1-19 落ちこぼれ天才は平凡優等生に夢を見た
ディーナは、詠唱無しで魔法が使える天才魔法使いだ。しかし、「努力こそ全て」を謳うラズリ学園では、詠唱出来ない者は無能とされる。
そんなディーナの慰めは、同じクラスの委員長で優等生のプラチド。彼はいつも優しく、丁寧にディーナの勉強を見てくれる。そんなある日、修練所にて大事故が起こった。巻き込まれた二人は咄嗟に対処にあたる。その日の帰り道に一人になったディーナが見せた顔は、落ちこぼれとはかけ離れていた。それを見た者が居るとも知らずに……。
天才とは、時に無能である。とは誰かが残した言葉らしい。
肩で銀の髪を切り揃えた少女が、標的に向かって手を伸ばした。
「ほ、炎……あっ」
少女ことディーナが何か言い切る前に標的が勢いよく燃え上がったのを見て、周囲からはくすくすと嘲笑が響く。
そばに居た教師がため息をついて言った。
「ディーナさん。詠唱してから魔法を発動して下さい」
「違……っ、勝手に魔法が」
「その言い訳は何百回も聞いてます。そうならないように詠唱を完璧に覚えなさい、と言っているではありませんか」
まただ、とディーナは俯く。
この学園に入学してから、ほとんど上手く詠唱出来た試しがない。いや、詠唱など本来はディーナには必要無いのだ。
幼い頃から自在に魔法が扱える、いわゆる天才として育ったディーナだが、親がその素質を危惧した。
『古来から、天才は大精霊に変質しやすい。その力で災いを招いてきた』
そんな言い伝えを信じて両親は、この『努力こそ全て』をモットーにした、国内随一と言われるラズリ魔法学園にディーナを放り込んだ。
入ってたった一ヶ月で、まともに詠唱も出来ないディーナは、あっという間に落ちこぼれの烙印を押された。
それは半年経った今でも変わらない。
実技の授業も、座学も、全てにおいて無能な天才。それが、ディーナであった。
「……聞いていますか? ディーナさん」
「はっ、はい。すみません」
ディーナは謝る。何を言われても謝る癖がついたのは、いつからだったか。
教師は胡乱な目でディーナを見つめ、そして生徒達の中から一人の男子を呼んだ。
「では、プラチドさん。お手本を見せて差し上げなさい」
「はい」
蒼く短い髪を揺らしてやって来た少年が、別の標的に向かって手を伸ばし、言葉を紡いだ。
「精霊様、私が示す先に灯火をお導き下さい」
ぼっ、と火が標的について燃える。ディーナと違い、徐々に広がっていく様を見て、周りからは賞賛の声が上がった。
「はい、よろしい。ディーナさん、覚えましたね? ではもう一度」
また別の標的に向かわされ、ディーナは手を伸ばす。
「精霊、様。……私が示す、先に……灯火を……あ」
ぼうっ。
やはり、また言い切る前に勝手に燃えてしまった。
教師を見ると、眉間に指を当てて頭を軽く振っている。
「詠唱のスピードが遅過ぎます。もっと軽やかに、速く」
「すみません……」
「謝る速度だけは上達しましたね」
嫌味まで言われて、ずきりと心が痛んだ。
だが、それに割って入る声。
「まあまあ、長年詠唱無しで生きてきたんですから、今後も伸び代があるって事でいいじゃないですか」
「ですが、甘やかしてはなりません。他の生徒の足を引っ張っているのは事実ですよ」
「そう言わずに。成功率は少しずつですが、本当に上がってきているんですよ。俺がちゃんと見てますから」
プラチドだ。彼はいつもこうして、教師をなだめてくれる。
彼は顔もいいし、雰囲気も柔らかい。老若男女問わず虜にしてしまう。
それでいて傲慢さも無い。努力を怠らない、完璧な優等生。
(いいな……みんなに慕われてて)
自分とは大違いだ。だが、そんな自分でさえ、彼に頼っている。
「ディーナ、また俺と放課後に特訓しよう」
「うん……ありがとう、プラチド」
こうして放課後の時間を、彼から奪ってしまっている罪悪感を覚えながら、ディーナはプラチドの誘いに頷いた。
※
修練所では、今日も今日とてディーナがプラチドに詠唱を教わっていた。
「はい、今教えた詠唱を十秒以内で唱えてみて。よーい、スタート」
「せ、精霊様、私が導きし先、で凍てつく息吹を届けて……」
パキン、と標的が詠唱の途中で凍る。やはり上手く詠唱が出来ない。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫。氷は溶かせば何度でもやり直せるからね。それにしても、どうして詠唱するだけなのに、いつもつっかえてるの?」
何気ない質問に、ディーナは困惑した。
分からない。としか言いようがない。普段の会話に不自由してはいないのに、詠唱となると、文字を読むだけでも何故か引っかかるのだ。
この違和感を理解してもらいたいくらいである。
「頭が拒否しているっていうか……唱えるのに謎の抵抗があるっていうか……感覚としては『言いたくない』に近いかも」
「なるほど。詠唱無しで魔法を使える弊害かもしれないね。でも、この学園じゃそれはまかり通らないから、頑張ろう」
