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捨てられた魔物たちの王国 ~無能と追放された少年、飛べない幼竜に選ばれて最強の育成士を目指す~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第3話 食いしん坊の代償

「お客さん、そいつを止めてくれ!」


怒鳴り声に振り返ったときには、もう遅かった。


ガルドが屋台の串焼きを一本、丸ごと口にくわえていた。


「ガルド! それ売り物!」


慌てて駆け寄る俺の目の前で、骨付き肉がするりと口の中へ消えていく。ガルドは満足そうに舌で口元を舐めると、何事もなかったように俺を見上げた。


いや、そんな可愛い顔をされても困る。


「一本三百ルーンだ。まさか、払えないなんて言わないだろうな?」


屋台の主人は腕を組み、焼き網の前に立ちはだかっている。太い眉がつり上がっていたが、怒鳴り散らすほどではなかった。


「すみません! 俺がちゃんと見ていなかったせいです」


財布から三百ルーンを取り出して渡すと、主人は硬貨を確かめ、ようやく腕を解いた。


「竜の子供か。見た目は可愛いが、食い意地は一人前だな」


「本当にすみません。今後は気をつけます」


「まあ、金を払ってくれりゃ文句はねえよ。ただ、次は焼き網に顔を突っ込ませるな。火傷でもされたら、こっちも寝覚めが悪い」


その言葉に、俺はガルドの鼻先を確かめた。幸い火傷はなさそうだが、考えてみれば熱い串焼きをいきなり食べたのだ。口の中を傷つけていないかも気になる。


「ガルド、口を見せてくれ」


しゃがんで頼むと、ガルドは口を開けた。


ところが、見えたのは小さく鋭い歯と、もう何も残っていない舌だけだった。


「食べるの早すぎだろ……」


「ははっ! そいつ、なかなか大物になるかもしれねえな」


主人は笑っていたが、俺は笑えなかった。


今日、家を追い出されたときに持っていた金は五千ルーン。それだけで自分の生活を何とかしなければならないのに、ガルドの食事代まで必要になった。


しかも、今の三百ルーンは予定外の出費だ。


俺は主人にもう一度謝り、ガルドを連れて屋台を離れた。


通りの端まで来たところで足を止める。


「ガルド。ちょっとこっちに来て」


ガルドは素直に近づいてきた。俺がしゃがむと、さっそく手の匂いを嗅ぎ始める。


「いや、何も持ってないから。そうじゃなくて、さっきのことなんだけど」


屋台を指さそうとして、思い直した。また肉を見せたら、話がややこしくなる。


「お店の食べ物は、勝手に食べちゃ駄目なんだ。分かるか?」


ガルドは俺の顔をじっと見ている。


「お腹が空いたら教えてくれればいい。でも、ほかの人のものを勝手に取るのは駄目。俺たちが困るだけじゃなくて、店の人も困るんだから」


どこまで伝わったのかは分からない。ただ、いつもより低い声で話しているせいか、ガルドは食べ物を探すのをやめ、俺の前に座った。


叱るだけなら簡単だ。


けれど、この子はまだ幼い。人間の町で暮らした経験だって、どれほどあるのか分からない。


俺が教えなければ、同じことを繰り返すだろう。


「それと、骨まで食べて大丈夫なのかも調べないとな。お前、何でも食べようとしそうだし」


ガルドの腹が、ぐうっと鳴った。


「嘘だろ。今、一本食べたばかりだぞ?」


尻尾が元気よく揺れた。


これは先が思いやられる。


*


協会で紹介してもらった宿に着いた頃には、すっかり暗くなっていた。


ガルドを受け入れてくれる宿は思った以上に少なかったが、ようやく借りられた部屋には、古い寝台と小さな机が一つずつ置かれていた。


窓枠から冷たい風が入ってくるものの、外で眠るよりはずっといい。


