1-22 わだす、動物にはモテるんです!
『アニマ』と呼ばれる獣人と人間とが共存する未来の東京都南多摩市。
テンパると方言の飛び出るモブ顔東北田舎娘の工藤千絵は『ゴッドハンド』と呼ばれる特殊技能を持っていた。
実家の『ふるさとあにまる牧場』で培ったそれは、言うならば『動物たらし』の技。どんなに頑なな動物の心でも開くことができるのだ。
ひょんなことからアニマカフェでバイトすることになった千絵の役割は『マッサージセラピスト』。
産まれついての純朴さと動物たらしの技でもって、アニマたちの抱える闇を心と体の両面から解きほぐしていく。
モフモフ+イケメン+ボディタッチ多めのアニマル系恋愛ストーリー。
今から十数年前のことだ。
一部の動物たちが擬人化を始めた。
ペットや野生動物だったのが唐突に二足歩行を始め、人の言葉を話すようになった。
彼ら/彼女らは『獣人』と呼ばれ、人と共に生活するようになった。
クラスにアニマが転校してくるようになった。
スーパーでアニマが働くようになった。
警察や病院、市役所などさまざまなところでアニマと出会うようになった。
急速に変わった世界の中で、わたしこと工藤千絵は――
「お金が……ないっ」
東京は南多摩駅の駅前で、四月の冷たい風に吹かれながら立ち尽くしていた。
といって、東北の田舎娘が初めての都会暮らしで浮かれて散財したというわけではない。
ギャンブルに使ったとかでも(そんな勇気はない)。
単純に落としたのだ。
いつの間にかリュックの口が開いていて、中を見たら財布が消えていた。
慌てて交番に遺失届を出したけど届いてなくて、万が一の時のためにと分けておいた五千円で暮らさなければいけなくなった。
あまりにも落ち込んで見えたのだろう、お巡りさんがハラハラ顔で「気を落とさないでね」と声をかけてくれたが、こんなの気を落とさずにいられるわけがない。
「お、お父とお母に助けを求めねばばば……っ」
スマホで電話しようとしたけど、指が震えてうまく画面をタップできない。
モタモタしてるうちに体の底から罪悪感がせり上がってきて……。
「ああうう~……でもうち、貧乏だしなあ~。学費は奨学金でなんとかなってるけど家賃は払ってもらってるし、生活費ぐらいは自分で稼ぐって約束だったしなあ~。ちょっと急だけども、すぐにお金の入るようなバイトを探すかあ~」
うん、支援要請はやめだ。
自力でなんとかしよう。
「といってもなあ~。バイトといえばご近所の山本さんのリンゴの収穫手伝いとか、ご近所の神社の巫女さんの助勤ぐらいしかしたことのない身だしなあ~。ちょうどいいバイトなんてすぐに見つかるわけも……ん? 『Cafe Paws』?わあ、可愛いカフェだごど~……」
目に飛び込んで来たのは路地裏にある一軒のカフェだ。
赤いレンガの屋根に白い壁。
壁には犬の足跡がプリントしてあって、可愛らしいしオシャレだしで、わたしはポ~っとなってしまった。
「でもなあ~……カフェなどというキラキラの可愛らしい施設にわたしみたいなモブ顔東北田舎娘が入っていいものか? 駅前の『喫茶あかまつ』ぐらいにしか入ったことないわたしが……ん? アニマカフェ?」
店の前にイーゼルが立ててあって、ミニコミ誌の切り抜きみたいなのが貼られている。
「ふむふむ、アニマが気楽に過ごせるよう環境を整えたコンセプトカフェで……わわっ、ホールスタッフ募集中っ?」
わたしは手を合わせて喜んだ。
実はそうゆーのが得意なのだ。アニマがというか、動物全般が。
なにせ――
「廃業したとはいえ、牧場育ちのわたしにとっては天職なのでわっ?」
〇 〇 〇
カランコロンとカウベルを鳴らして店内に入ると、空気が変わった。
なぜだろう、それまで和やかに談笑していた店員さんとお客さんの顔が緊張で張り詰めた。
「……お客様、本日はどうしてこちらに?」
白いシャツに黒いズボンに腰エプロンというカフェの制服に身を包んだ女性店員さんが、恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
ちなみに女性店員さんはアニマだ。
雪のような白い肌にふさふさの綺麗な毛並み、ちょっと潰れた小さな鼻はペルシャ猫が元となっているのだろうか、いかにも高貴な感じがする。
ちなみに名札に書いてある名前は『ペル』。
ん……待って待って? 今のおかしくなかった?
「どうしてこちらに……とは?」
たとえばスーパーに入ったとして、スーパーに来た理由を聞かれることある?
カフェに来たならお茶しに来たと思うのが普通だよね?
いやもちろん、わたしはバイトに応募しに来たんだけどもね?
「えっと……もしかしたらまずいとこに来ちゃったんでしょうか?」
入り口にOPENの札が下がってたから営業中のはずだけど……。
「や、別にまずいとかじゃないんですけどお客様はちょっとその~……」
ペルさんはあからさまに目を泳がせている。
「あ、というかですね。わたしお客ではなくて、表のバイト募集の貼り紙見て来たんですけども……」
「ババババイト募集うぅぅっ⁉ あなたがぁあぁぁっ⁉ そっちの方がまずいですよおおぉぉぉ~っ!」
どうしてだろう、ペルさんが悲鳴じみた声を上げた。
というか、やっぱりまずかったんだ。
あれか、やっぱりモブ顔東北田舎娘だからか?