「う、うん。じゃあもう一回……」
そう言いかけた時だった。
ドォン、と大きな地鳴りが響く。
「なっ、何!?」
ディーナは、音のした方を振り向いた。
「魔法の失敗だ! 緑の魔法で大樹がここを侵食してる!」
プラチドが驚きながら分析した。
確かに広い修練所の一角が、巨大な樹に覆われている。しかもまだ、ミシミシと音を立てて枝葉が伸びていた。
「止めないと……! でも、どうやって」
「緑の魔法は時間も操れる。どうにか種まで戻ってもらおう」
二人で樹の根元に駆け寄ると、声がした。
「た、たす、け、て」
「!!」
ディーナは愕然とする。生徒の一人が、幹の中に閉じ込められかけていた。
「精霊様、その身を鎮め、原初の姿にお戻り下さい――」
プラチドが詠唱しているが、間に合わないだろう。
迷う間もなく、ディーナは幹に手を当てて告げた。
「戻れ」
途端に金色の光が樹の全体から放たれ、見る間に小さくなっていき、そして最後には。
「種に、なった……」
床には取り込まれかけた生徒が倒れているし、樹があった場所は壁ごと壊れていた。
落ちた種を回収したディーナに、プラチドが言う。
「それは後で先生に預けよう。出処も使った本人にしか分からないし」
「分かった」
そうしているうちに教師達が入ってきて、倒れた生徒は運ばれていき、ディーナ達は周りの生徒と共に証言をした。
しかし。
「まったく、これだから天才ってのは! 今回は危急の事態だったから確かにお手柄だったが、だからといって普段の行いが許されるわけではないぞ!」
「全くですねぇ。まさか、ここぞとばかりに学園に恩を売ろうなどと考えておいでで?」
教師達の心象が元から下がり過ぎていて、ディーナのした事にケチを付ける始末。
呆れるディーナだが、プラチドが彼らに厳しい言葉を投げかけた。
「彼女が私欲で動くなんて、あり得ません。それにまずは、才能を遺憾無く発揮してくれた事にお礼を言うところでは?」
ディーナとしても、私欲で動いたと思われてるのは心外だった。
「なっ、お礼など! 生徒ならば当然の事をしただけではないか!」
「お礼を言うべきは、原因となる生徒では?」
教師の言葉に嘆息したプラチドがディーナの手を引き、告げる。
「もう行こう。後は俺達の領分じゃない」
「ま、待たないか! せめて壊れた場所を直すくらい……」
厚かましい言葉に、ディーナも流石にぷちんと切れた。
笑顔で断固拒否する。
「嫌です」
怨嗟の声を背に受けて、ディーナはプラチドとその場を後にした。
学園を出て、道を歩く。
まだディーナの手を引きながら、プラチドが口を開いた。
「大精霊には、二種類あるんだよね。光と闇」
「うん」
「それを支えるために、片割れみたいな存在が居るのは知ってる?」
「知ってる、けど?」
光の大精霊なら聖人、闇の大精霊なら側近として、大精霊に仕える。
前者なら基本は平穏だが、後者は災害を招きやすいので厄介だ。しかし、天才と呼ばれる人間が変質しやすいのは、後者。
その背景には、迫害、孤独、悪意といったマイナスの要因が多い。
そして何より、大精霊は必ず一体のみとは限らない、ということだ。
仮にディーナが大精霊になって災いをもたらさなくても、どこかで同じく天才が生まれていたら、脅威が大きくなる。
過去には大精霊同士の戦争さえあったという。それは悲惨なもので、人間側は多大な被害を与えられた。精霊は決して、人間の味方ではない。
「もしも俺が天才だったら、確実に闇だろうな。君は光だ」
「どう、だろうね。私はあんまり、この世界が好きじゃないから」
「そうかな。さっき、樹を収束させた時、金色の光が出てただろう?」
「それだけじゃ、何の根拠にもならない。それに私は、落ちこぼれだし」
自嘲の笑みがこぼれた。努力なんて、本当に報われるのかなんてことも考えてしまう。
と、不意に手が解かれる。
「じゃあ、今日はお互い、お疲れ様」
「うん……また、頑張るね」
分かれ道に辿り着いていたらしい。そこでプラチドと別れたディーナは、一人で道を歩く。手の温もりを奪うように風が熱をさらっていった。
しばらく歩いた人気のない道で、ぬっと現れたのは柄の悪そうな男達。
「おうおう、これまた美人じゃねえの」
「よう、嬢ちゃん。ちぃっとばかし、金貸してくんねぇ?」
「何なら体も貸してくれよ」
下品な言葉、下品な声。反吐が出る。
最近は治安も悪くなり、こんな雑魚が増えてばかりで、イライラする。
だから、ディーナは躊躇しない。彼らに向けて片手を上げて、軽く下ろした。
「――潰れなさい、無様に」
男達は途端に、地面に叩きつけられた。
何も乗っていないのに、地面で蠢く姿は見ていて不快だ。
だから、ゴミ掃除をしなければ。
「死になさい、塵も残さず」
パキン、と彼らは石化し、端からサラサラと崩れていく。崩れた砂は金色の光となって空気に溶けて消えた。
それを最後まで見届ける事なく、ディーナは再び歩き出す。
「……ふぅん。ま、そんな事だろうとは思ったけどね」
――それを目撃した者が居ると気付かずに。





