台帳をめくる手を止めた。


「それなら、一件だけ心当たりがあります」


差し出されたページには、古い牧場の見取り図が載っていた。


《旧グラン牧場》


家屋、飼育小屋、畑、井戸、水路。


敷地も十分に広い。


「牧場ですか?」


「町外れにある施設です。何年も使われていないので、建物はかなり傷んでいますけど」


俺は見取り図を覗き込んだ。


これだけ広ければ、ガルドが成長しても暮らせるかもしれない。畑を使えるようになれば、将来的には飼料用の作物も育てられそうだ。


ところが、使用条件を見た途端、期待がしぼんだ。


保証金、一万ルーン。


月額使用料、一万五千ルーン。


「これでも、ほかの施設より安いんですか?」


「広さを考えれば、かなり安い方ですね。初月の使用料は後払いですが、保証金は正式契約時に必要です」


一万ルーン。


倉庫の仕事を始めたばかりの俺には、簡単に用意できる金額ではなかった。


それに、契約できたとしても終わりじゃない。食費に治療費、建物の修繕費まで必要になる。


「今の俺には、無理かもしれません」


思わず漏らすと、ガルドが俺の足元へやってきた。


その頭を撫でながら、もう一度見取り図を見る。


広い飼育小屋。


日当たりのよさそうな庭。


ここなら、ガルドに窮屈な思いをさせずに済むかもしれない。


「見学だけでもできますか?」


女性職員は頷いた。


「もちろんです。実際の状態を見てから考えた方がいいでしょう」


俺は台帳を閉じた。


払えるかどうかも分からないのに、見学へ行く意味があるのだろうか。


そんな迷いもあった。


けれど、ガルドのためにどんな場所が必要なのか、今の俺はまだ十分に分かっていない。


それを知るだけでも、行く価値はあるはずだ。


*


旧グラン牧場は、町外れの丘を越えた先にあった。


ガルドの歩幅に合わせて休憩を取りながら向かったため、到着する頃には午後の日差しが傾き始めていた。


丘を下ったところで、古い木柵が見えてきた。


「……うわあ」


思わず声が出た。


想像していたより、ずっと荒れている。


木柵は何か所も傾き、雑草が膝の高さまで伸びていた。家屋の屋根には傷んだ部分があり、隣の飼育小屋も、長い間使われていなかったことが一目で分かる。


「これ、直すのにいくらかかるんだろう」


ガルドは俺の心配など気にせず、道端の草の匂いを嗅いでいた。


入口には、年配の男性が待っていた。


「君がレオン君かい?」


「はい。協会から紹介してもらいました」


「私はこの牧場の管理を任されている者だ。話は聞いているよ」


男性はガルドを見て、少し表情を引き締めた。


「左翼を怪我しているんだったね」


「はい。骨格と神経を損傷していて、今は飛べません」


「それなら、床や段差には特に気をつけないといけないな。ここには危険な場所もあるから、勝手に入らないように」


俺は頷いた。


「分かりました」


男性は門を開け、俺たちを中へ案内した。


*


最初に見せてもらった家屋には、小さな台所と居間、それから寝室が二つあった。


家具はほとんど残っていない。窓から入る日差しが、埃の積もった床を照らしていた。


「思ったより広いですね」


「広さだけなら十分だよ。ただし、奥の部屋は床板が傷んでいる。修繕するまでは使わない方がいい」


俺は危険な場所を避けながら、壁や窓の状態を確かめた。


居間は比較的傷みが少ない。


ここに寝床を用意できれば、ガルドもゆっくり休めるだろう。


そう考えていると、ガルドが日当たりのよい壁際へ歩いていった。


床の匂いを確かめ、前脚を置いてみる。


「そこが気に入ったのか?」


ガルドはその場に座り、俺を見上げた。


「まだ住めるって決まったわけじゃないぞ」


管理人が笑った。


「そこは昔から日当たりがいい場所なんだ。ただし、使う前には床の安全を確認しないとな」


次に案内された飼育小屋は、家屋よりも広かった。


天井が高く、成長した魔物でも暮らせそうな造りになっている。


ただ、屋根には雨漏りの跡があり、扉も傷んでいた。


「ここを直せたら、ガルドも広々と暮らせそうだな」


俺が呟くと、ガルドは小屋の奥を見つめた。


そして、日差しの届く壁際へ歩いていく。


途中で床板がきしんだ。


「ガルド、止まって!」


慌てて呼び止めると、ガルドはその場で動きを止めた。


俺は安全な場所から手招きする。


「こっちへ戻っておいで」


ガルドは床を一度見下ろし、ゆっくり引き返してきた。