ガルドのために床へ毛布を敷くと、さっそく匂いを嗅ぎ始めた。前脚で端を引っかき、気に入らないのか少し場所を変える。


「そこなら翼が当たらないかな」


左翼を下にしないよう気をつけてやると、ガルドはようやく身体を丸めた。


ところが、俺が机に向かった途端、毛布から抜け出してついてきた。


「どうした? 寝ないのか?」


ガルドは俺の足元に座り、机の上を見上げた。


そこには、宿へ来る途中で用意した食事と、母さんの育成日誌が置いてある。


視線は明らかに食事の方へ向いていた。


「お前、本当に食べ物のことばっかりだな」


俺は苦笑しながら、ガルド用に確認して用意した飼料を器へ移した。


怪我をしている以上、食べさせる量や種類には注意が必要だ。屋台の串焼きのように、欲しがるものを何でも与えるわけにはいかない。


ガルドは器を置く前から鼻先を伸ばしてきた。


「待て待て。ちゃんと置くから!」


器が床に着くと同時に食べ始める。あまりに勢いがいいので途中で少し心配になったが、今度はむせたり痛がったりする様子はなかった。


俺もようやく自分の食事に手をつけた。


一口食べたところで、ガルドが顔を上げる。


もう器は空っぽだった。


「早いな!」


ガルドは俺の食事へ視線を移した。


「これは俺の分。お前の食事はもう終わりだよ」


そう言って器を見せると、ガルドは中を丁寧に舐め始めた。


そんなに気に入ったのか。


俺は育成日誌を開き、食事に関するページを探した。


幼い竜種は成長期のため、十分な栄養が必要になる。ただし、身体の大きさや健康状態に合わせた調整が欠かせない。


余白には、母さんの丸い文字で注意書きが残っていた。


『欲しがるだけ与えるのは優しさじゃないのよ。食べるのが好きな子ほど、身体のことを考えてあげてね』


「母さん、まるでガルドを知ってたみたいだな」


日誌を閉じると、ガルドはいつの間にか俺の足元で眠り始めていた。


食べて、歩いて、また食べて。


何とも忙しい一日だったらしい。


俺は寝台に腰を下ろし、財布と紙を取り出した。


宿代、食費、飼料代。これから必要になる医療費や生活用品も考えなければならない。


思いつくものを書き出していくと、あっという間に紙が埋まった。


それなのに、収入の欄だけは真っ白だ。


「仕事、探さないとな」


協会の女性職員が、無資格でも応募できる仕事があると言っていた。


学校の試験には失敗したが、読み書きや計算は得意な方だった。特に物資管理の授業では、教師から何度か褒められたこともある。


その知識が役に立つなら、今は何でもやってみたい。


「明日、協会へ行ってみるか」


足元を見ると、ガルドはすっかり眠っていた。


その寝顔を眺めながら、俺は机の上の紙をもう一度見た。


必要な金額は、考えれば考えるほど増えていく。


けれど、ガルドの食事を減らして解決するつもりはなかった。


まずは自分が働く。


それが、今の俺にできる一番確かなことだった。


*


翌朝、育成士協会の掲示板の前で、俺は早くも頭を抱えていた。


「資格が必要。こっちも資格が必要。これも駄目か……」


募集票はたくさんある。


魔物の輸送、飼育施設の管理、競技用魔物の訓練補助。どれも興味のある仕事だったが、応募条件を見ると、育成士資格や専門講習の受講歴が必要だった。


無資格の十四歳にできる仕事は、思った以上に限られている。


「何かお探しですか?」


振り返ると、昨日世話になった女性職員が立っていた。


「おはようございます。仕事を探してるんですけど、なかなか条件が合わなくて」


「そうでしょうね。魔物を扱う仕事は、安全上の制限が多いですから」


女性は掲示板を見渡し、一枚の募集票を指さした。


「こちらはどうですか?」


《倉庫内の荷物整理・数量確認・帳簿照合》


