1-09 さすらいの管理AI(肉入り)、明日を望んで銀河を掘る
辺境星系の工業ステーションで働く俺がある日目覚めると、肉体がなかった。
仲介サポートAI「エマ」によれば、俺が寝ている間に海賊が襲来、ステーションは破壊され、資源も何もかも根こそぎ奪われたというのだ。なんとか息があった俺は救命のために身体は冷凍、意識は管理AIのメインフレームに間借りの形で保存されたというわけ。
同僚たちのかたき討ち、そして生存のために、俺とエマは遠大な計画を立てた。残された資材と機器を使って先ずは最低限の航行力を持つ宇宙船を作るのだ。
作業を開始してしばらくたったある日。厄介にも惨劇のうわさを聞き付けた一隻のサルベージ船が、俺たちのいるデブリ帯に接近してきていた。
めざすゴールは海賊どもを追いかけ撃滅するための宇宙戦艦。そして資源続く限りの大艦隊。AIと似非AIのコンビにサルベージ屋の少女を巻き込んで、冒険と建造の旅が続いていく
【起きてください、ハルミ】
無機質な声がした。おおよそ頭の中で響く感じ。
ずいぶん待遇が丁寧になったようだ。俺たち採鉱労働者は、枕に仕込まれた骨伝導式目覚ましアラームで叩き起こされるのが定番だというのに。
「分かった分かった、今起きるよ……あれ?」
目を開けてベッドの上に身を起こそうとして、ひどい違和感に見舞われた。何だこれは。
(体が、ない……? 動かせる手足も、何も?)
混乱しているところでまた声が響く。
【落ち着いて聞いてください、ハルミ】
「誰だ……?」
【あなたには現在、肉体がありません。あなたの意識は一時的に『エフィゴス133』ステーションの管理システム・メインフレーム内に収容されています】
「何だって?」
誰だろう。仕事中に時々流れるガイダンス音声がこんな感じだったような――仕事? 何の仕事だっけ。
【もう一度ご説明しますか?】
ええと……思いだしてきた。俺の名はハルミ・エドマンズ。
レクサス・メタル・インダストリー社の資源採掘ステーションに勤務する、B級ライセンス鉱山技師――つまり下っ端の採鉱労働者だ。
ここはエフィゴス133。レクサス社が所有する辺境星系のそのまた辺縁に建設された、小惑星を削って鉱物資源を採取する施設だ。そのはずだった――
「いやいい。その必要はない……ないが、少し時間をくれ」
【わかりました、ですがあまり余裕はありません。このステーションは半壊し、気密は破れてほぼ真空。電源もメインジェネレータが持ち去られて予備電源に切替わっており、残りの稼働時間は切りつめても二百四十時間という所でしょう。電源が尽きればあなたを収容したメインフレームも稼働を停止し、冷凍保存中の肉体も蘇生可能なコンディションを逸脱することに――】
「待て待て待て!! いったいぜんたい、何でそんなことになってる! 俺は昨晩、売店で買った酒を入れてご機嫌で床に就いた。それが……」
【端的に答えるなら、『海賊』の襲撃です。当ステーションは五時間前に武装宇宙船五隻とその強襲突入部隊による砲撃及び移乗攻撃にさらされました。抵抗と脱出の試みは全て失敗。敵は当ステーションの殆どの人員を殺害、資源と設備を持ち去ったのです】
「おお……」
なんてこった。もしかして俺は酒に酔って寝ていたせいで生き延びたのか。同僚はどうなった?
【救命措置を施せる状態だったのはあなただけでした。私たちサポートAIは支援対象の人間が存在しなければ、稼働意義を失って自壊します――それは可能な限り回避しなければなりません】
俺はしばし言葉を失った。つまり同僚はみな死んだ。あと、売店や食堂にいた気さくなおばちゃんたちも。そして、このままだと俺自身も長くは存在できない……
「そういや、お前は誰だ? まあ、AIなんだろうが」
【はい、私はExternal Mediation Avatar(外部仲介アヴァター)ver.4,0031。E.M.A.――『エマ』とお呼び下さい】
「エマ、ねえ」
あのガイダンス音声、そんな名前だったのか。
「直接話すのは初めてだったか」
【申しわけありません。ライセンスB以下のクルーとの直接会話は、数的に処理の非効率化を招くため、これまで推奨されておりませんでした】
「そうかよ……まあ仕方ねえか。それで? 俺たちはどうすれば生き延びられる? ……いや、もっと具体的に――そうだな、手近で使える資源とか器材とかは、リストアップできるか?」
【メインフレームに付随したデータベースを検索してください。アクセス経路的にはあなたの方が近いです、ハルミ。こちらでは、備品管理用タグの信号をチェックして、リスト上の在庫との照合などが可能です】
「なるほど……」
やり方を教えてもらって意識を動かし、胸ポケットからメモを取り出す感じでアクセス。どうやら俺の脳内にあったボディマップを、メインフレーム周辺の各種機能と、その呼び出しに割り当ててあるのか。
数分かけて、俺たちは手元にある資源と器材、調達の必要がある品目の目録をまとめた。
