第26話 愚者たちのエレジー
~ザック~
日没直前の夕陽が世界を朱く照らす。
二色の血に染まった草原を。
夥しい数の物言わぬ骸を。
街が、国が、燃えている。
燃える街の中で、人間たちと魔人たちの戦いはまだ続いていた。
当初二千を数えたオレたち人間の兵は、今やその数を十分の一にまで減らしていた。
九割が魔人たちの手にかかって戦死した。
夕陽の下で、かつての仲間たちが死体の山を築いている。
しかしそれでも、一割も残った。
それは勝利と言っても良いくらいだった。
何故なら魔人たちの姿は、もはや数えるほどしかなかったからだ。
魔人たちの亡骸はほとんど見当たらない。
人間の骸はそこら中に転がっていると言うのにだ。
それは事情を知らないやつから見れば、さぞ不思議な光景だったろう。
だがオレは、オレたちは知っている。
消えた。
消滅したのだ。
オレたち人間が使った神々の遺物。破滅の兵器によって。
死体どころか、灰すら残さず。
まるで、水が蒸発するように。
〈戦士〉ほどの力を持たない者たちは、光に灼かれて一瞬で消え去ったことだろう。
〈戦士〉たちですら、ほとんどがそうだったのだから、間違いない。
”滅びの光”を受けて尚その肉体を保ったのは、〈戦士〉たちの中でもごくわずか。
その数は二十人にも満たなかった。
そしてその光を耐え抜いた猛者たちも、そのほとんどがもはや戦う力を残してはいなかった。
オレ達の総攻撃に、やがてひとり、またひとりと倒れていく。
しかしそれでも、オレ達は改めて奴らに底知れぬ恐怖を抱いていた。
死にかけのたった二十人足らずの魔人たちに、さらに八百を超える仲間たちが屠られたのだから。
特に敵将の個体と、もうひとり、女型の個体はとにかくすさまじかった。
——だが、それもようやく終わりが来た。
王城を目前にした広間の戦い。
日が完全に沈み、夕闇が辺りを支配した頃だった。
女型の魔人が、今しがた右の腕と脚を失ってようやく倒れた。
もはやオレたちの前に、立っている敵はただ一人。
魔人たちの中でも長身で、逞しい体つき。
今はヤギのような捻じれた角を生やし、身体もひと回り肥大化しているが、先刻も草原の戦いで見たのと同一の個体。
まるで伝説に出てくる最高位の魔族。
悪魔の末裔——というより、オレには古の大悪魔そのものに見えた。
まさに、怪物。
紛れもなく魔人たちの将たる男。
——こちらの被害も甚大だった。
すでにジェラルドが、この男との戦いで地面に倒れ伏している。
見ればわかる。
アイツはもう、息をしていない。
首が、有り得ない角度に曲がっている。
長年連れ添った戦友は、故郷とはかけ離れたこの魔の国が死に場所になった。
今は墓標も建ててはやれなし、鎮魂歌も歌ってやれないが、せめて安らかに眠ってほしい。
寂しくはないぜ。
オレもきっと、もうすぐ行くからな。
ちょっとだけ待っててくれ。
ザンッ——
鈍い音。
同時に、仲間たちの歓声が上がった。
ついに、レオンの——人間達の刃が届いたんだ。
白銀に輝く刀身が、魔人の将の心臓を貫く。
「グオオオオオオオオオアアアアアァァァァァアアアアアッツ!!!」
魔人が、いや怪物が吠えた。
野獣のような咆哮だった。
蒼い鮮血が、その口から噴き出す。
そしてその怪物は最後にこう言った。
「姫さま……!どうか……!!」
それはオレたちへの怨嗟の呪いでも、無念の叫びでも、悔恨の呻きでもなかった。
誰かに、助けを求めようとしたのだろうか。
だが、溢れ出す蒼色の血にかき消されて、その先の言葉が紡がれることはついになかった。
ただ、ここにいない誰かに向けた怪物のその瞳は、気のせいかひどく優しく見えた。
——オレは仲間を何百人も殺したその修羅の怪物の冥福を、密かに祈らずにはいられなかった。




