第27話 蒼貌の魔王のレクイエム
~『学者』~
『——塔の魔人どもはあらかた殲滅が完了したようだ』
魔水晶に映る三つの影の一つがそう告げた。
「あらかた?」
レオンが尋ねると、別の人影が何の感情も籠らない声で答えた。
『一匹取り逃がしたらしい』
「それより、お前たちの仲間はどうなったんだ」
『“相打ち”だな。彼らも全滅した』
「……!」
『特に最上階では一瞬で二十人以上が感電死だ。全員、内臓がドロドロに解けておったらしい』
『雷の上位精霊か何かだろうが……中には魔女を何人も殺した凄腕もいたのだが、即死だな』
「そうか……それは、残念だ……」
レオンはそう言って目を伏せたが、何故か魔水晶の中の男たちは笑った。
『ふふふ。なに、そうでもないさ』
『手に負えぬ狂犬など、さして惜しくはない』
『……まして最近は特に、品性を疑うような愚行が目立つ問題児どもだったからな。むしろ、この辺りで退場してくれてちょうど良かった』
「なんだと……貴様ら!?」
「レオン!……今は彼らに構っている時ではありません」
水晶を握りつぶしてしまいそうな勢いで激昂するレオンを、私はそっと窘めた。
「そうだぜ、レオン。ハナからそいつらは胸クソ悪い寄生虫野郎どもだ」
ザックがわざと魔水晶の向こうの男たちに聞こえるように、そう吐き捨てた。
「自分の手を汚さず人の命を駒にしてチェスをやってやがる。オレらがしくじれば、掌を返して『大地の民』にでも取り入るんだろうぜ。まともに取り合ってやる価値はねえ」
「……分かっている」
レオンは苦虫をかみつぶしたような顔で頷いた。
『……ふふ、随分と嫌われたようだな。まあ良い。貴殿らが約束を果たす限り、我らも力を貸してやる。見事、【蒼貌の魔王】メイザ―を斃し『黄金の魔剣』を手に入れて見せよ』
『無事魔王を斃した暁には、霧の向こうの『大地の民』は我らが引き付けてやろう。貴殿らが本隊と合流できるようにな』
『期待しているぞ、『星の民』の勇者よ。……貴殿に我らが女神のご寵愛があらんことを』
その言葉とともに、シュンと音を立てて魔水晶が魔力の輝きを失い、ただの水晶と化す。
彼らが寄越したその魔導具は、一度限りの使い捨てだ。
もう二度と魔力を宿すことはない。
「くそっ!!」
苛立ちを露わに、レオンは水晶を床に叩きつけた。
パリィィンッ、と高い音を響かせて、水晶は粉々に割れる。
「落ち着け、レオン。分かるだろ?みんな死んだ。ジェラルドも死んだ。オレたちのやることは変わらねえ。死んでいった奴らのためにも、もう後戻りはできねえよ」
ザックがレオンの肩に手を置いた。
その瞳の奥にも、すでに昏い炎が燻っている。
「分かっている」
レオンはもう一度頷いた。
「……二人とも、これを。飲んでおいてください。恐らく、あの扉の向こうでしょう」
私はレオンとザックに、最後の霊薬を手渡した。
これも“彼ら”からの支給品だ。
あらゆる怪我や疲労を瞬く間に癒す至高の霊薬など、一体どうやって入手しているのか。
私たちには知る由もない。
悔しいが、この戦乱の世では、彼らの助力なくして私たちは明日も生きられない。
Ψ
城門前の広間で最強の敵将を下した後、私たちは残った仲間たちおよそ二百名とともに城内に突入していた。
城内は驚くほど静かだった。
魔人の姿はない。たったのひとりも。
城内の者すべてが【創世の光】で消滅した……ということはないだろう。
私の予想が正しければ、あの忌まわしい殺戮兵器がもたらす滅びの輝きは、太陽の力をベースとしている。
日光の当たらない室内ではその破壊の力を著しく減じるはずだ。
瘴気をその身に宿す者たちには特に殺傷力を増すとは言え、あれほど絶大な力を持つ魔人たちが、城内でもみな跡形もなく消滅したとは考えにくい。
最初から、もぬけの殻だったのだろう。
それはつまり、全員が侵略者の排除に向かったと言うことだ。
侵略者——そう。ほかならぬ、私たちのことだ。
だが、それでもひとり、いるはずだ。
誰もいなくなったこの城に、ただひとり——
Ψ
「——【蒼貌の魔王】メイザ―だな」
私たちが霊薬を飲み干して巨大な扉を開くと、私の予想通り、そこにいた。
その魔人はいかにも魔王らしく、私たちを玉座の間で悠然と待っていた。
しかし、私は驚きを隠せなかった。
何故なら、魔王はすでに、瀕死の重傷だったからだ。
人間であれば五十を過ぎたあたりか。
今まで何故か二十代前後にしか見えない魔人ばかりだったので、違和感がなくもないが、やはり他の魔人たちと同様、恐ろしく端正な顔立ちをしている。
