1-01 隣の席の西園寺さんはテレパスらしい
中学二年生の平坂圭介は、周囲から「ぼんやりした子」と言われて育ってきた。彼は教室の片隅で空想に耽りながら、特に波風を立てることもなく過ごしていくはずだったのだが。
六月になって、圭介のクラスに転校生がやってくる。みんなが認める美少女の西園寺アイリスは、どういうわけか圭介の隣が気に入った様子で、気がつけばよく話す間柄になっていた。
そうして、六月も終わりかけのある日、衝撃の事実を知る。
――西園寺さんは、他人の思考を読めるらしい。
なんとなく予想していた圭介は「なるほど」と納得しつつ、これまで通りの関係を続けようとする。
しかし、美少女の西園寺との関係を、周囲は放っておいてはくれないようで――。
――物語を考えることは、僕ら人間に与えられたある種の特権なんだと思う。
そうだなぁ。ここは中学二年生らしく、僕の通う学校にテロリストが侵入し、クラスメイトを人質に取って立てこもったと想像してみようか。
真っ先に動き始めるのは、サッカー部の宮本くんあたりだろう。彼はとにかく、立ち止まるのが苦手な人間だからね。テロリストの凶弾は、真っ先に彼の頭を撃ち抜くはずだ。
六月の終わり。月曜の朝から、そんなことを考えて通学路を歩いていると。僕の肩が、急にポンと叩かれる。
「おっす、平坂。朝からぼんやりだな」
「あ、宮本くん。おはよう」
「おう。いやぁ……それにしても、部活が忙しくてさ。今回のテストはけっこう厳しいんだ。平坂は部活やってねーんだから、ぼんやりしてねーで勉強頑張れよな!」
宮本くんはそう言い残すと、僕を追い越して駆けていき、出会う一人一人に「部活が忙しいからテストは厳しい」と予防線をひたすら張り続けていた。
うん。やっぱり、テロリストによって最初に頭を撃ち抜かれるのは宮本くんだと思う。
逆に生き残るのは、数学の田中先生あたりかな。いつも仏頂面でメガネを拭いている人だけど、この前ちょっと面白いパズルの話をしていたから、たぶん頭がいいんだと思う。あのでっかい三角定規を駆使して、しぶとく生き残るだろう。
僕はぼんやりしている人間らしいから、田中先生よりは早く死ぬだろうね。宮本くんより長生きだとは思うけど。
それで、うっかり死んでいく僕を見て、テロリストは昔飼ってた間抜けな犬を思い出し、つい涙ぐんでしまうのだ。その隙を田中先生に突かれ、鋭い三角定規で腹を切り裂かれる。防弾チョッキを着ているのに、まさか三角定規に負けるとは。
そんな物語を妄想していると。
「平坂くん。おはようございます」
話しかけてきたのは、今月頭に転校してきたばかりのクラスメイトだった。
西園寺アイリス。
ご両親の仕事の都合で引っ越してきた彼女は、日本人にはあまり見ないような明るい髪色の子だ。顔立ちも少し日本人離れしている。聞いた話では、母親がヨーロッパあたりのどこぞの国の出身らしい。
本来なら、僕が会話をする機会なんて、人生で一度もなかったんだろうけど。
「おはよう、西園寺さん」
「ふふ。教室までご一緒しても?」
「うん、別に構わないけど」
大して面白い話もできない僕に、どういうわけか、西園寺さんはよく話しかけてくる。不思議だよね。
そうだなぁ。学校にテロリストが攻め込んでくるとしたら、その狙いはおそらく西園寺さんだろう。
服の下に隠れているけど、彼女の首には特殊なペンダントがかけられていて、天空の城を見つけ出すための鍵になっている。そんなわけで、西園寺さんは命を狙われているんだ。
さすがの田中先生でも、でかい三角定規だけですべてのテロリストを始末する難しい。きっと中盤のいいところで、西園寺さんを庇って死ぬんだろうね。
そして、どうにか逃げ延びた西園寺さんが屋上にやってくると、絶体絶命の場面で謎のロボットが助けに入る。
「あのぉ、平坂くん」
「うん?」
「コホン……あのですね。もしかして、先週テレビでやってたアニメ映画を観ましたか?」
あぁ、西園寺さんも観たのかな。
久々だったからか、新鮮で面白かったよ。正直、かなり影響されてる自覚がある。
「私は初めて観ましたが、良かったです」
「うん、楽しめたのなら良かったね」
まぁ、それはそれとして。実は最近、気になることがあるんだけど。
会話の中でたまに、西園寺さんが知るはずのない情報を口走るんだよね。それに、僕が何も言わなくても会話が続くときがある。もしかして。
「西園寺さんって、人の思考を読んだりできる?」
「さて、どうでしょうか……もしも私がテレパスだとしたら、平坂くんはどう思います?」
そうして、探るような視線を向けられるけど。
まさか超能力者がこんな身近に実在するなんて、誰も思わないよね。
ただ、どうと言われても正直、僕にはあまり関係ないかな。なにせ、僕の思考を読んだところで、大半がくだらない内容だし、西園寺さんには何のメリットもない。好きに読めばいいと思うけど。
そう考えていると、西園寺さんは肩を揺らして目元を拭う。そんなに笑わなくてもいいのに。
「ちなみに、平坂くん。私の母の生まれた国はルーマニアです。覚えておいてください」