「よし。偉いぞ」


頭を撫でると、ガルドは俺の手に額を押しつけた。


管理人が感心したように言った。


「ちゃんと怪我を気にかけているんだね」


「まだ分からないことばかりです。でも、これ以上悪くさせたくないので」


「それでいいさ。何でも急いでできるようにする必要はないよ」


俺はもう一度、小屋を見渡した。


今は埃っぽく、傷んだ場所も多い。


けれど、安全に使えるようになれば、ガルドが身体を縮めずに眠れる場所になるかもしれない。


*


牧場の奥には、荒れた畑が広がっていた。


枯れた茎が残り、土は固くなっている。


「ここで飼料用の作物を育てられたら、少しは食費を抑えられるかな」


「昔は作物を育てていたらしいよ。ただ、今の土が使えるかは調べないと分からないね」


「やっぱり、すぐには無理ですよね」


「畑は種をまいたら翌朝収穫できるものじゃないからな」


それはそうだ。


俺が苦笑すると、管理人も笑った。


畑の向こうには、細い水路が流れていた。


石組みの間に泥が溜まり、枯れ葉や小枝が水の流れを邪魔している。水面には小さな波紋が広がっていたが、底まではよく見えなかった。


「この水路、まだ使えるんですか?」


「水は流れているが、清掃が必要だね。井戸も含めて、水質検査をしないうちは飲み水に使わない方がいい」


「じゃあ、しばらくは町から水を運ぶことになりますね」


「そうなるだろうな」


ガルドが水路の近くで立ち止まった。


地面へ鼻先を近づけ、何かを探すように動かしている。


「何かあるのか?」


俺も水路を覗いたが、枯れ葉が流れているだけだった。


ガルドはしばらく水面を見つめていたものの、やがて俺の足元へ戻ってきた。


何が気になったのかは分からない。


ただ、あの水路も、いつかきれいにしてやりたいと思った。


*


見学を終える頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。


家屋の前に戻ると、管理人が書類を取り出した。


「どうだったかな?」


俺は牧場を振り返った。


傷んだ屋根、傾いた柵、荒れた畑。


どこを見ても、手を入れなければならない場所ばかりだ。


「正直、思っていたより大変そうです」


「ははは。そうだろうね」


「でも、ここで暮らしてみたいです」


管理人は笑うのをやめ、俺の顔を見た。


「本気かい?」


「はい。ガルドが安心して休める場所を作りたいんです。今はまだお金も足りないし、修繕のことも分からないですけど、少しずつ覚えていきたいと思っています」


「なるほど」


「ただ、保証金がすぐには用意できません」


俺は正直に伝えた。


「倉庫の仕事を始めたばかりなので、一万ルーンを払うにはもう少し時間が必要です」


管理人は書類を見直した。


「それなら、仮契約という形を考えてみようか」


「仮契約?」


「正式に借りる意思があることを確認して、一定期間、ほかの希望者への紹介を保留する手続きだよ。ただし、期限までに保証金を用意できなければ正式契約には進めない」


「それなら、今の俺でもできますか?」


「協会にも確認が必要だが、相談はできる。もっとも、仮契約だけで自由に住んだり、施設を使ったりできるわけではないからね」


「もちろんです!」


男性は書類を一枚取り出した。


そこには、旧グラン牧場の所在地、保証金、月額使用料、それから仮契約中の注意事項が記されていた。


「まず、君が本当にこの牧場を借りたいと思っているか確認したい。見学してみて、危険な場所が多いことも分かっただろう?」


「はい」


「修繕が必要な施設を借りるというのは、思っている以上に大変だよ。お金だけでなく、時間も手間もかかる」


俺は家屋と飼育小屋を見た。


さっきまで、ここで暮らすことを想像していた。


けれど、実際には掃除をするだけでも何日かかるか分からない。傷んだ床を直すには道具も材料も必要だし、水を使うにも検査を受けなければならない。


「それでも、ここを借りたいです」


俺が答えると、男性は頷いた。


「分かった。ただし、君はまだ十四歳で、育成士資格も持っていない。協会の確認を受けながら進める必要がある」


「はい。必要な手続きは全部確認します」


男性は書類を指さした。


「では、仮契約の申請を受け付けよう。正式な使用開始ではなく、一定期間、この物件の紹介を保留するためのものだ。保証金の支払いが済むまでは、自由に住んだり施設を使ったりできない」


