第24話 聖なるケダモノのゴスペル
~王女~
「いやあああああ!!」
私の喉からようやく悲鳴が漏れた。
全部、手遅れだった。
激しく震える脚に、全く力が入らない。
糸が切れたように、私はその場にただ頽れた。
「ちっ。バケモノどもめが」
ふたりを殺した白装束の男が、忌々しそうに唾を吐いた。
「非戦闘員のくせに、一匹で聖釘を二本も使う羽目になるとは……」
私は虚ろな瞳で、動かなくなった親しい者たちを見た。
キロンの背には白木の杭が五本刺さっていた。
彼はあの炎に五回も焼かれたのだ。
愛する妹も、あれに命を奪われたのだろうか。
「——不浄なる者どもの姫よ」
床に座り込んだ私のもとへ、白装束の中でひとりだけ覆面をしていない男がゆっくりと歩み寄った。
「そこになおれ。崇高なる光の神の名のもとに我々が成敗してくれる」
逃げなければ。と思った。
もしくは、戦わなければ、とも。
でもまるで感情が消え失せてしまったようだ。
何も感じない。
哀しみも、痛みも、恐怖も、危機感も、なにも。
「……私たちが……何をしたって言うの……?」
私は床に視線を落としたまま、我知らずそう呟いていた。
「マルティナが……キロンが、ラーナやサーシャが……あななたちに何か酷いことを……悪いことをしたの……?」
白装束は鼻で嗤った。
「愚かな姫よ。神の祝福なき者よ。悪魔の末裔よ。うぬらは存在そのものが悪なり。生まれてきたことそのものが罪なり」
「……生まれてきたことが……罪……?」
「いかにも。神の御力を宿した『聖釘』がその身を焼くのが何よりの証明ではないか。これは魔を祓う『聖石』の力を、ただ極大化しただけのものだからな」
白装束はそこでふと、何かに気づいたように、窓の外に目をやった。
そして独り言のように呟く。
「……ふむ。あちらもそろそろのようだな」
その時、少しだけ私の肩がピクリと反応した。
私の靄の掛かった感情とは別に、身体が少しだけ何かを訴えていた。
愛しい人の、愛する人たちの顔が、ぼんやりと浮かぶ。
「ルイーズは……お父様やレノラ……国のみんな……は……?」
私の目の前まで来て立ち止まったその白い男は、僅かに口元を吊り上げた。
「もう間もなく殲滅が完了する。あちらも——そしてこちらもな」
そう言って、男はおもむろに私の顎にその汚い指をかけ、下を向く私の顔を強引に引き寄せた。
抵抗する気力もなく、私はただされるがままに顔を上げ、虚ろな瞳を虚空に向ける。
「ほう……!」
男は感嘆したように小さく溜め息を漏らした。
背後に並ぶ白装束たちもどよめく。
浅ましく不快な視線が私の全身を舐め回す。
けれどそれすら私にとっては、どこか遠いところで起きているような、どうでもいいような感覚だった。
「これは、これは……!他のメスどもが霞むほどの美貌じゃないか……魔族には人を惑わし、その欲情を、肉欲を掻き立てるものがいると聞くが……なるほど。なるほど」
男はその汚れた手を私の顎から離し、おもむろに私の胸元を掴むと、バリッと音を立てて強引にドレスを引きちぎった。
私の青い肌が露になった。
男は舌なめずりし、後ろの白装束たちが下卑た歓声を上げる。
それでも、私は何も感じなかった。
どうでも良かった。
恥じらいなど、とうに失せてしまった。
憎しみも嫌悪すらも。
感情が麻痺しているのか。
それとも、すでに心が死んでいるのか。
ただ、私は虚ろな目で男を見ていた。
男は私の目を見て何を思ったのか、ふと立ち上がった。
「……呆けたままでは、せっかくのその顔もその身体も勿体ないな。服を剥がしても鳴き声一つ上げぬではイマイチ興も乗らぬ。物言わぬ人形だけなら、そこに転がっている二匹でもまあ、十分だしな」
そう言って、私の前から一歩、二歩と後ろに下がる。
「……まずはいろいろと躾をするとしようか」
ローブの内側から、ごそごそと何かを取り出した。
「……メイドどもはそれぞれ二本。そこのオスは五本、あのメスは六本」
そして両手の拳を、ゆっくりと顔の前で交差させる。
全ての指と指の間に細い白木の杭。
都合八本の『聖釘』。
「……さて、姫よ。そなたは何本まで耐えられるかな」
男はフードの下で悍ましい笑みを浮かべた。
「そなたはどんな声で鳴く?その世にも美しい顔を、どんな風にゆがめてくれるかね?……ふふふ、なに、心配するな。夜は長い。今宵、臥所で甘い囁きをするときまでには、もっと可愛らしく喘ぐ従順な女にしてやろうとも。……もっともその頃にはその綺麗な手脚は、無くなっているかもしれんがね」
そのいやらしく歪んだ顔を見ても、やはり私は何も感じなかった。
——ただ呆然と、行かなきゃ、と思った。
バチッ——と、空気が爆ぜる乾いた音がした。