「これなら、資格は必要ないんですか?」


「ええ。ただし、採用するかどうかは仕事先の判断になります。読み書きと計算はできますか?」


「それなら得意です!」


「では、応募してみる価値はありますね」


俺は募集票を手に取った。


これなら、学校で習ったことを活かせるかもしれない。


問題はガルドだった。


仕事中、倉庫へ連れていくわけにはいかない。重い荷物が行き交う場所では危険だし、左翼に怪我を抱えているガルドに無理をさせたくなかった。


「すみません。仕事の間、ガルドを休ませてもらえる場所ってありますか?」


女性は足元のガルドを見た。


「協会の休養スペースが使えるか確認しましょう。ただし、利用条件がありますし、医療担当者の指示も守ってくださいね」


「ありがとうございます!」


手続きを済ませ、ガルドを休養スペースへ案内してもらった。


柔らかい敷物と水が用意されていて、職員が様子を見てくれることになった。


「ガルド、仕事が終わったら迎えに来るからな」


しゃがんで声をかけると、ガルドは俺の袖を鼻先で押した。


「ちゃんと戻ってくるよ。だから、ここで休んでてくれ」


立ち上がると、ガルドもついてこようとした。


だが、傷ついた翼をかばって動きを止める。


その姿を見ると、少しだけ足が重くなった。


昨日出会ったばかりなのに、もう離れるのが心配になっている。


「すぐに戻りますから、安心してください」


女性職員が声をかけてくれた。


俺はもう一度ガルドの頭を撫で、協会を出た。


*


紹介された倉庫は、商業区の外れにあった。


大きな建物の前には荷車が並び、作業員たちが木箱や麻袋を忙しく運んでいる。


受付で募集票を見せると、奥から肩幅の広い男が出てきた。


「お前が応募してきた子か?」


「はい。レオン・アシュベルです!」


「十四歳か。倉庫仕事は初めてだろう?」


「初めてです。でも、読み書きと計算ならできます」


男は俺を上から下まで眺めた。


「力仕事は期待できそうにないな」


「すみません……」


「謝ることじゃねえよ。得意なことがあるなら、そっちで働いてもらえばいい」


男はそう言うと、俺を倉庫の奥へ案内した。


そこには木箱が何十個も積み上げられていた。


「まずはこれを確認してくれ」


渡されたのは、分厚い帳簿だった。


箱の番号、品名、数量、保管場所。細かな文字と数字がびっしり並んでいる。


「ここにある荷物が帳簿と合っているか調べるんだ。間違いがあったら報告してくれ。勝手に記録を書き換えるなよ」


「分かりました」


最初は簡単な仕事だと思った。


箱の番号を読み、数を確かめ、帳簿と照らし合わせる。それだけなら学校でも何度も練習している。


ところが、しばらく作業を進めるうちに、おかしな記録を見つけた。


「これ、同じ番号が二つあるぞ?」


帳簿には同じ番号の木箱が二つ記載されている。


けれど、実際に置かれている箱は一つだけだった。


別の棚を確認すると、今度は帳簿に載っていない箱が見つかった。


俺は荷札を見比べ、番号と品名を書き出した。


「おい、坊主。どうだ?」


責任者が戻ってきた。


「いくつか確認してほしいところがあります」


「もう間違いを見つけたのか?」


「はい。この番号が二重に記載されています。それと、こちらの箱は帳簿にありません」


男は俺のメモを受け取り、実際の箱を確かめた。


「……本当だな」


「荷札の書き間違いかもしれません。中身を確認しないと断定できないですけど」


責任者はしばらく俺を見ていたが、やがて笑った。


「お前、なかなかやるじゃねえか」


「え?」


「昨日も荷物の数が合わなくて困ってたんだ。まさか、初日のお前が見つけるとはな」


