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1-03 サラブレッド剣聖女は一生メイドの身でいたい

 魔王を封印した功労者である剣聖トッドと聖女アナの間には二男一女が生まれた。

 末の娘はマッキーと呼ばれ、両親と二人の兄の愛情をたっぷりと受けて「可愛い可愛い」と育てられた。

 しかし思春期に「みっともない」と嗤われたことで自分は可愛くないのだと思い、心に大きな傷を受ける。


「……そうだ! メイド服を着れば私も可愛くなれるかも!」


 斯くして。マッキーはミリアと名乗り、身分を隠して王宮の下っ端メイドとなったのであった。


 この時点で、本人を含めて世界中の誰も気がついていない。

 剣聖と聖女の間に生まれた子供の中で、実は両親の力を最も受け継いでいた世界最強……いや、最恐の「可愛いメイド」が爆誕したことに。

(ああ、ここは天国かしら)


 目の前の光景に彼女はうっとりとした。

 王宮の庭師たちが精魂を込めた美しい庭園。そこに降り注ぐ陽光は大木の枝葉の隙間より木漏れ日となって第四王子アルスの黄金の髪に落ち、キラリと光る。


 その柔らかく暖かい陽射しに、普段は王族としてキリリと張り詰めている8歳の少年の緊張が緩んだのだろう。彼は金の睫毛を伏せ、うとうとと微睡みかけている。

 それが実に、絵になる。


(天使のお昼寝……はあぁ可愛い!!)


 彼女はデヘッと相好を崩した。のみならず第四王子の側で控える全員が笑顔である。ほのぼのとした空気の中、先輩メイドが「ミリアさん、お口」と優しく囁いた。

 彼女――ミリアと呼ばれた見習いメイドは開いていた口を慌てて閉じる。先輩の忠告がなければヨダレが垂れていたかもしれない。


(やっぱりここは天国だわ……)


 ミリアは幸せをかみしめる。

 今、彼女が身に着けている王子付メイドの制服は文句なしに良いものだ。


 パフスリーブはふんわりと大きく、そこから伸びる袖はスッキリと美しい。黒いロングスカートはふわりと軽く、足にまとわりつかない素材だ。純白のエプロンは手の込んだフリルとレースがあしらわれている。

 流行を追いかけず、独自の美意識と機能性が詰め込まれた不変の良さは今後も大きく変わることがないだろう。


 それだけではない。彼女が仕えるアルス王子は見た目も中身も可愛らしいところが最高だが、周りのメイド仲間や王子の護衛も皆、とても優しいのだ。


 一年前の惨事とは大違いである。


 彼女の両親は二十数年前、平民の中から現れた剣聖と聖女だった。二人は苦心の末魔王を封印し、功績を讃えられて王家より爵位を賜った。

 つまり彼女は一応貴族令嬢なのだが……一年前、流行りのドレスを身に着けて夜会デビューをした際に、他の令嬢たちに取り囲まれ侮辱されたのである。


「プッ、なあにその恰好? みっともない」

「全く似合ってないわね。鎧でも着たら?」

「おたくに鏡はないのかしら」

「ないでしょうね。カーター男爵家でしたっけ? 元平民の偽貴族だもの」


 それまで両親と二人の兄、そして使用人たち……周りのあらゆる人間に「可愛い可愛い、世界一可愛いマッキー」と言われて育ち、当然ながら自認が「可愛い」だった彼女は衝撃を受けた。

 あまりの衝撃に、小さな声で頓珍漢な反論しかできなかったくらいだ。


「わ、私の名前は、カーターだけではありません。母の姓も連名で……」

「はぁ? 何? 聞こえないわ」


 彼女が弱気だったこともあり、令嬢たちは益々調子に乗って嘲る。その意地悪な表情こそ醜いが、内面を隠してすましていれば確かに彼女らは可愛らしく、流行のドレスも似合っていた。マッキーはそこに自分との違いをハッキリと見たのだ。


(私は可愛くない……)


 自認を否定された彼女の足元が崩れていく。蒼白な顔にぽろり、一粒の涙が転がった。


「マッキー! どどどどうした!?」

「貴様ら! 我が妹を泣かしたのか!」


 そこへ妹を溺愛している兄二人が駆けつけ、会場は大騒ぎになった。

 なにせ上の兄ステイゴルドは剣聖の父の血を引く超人。並の人間相手なら剣を抜かずとも拳の風圧だけで恐怖を与えることができる。

 下の兄エルドラドは聖女の母の力を受け継ぐ結界魔法の天才。彼に睨まれれば、次の瞬間結界の檻に閉じ込められかねない。


 勿論二人はその力を意地悪な令嬢たちに使ったりはしなかった。……心優しいマッキーが必死で止めなかったら使っていたかもしれないが。


 さて。夜会で大暴れしそうになった兄二人と、その発端である虐めをした令嬢たちは、喧嘩両成敗で共に相応の罰を与えられた。

 しかしこれで一件落着ではない。マッキーはひどく落ち込んだ。思春期の繊細で柔らかい心に大きな傷を残す出来事だったのだから無理もない。

 両親や兄に見つからないよう自室でひっそり泣いていたところ、男爵家のメイドが何も訊かず寄り添い、そっと頭を撫でてくれた。


「ありがとう……あ」


 マッキーは希望の光を見いだしたのだ。流行に左右されないメイド服に。


(メイドになれば、私も可愛くなれるかも!!)


