ポストリュード:魔王の娘のセレナーデ
Ψ Ψ Ψ
モニカは知らない。
レノラの最期の言葉に込められた本当の意味を。
皆が伝えたかった想いを。
——それは決して”呪い”などではなかったことを。
幼い頃からモニカを守り続けてきた不器用な将軍は、死の間際、願った。
「姫様。俺はいつでもあなたの幸せを願っている。——どうか、健やかに」
モニカとともに笑い、泣き、友人として育った侍女たちは命を奪われる直前、こう言いたかった。
「姫さま。嫉妬して意地悪なこと言って、傷つけてしまってごめんなさい」
「姫さま。貴女のおそばにお仕えすることができてこの上ない幸せでした」
そしてふたりは最期に願った。
「お願い。生きて」と。
〈戦士〉の道を選んだ妹は、その身を白炎に焼かれ、自爆の呪文を詠唱しながらこう思った。
「姉さま。あなたは私の憧れでした。——どうか、いつまでも変わらずあなたのままで」
その夜夫婦になるはずだった恋人は、勇者の刃に心臓を貫かれながら、ただただ愛しい人だけを想った。
「姫さま。どうか、ご自分責めないで。——あなたに恋をして、私は毎日が夢のようでした」
魔王となった父は、自分を殺しに来た人間達を前に、心のうちで囁いた。
「娘よ。余はお前を心から誇りに思う。——どうかお前の行く末に幸あらんことを」
恋人の母は、呪いの言葉の裏で、こう祈った。
「姫様。今はどれだけ辛くても、どうか生きて……いつかあなたが、ご自分を許せる日まで」
彼女はただ、最期に愛しい息子と愛しい娘を、その残された腕でともに抱きしめたかった。
そして誰もが、沈みゆく意識の中で最後に思った。
”——愛してる”
と。
Ψ Ψ Ψ
黄昏時。
残酷な世界を、夕陽が優しく照らす。
今や誰もいなくなった国を、一望できる丘の上。
彼女はひとり、佇んでいた。
「——私はこれから、一つずつ償いながら生きていくわ。……ちゃんと見ててね、私の生き様を」
草原の上で、初夏のそよ風に白銀の髪をたなびかせながら、モニカは唄うように囁いた。
「大好きよ、みんな。みんながどれだけ私のことを憎んでいても、呪っていても。——私はずっと、みんなのことを、心の底から愛してる」
そして、朱く染まる街並みに踵を返し、森のほうへと足を踏み出した。
森の中の『扉』へ。
霧の外へ——そして人間達の世界へ。
その時、街に背を向けたモニカの後ろからふと、一陣の風が吹いた。
モニカの艶やかな髪をふわりと舞い上げる。
その風は同時に、不思議な音色を運んだ。
——”光”の祝福もなく
——”光”の愛も知らぬ
——私たちにとって
——貴女こそが
——”祝福”であり
——”愛”であり
——そして
——私たちの”光”そのものでした
「——!」
つむじ風に乗って、愛しい恋人の声が聞こえたような気がして、モニカは振り返った。
驚いた顔をして——それから小さなため息とともに微かに笑い——
「……都合の良い、幻聴ね」
——そして人間の街へと下って行った。
……誰もいなくなった草原の上で、風は静かに唄う。
”お行きなさい、愛しい人よ。
寂しくはありません。私たちの魂もあなたとともに参りましょう。
私たちはいつもあなたを見守っています。
——あなたが本当の幸せを手に入れるその日まで……”
Fin.
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