男は近くの作業員を呼び、箱の確認を頼んだ。


「よし。今日は荷物を運ぶより、帳簿の方を手伝ってくれ。間違いを見つけたら、その都度知らせろ」


「はい!」


初めて仕事を任せてもらえた。


俺は帳簿を抱え直し、次の棚へ向かった。


午後になると、作業はさらに忙しくなった。


入庫したばかりの荷物と、これから出荷する荷物が混ざらないよう、番号と数量を確認していく。


途中で何度か間違えそうになったが、そのたびに責任者へ確認した。


分からないことを勝手に判断しない。


学校では当たり前のように教わったことだったが、実際の仕事では、その大切さがよく分かった。


一つ数字を間違えれば、誰かが必要な荷物を受け取れなくなるかもしれない。


だからこそ、慎重に確認する必要がある。


気づけば、窓の外は夕暮れに変わっていた。


*


「今日はここまでだ」


責任者の声に、俺はようやく帳簿を閉じた。


一日中立ったりしゃがんだりしていたせいで、足が重い。細かな数字を見続けた目も疲れていた。


それでも、嫌な気分ではなかった。


「初日にしちゃ、よく働いたな」


責任者は俺がまとめた帳簿をめくりながら、そう言った。


「ありがとうございます!」


「礼を言うのはまだ早いぞ。明日も人手が足りねえんだ。来られるか?」


「はい! ぜひお願いします!」


勢いよく返事をすると、男は大きな声で笑った。


「元気だけは一人前だな。だが、仕事は元気だけじゃ務まらねえ。今日みたいに、分からないことがあったら必ず聞けよ」


「分かりました」


「それと、帳簿の確認が得意だからって、ずっと座っていられると思うなよ。倉庫じゃ、荷物の数を確かめるだけでも結構歩くんだからな」


「それは今日、嫌というほど分かりました」


俺が足をさすると、責任者はまた笑った。


「よし。じゃあ、今日は帰って休め」


差し出されたのは、今日の仕事の報酬だった。


俺は両手で受け取り、何度も頭を下げた。


硬貨が手のひらに触れる。


自分で働いて得た金だ。


アシュベル家にいた頃は、食事が用意されるのも、寝る場所があるのも当たり前だった。必要な教本だって、頼めば家の者が手配してくれた。


それがどれほど恵まれたことだったのか、今になって分かる。


今日の報酬だけで生活が安定するわけじゃない。ガルドの飼料を買い、宿代を払い、治療費も考えれば、まだまだ足りない。


それでも、何もできないと思っていた自分にも、誰かの役に立てることがあった。


「明日もよろしくお願いします!」


「ああ。遅刻するなよ!」


倉庫を出ると、冬の冷たい空気が汗ばんだ額に触れた。


身体はくたくただったが、足取りは朝より軽かった。


早くガルドに会いたい。


俺は受け取った報酬を鞄の内側へしまい、協会へ向かった。


*


休養スペースの扉を開けると、ガルドは敷物の上で丸くなっていた。


眠っているのかと思ったが、俺の足音に気づいたらしい。琥珀色の瞳がこちらを向き、尻尾が毛布を叩いた。


「ガルド、ただいま!」


声をかけた途端、ガルドが勢いよく立ち上がろうとした。


「待った! 翼!」


俺が駆け寄ると、ガルドは途中で動きを止めた。


左翼をかばいながら姿勢を整え、それでも俺の方へ首を伸ばしてくる。


「だから、急がなくていいって」


しゃがんで手を差し出すと、ガルドは鼻先を俺の胸元へ押しつけた。


思っていたより勢いが強く、俺は尻餅をつきそうになった。


「おっと! お前、そんなに力があったのか」


ガルドは俺の服をしきりに嗅いでいる。


倉庫の木箱や麻袋の匂いがついているのだろうか。袖口から鞄へ、鞄から靴へと、忙しそうに鼻先を動かしていた。


「何だよ。そんなに気になるか?」


すると、ガルドは鞄の口に鼻先を突っ込もうとした。


