エピローグ 呪われし女王のオーバード
~『学者』~
——聖王歴906年。
『大地の民』の猛攻の前に為す術もなく蹂躙され、滅亡間際と見られていた『星の民』は、たったひとりの若者の出現により、一気に形成を逆転し攻勢に転じた。
若者は黄金に光り輝く短剣を持ち、十数人の不思議な力を持った剣士を伴っていた。
剣士たちの持つ細剣は一様に激しい輝きを放ち、鋼鉄の鎧をも紙切れのように切り裂いたという。
若者と輝く剣を持った剣士たちに率いられた『星の民』の兵たちは、圧倒的な士気の高さを誇り、一度は奪われた領土を次々に奪還。
さらに『大地の民』の中心地グランディスにまで攻め込み、瞬く間に首都アーセラを占領するに至った。
『大地の民』は首都を奪われてなお、北に逃れて強固な要塞都市ストニアに立てこもり、しばらくは決死の抵抗を続けたものの、これも長くは持たなかった。
ストニア城塞の陥落により、三つの民族の永い永い争いにも、ついに終止符が打たれることとなる。
その後、オルスター山脈以南の地域が一つに平定され、ナディア王国が建国された。
戦争を終わらせたその若者は、間もなくナディア王国の初代国王に就任する。
後にその武勇から『獅子王』と呼ばれることとなる、レオンハルト王その人である。
私も、終戦後は彼に仕え、彼とともに生きた。
こうして数百年に渡る三つの民族の争いは、最終的には『星の民』の完全勝利という形で幕を下ろした訳だが、レオンハルト王は『星の民』の特権階級を一切認めず、生涯三つの民族の融和に心を砕いた。
彼自身が『大地の民』の出身であり、後に王妃となる恋人が『星の民』であったことがその思想の根底にあると解されているが、実はもうひとつ、彼には別の誓い——正しくは、呪いだが——があったことを、知る者は少ない。
また同時に、この大戦の陰で暗躍したもう一つの勢力があることも、やはり人々には知られていない。
彼らが後に〈元老院〉を名乗り、今なお裏でナディアの国政に深く根を張っていることも。
——あれから随分と時が経った。
あの時のあまりに残酷な無力感から、私は戦後レオンの国政を支える傍ら、日夜魔術の鍛錬に明け暮れた。
おかげで、あの頃よりは大分魔法の腕も上達したと自負している。
気付けばいつの間にかあだ名が変わり、随分と偉そうな称号で呼ばれるようになったが、今でもときどき『学者』と呼ばれたあの頃を懐かしく思うことがある。
レオンは死後、子どもたちにその重すぎる使命を託した。
そして私には、自分の孫の代まで支えてほしいと、それから〈元老院〉を見張ってほしいと願った。
まったく、注文の多い男だ。
しかしこれは私にとっても乗り掛かった舟。
それに何より、私は紛れもなくあの戦いの共犯者でもある。
この命が果てるまで彼の意志を支えることを、改めてここに誓おうと思う。
Ψ Ψ Ψ
——夜明けが近い。
いつの間にか群青色の空の端が、薄っすらと淡く輝き始めていた。
「おれたちはもう行く。魔の国の姫よ。……もう、会うこともないだろう」
レオンは少しだけ名残惜しそうに、ふたつの亡骸の傍らに跪く王女にそう告げた。
王女は、彼が戦を終わらせなければ、彼を殺すと言った。
けれど、その時は王女が手を下すまでもなく、彼は死んでいるだろう。
「……姫?」
もう何も答えはしないだろうと踵を返したレオンの耳に、王女の微かな声が届いた。
「……ああ、そうだ」
レオンは王女を振り返って、そう答えた。
「……あんたは復讐を選ばなかった。それは王位継承権の放棄だと、おれたちはそう受け取った。だが、それでもあんたが王の娘——この国の姫であることは変わらない」
「……」
レオンは続く王女の言葉を少しだけ期待して見つめたが、彼女は無言で俯いたままだった。
少し待ってから、やがて小さく息を吐き、ひとり頷いてレオンはまた背を向ける。
その時だった。
「……モニカ」
王女が呟くように言った。
「なに?」
レオンはもう一度振り返って、思わず聞き返す。
王女はレノラとルイーズの遺体を自分の膝の上からそっと地面におろし、ふたりの髪を愛おしそうに優しく撫でた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……復讐のための王位なんて、そんなもの要らないわ。でも、私はもう、無力で何の責任もない、可哀想な姫のままでは居られない——みんなを死なせた罪の重さから、逃げることなんてできない」
青い胸に手を当てる。
——もう、十分に泣いた。
どれだけ泣いても、彼らは帰ってこない。
それに私は、復讐以外の道を選んだのだ。
たとえみんなが私に、復讐を望んでいたのだとしても。
(お父さま、マルティナ、キロン、ラーナにサーシャ、レノラ……そして愛しいルイーズ。それから国のみんな。私はあなた達の呪いを、全て背負って生きていく。私への怒りも憎しみも、恨みも失望も、全部、全部引き連れて……償いきれない罪を一つずつ償いながら、地獄をちゃんと生きていくわ)
王女は静かに瞑目し、愛する者たちに祈りを捧げた。
(どうか天国で見てて、みんな)
そして王女はゆっくりと立ち上がった。
「——!」
無惨に破れたドレス。
もとは純白だったそれは、紅と蒼の血を浴びて黒色へと変色している。
その上にはレオンが掛けたジャケット。
艶やかな銀色の髪も、瑞々しい青い肌も、二色の血と泥に汚れている。
それでも尚、沈みゆく十六夜の月の下に凛と立つその女のあまりの美しさに、レオンも『学者』も時を忘れてしばらくの間、目を奪われた。
肌の色など、もはや関係はなかった。
「私の名はモニカ——」
王女は二人を見据え、壮絶な美を湛えて静かに言った。
「——【呪われし女王】モニカよ」
私のせいでみんなが死んだ。国が滅んだ。
身勝手で自惚れが甚だしく、傲慢で、この上ない程に愚かな女だった。
キロンやレノラやマルティナの忠告を聞かず、お父様やルイーズの優しさに甘え、ラーナやサーシャを巻き込んだ。
その結果、彼らはみんな、人間に殺された。
みんなに恨まれて、呪われて、当然の女だ。
キロンの、ラーナの、サーシャの、そしてレノラの最期の顔が今でも瞼の裏に焼き付いている。
それに、死の間際に一緒に居ることすらできなかったマルティナ、お父様……そしてルイーズ。
でもね、みんな。それでも私は——
リコのような純粋で優しい子もいるのを知っている。
青い肌の私を見て、綺麗と言ってくれた。
人間と私たちが、決して分かり合えないなんて思わない。
私が、私の目で、見極める。
人間の世界で、人間をこの目で見て。
彼らが本当は、どういう生き物なのかを。
——夜明けはもうすぐだ。
王女は——モニカは、白みゆく空を睨んで、力強く言った。
「——それでも私は、宿命なんて認めないわ」
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このあと、もう1エピソードあります。
どうぞお付き合いください。




