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1-02 殺人勇者

薄暗いスラムの片隅。黒く焦げた肉から濁った血液がドロリと石畳に這い出す。酷く芳ばしい悪臭が鼻を乱すこの肉塊の処理は近くの下水道に流せばいいだろう。

 そう思うと同時に、慣れてしまった自分に自己嫌悪が浮かぶ。つい先日までは平和で民主主義な現代社会で健康で文化的な一般水準の学生生活をしていたはずなのに、今や不穏な絶対王政の中世ファンタジー社会の不潔で野蛮なスラム街で生活を送っている。それも、殺しを生業にして。

 ……クラスメイトは今頃何をしているのだろうか。昼時の鐘を鳴らす王城を見て、私は最初に糧になった彼等の顔を思い返した。

 先日、私達は異世界から勇者としてクラス召喚されてしまった。肥え太った王によれば帰郷の望みは不明、魔王を討伐すれば天上の神々が導いてくださると文字通りの神頼み。

 無神論者を気取っている私としては百点満点中のマイナス百点の異世界デビューだったけれど悪いことだけではなかった。異世界や勇者召喚といえばお馴染みのステータスと呼ばれる、数値化された能力指標を閲覧できるようになったのだ。

 しかも、召喚の過程で元は一般人レベルの肉体であってもまず例外はなく一流以上に育つとは宮廷魔導士長の談。しかも各々潜在才能を引き出すような特別なスキルを手に入れられるのだとか。なるほど、それは嬉しい。そう思いながら閲覧したのだが……


☆ツキナ マナカリ

-LvEX

-固有【殺人流儀(キルストリーク)

-スキル

-生命20

-肉体20

-魔力20

-精神20

-精密20

-俊敏20


 この世界の一般人で平均10。つまり私は一般人の大体2倍程度の能力しかなく、レベルも""EX""──通常のレベルアップが叶わないことがこの時点で確定した。正直詰み……と一見して思っただろう。私は思った。だが待ってほしい、この固有【殺人流儀(キルストリーク)】についてを確認したところ以下のような能力であった。


殺人流儀(キルストリーク)

レベルを持つ人範疇生命を自身で殺害した際、そのレベル分だけ全ステータスが永続で向上し、被害者の持っていたランダムなスキルを一つ剥奪する。この効果は限りなく累積する。


 つまり、私は人を殺せば殺すほどに強くなる。魔導士長に倣っていえば「私には殺人鬼の才が眠っていた!」ということなのだろう。全くふざけないでほしい。法治国家でなんの不自由なく学生の身分として過ごしていた私にとって殺人なんてのは最も忌避するべき行動の一つ。ため息が出た。

 周囲は初期、Lv1で三桁オーバーが散見されていたし【神域接続】だの、【希望祝福】だの、凄くかっこいい……もとい痛々しい固有を得た事をクラスメイト達は自慢し、称賛され、祭りのように沸き、一方大変に馬鹿馬鹿しく、そして命の危機に直面していた。

 なぜならば各々のステータスは専用の──所謂鑑定系のヤツだ──魔導具によって順に閲覧され、共有されていた。幸い出席番号が後ろであった私には幾許かの余裕があったが、バレるのも時間の問題。召喚の魔は屋内で壁に閉ざされ逃亡不可能、どうにかこの局面を切り抜ける必要がある。そこで私は周囲に耳を澄ませてみた……すると、こんな情報が聞こえてきたのだ。

 

『魔法ってどう使うんですか?』

『詠唱を行うか魔導具を使えばいい。火魔法などのスキルはなくても魔法は使えるが、所持している方が効率は良くなる。規模の大きいものとなれば尚更だ。魔導士となるなら必須だな』

『じゃあ俺たちも使ってみようぜ!』『うん!』

 

 …‥ここで重要なのはスキルがなくても魔法の使用は可能だという情報だった。試しに水滴一つを指先に作ってみたのだが、確かに何かが抜け出す感覚と共に人差し指の腹に綺麗な水滴が一つ生まれたのだ。

 こうして魔法の使い方を受動教育にて習得した私は即席ながらも博打に近い作戦を考案、実行の機会を待つことにして、そう間を開けず第一被害者が私の前にやってきた。狙うは『手を出してくれたまえ』と誘う老いた彼の心臓、そして杖。

 はい、と答えて突き出した手の人差し指と中指の合間に作り出したのは雷。電圧は低く、だけど電流は高く。総電力は低く抑えながらも""用途""には十分。魔道具を貫き、ローブを貫き、ソレを胸に押し付けて、突き刺す。

 間も無く声を上げて、泡を吹いて倒れる彼から杖を奪取。周囲が呆気に取られている間に顔面殴打。某キュアでピースなヒロインもこんな犯罪行為に自身の代名詞を使われるとは思わなかったことだろう。ごめんなさい。しかし詫びを言えるのは生き残った後、確殺を入れた事で私のステータスは上昇。


☆ツキナ マナカリ

-LvEX

-固有【殺人流儀(キルストリーク)

-スキル【雷魔法IX】【収納III】【鑑定IV】

-生命20+104

-肉体20+104

-魔力20+104

-精神20+104

-精密20+104

-俊敏20+104


 なんと実ステータスは6倍に。たった今ホットな雷魔法に収納、そして鑑定もオマケで得たが、窮地を脱したわけではなかった。呆気に取られたまま動かないうちに周囲の護衛を殺さなければならないからだ。だから私は杖を掲げて念じた。求めるは雷、理不尽なまでに速い即死の光。

