1-24 「王女は初めから一人だった」と言われたので、未練はありません
シュゼットは双子の王女として生まれた。
けれど妹のフランセットのような愛らしさ、可愛らしさは微塵もない。真面目で誠実な性格が仇となり、王と王妃から国の政務を押しつけられるようになっていた。
けれどシュゼットは軟禁されていて、表には出られない。そんな彼女の功績は、すべてフランセットのものとなっていたため、誰も不思議には感じていなかったのだ。
だが、限界となったある日のこと。ランドルフ・クレヴァリー辺境伯がクーデターを起こした。
そこでシュゼットは初めて知る。国のために働いていた自分の立ち位置を。それも王の言葉によって、自分は初めからいないものとされていた、という事実に。
もう、限界だった。
薄汚れた部屋の中。鏡の前に座り、私は自分の姿を見ながら、妹のフランセットの顔を思い浮かべる。
同じ金色の髪に、同じ緑色の瞳。生まれた時も同じなのに、皆が王女だと思っているのはフランセットだけ。
『だってシュゼットは、なんでも知っているし、なんでもできるじゃない。私がやるよりも、早く終わらせることができるんだから、いいでしょう?』
同じ顔だとは思えないくらい、愛らしい顔で頼みごとをするフランセット。そう、私たちは双子。双子の王女なのに、あの日、お父様は私にこう言い放った。
「王女は初めからフランセット、ただ一人」だと。
***
あの日も私は、いつもと同じように机の上の書類に目を通していた。王族の責務として、国の政務を淡々と処理していくだけの日々。
本来は王であるお父様の仕事なのだが、「私は忙しいのだ」と言って、書類だけを置いて出ていってしまう。反論したこともあったけれど、いつものように「可愛げがない」と罵られ、「フランセットのように気の利いたことも言えぬとは」と呆れられた。
キッカケは、ほんの少しでもフランセットと同じように愛してもらいたくて、お父様の仕事を手伝ったことだった。その結果、私の淡い期待は裏切られ、さらに窮地へと追い込まれてしまったのだ。
そうして毎日、書類を処理することを義務付かれ。やらなければお父様に怒られるが、暴力や食事を抜くことまではされなかった。けれどこの書類の向こう側には、大臣。もっと奥には国民がいる。私に休んでいる暇など、ないのだ。
そんな時だった。突然、扉が勢いよく開け放たれた。
「おまえは誰だ!?」
いきなり入ってきて、何をと思ったが、その見知らぬ青年の姿に目を奪われた。墨のように艶がある美しい黒髪に、吸い込まれそうなほどの透明なアイスブルーの瞳。鎧をまとっていても分かる、健康的な体。
なんて眩しくて羨ましい姿なの。私なんて髪はボサボサ、肌も荒れているし、それに服だってぼろぼろだというのに。
それでも彼は私を見て、こう言い放った。
「フランセット……王女?」
あぁ、こんな姿をしているのに、フランセットと間違えることができるのね。
そう思ったら、ふふっと笑いが零れた。
「何がおかしい」
「いえ、私をフランセットというものですから」
「違うというのか。いや、待てよ。確か王女は……」
青年は何か思案するものの、部屋の外の様子が気になるのか、私から視線を外した。
そういえば、私の部屋の前には警備兵がいたはず。この人はどうやって……いや、本当に何者なの? と思っていたら、いきなり腕を掴まれた。
「そうだった。今はお前が誰だろうが構っている暇はない。フランセット王女に似ている、ということは王族なのだろう」
「……そう、ですね」
「ならば来い!」
「できません! 私はここを出てはいけない、とお父様に言われているので」
「その父とは誰だ? 国王か?」
強い力で腕を掴まれ、私は恐怖のあまり頷いてしまった。それが過ちだったとは知らずに。
***
「こ、これは一体……!」
数年ぶりに見る部屋の外の光景に、私は息を呑んだ。
壁に飛び散る血の跡。視界の端で倒れている兵士たち。その者たちもやはり、血だらけだった。さらに遠くから、金属がぶつかる音まで聞こえてくる。それがまるで、警戒音のように感じられた。
「来い!」
なんの説明もなく、青年に強い力で腕を引かれ、私の体はその予期せぬ力に傾き、転びそうになった。
「そうか。あんな劣悪な部屋にいたのだから当然か。だが王族であるのならば、罪人も同じだ」
「ざ、罪人っ!?」
突然のこと過ぎて、頭が回らなかったけれど……これは、クーデターが起きたというの?
「そうだ。だから手加減するつもりはない」
途端、青年はグッと私の体を引き寄せた。地面から足が離れたと思ったら、体がくの字に曲がる。私の視界に映るのは、地面と彼の足だけだった。
手加減はしない、と言われたけど、俵抱きにするなんて。罪人だと思っているんだから、当然といえば当然か。
そんな事実に打ちひしがれていると、今度は別の人物の声が聞こえてきた。
「ランドルフ様……それは?」
「フランセット王女に似た女を見つけたから、連れてきたのだ」
「似た女って……」
相手から様付けをされていることから、それなりの身分なのだろう。だけどランドルフ、という名前だけでは、誰なのかまでは判別できない。
するとさらに遠くから、カチャカチャと金属音を鳴らしながら誰かがやってきた。
「クレヴァリー辺境伯様。国王と王妃を捕らえました」
「っ!」
「よくやった。それで今――……」
お父様とお母様が捕まった? ふ、フランセットは?