「あ、うん」
「それと田中先生がどんなに達人でも、さすがに三角定規で防弾チョッキは切れないかと」
なるほど。つまり、本当にテレパスなんだ。
世の中、不思議なこともあるものだなぁ。
◆
西園寺さんと一緒に教室に入ると、なんだか周囲から微妙な視線を向けられる。
みんな僕と西園寺さんの関係を勘違いしてるみたいでね。つい先週も、イケメンと評判の九条くんから警告を受けた。
『お前なんかに付きまとわれて、西園寺さんは迷惑してんだよ』
そんなもんかと思って、僕は自分からは西園寺さんには話しかけないようにしようと決めてたんだけど。週末を挟んで、すっかり忘れていたよ。
まぁ、今朝は西園寺さんの方から話しかけられたから、セーフって判定にしておこう。
すると、隣の席に座った西園寺さんが、僕をジトッとした目で見る。
「平坂くん。その件は事実無根ですよ」
「え? うん。そうなんだ」
「一応言っておきますが。私は平坂くんと、今後とも仲良くしていきたいです。冷たくされたら、みっともなく泣きますから。全力で」
それは困るなぁ。まぁ、今まで通りでいいか。
西園寺さんが人の心を読めるんだとすると、人間関係の悩みなんかも、これまで色々とあったのかもしれないね。僕みたいに気兼ねなく心を読める相手は案外貴重なのかも。みっともなく泣くくらいだし。
教室の向こうでは、九条くんが何やら血走った目をして僕を睨んでいるけど……よし、見なかったことにしよう。
あぁ、きっと僕みたいにぼんやりとした人間は、現代社会だから生きられているけど、原始時代なら集落の中でも肩身が狭かっただろうね。
例えば、このクラスのみんながいきなり原始時代に飛ばされたとしたら、誰が生き残るかな。
まず僕や宮本くんは無理だろう。九条くんもダメだ。テレパスな西園寺さんでも、かなり厳しい。だって、マンモスが闊歩している時代だし。
諸々を踏まえると、このクラスで原始時代を生き残れるのは……柔道部の遠藤くんと、バスケ部の前園さんか。なにせパワーがものをいう時代だ。
遠藤くんは細身の美少女が好きだって熱く語っていたし、前園さんは男性アイドルの雑誌を食い入るように見ていた。お互いに、好みとしては完全にすれ違ってしまっているわけだけど。
でも、クラスメイトが二人しか生き残っていないのなら、選択肢なんてない。遠藤くんと前園さんには、嫌そうな顔をしながらアダムとイブになってもらう必要がある。
いや、もしかして。古事記のイザナギとイザナミは、遠藤くんと前園さんだったりするんだろうか。
だとすれば、二人は天皇陛下の遠い祖先という話になる。僕が生意気な口をきくのは良くないのかもしれない。ちゃんと敬わないと。
そんなことを考えながらふと隣を見ると、西園寺さんは何かを堪えるようにプルプルと震えているようだった。
「西園寺さん、大丈夫?」
「んぐっ……コホン。えぇ、問題ありません」
「そう? まぁ、うん」
教室の中はみんな賑やかなのに、西園寺さんはずっと僕の隣にいる。それで、いつも薄っすら笑ってるんだけど。
でも噂では、氷の美少女って言われるほど他人に冷たいらしいんだよね。本当かな。
そうだなぁ。西園寺さんが他人に冷たい理由は、実は彼女が氷の妖精だからかもしれないね。お母さんはルーマニアで暮らしている氷の妖精一族の末裔で、お父さんが作った雪だるまに感激し、日本まで押しかけてきたんだろう。
概ね幸せな結婚生活なんだけど、お母さんに料理を任せると三食かき氷になるから、キッチンに立つのはお父さんの仕事だ。娘である西園寺さんもまた、料理のバリエーションがかき氷のシロップの色くらいしかない。
「ふふ……平坂くん。今度、極上のブルーハワイをご馳走してあげますね」
「そう? じゃあ期待しておくよ」
「えぇ。あ、今週末あたりに一緒にお出かけしませんか。お弁当は私が作ってきます……私にも料理くらいできますよ」
うん、それはそう。さすがの僕も、自分の空想と現実の違いくらいは分かってるよ。たぶん。
そうして僕らが話していると、僕の前に現れたのは宮本くんだった。なんだか、目を爛々と輝かせているけど。
「平坂お前、西園寺さんとデートの約束を?」
「うん、してたけど」
「うおおおお、こりゃ大ニュースだ! みんなに知らせてくる!」
そうして駆け出す宮本くんの背中を眺めながら、彼の冥福を祈る。
テロリストに最初に殺されるなんて、損な役回りだからね。穏便に成仏してください。
すると、西園寺さんが小さく肩を震わせる。
「ふふふ……そういえば私、デートって人生初なので。何をすれば良いのでしょう」
「僕も分かんない。そうだ、イケメンの九条くんあたりは手慣れてそうだから、一緒にアドバイスでも聞きに行ってみようか」
「ぐひゅっ」
そうして、西園寺さんが変な呻き声を上げているうちに、教室に先生がやってきて一日が始まる。
デートの件は、宮本くんが吹聴してるからなぁ。週末までまだ長いし、学校が荒れるかもしれないね。僕はまぁ、いつも通りに過ごすだけなんだけど。