 これまた幸いな事に護衛に集まっている騎士たちは金属製の全身鎧を身に纏っていた。金など導電性の高い素材も使われているのだから、当然のように放たれた光はソレらに吸い込まれ、こんがり肉を上手に焼いていった。ウルトラに嫌なニオイが立ち込めた。

 けれど私は必死だった。剣術や暗殺なんて便利な戦闘スキルだけでなく趣味でやっていたのだろう裁縫、料理も獲得。当然ステータスも上昇している事を流し目で確認したら私は扉へ駆け出した。

 奪える命は奪った、増援が来る前に逃げなければならない。鍵なんて殺した命の値(ステータス)で簡単に壊せた。松明の灯る石煉瓦の通路を駆け抜けて地上へ、そして城壁を飛び越えて……城の外へと逃げ出せた。

 呆気なかった。しかし運命は油断をさせてくれなかった。高台に位置していたこの城から落ちる私を止めてくれるものは何もないのだから、着地を任せることなんてできない。落ちるまでの僅かな時間で膨れ上がる運動エネルギーを止める方法を考えなければ私の身体は容易く四散する。

 故に私は考えた。先程の雷のように、魔法で何か作ればいいと。そうと決まれば魔力に物を言わせて練り上げたのはパラシュート。殺した騎士達の中に裁縫スキル持ちがいたのが助かった。

 ここでやっと一息。殺しから連続した試練の数々で疲弊からか不幸にも私は忘れていた。着地地点についての検討を──。




















「──で、ここにきたってわけかい」

「はい、なので許していただけないでしようか……」

 そして、今に至る。異世界から来て1時間も経たないうちに捕縛されてしまった私は、これまでのことを包み隠さず話した。謝るしかない。頭を下げながら許しを乞うと、目の前の女は笑みを深めて言った。

「そうはいかないねぇ。それが異世界の勇者サマ、しかも王城で殺人を起こした大罪人とあっちゃあ……ねぇ?ほら、わかるだろ?」

 ご尤もだ。私が着地したのは屋敷だった。それも、スラム街にある、最上階の部屋の窓。

 視界の端に散らばったガラス片、首と手に嵌められた魔術的な紋様のある輪っか、ニコニコの女主人、平和な現代社会に生きていた私とは本当に無縁であってほしかったものばかり。

「ですが……私に弁償できるものは何も……」

「へぇ?ならその身柄さっさと王城に引き渡してしまおうかい?」

 それだけはマズい。人は面子を潰された相手に対しては容赦しない。国でも、裏組織でも、どこでも。事なかれ主義を貫いてきた私に取っては苦しい選択が続く。

「……働き」

「ふぅん?」

「この世界のお金も、お宝も、今の私が持つ物理的な価値は一つもありません。ですが、すでに得た能力(ステータス)があります。コチラを使ってあなたの役に立ちますので……どうか、見逃していただけないでしょうか」

 深く、頭を下げる。興味深そうに鼻を鳴らした女主人はそうかい、と言って席を立つ。割れた窓の方へ行って、遠くを見始めた。

「じゃあ、仕事を依頼しようか」

「え……?」

「なんだい、自分が言ったのに困惑して。殺しの依頼さ、そんな固有を持っているんだ。きっと向いてるってことなのさ……殺人に」

「……はい」

 面と向かって言われるとすごく傷つく。事実、そうなのだろうと思ってしまった自分にも腹立たしい。

「あっさり信じるな、って顔だね?アハハ、簡単なことさ。その首輪と手枷はね、アタシの固有が入ってるのさ。【支配管理(ティラニー)】って言ってね、ソレをつけた相手の位置と大まかな行動がわかるんだ。そして、裏切った奴には──ボンッ、さ」

 わかるだろ?とジェスチャーで伝えられたが、本当におっかない。すでに彼女に私の命は握られている、ということになる。

「ま、アンタみたいな政治的な爆弾をずっと置いておくつもりはないさ。程々の所で解放してやる。もしバレたら騎士団の奴らが重罪人の捜査ってお題目で乗り込んでくるかもしれないからね。このスラムがなくなっちまったらアタシらみんなおまんまの食い上げさ」

 世間的には必要悪だとしても、気位の高い者にとって治安の悪い貧民街は目障りで煙たく隙あらば一掃したい掃き溜めだろう。今でこそ混乱中の王城だがこの波乱が国全体に広がろうとしたのなら、ここはそれを収めるための生贄として掃討されかねない……しかも収まるかの確証もない。だったら。

「……一つ、お願いがあります」

「ほう?ご主人様にお願いか。まぁいいさ、言ってみな」

「この世界のことを、もっと教えていただけませんか?」

 この先のことを考えよう。どうせ人を殺すのなら一人も十人も、百人も千人も変わらない。ならば効率よく人を殺して、殺して、殺し尽くして……神に仕返ししてやる。

「ハハッ。いいよ、暇つぶしの話し相手になってくれるならね。ココの奴らみーんな玉なしでね、アタシにビビって誰も構ってくれやしないのさ」

「それは……単純に、支配しているので恐れられているのでは?」

「そうとも言うね?アハハッ」

 さて……まずは、この部屋を片付けよう。

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― 新着の感想 ―
召喚から躊躇う暇もなく流れるようにスキルを使う緊張感に急かされるように読み進めました。 中盤からガラッと雰囲気が変わって、一見和む展開にまた引き込まれました。 長短織り交ぜたリズミカルな文章は気持ちよ…
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