「こら! そこには何も食べ物入ってないぞ!」


慌てて鞄を持ち上げる。


ガルドは残念そうに俺を見上げた。


「……もしかして、俺が帰ってきたのが嬉しかったんじゃなくて、お土産を期待してたのか?」


もちろん、答えは返ってこない。


ただ、ガルドの尻尾はまだ元気よく動いていた。


「どっちでもいいけどさ」


俺はその頭を撫でた。


「ちゃんと帰ってきたぞ」


ガルドは目を細め、今度は俺の膝に顎を乗せた。


そこへ女性職員がやってきた。


「お帰りなさい、レオンさん。お仕事はどうでした?」


「明日も来てほしいって言われました!」


「それはよかったですね」


「帳簿の確認を任せてもらえたんです。学校で習ったことが役に立ちました」


俺が話すと、女性は嬉しそうに頷いた。


「ガルドも今日は落ち着いて過ごしていましたよ。途中で何度か入口を気にしていましたけど、休養は取れています」


「そうだったんですね」


俺は足元のガルドを見た。


俺がいない間、何を考えていたのだろう。


寂しかったのかもしれないし、知らない場所が気になっただけかもしれない。


《共鳴》があっても、そんな細かな気持ちまでは分からない。


けれど、今こうして自分から近づいてきてくれる。


それだけで、十分嬉しかった。


「ありがとうございました。明日も利用できるか、確認してもらえますか?」


「もちろん、利用条件と体調を確認してからになりますが、相談してください」


「はい!」


俺はガルドの敷物を整え、忘れ物がないか確かめた。


「さあ、帰ろうか」


ガルドはすぐに立ち上がろうとしたが、俺が手を添えると、今度はゆっくり身体を起こした。


「そうそう。その調子」


翼に負担をかけないよう歩き始める。


協会の外へ出ると、夕焼けが町の屋根を赤く染めていた。


*


宿へ戻る途中、ガルドが突然足を止めた。


また食べ物の匂いでも見つけたのかと思い、俺は周囲を見回した。


だが、近くに屋台はない。


ガルドが見つめていたのは、通りを進む一台の荷車だった。


荷台には飼料の袋と木材が積まれ、車輪が石畳をがたがたと鳴らしている。


「どうした、ガルド?」


ガルドは答えず、荷車を目で追っていた。


俺も隣にしゃがみ、その様子を見守る。


車輪が段差を越えるたび、地面から小さな振動が伝わってきた。ガルドは前脚を地面につけたまま、荷車が遠ざかるまで動かなかった。


何が気になったのかは分からない。


音だろうか。それとも、荷台の飼料の匂いだろうか。


「飼料が欲しかったのか?」


試しに尋ねると、ガルドは俺を見上げた。


その顔を見ても、答えは分からなかった。


「まあ、何でもいいか。そろそろ帰ろう」


俺が歩き出すと、ガルドも隣へ並んだ。


通りには、夕食の支度をする家々から温かな匂いが漂っている。


窓の向こうでは、家族らしい人たちが食卓を囲んでいた。


俺はその光景を横目に、少し考えた。


今の宿は、何とかガルドと一緒に泊まれる場所だ。


けれど、いつまでも宿暮らしを続けるわけにはいかない。


ガルドはまだ幼い。これから成長すれば身体も大きくなるだろうし、今の狭い部屋では十分に動くこともできなくなる。


何より、傷ついた翼を気にせず休める場所が欲しかった。


「なあ、ガルド」


俺は歩きながら声をかけた。


「俺たち、そろそろちゃんとした住む場所を探した方がいいかもしれないな」


ガルドは俺の方を向いた。


「今の宿も悪くないけど、ずっと暮らすには狭いだろ? お前が大きくなったら、寝る場所だって足りなくなるかもしれないし」


ガルドは首を傾け、俺の足元へ寄ってきた。


「できれば、広い場所がいいよな。日当たりがよくて、ゆっくり休めて……ああ、でも、そんな場所は家賃が高いか」


