1-25 元聖女は新たに召喚された新聖女の奴隷になりました
夕夏は異世界に召喚された聖女。しかし、期待に応えられない夕夏に見切りをつけ、国王たちは新たな聖女ヴァイオレットを召喚する。
偽聖女として処刑されるはずの夕夏をヴァイオレットが奴隷にすると宣言。
聖女の奴隷となった夕夏は己にない圧倒的な力を持つヴァイオレットに慄きながら、一つの問いを投げかけられる。――それは世界を変える問いだった。
大聖堂の床に描かれた召喚陣から、天井に向かって五重の召喚陣が宙に浮かび上がる。
一番上の召喚陣から放たれる魔力光によって、大聖堂の美しい天井画が照らされた。
召喚陣からくる魔力が風圧となっていた。
夕夏は頬に当たる黒髪を感じながらそのさまをぼんやり眺めていた。羽織った聖女のローブがたなびく。
強い圧に後ずさる夕夏を一人の騎士が抱きかかえる。
「あ、すみませ――」
「逃げる気か、偽聖女」
固い男の声に夕夏は言葉を失った。
――あなたは聖女。やはり本物はユーカ様なのですよ。
この男も、ほかの人々も、そうして夕夏を褒め称えた。
夕夏は全力を注ぎ――結果を出せなかった。
――あれは、聖女なのか?
異世界へ連れてきた張本人たちが疑問を呈し、新たな聖女が来れば夕夏は偽物ということになってしまった。
五重に連なった召喚陣の中心部に白濁の柔らかい光が現れる。さなぎが羽化するように割れ、人の姿が現れた。
救済の天井画を背景に、あらわれたるは女神――。
大聖堂にいる教皇も召喚士も、王族も、だれもかれも、夕夏さえもが思った。
金色の髪はゆるいウェーブがかかり、空中でたなびいている。銀糸のドレスは裾が波打つ海のようだった。光によって虹のように照り返すさまがさらに人々を陶酔させた。
目は琥珀色で、不思議な瞳孔の形であった。
夕夏は元の世界で見た、SFアニメのサイボーグを思い出す。
蠱惑的としか言えぬ珊瑚色の唇が開く。
「わたくしを招いたのはどなた? 何の権限があり、このヴァイオレットを呼びつけたのです?」
既に召喚陣は消えている。それでもなお、宙に浮いた美女に人々は平伏した。ぼんやりしていた夕夏はむりやり床に顔をたたきつけられた。惨めさが募る。
「聖女ヴァイオレット様。われらは魔族に脅かされています。どうか、魔族を滅する支えを」
瞬間、ヴァイオレットの手が動く。手のひらからすうぅっと光が人々へ振り注ぎ溶けた。
「ヒト族と魔族の対立、把握。理解。あなたがたの要望をかなえましょう、聖女たるわたくしが魔族を滅ぼすことを約束します」
その途端、大聖堂に歓声が響き渡った。
同時に、夕夏は本当に聖女でなく偽聖女になってしまった。あの献身の日々はなんだったのか。疲れ果てても騎士たちに加護を与え続けた苦行はなんだったのか。
うちひしがれる夕夏を騎士が掴み上げて
「偽聖女め」
としたたかに頬を打った。
他の騎士も気づいたように動き、夕夏を縛り上げていく。手足を拘束され、首から『聖女を偽った罪』という木板を下げられた。バーゲンセールのマネキンみたい、夕夏は悲哀で薄く笑った。
「ねえ、そこで何をしているの。こそこそと」
ヴァイオレットが夕夏の頭上までふわりと飛んできて、言い放つ。騎士たちは平身低頭し
「これなるは偽聖女」
「あなた様が来るまで我らを騙していたのです」
「三日三晩の見せしめの刑に処すべく、王都の広場に連れて行くところなのです」
夕夏は見せしめの刑を知っている。罪人は民にありとあらゆるリンチを受けるのだ。夕夏がこの異世界に来た時、広場から片付けられていたボロ雑巾のようなものは前任の聖女だった。
「あら、そんなのもったいないわあ。その黒髪の娘、偽聖女はわたくしの奴隷とします。よろしくて?」
そうさえずるように言うと、ヴァイオレットがくいっと引き上げるように手のひらを動かした。と同時に拘束された夕夏が浮かび上がる。
「『聖女を偽った罪』ここをこうすれば良いでしょう」
ヴァイオレットが木板を撫でると、『聖女の奴隷』という言葉に変わった。夕夏は驚きの目を木板に向ける。周りの騎士や教皇はあまりの威光にただ圧倒されていた。
ヴァイオレットは夕夏の肩を抱き寄せながら召喚士や教皇、王のいる高い段に降り立つ。
「ひと休みしたら、魔族がどの程度のものか見てまいります。わたくしの部屋を用意していないわけございませんよね。召使いはいらないわ、この奴隷に世話をさせますから」
王より教皇より、ヴァイオレットは支配者だった。夕夏は死なずによかったのか、死んだほうがよかったのか。恐怖が麻痺し、得体のしれない女にすがっていく。
夕夏は思わず、
「私、何もできないです。侍女さんのほうが色々できます」
と、小声で言った。ヴァイオレットがバカを見る目つきをしてきたが、そのときは何も言われなかった。
部屋の案内人がいなくなってから、ヴァイオレットが夕夏を見下した目を向けて
「自分たちの問題を無関係の他人に丸投げする輩に後ろなど預けるほどわたくしまぬけではなくてよ」