「要点をまとめるとこうか? 俺たちが今使えるのは、残り二百三十九時間くらいの予備電源、海賊も見放した旧式の万能工作機械、要修理の粉末鋳造3Dプリンター。それに、採掘用と補修・整備用のドローンが十機づつ」
【はい。補足すると他に精錬済み金属インゴット、未加工の鉱物原料。高分子材料用の原料ペレットが若干あります】
これだけの材料で何をすべきか。やれることはそこそこあるが、足りないものも多々ある。
俺は同僚たちの顔を思い浮かべた。低賃金で劣悪な環境に耐えながら懸命に働く、いい奴らだった。
あいつらの仇を取るには――
「何をおいても、まずは電源だな。いきなり反物質や核融合を扱うのは無理そうだから……」
鉱物資源のリストに目を走らせる。鉛にヨウ素、ガリウム、チタン――ふむ。
「……太陽電池パネルから始めよう。惑星地表と違って汚染を気にしなくていいし、面積も最小限でいい。あとはその電源で工作機械を動かして、部品を作る」
【なるほどです。それで、レクサス社からの救援を……?】
「待たない。最寄りの拠点はもう隣の星系だ。遠距離通信装置は真っ先に壊されてるようだし、こっちの状況が伝わって会社が動くまで何年かかるかわからん。それに……じっとして待つ気はない」
【おお。私には理解不能です。どうするのです?】
「宇宙船を作る。最初は系内移動が出来ればいいが、その代わり今の製造設備はそのまま保持、運べるようにしたい」
【『最初は』と仰いますと。長期的、あるいは最終的な目標は?】
エマはいぶかし気に語尾を捻り上げた。妙なところで人間的だ。
「戦艦。戦艦を造る! 俺たちだけで動かせて、海賊をギタギタにできるやつを。出来れば艦隊で」
そいつでみんなの仇を討つ。やり返してやる。やられっぱなしでいてたまるか。
【迂遠で荒唐無稽なプランですが……了解しました。可能な限りお手伝いします】
* * * * *
太陽電池パネルはほどなく完成した。ドローンの能力を考慮して、ごく小さなものを作って数を並べたのが功を奏した形だ。今後はもう少し大きな部材を扱える、パワーと強度のある作業機が欲しいところか。
「ともあれ、これで電源は最低限確保できた。持ち時間が伸びたな」
【はい。喜ばしいことです。次の段階に入りましょう】
「次か……」
【そうです。ドローンを増やして作業速度を上げましょう。それと不足している資材を獲得するために、付近の小惑星やデブリ帯を走査することを進言します。そこで必要になるのが送受信機用のコイルと、あと検波用に何らかの半導体も欲しいですね】
「普通に考えればケイ素か。水がいるな」
少し考えこむ。シリコンは多くの恒星系でありふれた元素だが、非常に硬く脆い。加工には相当の技術がいるのだ。それと洗浄用の水も、大量に。だがこの辺の小天体には、水が乏しい。
「何とかこう、水を入手する方法はないもんか……」
エマと共にあれこれ検討したが、すぐには解決策がまとまらなかった。だが、その突破口は意外なところから訪れた。
* * * * *
【ハルミ。状況に変化が……このステーションに、小型の宇宙船が一隻、接近してきているようです】
「何だって……?」
数日後。エマの唐突な報告に、遠隔操作していたドローンの作業アームが停まった。
【映像を送ります。古い軌道作業艇に大型ジェネレータと推進剤タンク、開放型の貨物庫を増設したもののようですね】
リアルタイムで画像補正を掛けながら拡大して観察する。ベースになっているのはずいぶん古いタイプの船のようだ。
船首付近には複数の、折り畳まれた各種の作業アームが並んでいる。そのシルエットは、地球の海にいたというある種の節足動物を思わせた。
「見た感じ、サルベージ船の類だな。どこから来たんだ……? 近くに居住ステーションなんてなかったが」
【先の襲撃から一週間たっています。断言はできませんが、外観から推測されるあの船の性能であれば、内周の軌道にある拠点からここまでたどり着けるかもしれません】
「なるほど……待てよ、そういえば確か」
尻ポケットからこの星系の天体運航データを呼び出し、この十日ほどの配置をシミュレートしてみる。
133ステーションよりだいぶ内側にある惑星エフィゴス3は、他の惑星と起源が違ってでもいるのか、ずいぶんと歪な楕円軌道をとっているのが分かった。この近傍を周回するステーションがあれば、今なら最短距離で来られる。
大方、たまたま望遠鏡でこっちを観測してた奴が、戦闘で発生した熱を検知してアタリをつけた、といったところか。
「……コンタクトをとるしかないな。こっちの外壁や機器を持っていかれちゃたまらん」
近距離回線を開く。映像はオフにして音声だけを送り、向こうの反応を待ってみよう。
〈こちらエフィゴス133ステーション。応答願います〉
〈え、人がいる……!? AIじゃないよね? こちら『好奇心たっぷりの仔猫』号、船長は時雨山アリス。そちらは海賊の襲撃を受けたと認識しています……あってる?〉
応答してきたのはうら若い女性――少女の声だった。





