1-20 清月公主
かつて鳳家が治めていた紫暁国は、家臣であった凌家の謀反により乗っ取られてしまった。当然、鳳家の血を引く者達は殺されてしまう。平和だった紫暁国は凌家の時代になって以降、恐怖政治や飢饉や災害により民達は苦しんでいた。
その片隅で、玲月は自らの霊力を腕輪で封じられ、養父母に守られながら暮らしていた。玲月は鳳家最後の公主。絶対に凌家に正体を知られてはならない。
しかしある時、玲月は熊に襲われている男性を見つける。このままその男性を見殺しにすることは出来ないと、玲月は霊力を封じていた腕輪を外した。鳳家の血を引く者が持つ霊力は極めて特殊なもの。玲月は今、その霊力を解き放った。
隠していた力を解き放った最後の公主の運命はいかに……!?
※タイトルの読み方は『せいげつこうしゅ』です。
遥か昔、とある男が鳳凰と血の契約を結んだ。鳳凰と血の契約を結ぶということは、自身の体に鳳凰の血を入れ鳳凰に未来永劫祈りを捧げ続けるということ。鳳凰は血の契約を結んだ者やその一族の祈りにより力を増し、大地に豊穣と安寧をもたらす。
男の祈りにより、鳳凰はこの地に豊穣と安寧を与え紫暁国が生まれた。
そして、紫暁国の皇帝となったこの男は代々国を納める一族となる鳳家の始祖となる。
鳳家の者が皇帝となり、鳳凰を奉り祈りを捧げる。これを代々続けていくことで、紫暁国は大陸最大の覇権国家となり富と平和が続く国となった。
しかし二十一年前、家臣であった凌家の謀反により鳳家は国を乗っ取られてしまう。その際、鳳家の血を引く者は殺されてしまったのだ。
凌家の時代になった紫暁国は、混乱を極めていた。鳳家の者による祈りがないことで、鳳凰は紫暁国を見限ってしまったのだ。それにより、遥か昔から豊穣と安寧がもたらされていた国には飢饉が起き貴族など特権階級への税収も減ってしまう。こうして、苦しい時代が始まってしまった。
当然、国中から凌家への不満は募るばかり。しかし凌家は実力行使で反乱の目を摘み取った。凌家に少しでも逆らえば処刑されてしまう。こうして、紫暁国では凌家による恐怖政治が始まったのである。
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紫暁国、白家荘園にある屋敷にて。
玲月は片手で持てる大きさの籠を持ち、屋敷の外へ出ようとする。
「玲月、どこへ行くんだい?」
「少し薬草を摘んで参ります。この時期は傷薬に使える薬草が豊富ですから」
玲月は白家当主である浩然からの問いにそう答えた。
「玲月、分かってはいると思うが、荘園内からは出てはいけないよ。特に、凌家直轄領と隣接している場所には行かないように。それから、その腕輪は決して外さないこと」
「ええ、分かっておりますわ。ご心配ありがとうございます」
玲月は右手首にはめている銀色の腕輪に触れる。鎖を模したような紋章が刻まれた腕輪だ。
「あら、玲月。どこかへ行くの?」
浩然の妻、静蓮がやって来た。
紫暁国の女性は嫁いだ後も姓は変わらない。
静蓮は柳家出身であり、柳静蓮と名乗っている。
「はい、薬草を摘みに」
「そう。浩然様からも言われているとは思うけれど、くれぐれも気を付けるのよ」
静蓮も浩然も心底玲月を案じているようだ。
「はい、行って参ります」
玲月は二人をこれ以上心配させないよう、溌剌とした表情を見せて屋敷を出た。
白家の荘園は紫暁国内でも広大な面積というわけではない。中規模な荘園だ。玲月が暮らす白家の屋敷と屋敷周りにある庭園は、高い塀で囲まれている。門番の警備は厳重で、塀の内部には白家の人間や白家の者から許可を得た者達しか出入りが出来ない。玲月は少し広い庭園を通り、門の外へ向かう。太鼓橋を渡った際に見えた池の色とりどりの睡蓮は、瑞々しく咲き誇っていた。白、桃色、青、紫、黄色。様々な色が、見る者を楽しませてくれる。
門の外は内側から白家の荘園内に住む貴族の屋敷、工房や倉庫など、農民達が暮らす村、畑や果樹園などがある。玲月が向かうのは畑や果樹園がある区域で、荘園の中でも一番外側に近い。荘園外部の者達も入って来る場所だ。
(気を付けなければならないことは重々承知よ。でも、今の時期に薬草を摘んでおきたいの。それに、侍女や護衛を付けず一人で出歩けることに感謝しないと)
玲月は片手で持てる籠をそっと抱きしめて歩く。今から行く場所は薬草が豊富にあるので玲月は気持ちを高揚させている。その時、右手首にはめている銀色の腕輪が見えた。
(この腕輪も、わたくしの霊力を抑える為のものなのよね)
玲月は七年前、腕輪を浩然と静蓮から渡された時のことを思い出した。
☾
玲月は生まれてからずっと白家荘園の塀内部の奥の方にある小さな屋敷から出されず、侍女などの世話係も付けられず、浩然と静蓮から直接世話をされ教育を施されて育った。
そして玲月が十歳になる年、浩然と静蓮から銀色の腕輪と手紙が渡される。
『玲月、君の霊力は極めて特殊だ。他人に知られてはならない。だからこの霊力を抑える腕輪をずっと、肌身離さず着用していなさい』
