1-14 ヤンデレ婚約者に殺されましたが、やり直せました。今度は先に監禁すれば勝ちだよね?
歴史ある魔道の大家に生まれた伯爵令嬢リゼリアーナは、侯爵家の嫡子セドリックと政略的な婚約をしていた。しかしセドリックは所謂ヤンデレで、リゼは彼に狂おしいほど愛され、監禁され、逃げようとしたところで殺されてしまう。
監禁される前に巻き戻ったリゼは、逆にセドリックを監禁することで、非業の死から逃れようと画策する。すべては生き残るために。
愛と執着が重いヤンデレ婚約者と、彼を監禁したいやり直し令嬢の攻防戦。しかし――
一度目の自分は、死んだ。
左胸からあふれた赤色が、水音と共に床を濡らす。ナイフで一突き。痛みを感じる暇もなかった。
最後の記憶は、こぼれていく命の熱さと、
「愛していたのに……」
そんな、身勝手な慟哭だった。
✱✱
伯爵令嬢リゼリアーナ——リゼは、自邸の中庭に設けられたテーブルで婚約者を待っていた。長い銀髪を、春の風が優しく揺らす。
(今日こそ、彼に引導を渡してみせます!)
そのための準備は完璧に整えてある。
(手枷に、睡眠薬。自室には踏み込むと拘束魔法が発動する罠もあります)
表面上は婚約者の訪れを待ついたいけな令嬢のフリをしつつ、心の中だけで物騒な計画を確認していく。
リゼには、『一度目』の人生があった。
品行方正なはずの婚約者が豹変し、手枷で拘束され、魔力も封じられ、彼以外の誰とも会わせてもらえないまま、一ヶ月近く彼の侯爵邸で監禁生活を余儀なくされた。怖かった。嫌だと言っても、聞いてもらえなかった。
そして隙をついて逃げようとしたリゼは、激昂した彼によって命を落とした。——はずだった。
それが何の因果か、監禁される前に時間が巻き戻ったのだ。これを利用しない手はない。
(忘れもしない、今日のお茶会でしたね……)
『一度目』の今日、婚約者の家の中庭で開かれた。そして——用意されていたお茶に睡眠薬が混入されていて、リゼはあっさり彼に捕まった。
だから、『二度目』の今回は、こちらに招くことにした。相手の罠にハマりにいくつもりは毛頭ない。
(監禁されて死ぬなんて、もうたくさんです……)
だからリゼは生き残る方法を考えた。
そして、結論を出した。
「先手を打って、監禁するしかありません!」
同じことをやり返して、こちらが主導権を取るしかない。
という訳で、リゼは何食わぬ顔で監禁グッズたちをドレスの布の下に隠し、婚約者の到着を待っていた。
「こんにちは、リゼ。お誘いありがとう」
柔らかな声と共に、芝生を踏み分ける微かな音が響く。リゼが椅子を立ち、振り向くと、そこには婚約者——セドリックが立っていた。
輝くばかりの金髪に、明るい紫の瞳。容姿も性格も、物語の王子様そのものの。
一見完璧な婚約者から、リゼだけはさっと視線を逸らす。
(これから、この人を騙す……)
後ろめたさが顔に出ないよう、表情筋を引き締める。ドレスに隠した手枷が、重さを増した気がした。
「い、いえ。セドリック様にぜひ、我が家に来ていただきたくて。さ、こちらへ……」
リゼはテーブルにセドリックを導くフリをして、手枷を嵌める機会を伺う。しかし彼はあっさりと、リゼの手を掴んだ。
(……ん? 掴んだ??)
「リゼ……僕と手を繋ぎたいと思ってくれたのかな」
セドリックが完璧な貴公子の顔で微笑む。後ろの方でメイドの悲鳴が上がり、誰かが倒れる音がした。
(いいえ!? 死んでもごめんなんですけど!?)
そうは思ったが、様子がおかしいと思われれば計画は破綻する。必死で笑顔を取り繕う。
セドリックはふとこちらに近寄り、耳元に唇を寄せてきた。
「このまま君の部屋に行って、ふたりきりになりたい。……なんてね」
彼が囁く。耳元に吐息がかかり、全身にぶわっと鳥肌が立った。
脳裏に浮かんだのは甘い婚約者同士のアレコレではなく、当然監禁のことだ。
(そんなの絶対ダメです!! ふたりきりになったら何をされるか……!! あ、いや、部屋には罠があるからチャンスなのかしら……?)
リゼがふたりきり発言を真剣に咀嚼している間に、セドリックはさっさとテーブルに着いてしまう。冗談だったのか。
(どうにかして、お茶に睡眠薬を盛りたいところですが……)
ちら、とリゼは控えているメイドに視線を走らせる。セドリックはそれを見て、ああ、とひとつ頷いた。
「ねえ、リゼとふたりきりで話したいから、席を外してくれる? リゼもそう思ってくれてそうだよね?」
「えっ!?」
予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。セドリックはニコニコしている。
「ですが、お茶をお淹れしなければ……」
「いいよ。僕がリゼに淹れるから」
一応、中庭の端の方に衛兵が控えているとはいえ、話し声が届く範囲にはリゼと彼しかいなくなってしまう。
(ふたりきりにされた……じゃなくて! 今僕が淹れるって言いましたか!?)
