1-21 白のアルメリア~錬金術の魔女の弟子は魔術世界を壊します~
〈釜の魔女〉ケトルに育てられた少女、アルメリアは7歳を機に弟子入りした。お婆ちゃんと慕うケトルから錬金術による調合を教わっていく中で、魔女たちの生きている世界と錬金術について知り——自身の可能性に気付いたアルメリアはケトルや他の魔女たちのために動き出していく。
「ここで火を強めてこいつを入れる。そうしたら……いい感じになるまでヘラで混ぜるのじゃ」
「ふむふむ。いい感じになるまでヘラで……いい感じってどんなですか?」
「知らん。いい感じはいい感じじゃ。次はそこの白い草かのぅ」
「わかりました! えっと、ここは知らん。っと」
私、アルメリアは7歳の誕生日を機に魔女見習いとして弟子入りをし、ひと月を数える黄月星が3回巡った。今日も屋敷の横にある掘立小屋で錬金術の勉強だ。まずは見て覚えろということでもメモをしながら助手のようなことをしている。
「あの、お婆ちゃ……お師匠さま。その薬草はなんでしょうか?」
「知らん。そもそも薬草なのかもわからん。毒草かもしれんし、ただの雑草かもしれんな」
私を育ててくれたケトルお婆ちゃんをお師匠さまと呼ぶのにも慣れてきた——が、今でもたまに呼び間違えることもある。そんなお師匠さまに今さっき手渡した根元まで真っ白な草について尋ねたのだが、返ってきたのはいつもの返事だった。
「えっと、なんていうか、こう気高さがあって私の髪に似てるのに毒草や雑草なんですか?」
「同じなのは色だけじゃろ。アルメリア、次はそこにある黒い液体の入った瓶を持ってまいれ」
「はーい」
色もそうだが葉が茎の半分ほどまで垂れ下がっているのが肩まである私の髪と同じに見え、きっと凄い草だと思ったのだが一蹴されてしまった。しぶしぶ少し遠くにある指示された瓶を手に取りにいく。中身を覗くと遠目では真っ黒だった瓶の中に輝きを見つけた。
「あ、これには何か入ってる? キラキラしてます。まるで夜空のお星さまみたいで——」
「はよう持ってこんかっ!」
今回の調合も知らない綺麗な素材ばかりで好奇心が刺激される。もう少しその瓶を眺めていたかったが大人しく「はぁーい!」と返事をしてその瓶をお師匠さまへと渡した。
「よーく見ておれ。こうして、こうじゃ」
お師匠さまは大釜に謎の草や液体を次から次へと放り込み、巨大なヘラを使ってグツグツと熱しながら丹念に、真剣な表情で混ぜている。その姿は——黒い髪とローブが合わさり、絵本で読んだ魔女そのものだ。
「ふぅ。こんなもんじゃな」
「わぁー……すごい色。どうしたらあんなに綺麗な素材でこんな液体になるんですか?」
「知らん。あとで素材を調べてくるとよい。わしは興味ないが勉強になるじゃろ。ほれ、空き瓶を用意せい」
調合が終わると赤黄紫の毒々しいマーブル模様の液体がそこにあった。けれど渡した素材にそんな色の素材はない。それについて尋ねてみてもお師匠さまは興味なさげにこれもまた知らんの一言で返してきた。
「むー! それじゃあお師匠さまは何を作っているんですか?」
弟子になってからのこの3ヶ月ずっとこの調子だ。自分で素材について調べたりはしているが調合してできたものについては何一つわからない。それについて今日は初めて尋ねてみた。
「……それも知らん。わしは送られてきた素材をただ混ぜるだけじゃ」
珍しくバツ悪そうに答えたお師匠さまは釜から空き瓶に出来上がった液体を移し替えはじめた。それ以上は踏み込めないと悟った私は「……わかりました」とその場は納得したふりをし、調合に使われなかった素材を集め始めた。
錬金術とは素材から何かを生み出し別のモノに変換する術で、それを行えるのが魔女だそうだ。けれど本当にそれだけなのだろうか? お師匠さまの反応から、行えるというよりは強制されているような……そんな雰囲気を感じた。
「うーん、危険色への変化って毒を持つ動物でよくある警戒行動だよね? 他の素材の影響かもしれないけど、まずは毒草から調べてみようかな」
掘っ立て小屋の片付けを終えてからは日の沈むまで本邸である屋敷に戻り書庫で素材について調べる。埃のかぶっていたこの書庫も私が掃除をして頻繁に出入りしているためか、今では落ち着く静かな空間となっていた。
「毒草でも雑草でもない……となると、やっぱり薬草だよね!」
毒草から調べたのは自然界には薬草に似た姿の毒草があり、注意書きなんかが書いてあるためだ。けれど真っ白な草は薬草図鑑でのみ見つけられ、食べられるのも確認できた。
「それにしてもお婆ちゃん、こんなに本を持ってて知らんはないでしょ知らんは。私に調べさせたいのはわかるけどさー」
絶対に聞いたことの全部を知っている。そのうえで私も聞いているのだが、時間のある時にいろんな本を調べてみても調合について書かれた本は見つけられなかった。なのでやはり見て覚えるしかないようだ。