「分かりました」


「それから、見学や調査で敷地に入る場合も、事前に許可を取ること。危険な場所には近づかない。いいね?」


「はい」


俺は書類の内容を一つずつ確認した。


保証金は一万ルーン。


月額使用料は一万五千ルーン。


初月の使用料は後払い。


どれも、さっき協会で見た条件と同じだった。


「ここに名前を書けばいいんですか?」


「まずは申請者として記入してくれ。そのあと協会に確認を取る。正式な使用契約とは別だから、そこは間違えないようにね」


俺はペンを受け取り、自分の名前を書いた。


レオン・アシュベル。


学校の試験用紙とは違う。


これから自分たちが暮らすかもしれない場所のために、初めて書く名前だった。


男性は記入内容を確認し、協会への照会手続きを進めた。しばらくして、仮契約として受け付けられることが確認された。


「これで仮契約の手続きは済んだよ。ただし、期限までに保証金を用意できなければ、正式契約には進めない。そこは忘れないでくれ」


「はい。ありがとうございます!」


俺は深く頭を下げた。


まだ牧場を借りられたわけじゃない。


それでも、ただの見学者だった俺たちは、ようやく正式契約へ進むための第一歩を踏み出せたのだ。


管理担当者から仮契約の控えを受け取り、鞄の中へしまう。紙一枚なのに、妙に重く感じた。


「レオン君、一つだけ聞いてもいいかな?」


「はい。何でしょう?」


「君は、どうしてそこまでして、この牧場を借りたいんだい? 竜の幼体を育てるだけなら、もっと小さな施設を探す方法もあるだろう」


俺はすぐに答えられなかった。


確かに、今のガルドはまだ小さい。無理に広い牧場を借りなくても、しばらく暮らせる場所はあるかもしれない。


けれど、処分場で初めて会ったときの姿が頭から離れなかった。


冷たい床に横たわり、傷ついた翼をかばいながら、こちらを警戒していた小さな竜。飛べないという理由で引き取り手が見つからず、日没には処分されるはずだった。


「この子が大きくなったとき、また居場所がなくなるのは嫌なんです」


俺はガルドの背中を見ながら続けた。


「今は小さいから宿にも泊まれます。でも、身体が大きくなったら、受け入れてくれる場所が減るかもしれません。そのたびに次の住まいを探すより、最初から長く暮らせる場所を用意してやりたくて」