「店長! 店長おぉぉ~!」
ペルさんは「ヤクザが乗りこんできました!」ぐらいの勢いで叫ぶと、店の奥へと走って行った。
「いったいなんなんだべぇ~……?」
状況が理解できずに固まっていると、店の奥からペルさんが戻ってきた。
今度はひとりじゃなく、二十歳半ばぐらいの若い男性――店長さん(?)も一緒だ。
ちなみに店長さんもアニマだが、ペルシャ猫風味の強いペルさんとは違ってだいぶ人間っぽい見た目をしてる。
百八十後半はあるだろう高身長に、細マッチョな体。
短い尻尾と尖った耳の感じからして、ドーベルマンなのだろうか?
獰猛な表情がかっこいい、ワイルド系男子だ。
「……おまえ、何しに来やがった? ここがアニマ専門のカフェだと知ってんのか?」
店長さんはわたしに気づくと、低い唸り声を出した。
威嚇するようにニラみつけてきてるんだけど、動物好きのわたしとしてはまったく怖くない。
ああ、仲間思いの犬種だからだな~と思って、逆に愛しくなってしまう。
この店という群れのボスだから、ペルさんのために威嚇してるんだよねと、うんうん。
「はい、アニマと気楽に過ごせるコンセプトカフェですよね?」
「アニマ『と』じゃねえ! アニマ『が』だ! ここは人間世界に疲れたアニマの避難所なんだよ!」
「ああ~……なるほどお~……」
今さらながら記事の読み間違えに気づいたわたしだが、ここで退くわけにはいかない。
だって残金五千円だし。ここ以上にわたしの力が活かせそうな場所って思いつかないし。
「でも『人間スタッフじゃダメ』ってわけじゃないんですよね? バイト募集の紙にもそんなこと書いてなかったし」
「そりゃおまえ、このご時世で『アニマしか雇わない』なんて書いたら差別になるだろ。いいからとっとと出てけ」
店長さんはわたしを全力拒絶。
い……いけない、このままだと追い返される!
「わだす、動物にはモテるんです! 一度試してもらっていいですか⁉」
「わだす……? 試す……? 何を……?」
勢い余って方言を出しちゃったわたしは、同じく勢いのままに手を伸ばした。
「なぜ袖を……ってなんだこの力っ?」
「はいこっち座って。いい子だね~」
手近にあった長椅子に店長さんを座らせると、その隣に腰掛けた。
「お名前なんていうの? カイトくん? いい名前だね~」
名札で名前を確認すると、店長さん――カイトくんの頭をガッと掴んだ。
「な……何をしやがるっ?」
「膝枕だよ~。カイトくんは大きいから、こうしないと可愛がってあげられないからね~」
「可愛がるだと……くっ、力が抜ける……っ?」
動揺するカイトくんの体に手で触れていく。
耳のつけ根に顎の下、胸に尻尾のつけ根など、犬が気持ちよく感じるだろう場所を中心に。
トントンつついたり、撫でたり。
「ん~、めんこいめんこい~」
「や、やめ……っ?」
犬というのは触れ合いによって関係を築く生き物だ。
触れ合うイコール幸せであり、信頼関係を構築する儀式でもある。
警戒心の強いドーベルマン種であっても、それは変わらない。
最初は拒否していたカイトくんだけど、どんどんと抵抗力が弱くなっていく。
「うちの牧場にもアニマはいたからね、わかるんだあ~。見た目は人になっても、本能の部分は変わらないって」
「うちの牧場だと……?」
「小さい頃ね、家が牧場やってたの。ライオンとかキリンとかゾウとか。もちろん犬もいっぱいいたよ~」
わたしの言葉を聞いた店員さんたちが、一斉にザワつき始める。
「牧場の娘? だ、だからか……」
「ボス味があるというか。本能的に逆らえない感じ……っ」
「俺、店に入ってきた瞬間、喰われるかと思ったもん」
色々と心外なことを言われているが、わたしの『能力』は効果てきめん。
「中でもわたしは『ゴッドハンド』って呼ばれててね。どんなヤンチャな子もわたしには逆らえなかったんだ~♡」
抗うことのできなくなったカイトくんが息を荒げ、「クウゥゥ~ン……」と切羽詰まったような声を上げる。
「ね? ね? わたしがいれば、アニマのお客さんも満足すること間違いなしだと思わない?」
カイトくん――店長さんは、顔を手で覆ったままぷるぷると震えている。
耳が赤くなり、ちょっと汗ばみ、シャツがめくれ上がってお腹が覗いてエッチな感じになっちゃってる。
「……あっ」
わたしはようやく我に返った。
嫌がる男性を抑え込んで……ベタベタ触って……。
「これ……バイトがどうとかいう以前に強制なんとかで捕まっちゃうやつでは……?」
手錠をかけられ警察に連行される姿を思い描いたわたしは、その場でピシィィッと凍り付いた。