「ご馳走様でした。今日のスープはあの白い薬草を入れられたんですね。なんだかぽかぽかします」
「お前さんが滋養強壮によいと調べてきたからの。せっかくじゃし料理に混ぜてみたのじゃが、いい味になったようで何よりじゃわい」
夕食には先ほどの白い草、ピュアハーブがさっそく使われていた。希少な草だったようで本にも味までの記載はなく、書いてあったのは解呪の効能と食べられるという情報だけだった。ほどよい辛みがスープのアクセントになっていて美味しかったけれど、錬金術の素材というのはこちらが指定できるものではないようで、次に食べられるのはいつになることやらといった感じだ。
「片付けをしますのでケトルお婆ちゃんはゆっくりしていてください」
「ありがとう、アルメリア。それじゃあ、いつもの話でもしようかのぅ」
私が片付けをしている間、お婆ちゃんはいつものように魔女としての心得を説き始める。お師匠さまは釜の魔女と呼ばれていた。食材を渡せばスープに、薬草なら薬液に、鉱石は合金に。なんでも混ぜ合わせることができる。
「であるからして——釜の魔女は素材の分解と再構築を成して錬金術とするのじゃ」
「あの……今更ですけど錬金術って何なんですか? お師匠さまはただ混ぜるだけと答えられました。けれど同じようにスープを料理されたりしています。料理も錬金術なんでしょうか?」
弟子入りしてからずっと考えていた。あの釜で作ったスープも、さっき食べたスープも見ていた限り作り方は同じだ。なら錬金術というのは作業工程のことではないはず。実際、お師匠さまも作業のことを調合と呼んでいる。
「ふむ……まあよいじゃろ。弟子にした以上は錬金術と魔女について今日は詳しく話すとしようかのぅ。特別講義じゃ」
「……はい! おねがいします!」
知らないことを知ることはとても心が躍る。私の考えていたことをお婆ちゃんがわかってくれているようで嬉しかった。
「まず錬金術というのは……どう説明したものかのぅ。外の世界からの呼び方とでも言えばよいかのぅ」
「外からの?」
「そうじゃ。アルメリア、お主がさっき言ったようにどちらのスープ作りも同じじゃ。全く、賢すぎる弟子というのも逆に苦労するものよのぅ」
口ではそういいながらお婆ちゃんも声が少し弾んでおり嬉しそうだ。曰く、錬金術を正確に言うなら〈魔女の世界に物を送り、調合や交換などを依頼する術〉で、完成した成果物を送り返すまでの、その一連流れ自体を指すらしい。
「ふむふむ——って、ちょっと待ってください! それだと私たちも魔術の一部じゃないですか?」
「そうじゃな……わしを含む12人の原初の魔女。その魔女たちが外の世界を利用し、果てない知識を求めた結果が錬金術であり、魔術と化した女たちの業でもあるのじゃ」
まるで錬金術に囚われたような魔女という存在。そして自業自得のように使われた業という言葉が耳に残る。知識を求めたというわりに、いつも知らんというケトルお婆ちゃんのその顔からは何の感情も窺えず、特別講義はそこで終わった。
「見ているだけも飽きたじゃろ。知識も十分に付いたようじゃし、時間のある時に残った材料で同じものを調合してみるとよい」
さらに3ヶ月、弟子入りして半年が過ぎたころから実際の作業をさせてもらえるようになった。尊敬している人に期待してもらえるのは嬉しく、気合いを入れて調合に挑んだ。
「こうしてー、こうですねっ!」
「違う! こうしてこうじゃと言っておろうが!」
のだが……客観的に見ても教え方が下手すぎた。例えばヘラで混ぜる際の動きなど左右に振っているだけに見えたが、同じようにやっても全く上手くいかない。なのに同じようにやれと言う。けれど何度やってもバラバラな粉末の素材になるだけだった。
「はぁ。まったく、見てらんないね。釜の、あんたの教え方じゃ筋肉しかつかないさね」
そんな状況が一年ほど続いたある日、いつものように修行をしていると溜息のあとに色気ある声が聞こえてきた。
「あっ、クロスティアさん! こんにちは!」
「ふん。布の、何さに来よった」
そちらを見ると、いつの間に入ってきたのか綺麗なドレスを着たお姉さんが薬品棚を物色していた。ピキッ。ケトルお婆ちゃんの友人であるクロスティアさんが訪ねて来たのだ。
「アルちゃんの動きはあんたと全く同じだよ。それで混ざらないなら才能がないだけ。まあ、分解の方は既に釜の魔女並みだけどね」
「それくらいわかっておる。じゃがアルメリアはわしの、釜の魔女の弟子じゃ。できるまでやらせるまでよ。ほれ、こやつは無視して混ぜ続けるのじゃ」
「はいっ! ——こうして、こうっ!」
二人の偉大な魔女が私に分解の素質はあると言ってくれている。そうとなれば気合を入れて混ぜようというもの——何か音が聞こえた気がしたが力いっぱいヘラでかき混ぜる——すると
「あっ!」
ズシャーンという音を立てて大釜が粉々に砕け散ってしまった。日常を連れて。