玲月は当時戸惑いながらも浩然から銀色の腕輪を受け取った。腕輪には、鎖を模したような模様が描かれている。
『その腕輪をしている時は、これから外へ出ても構わない。ただし、この白家の荘園内だけだ』
『それからね、玲月、これは貴女の本当のご両親からの手紙よ。貴女の諱も書いているそうなの』
静蓮から差し出された手紙を受け取る玲月。
諱とは、本当の名前のことである。諱は基本的に両親から与えられる特別なものだ。心の底から信頼出来る相手以外には教えてはならない。
そして、いつも呼ばれている玲月という名は字であり、日常生活で使われる別名なのだ。
『私も浩然様も貴女の諱は知らないわ。諱を悪意ある他人に知られてしまうと、霊力や寿命を奪われてしまう。……玲月、貴女の本当のお父様は、敵に諱を知られ、寿命を奪われて亡くなってしまったのよ。だから玲月、その手紙に書いてある貴女の諱は、誰にも教えてはいけないわ。もちろん、私達にも』
静蓮は哀傷に満ちたような表情だった。
『あの……お二人は……わたくしの本当の両親ではない……ということでございますか……?』
今まで十年間、浩然と静蓮が実の親だと思って育った玲月。しかし今、そうではないと言われてしまった。玲月は戸惑いを隠せなかった。
ただ、何となくしっくりは来た。
玲月は部屋の鏡に映った自身の濡羽色の髪と桔梗紫の目を見た後、浩然と静蓮に目を向ける。
二人共髪色と目の色が玲月とは全く違うのだ。
『ああ、そうだ。でも、私も静蓮も、君のことを本当の娘だと思っている。……そう思うことは、烏滸がましいかもしれないが。とにかく、手紙を読んでみなさい』
浩然の目は、娘を慈しむ目だと分かった。それだけでなく、玲月に対して敬意を払っているようにも見えた。
玲月は言われた通り、手紙を読んでみた。
そこには驚くべきことが書いてあった。
玲月の本当の両親は、紫暁国の倒された前皇帝、鳳承安、そして前皇后、容昭月だったのだ。
玲月は鳳家の血を引く公主だったのである。
そして、白家は鳳家の忠実な家臣だったのだ。
玲月は浩然と静蓮からの教育で、鳳家の血を引く者は霊力は他とは違って特徴的だと聞いたことがあった。
そして自身が今までこの小さな屋敷から出されず、白家当主夫妻である浩然と静蓮としか接することがなかった理由がようやく分かったのだ。
この日玲月は、自分の出生の秘密と諱を知ったのである。
☾
気が付けば、玲月は薬草が生い茂る場所へ到着していた。
「凄いわ……!」
青々と生い茂る新鮮な薬草。
玲月は申し分ない量の薬草に、心をときめかせた。
「これならたくさん傷薬を作ることが出来るわ。それから、こっちには体の調子を整える薬草も」
玲月は鼻歌混じりに薬草採取を満喫していた。
しかし、薬草を採取している時に草で指を切ってしまう。
「あらら」
玲月は霊力で指の切り傷を治療する。
玲月が怪我をした指に霊力を注ぐと、ほんのりと白く光った。そして、指の切り傷は綺麗に消えている。
「このくらいの傷なら傷薬ではなく霊力で治せるわね。消費する霊力も少ないし」
玲月は再び薬草を採取する。
するとその時、近くで獣の雄叫びのような音と男性の叫び声が聞こえた。
玲月は薬草を摘む手を止めて、顔を上げる。
(一体何かしら……?)
玲月はそっと薬草を入れている籠を地面に置き、男性の声が聞こえた場所へ向かった。
「嘘……!」
玲月は大きな熊に襲われている男性を見つけた。
恐らく先程の声の主だろう。
男性は顔を抉られ倒れている。意識を失っているようだ。紫苑色の髪には血が付着している。
(熊だわ……! どうしよう……!? このままだと、間違いなくあのお方は死んでしまう……!)
目の前の惨状に、玲月は頭が真っ白になる。このまま放置して逃げたら、間違いなく襲われている男性は命を落とすだろう。おまけに玲月も熊から逃げることが出来るかは定かでない。
熊は玲月の存在に気付き、こちらに目を向ける。狙いを定めたような熊の目が、玲月の桔梗紫の目と合ってしまう。
玲月は戦慄した。心臓に直接氷水を注がれたような感覚になる。
(……でも、このままあのお方を放置することは出来ないわ。それに、熊もわたくしの方を見ている。……逃げることも難しそうね)
玲月は冷静さを取り戻し、素早くかつ入念に周囲を確認してから右手首にはめている腕輪を外した。
玲月は深呼吸をし覚悟を決め、全身に気を巡らせる。
すると、玲月の体は金色の光を放つ。
柔らかな光である。
「今すぐ立ち去りなさい」
真っ直ぐ熊を見て、玲月は腹の底から芯の通った声を出した。
すると、熊は玲月に恐れをなしたようにしてこの場を立ち去った。
霊力を使用する時、体が柔らかな金の光を放つ。動物を操ることが出来る。
これらは鳳家特有の霊力なのだ。
目の前にいる男性を死なせてはいけない。
咄嗟にそう判断し、玲月は鳳家の血を引く者しか使えない霊力を使ったのである。





