1-13 ダンジョン長屋
毎度バカバカしいお話を一席お付き合い願います。
さて「ダンジョン長屋」と申しましても、こんちお集まりいただいた皆様におかれましては、"ダンジョン"も"長屋"も、お馴染みない言葉かと思われます。
え~、長屋と申しますのは昔の賃貸アパートみたいなものでございまして、金はないけど人情はちょっぴりある貧乏人が寄り集まったところでございます。
これはダンジョンという摩訶不思議な洞窟のある異世界の、とある長屋の一同のお話でございます。
……と、本作はこのように落語の語り口でファンタジーをお届けします。
落語でおなじみのハっさん熊さんな登場人物の冒険者譚をお楽しみください。
まずは御用とお急ぎでない方は、ちょいとお立ち寄りいただいて、お耳を拝借願います。
なお、本日は尺の都合でTVサイズでお送りいたします。(てけつんつくてんてけつくつん♪)
近頃は何かと陽気の加減が激しく、特に夏ともなれば暑さに容赦がない日が多うございます。カーっと照りますと「暑〜ぅ」、ザーっと降りますと「蒸し暑〜〜〜ぅ」という具合でなかなか厳しい。
これと比べますってぇと鍾乳洞や洞窟というのは、年中いい塩梅に「冷ぁ〜〜とするぅ」という加減で安定しておりますので、ワインセラーがわりにお酒を貯蔵したり、水チェレンコフ宇宙素粒子観測のための大型超純水のタンクを設置したりと、色々な用途があるようでございます。
観光に足を運ばれる方も多いのですが、観光用に整備されていない洞窟に素人が入っていくのは何かと危険なのでよしたほうが良いと言います。
これがファンタジーの世界ともなりますと、もう呑気に観光というわけにはまったく参りません。
特にダンジョンと呼ばれる地下迷宮は、ただの自然洞窟とは異なり、魔物が出るわ、罠があるわと、もうカジュアルに殺しにかかってくる有様で、普通の人間が「ちょっと涼みに行こうかなぁ〜」などと立ち寄れる場所ではないそうでございます。
それでもそこはファンタジー。人間の根性が違います。
ダンジョンの中では常の地べたでは手に入らない摩訶不思議なお宝が手に入るからと、それを目当てにダンジョンに潜ることを生業とする者たちがおりまして、その名も"冒険者"。
冒険なんってぇのは日常をちょっとはみ出してやる類のもののはずですが、この冒険者という連中は日常から大きく足を踏み外してずーっと冒険をやっている、いわば日常が冒険という者たちでございます。
当然、月々の決まったお手当などというものはなく、安定した生活というのからはほど遠い日銭稼ぎの生活なのですが、「夜越しの金は持たねぇのが粋」、「一発逆転成金長者がロマン」などと一攫千金の夢をみるものが多かったそうです。
大きなダンジョンの近くには、そんなのばっかりが寄り集まった長屋もあったようでございまして……。
§§§
「はい、ちょっくら御免なさいよ。こちら脇ぃ通らせていただきますんで……へい、どうも」
「おう、どうした、ハッサン。ダンジョン帰りか」
「なんだベアウルフ。てめえはまた働きにも出ねぇで昼間っからのらくらしてんのかよ」
「俺ゃぁ、いいんだよ。先だってまとまった銭が入ったからな。あくせくするこたねえんだ。ほら、あれよ。霊気を養ってんだよ」
「これ、ベアウルフ。霊気とはなんだ。いつからお主、幽霊になった。ネクロマンサーは討伐対象だぞ。それを言うなら英気であろう」
「ああ、こりゃ大家さん。こんち、いいお日和で」
「うむ。ハッサンは仕事帰りか。ちょうど良かった」
「どうしました」
「うむ、実はおぬしらを男と見込んで一つ頼みたいことがある」
「何か出ますか」
「うん?」
「何か出ますか」
「いやいや、別に討伐依頼というわけではない」
「そうじゃなくてですね。報酬です」
「報酬?」
「おぜぜ、おあし、お賃金、要するに金です」
「お前は私を誰だと思っているんだい」
「誰ってそりゃあ」
「金に汚い、吝いケチンボ貧乏大家さん」
「ベアウルフ、お前さんは来月から店賃倍額な」
「そんな殺生な」
「大家といえば親も同然、店子と言えば子も同然と言うだろう。それを人を云われなく吝嗇家と罵るなんぞは言語道断」
「いやぁ、でも大家さんが"男と見込んで"なんて頼みに来ると、まず確実に面倒なタダ働きじゃないですか」
「何を言う。面倒だのタダ働きだの、男が男を見込んで、親が子をお前ならと頼って頼む頼みごとに、手間だ金だと無粋なことをいう奴があるか」
「ほら、やっぱりタダ働きだよ」
「金にしわいと男が小さくなるぞ」
「それで大家さんはそんなに縮んだんですかい」
「うるさい。まあお聞き」
「へいへい」
「ブラン、こっちへ来なさい」
「はい」
大家に呼ばれてやってきましたのは、まだ年のころは十五になるやならずの少年でございます。
色の白い、目のくりくりッとした愛嬌のある顔立ちの、ここいらでは見かけない子供で……。
「頼みたいというのは、この子のことなんだが」
「大家さんの隠し子ですか」
「バカをお言いでないよ。そんなんじゃない。新入りの冒険者だ」
「ほお」