 斯くして彼女は王宮の見習いメイドになったのである。

 なお、ミリアと名乗り身分は伏せた。過干渉な兄たちのことだ。妹が先輩に厳しく教育される場面を見でもしたら、また大騒ぎをするかもと考えたから。

 しかしそれは杞憂だった。兄の過干渉はその通りだが、先輩メイドに意地悪な人などいなかったのだから。


 天使のような第四王子に仕え、素敵な仕事仲間と最高のメイド服に恵まれたマッキー(ミリア)。メイド姿を皆は「可愛い」と言ってくれる。彼女はこの世の春を満喫していた。


 その春を、突如として空間ごと破る者が現れる。


「ハァッハハハ、コレが噂の王子か! 美味そうだ!」

「キャアァ! 魔物!?」

「どこから!? 結界を張っていたのに!」


 侵入者は紫の肌に黒い翼と長い爪を持ち、人語を解する悪魔型の魔物だった。庭で微睡む第四王子を狙って来たのだ。アルスの薔薇色の頬が青褪める。


 魔物の好物は人間。中でも魔力を持つ人間はとびきりのご馳走である。魔力のあるヒトを喰えば魔物は簡単にパワーアップするからだ。

 アルス王子は生まれた時から高い魔力を備えており、魔物から身を守るために王宮の奥の結界の中で育てられていた。

 その噂がどこから漏れたか、などと考える暇は無い。悪魔の鋭い爪が王子に向かって振り下ろされたのだから。


「……!」


 刹那、黒いスカートが翻り王子と悪魔の間に割り込んだ。ギィン! と鋭い音が耳を劈く。悪魔の爪はミリアが手にした盾状の半透明な結界で防がれていた。


「殿下を!」


 ミリアの呼びかけに、恐怖で固まっていたメイドたちがハッとし、一斉に王子を庇う。護衛も守りを固めた。


「騎士団を呼んできてください! ここは私が食い止めます!」

「だめ、ミリア!」

「大丈夫です。私には聖女様から貰ったお守りがあります!」


 ミリアの左手の指輪に皆が一瞬視線を向ける。結界はそこから発生しているのだ。


「ミリアー!」


 叫ぶアルス王子を抱え、メイドと護衛たちが王宮の奥に逃げる。彼らの姿が消えた頃、丁度限界を迎えたように結界の盾にヒビが入った。


「ククッ」


 悪魔の裂けた口の端が更に吊り上がる。彼が盾に当てた爪先を捻ると結界はガシャと音を立てて粉々に砕け散った。悪魔はその爪をミリアの顔に翳す。


「残ったのは小娘だけか。まあ良い。僅かだが魔力も持っているようだしお前を王子の前菜代わりとするか……ァ?」


 自信たっぷりだった悪魔の声音が、急に変ずる。


「ア、何だ?」


 彼の爪がミリアの鼻先数センチでピタリと止まっていた。指先にいくら力を込めようとも、1ミリも進めない。


「――ッ!」


 冷たい悪魔の血が、更にゾッと冷えた。目に見えない透明な結界に阻まれていると気がついたからだ。その結界を作り出したミリアは可愛らしく微笑んだ。


「あら、気づかれた? やっぱりエルド兄様のようには行かないわね」

「!」


 危険を感じ、悪魔は咄嗟に飛び退る……筈が。ガチャリと音がして左手を空間に留められた。いつの間にか半透明の枷が手首に嵌められている!


「逃さないわ。あなたのような弱い魔物なら兄様たちの手を煩わせなくても、このマクシミリア・カーター・ハーバーで充分だもの」

「よ、弱いだと小娘ぇ……!!」


 悪魔は激昂した。魔物を束ねる七大魔将の一人である彼のプライドをズタズタにする言葉だったからだ。渾身の力を左腕に込め枷を引きちぎる。娘の恐怖を煽るため、敢えて高笑いをした。


「ハハハ……ア!?」


 刹那、彼を巨大な斬撃が襲う。危うく紙一重で躱すと、衝撃波は後ろの大木に命中した。ズズンと音を立て倒れた木を見て、悪魔は信じられない面持ちで振り返る。そこには魔法で作った半透明の剣を手にし、不満顔のメイドがいた。


「うーん、この距離で外すなんて。やっぱり私はステイ兄様には遠く及ばないわね」

「な、何だお前ッ!?」


 そう。彼女の自認は現実とは乖離している。家族から「可愛い可愛い」と溺愛され、危ない目に遭わないようにと過保護に守られていたため、両親や二人の兄よりも遥かに弱いと自分も周りも思っているのだ。

 実は剣聖と聖女の才能を一番受け継いでいたのは彼女だと言うのに。


 優しさ故にその力をひけらかさないマクシミリアの実力を知るのは、現時点では世界で唯一、この悪魔だけである。


(こんな化け物が王子の側にいるだなんて聞いてないぞ! いや、コイツは王子どころか、もしや我々七大魔将よりも……!)


「あ、じゃあ数で押せばいいのね!」


 彼女がスッと右手を平行に動かすと、半透明の剣がザラリと十本現れた。


「なッ?」


 更に右手を勢いよく振り上げると十の剣は空に舞い上がる。どれもがその切っ先を悪魔に向けて。


(死んだ――)


 彼が死を覚悟した瞬間。しかし叫んだのはマクシミリアの方だった。


「きゃあああ!」


 涙目で肩を押さえ、しゃがみこむ彼女に悪魔は呆然とする。


「は?」


 彼には決して理解できないであろう。腕を上げた勢いで服が破れ、露わになった逞しい肩を必死で隠そうとする乙女心を。


 メイド服は心の鎧なのだ。いかつい肩はパフスリーブでごまかせる。筋肉質な身体も長いスカートで隠しておける。

 貴族令嬢の間で流行した肩出しドレスを似合わないと嗤われた彼女の心は、メイド服を身に着けることによって護られていたのだから。

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メイド服の描写がやけに詳細だと思ったら、そういうことでしたか。 家族の溺愛によって自己認識が迷子になってる最恐のミリアちゃんが幸せになれるよう応援しています。
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