と言った。自身の現状を考えると夕夏は反論できなかった。
通された部屋はこれ以上ない貴賓室であった。きっと、他国の王族が来るための部屋であろう。ヴァイオレットは慣れているとばかりになめらかな起毛の重厚な長椅子に深く沈み込むように座りしだれかかる。
夕夏は羨ましさより豪華すぎて目が潰れそうだった。
聖女として夕夏に渡された部屋も十分豪華だった。
が、ここは段違いで壁紙だけ見ても金泥で蔓草のレリーフが施されていた。この国のヴァイオレットへの期待が透けて見える。
ぼんやりと部屋を見渡す夕夏にヴァイオレットが声をかけてきた。
「奴隷とか偽聖女とか、役職で呼ぶのは好きではないの。だからといって名付ける趣味もないわ。名を教えなさい」
「え、あ。……夕夏です」
「ユーカ。アジアンと思ってたけどジャパニーズね。名の由来は?」
「あなたは私と同じ世界から来たんですか!?」
夕夏は思わず叫んだ。ヴァイオレットが眉をしかめると、
「わたくしは、名の由来は? と聞いたのだけど?」
とさらに言った。言外にお前は奴隷だろうというドスが効いていた。
「……すみません。夏の夕方です」
――夏の夕方は昼と夜の2つをあわせもつのよ――と母が言っていた気がする。しかし夕夏は話を続けるのが怖かった。
「あらいいわね。わたくしの名、ヴァイオレットは朝と夜、昼と夜の狭間の色。わたくしたち少し似ているわ、そばに来なさい」
長椅子の肘掛けにしだれかかりながら、ヴァイオレットが微笑む。
夕夏は椅子の傍らに跪き、どうしていいかわからずうつむいた。
「ねえ。あなたどうして聖女失格になっちゃったの? わたくしが見るに、守護の力はあってよ」
夕夏は問われたくない話に口をつぐんだが、奴隷でしょ、とたたみかけられ口を開いた。
「魔族を倒しに行く騎士さまたちに加護の力を祈ってました。少し持ちこたえるようになったのですが、犠牲者の数は減らなかったそうです」
誉れ高い騎士が、手を失いにらみつけてきたことを思い出す。そうなると夕夏の言葉は止まらなくなった。
「今まで父さんや母さんや先生の友達の言うとおりにして流されてた私だった。召喚されて聖女として使命を果たせる、流されない私の居場所だったんです……!」
「それじゃあ騎士への加護はあなたが考えたわけ」
ヴァイオレットの指摘に夕夏は息を飲んだ。
「いいえ……皆様の言うとおりにして、て」
「あはは! じゃあ聖女になっても流されてただけじゃない」
自家撞着を指摘され俯く夕夏の顔をヴァイオレットは柔らかくつかんで正面から見据える。
「わたくしは好きよ。黒い髪はわたくしには無いオニキス、加点。流動性質は硬質のわたくしには逸材、加点。今から少し狩りに行くわ、ついてきなさい」
力ない夕夏の手をヴァイオレットが掴みながら立つ。その瞬間、夕夏は全身が溶けた、と思った。
我に返った時、ヴァイオレットと共に魔族軍が攻める前線の上空にいた。
「ずいぶん力任せな攻撃ですこと。これを止められないのもふがいないものね」
ヴァイオレットが夕夏を抱きしめながら言う。どうも、そうして夕夏も浮いているらしい。
「魔族に砦も街も飲み込まれそうね。ユーカ、砦や街に加護を与えなさい」
「そんなのできな……」
「与えて。失敗しても砦がつぶれて街が滅ぶだけだから」
砦に街に何百人の人々がいるのか。夕夏は覚悟して加護の力を展開した。騎士一人一人に与えていたそれを、砦と街に集中する。夕夏の手のひらが熱い。そこには強い結界が構築されていった。
「ふふ、やっぱりね――全識別信号、敵性反応を確認」
ヴァイオレットの言葉と同時に円形のホログラフが無数に浮かび上がる。空に浮かぶそれらは、大量の魔法陣に見えた。少なくとも、地上の人々や魔族軍はそう信じた。
「オート・デリート・シーケンスへ移行」
円形内でピピピッと光が走ったあと、赤色の光が魔族全てに浮かんでいた。まるで何かのポイントのように。
ヴァイオレットがパチリと指を鳴らす。瞬間、ゴワッと光線が落ちてゆき、魔族軍が溶岩を超える高熱で焼き尽くされた。誘爆が起こり、拡散し、場は大きくえぐれ、土が燃えていた。
夕夏が加護を祈った砦や街は無事だった。
すさまじい光景に夕夏は、すごい、と小さくつぶやく。
「実はわたくし、召喚されたのは初めてじゃなくてよ。召喚したり、渡ったり。色々な異世界を移動しているの」
夕夏はヴァイオレットのいきなりの告白にぽかんとした。そんな夕夏にほおずりしてヴァイオレットは笑う。
「でも他の異邦者と出会ったのは初めてよ。記念にあなたの味方になるわ」
「み、味方って」
奴隷として人権を奪った女が何を言っているのか。夕夏はヴァイオレットの美しい顔を見る。
「わたくしの最初の二つ名は災厄の魔女。生まれ故郷を滅ぼした娘。ねえ、あなたはこの国をどうしたい?」
勝手に呼び出して用済みになれば捨てるこの国を、どうしたい?