管理担当者は何も言わずに聞いていた。


「もちろん、俺にできるかは分かりません。保証金だって足りないし、修理の仕方もこれから覚えなきゃいけない。でも、何も始めないうちから諦めたくないんです」


言い終えると、少し恥ずかしくなった。


立派なことを言っているが、今の俺は自分の生活さえ安定させられていない。ガルドの食費を稼ぐため、昨日から倉庫で働き始めたばかりなのだ。


ところが、管理担当者は笑わなかった。


「そうか。それなら、まずは保証金を用意することだね。牧場のことを考えるのは、それからでも遅くないよ」


「はい!」


「それと、修繕するときは必ず相談すること。傷んだ建物を素人が勝手に直そうとすると、かえって危険だからね」


俺は何度も頷いた。


できることと、できないことを区別する。


それも、ガルドと暮らしていくためには必要なのだろう。


*


牧場を出る頃には、夕日が丘の向こうへ沈みかけていた。


入口の門を閉めてもらい、俺たちは町へ続く坂道を歩き始めた。ガルドは何度か後ろを振り返り、古い飼育小屋の方を見ている。


「気に入ったのか、あそこ」


声をかけると、ガルドは道の端で立ち止まった。


そして、牧場へ向かって数歩戻ろうとする。


「待て待て。まだ住めないんだって」


俺が呼び止めると、ガルドは不満そうにこちらを見た。


「保証金を払って、危ない場所を直してからだよ。それまでは今の宿で我慢してくれ」


ガルドはしばらく牧場を眺めていたが、やがて俺の隣へ戻ってきた。


その様子を見て、少し嬉しくなった。


俺が勝手に気に入っただけではなく、ガルド自身もあの場所に興味を持ってくれたのかもしれない。


もっとも、飼育小屋の広さが気に入ったのか、日当たりがよかったからなのか、それとも敷地に生えていた草が気になっただけなのかは分からない。


「なあ、ガルド。あそこに住めるようになったら、まず何をしたい?」


ガルドは俺を見上げた。


「俺は、最初にお前の寝床を作りたいな。今の宿より広くて、翼をぶつける心配がなくて、冬でも暖かい場所」


頭の中では、すでに飼育小屋の使い方を考えていた。


ただし、傷んだ床や屋根を修理しなければならないし、使える場所を確認する必要もある。寝床を作るだけでも、思った以上に時間がかかりそうだった。


「それから畑も使えるようにしたい。飼料用の作物を育てられたら、お前の食費も少しは助かるかもしれないし」


食費という言葉に反応したのか、ガルドが俺の鞄へ顔を近づけた。


「いや、今は何も入ってないぞ」


ガルドは諦めず、鞄の反対側まで回り込んだ。


「だから、ないって!」


まったく、さっきまで牧場を名残惜しそうに見ていたくせに、食べ物の話になった途端これだ。


俺は鞄を持ち直し、坂道を下り始めた。


ガルドも少し遅れてついてくる。


傷ついた左翼をかばいながら歩く姿を見ると、どうしても速度を落としたくなる。けれど、ガルドは急かされるのを嫌がる様子もなく、自分の歩幅で進んでいた。


途中、少し平らになった場所で休憩を取った。


俺が道端の石に腰を下ろすと、ガルドは隣に座り、夕日に照らされた牧場を眺めた。


丘の向こうには、古い家屋の屋根がまだ見えている。


「あそこ、本当に直せるかな」


誰に聞かせるでもなく呟いた。


保証金一万ルーン。


月額使用料一万五千ルーン。


それに食費、治療費、修繕費。


倉庫の仕事を続けたとしても、簡単に払える金額ではない。今の収入でどこまでできるのか、きちんと計算しなければならなかった。


それでも、今日見てきた飼育小屋の広さが忘れられない。


日差しの届く壁際で、ガルドが安心して眠っている姿を想像する。


今はまだ、傷んだ床と雨漏りの跡が残る古い建物だ。


けれど、少しずつ手を入れていけば、いつか本当に暮らせる場所になるかもしれない。


「ガルド」


名前を呼ぶと、琥珀色の瞳がこちらを向いた。


「約束するよ。いつか、あそこを俺たちの家にしよう」


ガルドは俺の顔を見つめたあと、ゆっくり前脚を持ち上げた。


俺が手を差し出すと、小さな爪が手のひらに触れる。


逆契約の紋様は光らなかった。


それでも、ガルドはすぐに前脚を離そうとしなかった。


「お前が安心して暮らせる場所を作る。だから、それまでは一緒に頑張ってくれるか?」


言葉の意味が伝わったかどうかは分からない。


ただ、ガルドは俺の手に前脚を乗せたまま、鼻先を近づけてきた。


俺はその小さな頭を撫でた。


「よし。じゃあ、まずは保証金だな」


立ち上がると、ガルドもゆっくり身体を起こした。


夕暮れの風が丘を吹き抜け、牧場の草を揺らしていく。


俺は最後にもう一度、古い家屋と飼育小屋を振り返った。


今はまだ、誰も暮らしていない場所。


けれど、いつかあそこに灯りをともして、ガルドと一緒に帰れるようにしたい。


そのために必要なのは、立派な言葉より、明日も働いて金を稼ぐことだ。


「帰ろうか、ガルド。明日も早いぞ」


俺が歩き出すと、ガルドは隣へ並んだ。


しばらく進んだところで、背後から草の擦れる音が聞こえた。振り返ると、ガルドが道端の草むらへ鼻先を突っ込んでいる。


「今度は何だ?」


近づいてみると、ガルドは何かを口にくわえていた。


細長い枯れ枝だった。


「それ、食べ物じゃないぞ」


俺が手を差し出すと、ガルドは素直に枝を落とした。


そして、何事もなかったように歩き始める。


「お前、本当に何でも口に入れようとするなあ」


これから先、食事の管理だけでも苦労しそうだ。


それでも、ガルドが元気に動き回る姿を見ていると、そんな苦労さえ少し楽しみに思えてくる。


俺は鞄の中の仮契約書を確かめ、町へ続く道を下った。


古い牧場を借りるための、最初の約束。


それはまだ、紙一枚に書かれた小さな一歩でしかない。


けれど俺には、昨日までなかった目標ができた。


ガルドと一緒に帰れる家を作る。


そのために、明日も働こう。


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