「なんでも、冒険者になれと家を出されたらしくてな。ダンジョンがあると聞いてこちらに来る途中で会った年寄りにうちの長屋が良いと紹介されたらしい」
「とんでもないジジイがいたもんですね」
「ひどい詐欺師だ。こんなむごいケチンボ大家のボロ長屋を紹介するなんざ悪魔の所業じゃねぇか」
「お前もその歳で身を寄せるなら、せめて屋根の洩らないところにしなきゃ、ここは長屋の屋がなくて長ぐらいだぞ」
「つまらないことを吹き込むんじゃない。ああ、お前さんも気にしなくていい。こういう軽口ばかりの奴らだが、これでも長いことここに住んでいる古株の冒険者だ」
「はい。よろしくお願いします」
「それに屋根が漏るのなんて慣れればどうってことはないから」
「ひでえ大家だ」
「とにかく、支度も心得もさっぱりだというから、お前たち色々教えてやっておくれ」
こうなると否も応もありません。冒険者というのは冒険者ギルドという組合や互助会のようなものに属しているものなのですが、ギルドマスターというのはこの集まりの地域でのまとめ役でございます。ダンジョンの探索権も含めた仕事全般の割り振りをする職安の差配主のような役目も担っておりますから、下手にたてつくと冒険者はおまんまの食い上げになります。
まぁ、ちょうど暇な折でもあったので、二人はこのブランという少年を連れてまずは道具屋にやってまいりました。道具屋と言っても、ちゃんとした店ではありませんで、道端に粗末な筵を敷いてその上に古道具を並べているような胡散臭い店でございます。
「その歳で家を追い出されて、こんなところにやってきて冒険者になろうってんだ。どうせ金はねえんだろう。大丈夫。ここは安いし、融通が利く」
「さしあたって武器だな」
「おい道具屋、邪魔するぜ」
「なんだい、ハッサン。それにベアの旦那まで。賭場で借金つくって仕事道具まで売り払う羽目になったか」
「ご挨拶だな。なんかちょうどいい小刀か小剣はないかい」
「その顔に二つくっついているのは目玉だろう。見ての通りだ。あるものはあるが、ないものはない」
「そこを客を見て勧めるのが目利きの商売人だろうよ」
「そうはいっても、旦那方にちょうどいいような道具はうちにはねぇよ」
「ああ、悪い悪い。買い手はこの坊主だ」
「こんにちは」
「おおん?! なんだい、なんだい。ちゃんと挨拶のできる子供なんて久々に見たよ。どうした。誘拐か?」
「うちの大家に頼まれたんだよ」
「隠し子か?」
「みんなそう思うよなぁ」
「違うらしい。新入りの冒険者見習いだ。道具を一式見立てに来た」
「ほぉう」
「欲をかいてボルんじゃねぇぞ。こちとらそういうところも含めて頼まれてんだから」
「へいへい。承知してますよ」
肩をすくめた道具屋をベアウルフは鼻で笑って、筵に置かれた短剣を一振り手に取りましてございます。
「これはどうだ? 鞘付きで柄の拵えもなかなかしっかりしている」
「それは"雨のモリヤ"という剣だ」
「短剣なのに名があるとは珍しいな。さては雨を呼ぶ魔法剣か?」
「いや」
「では、抜けば珠散る氷の刃で、その波紋霧雨のごとし……とか?」
「いやいや、そんなものがうちに並んでいるわけがないだろう」
「お前のとこ、たまにとんでもない掘り出し物があるから」
「それは雨漏りで濡れて刃が錆びちゃった短剣だよ」
「あ、ホントだ。抜けねぇや」
「うちの長屋の誰かが出したやつか。ひでぇもんおいてやがんな」
「安くしとくよ」
「売る気かよ」
こういう店では見た目が立派な物はいけねぇと、ハッサンは黒く煤けた小剣を取って、これはどうかと尋ねました。
「それは"不死鳥の残滓"」
「さてはガラクタだな」
「火事場の焼け残りだ」
「ろくなもん置いてねえな。売るなよそんなもの」
「焼きだされて無一文だから、せめて焼け残ったこいつだけでも買い取ってくれって泣きつかれて」
「そこまでは良い人情噺だから、その先で店に並べんなよ」
ああだこうだ申しながら、店の品をあれこれ試してみましたが、まともに使えるものは一向に見つかりません。
「これはどうでしょうか」
と、ブラン少年が指さしたのは、筵の脇に突き立っている長剣でございます。刃先はそこに置かれた一抱えほどの石に埋まっていて、柄には道具屋の看板板が掛けられております。
「たいそう立派な拵えで良い剣に見えますよ」
「あー、ダメだダメだ。それは抜けない」
「またか」
「お前のところは、抜けるもんはないのか」
「腕っぷしばかりの間抜けなら目の前に二人……」
「よし上等だ。てめえのそっ首ひっこ抜いてやる」
「やめなよ、二人とも」
わあわあ言っておりますと、その脇で「あっ」と驚く声が上がりました。
「なんだ?」
「どうした」
その時、にわかに雲間からさーっと一筋、日がさしまして、あたりがぱあっと明るくなりました。
「抜けました!」
こうして石から"勇者の剣"を引き抜いた少年ブランは、こののち、神速のハッサン、剛力のベアウルフと組んで、いよいよダンジョンへ参るのですが、残念ながら本日はこれにてお時間となりました。
お後がよろしいようで。





