1-12 魔王ちゃんの保護者になった俺の異世界ハナマル育児生活
冴えない社会人から魔族へと転生し、運悪く「魔王代行者」に選ばれてしまったアズマ。自分以外は入れない「魔王の木」の庭を「防音完璧な一人ステージ」として利用し、ダンスを披露したり前世のアニソンや恥ずかしい自作ポエムを叫ぶことでストレスを解消していた。
しかしある日、実った果実から生まれたのは、舌っ足らずな幼女魔王だった! しかも彼女は、アズマの「秘密の独り言」をすべて聞いて育っていたのだ。
「ニンゲン、やっつけゆー!」
可愛い可愛い魔王ちゃんを、まともな感性を持つ大人に育てるべく、アズマの奮闘が始まる。
人間界への隠密下見、魔王ちゃんのまさかの初恋。最強の魔力を持ちながら中身はあざとい魔王ちゃんと、振り回されっぱなしの保護者アズマが贈る、ドタバタ異世界子育てファンタジーが今、始まる!
魔王城の裏。
外界から隔絶された禁域。
そこには、妖しくも美しい「魔王の木」がそびえ立っている。
――魔王代行者しか触れることを許されない木。
漆黒の幹、深緑の葉。枝はおいでおいでをするように広がっている。だが、そんな伝説の木の前で今、最高にイカれたショーが繰り広げられていた。
「はぁいっ、お待たせ! 今夜も俺の可愛さに、ひれ伏してくれよな☆」
側頭部から突き出す二本の黒い角に合わせるように、二本の指をぴょいっと上へ突き上げた。
「ハイ! わがまま言わせて魔王様! ひゅぅ! 世界をピンクにジャックする! きゅるるん!」
絶対に誰も来ない場所だからこそ、気持ちは最初からクライマックスだ。歌いところから歌う。実際は「魔王様」ではなく「お姫様」だったけれど、替え歌にしている。我ながら最高にハイセンスだ。
「ハイ! セイッ! 転生転生! 異世界ナウ!」
歌詞も前世なだけにうろ覚えなので、俺らしくアレンジしている。アドレナリンは全開だ。
異世界転生して手に入れた赤く燃えるような瞳でウインク一つ、しなやかな筋肉を躍動させ、腰をセクシーに振る。
俺、アズマ・ヴァルガ(転生前は冴えない社会人)は、はだけた漆黒の服を翻し、誰もいない庭でキレッキレのダンスを踊るのが日課なのだ。
「ふぅ……。この『魔王の木』の庭だけが、俺のリアルを解放してくれる」
額に浮いた汗をセクシーに拭い、俺は傍らに置いていた「黒い枝」と「漆黒のマント」の入った袋を手に取った。魔王代行者の引き継ぎで、理由は不明だがここに来る時は必ずこの二つを持ってこいと言われている。
「見てるか、千年前の魔王様よ。俺とお前だけの秘密だからな!」
幹に手を置いて挑発的なポーズをキメた。
そう、今の俺は魔王代行。前任者が「ダルいからジャンケンで決めるぜ」という破天荒すぎるノリで押し付けてきた、魔族の中で一番偉いはずの雑用係だ。
誰でもいいわけではない。魔王代行者は、見た目と血縁で選ばれる。かつての魔王に好かれていた血筋。赤い瞳と二本の黒い角を持つという、魔王に近い見た目。その中で一番強い奴が担うのが慣例で――、ジャンケンでたまたまその時一番強かった俺になった。
……魔族は、大雑把すぎる。
魔王は人間に倒されたようだ。最後の言葉は「千年後にまた現れる」だったらしいが、俺は単なる負け惜しみだと信じている。
「よぉし、今日も異常なしと。戻るか――って」
指先に、熱い拍動が伝わってきたように感じた。ざわりと大気が震え、葉の隙間から光が放たれた。
「……え? う、嘘だろ……」
そこには、さっきまで影も形もなかった実がなっていた。赤黒く濡れたようにテカり、ドクンドクンと心臓のように脈打つ巨大な果実。
なんというか……気持ち悪い。
「や、やめてくれよ」
人間に喧嘩を売る魔王の側近とか嫌だぞ……? 千年も何もなかったわけだし、やめてくれ。
風が吹く。ざわりざわりと葉が揺れ、空気が震える。
「おいおいおいおい、マジで勘弁してくれ」
ぴしっ。
小さな亀裂が、実の表面に走った。次いで、ぱき、ぱき、と乾いた音が連なる。
「ちょっ、ちょっと待て待て待て! 心の準備が――ッ!」
止める暇もなく殻が割れ、莫大な魔力が霧のように広がっていく。
そして――、
ころん、と。
草の上に、小さな影が落ちた。
つやつやくりくりふわふわの黒の髪。
ぱっちり愛らしい赤い瞳。
ちょこんと生えた小さな角。
ふにゃりとした表情の、幼い少女。
だが、その姿は――。
「……真っ裸じゃねーか!!」
あまりに無防備な姿に俺は飛び上がった。慌てて手に持っていた袋から漆黒のマントを取り出すと、少女を包み込む。
「ひとまずこれでよし、か」
マントがでかすぎるけどな。
少女はしばらくぼんやりと空を見つめていたものの、やがてゆっくりと瞬きをしてこちらを見た。
「……よ、余は、ま、おー……?」
舌っ足らずな声。
少女はよろよろと起き上がろうとして、バランスを崩し――。
「うゃっ」
転びそうになり、俺の服をぎゅっと掴んだ。小さな手だ。不安そうに見上げてくる赤い瞳。
「……まおー、うまれたのかにょ……?」
にょ???