背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
セドリックに淹れさせたら、絶対に睡眠薬を混入させられ、監禁街道を全速力で進んでしまう。
それだけは阻止! しなければ!!
「い、いえ! 私が淹れます!」
ティーポットに手を伸ばしかけていた彼から、ポットを強奪する。セドリックは目を瞬かせ、また緩い顔をした。
「リゼが淹れてくれるの? 僕のために? 嬉しいな」
「くっ……」
自分の仇に淹れるなんて屈辱だけど、他に睡眠薬混入を阻止する方法はない。
「僕はリゼのことが大好きだから」
(知ってます)
心の中だけで返事をする。セドリックはいわゆる、恋愛小説に登場するヤンデレというやつなのだろう。
リゼも物語上の愛の重い男は好きだったが、それが自分に向けられているのはぞっとする。
リゼは瞬きひとつせず、セドリックの行動に最大の注意を払いながら、ふたり分のお茶を淹れた。
(睡眠薬は……無理ですね)
隠し持った小瓶を取り出す機会はなかった。セドリックが見ているし、そもそもここで彼を眠らせても、リゼひとりでは彼を監禁部屋まで運べない。
「ありがとう。……結婚したら、こんな風に毎日お茶を淹れてほしいな。僕のためだけに」
砂糖菓子より甘い台詞を吐くセドリックに、ぎこちない笑みで応じる。無警戒でお茶を飲む婚約者を見て、やっぱり隙を見て睡眠薬を盛るべきだったかと後悔した。
(って、けけけ結婚!? 結婚なんてしたら、何をされるか……!)
家のため、いずれ結婚する必要はある。あるけど、それまでにセドリックのヤンデレ根性を叩き直さなければ、自分が大変なことになる。
きっと恋愛小説で見たあんなことやこんなことをされてしまうに違いない。
(そ、そんなの嫌です!)
ますますこの監禁野郎を先に監禁しなければ、と決意を強める。
人間誰しも、自分がやられて嫌なことは人にやるなと教わるはずだ。リゼが監禁して主導権を握れば、このヤンデレだって目を覚ますに違いない。そう信じている。そう信じないと結婚生活が精神的に終わる。
(やります、やってみせます!)
お茶を飲み終えたリゼは、すっと席を立った。その青い瞳には、強い決意が滲んでいる。
「あの、セドリック様。よろしければ私の部屋に来ませんか? お見せしたいものがあって」
やや無理やりな誘いだったかもしれない。だが、部屋に連れ込んで拘束魔法罠さえ発動させれば——リゼの勝ちは確定する。
リゼは魔法使いとして非常に優秀なのだ。この完璧婚約者に唯一勝てる要素でもある。
「もちろん。君の誘いだよ? 僕には断る理由がない」
彼は何の疑いもなく立ち上がった。
(かかりました……!)
リゼは心の中だけで歓声を上げる。
とはいえ詰めが甘くならないよう、彼の様子には細心の注意を払いつつ、自室まで誘導する。彼はのんびりした様子とはいえ、さすがに振り向いて手錠をかけられるほどの隙はない。
自室には、すぐに到着した。
「どうぞ」
緊張して上擦った声になってしまったが、彼は特に気にした様子もなく、リゼに促されて先に部屋に入る。
(拘束魔法まで、もう一歩……!)
「君の部屋、内装まで可愛いんだね」
などと甘い台詞を吐く婚約者に向かって、リゼは祈る。が、婚約者は最後の一歩をなかなか踏み出してくれない。
(は、早く……!)
焦る。心臓が嫌な音を立てる。
セドリックが、振り向いた。
「ほんと、リゼは……可愛いよね」
言葉とともに、セドリックが素早く距離を詰めてきた。後ろに回り込まれ、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「でも」
耳に唇がくっつく距離から、声が聞こえる。
「僕の勝ち」
ハンカチを持つ彼の手が伸びてきて、リゼの口元を覆った。
「んん……!?」
「君を……絶対に逃さない」
甘い香り。それと同時に急速に眠気が訪れ——リゼは苦手な婚約者の腕の中で、意識を失った。
✱
次に目覚めた時、リゼは見覚えのある場所にいた。
侯爵邸にある、婚約者の自室。起き上がろうとしたけど、手が何かに引っ張られ、それは叶わない。そちらを見る。例の手枷をつけられた状態で、天蓋付きベッドの柱に繋がれていた。
(これ、は……)
状況を理解して、血の気が引く。
「おはよう。俺のリゼ」
セドリックがソファから立ち上がり、コツコツと靴音を響かせながら歩いてくる。顔は微笑んでいるが、目は笑っていない。
ゾッとした。
「ど、どうして……ですか? どうして、こんなことを」
繋がれたまま最大限距離を取ろうとするリゼを壁際に追い詰め、彼は大切なものにするように、髪に優しく触れる。
「ありがとう。2度目なのに、あっさり俺の手に落ちてきてくれて」
「えっ」
その発言に、時間が止まったかと思った。
リゼは青い瞳を目一杯に見開いて、彼を見る。
「まさか……貴方も?」
リゼの問いに、セドリックは笑みを浮かべる。
それは、ひどく歪んで見えた。