考え始めると、問題はいくらでも出てくる。


住む場所を借りるには金がいる。


食費も必要だ。


治療費だって、これからどれだけかかるか分からない。


俺は鞄の中にある今日の報酬を思い出した。


一日働いただけで、すべてが解決するわけではない。


それでも、今日できたことがある。


だったら、明日も何かできるはずだ。


「明日、協会で聞いてみようかな。魔物と一緒に暮らせる場所がないか」


ガルドは短く声を上げた。


「お前も気になるか?」


返事の代わりに、ガルドは俺の手へ鼻先を寄せてきた。


俺は笑いながら、その頭を撫でた。


「よし。仕事が終わったら、相談してみよう」


*


宿の近くまで戻ったところで、ガルドのお腹が鳴った。


ぐうううっ。


俺は足を止めた。


「またか?」


ガルドは平然としている。


「お前、朝もちゃんと食べただろ。協会でも食事を用意してもらったはずだぞ?」


ガルドは俺を見上げた。


そして、近くの食堂から漂ってきた料理の匂いに、すかさず顔を向けた。


「いや、そっちは駄目!」


慌てて進路を変える。


ガルドは名残惜しそうに食堂を見ていたが、今度は勝手に近づこうとはしなかった。


「お、今日は我慢できたな」


俺が褒めると、ガルドは尻尾を揺らした。


そのまま俺の鞄へ鼻先を近づける。


「だから、そこにはおやつは入ってないって!」


ガルドは諦めず、鞄の周りを一周した。


どうやら、今日の仕事で俺が食べ物を持ち帰ったと思っているらしい。


「残念だったな。今日はお金を稼いできただけだ」


そう言って鞄を軽く叩くと、ガルドは不思議そうに見上げた。


「これがあれば、お前のご飯も買えるんだぞ。大事なものなんだからな」


もちろん、硬貨と食事の関係をすぐに理解できるとは思わない。


それでも、いつか分かってくれたら面白いだろう。


俺はガルドの歩幅に合わせ、宿の入口へ向かった。


今朝までは、仕事が見つかるかどうかさえ分からなかった。


けれど今日は、初めて自分の力で金を稼いだ。


そして明日も、働ける場所がある。


それだけで、昨日より少し先のことを考えられるようになった。


「ガルド。明日も頑張ろうな」


ガルドは俺の手に鼻先を押しつけた。


そのまま、もう一度腹を鳴らす。


「分かったって。宿に戻ったら、ちゃんとご飯にしよう。ただし、勝手に人のものを食べるのは禁止だからな」


ガルドは嬉しそうに歩き始めた。


どうやら、最後の「ご飯」だけはしっかり聞こえたらしい。


俺はその後ろ姿を見ながら、つい笑ってしまった。


飛べない幼竜と、無資格の育成士志望。


まだ住む場所さえ定まっていない俺たちだけれど、今日、ようやく生活の第一歩を踏み出せた気がする。


明日は、ガルドが安心して暮らせる場所を探そう。


そう決めて宿の扉を開けると、ガルドは俺より先に中へ入ろうとした。


「おい、待て! まだ足を拭いてないだろ!」


ガルドは入口で立ち止まり、振り返った。


その顔には、どうして止められたのか分からないと書いてあるようだった。


俺はしゃがんで、泥のついた前脚を一本ずつ拭いてやった。


最後の一本を拭き終えると、ガルドは待ちきれない様子で部屋の方へ進んでいく。


「本当に、食べることしか考えてないんだから」


そう呟きながらも、俺は少し嬉しかった。


今の俺には、帰る家がない。


それでも、今日から働く場所ができた。


そして、帰りを待っていてくれる小さな仲間もいる。


いつか必ず、ガルドが安心して暮らせる場所を見つけよう。


俺はそう決めて、食事を待ちわびる幼竜のあとを追った。


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