「おい、ジタバタするな」
「あの、抱えている、その者は一体……」
「フランセット王女に似た女だ」
「そうでしたか。フランセット王女も共に捕らえましたので、別人かと思われます」
これまで無下にされていたというのに、思った以上にショックを受けている自分に驚いた。
「どうした? お前がフランセット王女ではないことが分かったのだぞ。そんな気落ちすることはないだろう。むしろ安堵……も変か」
突然、動かなくなった私に、青年はおかしな慰め方をしてきた。けれど私も私で、その男の正体を知っても、もうどうでもよくなっていた。
ランドルフ・クレヴァリー辺境伯。私はこれから、この男に処刑されるのだから。
***
それから間もなくして、私の体は地に降ろされた。少しだけ頭がふらつくけれど、ここがどこなのかまでは理解できた。
あの狭い部屋に閉じ込められていても変わることのない玉座。クーデターにより、カーテンや絨毯などボロボロだったが、ここは間違いない。謁見の間だ。
「お前っ!」
聞き慣れた声に振り返ると、縛られたお父様とお母様、フランセットの姿があった。兵士に無理やり膝を突かれていても、私に見下されているのは我慢ならなかったらしい。
「お前が企んだのか!」
「えっ……な、何をおっしゃっているのですか?」
もしかして、私がクレヴァリー辺境伯と共に来たから勘違いをしているのかしら。私だって連れて来られたのに……。
俯いた拍子に、体が後ろに傾く。すると突然、背中を押され、バランスを崩した私は、その場にしゃがみ込んでしまった。
「王よ。この女に見覚えがあるようだな。誰だ?」
「っ!」
「フランセット王女に似ているが――……」
「そ、その女は私の影武者よ!」
クレヴァリー辺境伯の言葉を遮り、フランセットが言い放った。「何を……」と言おうとしたが、フランセットは大きな声を出して、私の発言を許さない。
「社交で忙しい私の代わりに執務をする者として、お父様が見つけてきてくれたの」
「そうだ。クレヴァリー辺境伯なら分かるだろう? 補佐する者が必要なことくらい」
「ならば影武者でなくてもいいだろう。それとも何か、後ろめたいものでもあるのか? お前たちは湯水のように金を使っていたのだからな」
まさか私を、人身売買で入手した者だとでも言いたいのだろうか。
「……クレヴァリー辺境伯。私たちを非難しているが、そこにいる影武者は、フランセットの代わりに執務をしていたのだぞ。それを忘れていないか」
お父様の言葉で、この場にいる者たちの視線が私に集まる。
「その影武者は、フランセットの権限を利用し、大臣たちと結託をしたのだ。我ら王族を嵌めるために。そうだろう。いやそうに違いない! ここに大臣たちがいないのがいい証拠だ。どうせ逃げられたのだろう」
ははははは、と捕らえられているのにもかかわらず、お父様は高笑いした。それに激怒した兵士たちは、お父様を抑えつける。
「なるほど。あの狭い部屋にいたのは、そういうことか」
「えっ」
「あそこならば、城の中と謂えども、大臣たちも出入りできる。それに王が影武者を見つけた、というよりも、大臣たちが用意した方が納得もいく」
「わ、私は影武者じゃないわ!」
「ならば誰だというのだ!」
それは……とお父様の方を振り向いた。私と同じ緑色の瞳と目が合う。
「私は……王女です」
「……違う。さっきも言っただろう。お前はフランセットの影武者だ。似ているからといって、とうとう勘違いし出したのか?」
「そんな……私は勘違いなどしていません!」
「影武者が戯言を言うな! 王女は初めからフランセット、ただ一人。それだけだ!」
静まる謁見の間。その後、どうなったのかは覚えていない。ただ感じたのは、お父様にとって私はそれだけの人間だったということ。すでに娘ではなかったのだ。
気がつくと処刑台の上にいて、見覚えのない罪状を上げられていた。罵声を浴びせられ、もはや何を言っているのかも分からない。
こんなことなら、好き勝手に生きればよかった。フランセットのように、気ままに。ううん、フランセットなんて関係ない。私だけの人生を謳歌すればよかったのだ。
目を閉じて、最期の瞬間を覚悟する。けれどいつまで経っても痛みはやってこなかった。周りの騒音も聞こえない。まるで何もない空間にいるような錯覚を覚えた。
けれどそれが錯覚ではないことに気づいたのは、目を開けた瞬間。本当に私は、別の場所にいたのだ。正確にいうのならば、慣れ親しんだ、あの狭い部屋の中に。
机の上の書類と手に持っていた羽ペンを交互に見る。
「これは……どういうこと?」
私はさっきまで、処刑台の上にいたはずなのに。