だが、その青色の肌は広間にいたあの修羅の怪物と同じ。
全身を殺率兵器に灼かれたひどい姿だ。
「いかにも。余がメイザ―だ。……愚かで憐れな人間どもよ」
レオンの問いに、しかし彼は、痛みなどまるで感じていないかのように落ち着き払った声でそう答えた。
「汝は人間の勇者か」
「……それは遠い昔の先祖の話だ」
「聖王の時代の、もう一人の勇者か。では、汝が現代の勇者ということか」
「違う。おれはただ、その血を引いていると言うだけだ。おれ自身は勇者などを名乗る気はない。その資格もない」
「ならば、汝は何者なのだ」
「ただの——ただの人間だ。仲間たちの、愛する者の幸せを願うだけの、な」
「その幸福が他者の犠牲の上にのみ叶うものであってもか」
「……悪いが、その通りだ」
レオンが血を吐くような声でそう言うと、魔王はふと遠い目をした。
「……余もただ、愛する者どもの幸福を願っていた」
そしてまるで呟くように言った。
「だが、余が守るべき者どもは、余の目の前で光の中に消えて行った。余の結界は何の役にも立たなかった。余は地獄の業火に身を灼かれながら、目の前で次々に消える者どもをただ見ているしかできなかった……あれは——あの”光”は一体、何なのだ……」
ああ、そうか。
この男は、民を——恐らくは非戦闘員を自ら守ろうとしたのか。
城門の前の広間に集めて。強力な結界を張って。
けれど、あの殺率兵器は、すべての魔力を打ち砕く。
特に闇の属性の魔力は。
「……あれは『創世の光』……【ジェネシス】だ」
レオンは呻くようにそう答えた。
「創世……?あれが……創世だと?」
「闇を……邪悪だけを祓う、神の兵器なんだ。……だから、オレたちは効かない」
ザックがかすれた声でその先を続けた。
それはまるで、彼自身に言い聞かせているような話し方だった。
そう。この恐ろしい殺戮兵器は、『星の民』の命は一切奪わない。
「そうか……だが、死んだのは我々だけではない。動物も、竜も、光を浴びた者はみなその身を灼かれて死んだぞ?」
なぜか、『星の民』にだけ、効かないのだ。
「……」
「あの光を浴びて死なぬ汝らこそ、余には得体の知れぬ歪な“邪悪”そのものに見えるがな……あのような恐ろしい神々の遺物を平気で使えるその傲慢さもな」
「……」
レオンもザックも、もちろん私も。
返す言葉を持たなかった。
「……それでも」
やがて、レオンが口を開いた。
「……それでもおれは、愛する人を、仲間を、その未来を守りたい」
そして、【蒼貌の魔王】を真っすぐに見据えた。
「そのためには、魔王メイザ―。おれはあんたを斃し、『黄金の魔剣』を持ち帰らなければならない」
魔王は玉座に腰かけたまま、ゆっくりと目を閉じた。
深いため息をつき、そして何故か、
「娘よ……余はお前を……」
と呟いたように聞こえた。
だが、その先に続く言葉は、やや距離があって私には聞き取れなかった。
「……いいだろう。汝らの心は分かった」
やがて、魔王はゆっくりと目を開けた。
「だが、余は汝らを赦すことはできぬ。目の前で消えて行った同胞を忘れることなど到底できぬ。所詮我らは、手を取り合えぬ者同士——争い合い殺し合う運命なのだ」
その言葉は、私たちの心臓を鷲掴みにした。
息が、できない。
許せないのは当たり前だ。私たちが、彼らを殺したのだから。
何より、魔王の口から出た”手を取り合えぬ者同士”。
それはとりもなおさず、彼が手を取り合おうとしたことを意味していた。
心臓が、見えない手で握りつぶされそうだ。
「……それでも、おれたちは進むしかない」
レオンのその言葉は、怖気づく私に向けたものだったのか。
それとも、自分自身を奮い立たせるものだったのか。
「ああ、そうだぜ」
ザックもまた呻くように頷いた。
その顔は、蒼白だった。
私もふたりに向かって頷いた。頷くよりほかになかった。
魔王がユラリと立ち上がった。
とても瀕死とは思えない、凄まじい覇気を纏って。
「来るが良い、人間よ。我が名は魔王メイザ―。この『ニヴルヘイム』を統べる王なり。同胞を殺した罪、汝ら『星の民』すべての命を持って償わせてやろう」
そして吠えた。
その瞳に、哀しい輝きを湛えながら。
「魔王らしく、汝らの紅い血肉を手向けの花に!汝らの断末魔を我が同胞への鎮魂歌としようではないか!……余を止めたくば、余を斃して見せよ!余を斃して、『黄金の魔剣』を奪って見せるがいい!!」