「……う、うん。そうだな」
突然、俺の庇護欲がアクセル全開になったぞ。
「き、君が、魔王ちゃんなのか」
「うみゅっ。余はまおー! あんちんちえ……うにゅ、あんち、ち………。ちておえっ」
何を言ってるか分かんねー。
しばらく考え込んだ仕草のあと、ぶんぶんと首を振って、魔王ちゃんは拳を突き上げた。
「ニンゲン、やっつけゆー!」
なんてこった!
「前途多難すぎるだろぉぉぉお!」
俺は、つい叫んだ。
「なんでこの歳でガキのお守りをしなきゃならないんだ!」
「……しつえいあのっ!」
ん? しつえい?
ああ、失礼か?
「事実だ」
ま、赤ちゃんじゃないだけマシか。そこはさすが魔王というべきか。
「きおくあゆ。まおーのきおく、あゆ!」
魔王ちゃんがぷんぷんと怒っている。こぶしをぐーにしてぷりぷりしている。
可愛いな!?
「きおく、あゆのー!」
「そ、そうか。前の魔王の記憶ってことか? すごいな」
「しゅごいのっ。ニンゲン、やっつけゆのー!」
「それはダメだ」
「いぁ!?」
なるほど。千年前の魔王の記憶があるから、リベンジに燃えているのかもしれない。
「んみゃりぇりゃ! ゆりぇにゃにょにぇ! いまにょよは、んみゃじぇ、んみゃじぇ、よ、に、たてちゅ、う……っ!」」
「駄目だ。何も分からん。もっとゆっくり話せ。とりあえず、こっちも持っとけ」
もう一つの持参品、黒い枝を取り出した。魔王ちゃんに渡すと、どろりとした漆黒のモヤが溢れ出し、彼女の小さな体を包み込んだ。
「こえ、しってゆー!」
「おお。姿が黒い霧に隠れたな」
魔王ちゃんも、難しい言葉(?)を話すのは諦めたようだ。
この「黒い枝」と「マント」は、この時のためだったのか。そう、あれは交代する時のことだ。
『たぶん、そろそろ魔王が生まれるんじゃないか? ほら、魔王代行者が毎年この記録用紙に何もなかったと書いてるんだよ、一応な。そろそろ千行目になりそうだから、よろしくな』
『……だから交代したんですね。黒い枝とマントを忘れずにと注意書きがありますが』
『これこれ』
埃のかぶった箱を開けると袋が入っていて、中には怪しく黒光りする枝とマントがあった。
『これを毎日、魔王の木へと持っていくらしいな。様子見も毎日頼むよ』
『……箱の埃がすごいですが。持っていく人がいたとは思えませんが』
『まだ千年じゃねーもん。お前はそろそろ警戒して持ってっとけ』
『面倒なこと、押し付けようとしてません?』
『めんどーだもんな。時代は変わったんだよ』
昔の魔族は「オラオラやっつけるぜー!」と血気盛んなタイプも多かったらしいが、今は珍しい。
脳筋は多いが……。
「あしょこいくー! しんあいあいしちゅ!」
「深界胎室な」
魔王ちゃんは黒いモヤを纏ったまま、ふよっと浮いた。中身は幼女だが、闇に包まれて高い魔力だけを感じると、突然魔王っぽくなった。
「いくにょー!」
「お、おう」
「あ。こえ、いあない!」
「へ?」
ポイッと枝を返された。
「じぶんで、できうのー!」
……確かに黒いモヤでまだ身体が覆われたままだ。
「え、それならなんでこの枝……」
「まおー、わしゅえない!」
魔王を忘れない???
魔王代行者に、ここにくるのを日課にさせるためか? それにしては、誰も枝を持って来てはいなかったようだが。違う意味か?
城壁に埋め込まれた扉に魔王ちゃんが触れると、普段は鍵が必要なそれが何もせずともギギギと開く。
「やっぱり魔王なのか……」
こんなに可愛いのに。
「って、うぉ!?」
扉の先には、漆黒の回廊が伸びていた。
「この景色は知らないぞ!?」
さっき通ってきた道ではない。壁自体が淡い紫色の光を放っている。おどろおどろしいはずなのに、どこか幻想的だ。
「どうなってるんだ……」
回廊を進んで長い階段を降りると、扉が現れた。そこを開ければ、巨大な広間だ。深界胎室と呼ばれている。中央には、天を衝くような巨大な水晶の柱。その下には、禍々しい装飾が施された黒檀の玉座が鎮座している。
「かえってきたにょー!」
魔王ちゃんはふいっと魔力を解き、体を覆っていた黒いモヤを霧散させた。しばらく部屋の隅の鏡を見ていたかと思うと、玉座へと向かった。
「余のせき!」
ふよふよと浮遊しながら玉座を見つめる。
「きえい!」
「ん? なんだ?」
「ぴかぴかー!」
「あ、ああ。掃除はしていたぞ」
「おしょーじ!?」
魔王ちゃんはトテトテと歩み寄ると、俺の胸にふよんと飛び込んできた。
「あじゅま、しゅき!」
無邪気な笑顔。
小さな温もり。
純粋無垢な信頼。
脳天直撃の可愛さ。
自慢じゃないが、女の子に好きだと言われたのは初めてだ。
「お、お、お、俺も大好きだ!」
――こうして、俺の楽しい楽しい(?)異世界育児生活が、始まったのだった。





