第21話 戦士たちの滅びのバラッド
~マルティナ~
「同胞を……殺すだけでは飽き足らず……死者への冒涜……楽に死ねると思うな……」
キロンはグルルル、と唸り声を上げた。
彼の凄まじい怒気にあてられて、却って私は少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……まって、キロン。すでに〈戦士〉が七人も殺られているわ。冷静になって」
「分かっている。だがいずれにせよやつらを皆殺しにすることに変わりはない」
キロンは白装束を鋭い眼光で睨みつけたまま、低い声で言った。
「それに我々はただの〈戦士〉ではありませぬ。『ニヴルヘイム』が誇る軍事副総長と将軍です。人間ごとき、我らの敵ではない」
でも確かに彼の言う通りだ。
いかに七人の〈戦士〉たちが敵わぬほどの相手だとしても、キロンと私が人間に後れを取るとは思えない。
……なのに、この言い様のない不安は——この胸の嫌な騒めきは、一体なんだ。
これは“恐怖”というものではないだろうか。
「良いか、者ども。あの二匹が間違いなくこの塔の大ボスだ」
醜い顔を晒した男が、白装束たちを振り返って叫ぶ。
「見事討ち取った暁には……ふむ、そうだな」
そして私を顎で指して、口の端を吊り上げた。
「……あの女の身体をお前たちにくれてやる。あの端正な顔に武骨な鎧は似合わんだろう。早く脱がして解放してやれ」
『おおおおっ!!』
醜い男の耳障りな号令の後、下卑た笑いとともに一斉に白装束たちがキロンと私に躍りかかってきた。
浅ましい言葉や笑いとは裏腹に、彼らのその身のこなしも剣閃も驚くほど洗練されていた。しかも愚鈍な人間とは思えないほどに疾い。
人間で言えば間違いなく”達人”の領域だろう。
けれど、『ニヴルヘイム』が誇る鋼の将軍キロンには、そんなことは関係ない。
「自惚れるなぁ蛆虫どもがぁっ!!貴様らごときマルティナ様に触れることもできんわ!!」
戦槌の一振りでふたりの頭が弾け跳び、左手の異常に伸びた爪でもう一人の身体が四つに分かれた。
「は、疾い!?」
「しかも何たる怪力っ!?」
「怯むな、行け!これは聖戦なり。たとえ命を落とそうともその御霊は我らが神の下へ召される。安心して果てるがいい!」
醜い男の醜い怒号が飛ぶ。
それに呼応して、白装束たちがキロンに食い下がる。
あっという間にキロンの手で六人の命が刈り取られたというのに、まるで死を恐れていないようだった。
覆面で覆われた表情は読めないが、その瞳だけは狂気に輝いているのが見える。
しかし大広間の中でキロン一人が立ち回るのは無理だ。
当然、私のもとにも白装束が飛びかかってくる。
でも、何も問題はない。
私は長槍の一薙ぎでふたりの首を撥ね、水の精霊の刃でさらにふたりの胴を両断した。
「なに!?」
達人と言っても、所詮は非力な人間の中での話。
やはりキロンと私の敵ではない。
「……〈魔女狩り〉が一瞬だと……」
終始嫌らしい笑みを貼り付けていた醜い男が、初めて苛立たし気な声を漏らした。
……でも、おかしい。
この程度の相手に七人もの〈戦士〉たちが全員やられたのは不可解だ。
私たちが到着したときには白装束も十人くらいは死体になっていたから、当初の敵の数は七十くらいか。
十倍とは言え、敵わない相手とは到底思えない。
「誤算だな。たった二匹で先ほどのやつらを上回るか……」
キロンがさらに二人、私が三人の息の根を止めたときだった。
「ちっ、これ以上減らされては後の再編も至難か……もはや温存している場合ではないな。已むを得ん——聖釘を使え」
醜い男が苦虫を噛みつぶしたような顔でそう言った。
意味の分からないその命令を受けて、白装束たちの動きが明らかに変わった。
輝く細剣を左手に持ち替えると、右手で腰に取り付けた小さな鞘のような物から何かを取り出した。
何か——白くて細い、何か。
木の……杭?
白木でできた、細くて小さな杭、もしくは太くて大きな釘、と言った形だった。
今のキロンなら、その大きな掌に二本は収まってしまうくらいの長さ。
白装束たちはそれをまるで危険な兵器のように仰々しく取り出すと、ゆっくりと一様に投げナイフのような持ち方で構えた。
「恐怖でトチ狂ったか!?何の冗談だ!?そんな枝切れで、この鋼の肉体にかすり傷一つでも付けられると思ったか!?愚かな人間どもよっ!!」
キロンが吠えた。
けれど白装束たちは答えない。
無言のまま、左手の細剣で牽制しながら距離を詰めて来る。
そして男たちのうちの二人が、おもむろに白木の小さな杭を放った。
やはり投げナイフのような投擲だった。
「血迷ったかぁぁ!その棒切れごと貴様らを粉砕してくれるわっ!!」
キロンは右腕の戦槌を薙いだ。
言葉通り、二本の白い杭と至近距離まで迫った二人の白装束たちを渾身の一振りで同時に叩き潰す。
——筈だった。
「なにっ!!?」
二本の杭に触れた瞬間、あろうことか超硬金属の巨大な戦槌が粉々にはじけた。
さらに白木の杭の勢いは全く衰えず、右腕を大きく振り抜いたキロンの背に深々と突き刺さった。
そう、キロンの鋼の肉体。
それも獣化でさらに強化されたその皮膚を、ただの棒切れがいともたやすく突き破っていた。
そして——次の瞬間。
突如として白い炎がキロンの身体から吹き上がった。
「ぐああああああああアアアアアアッ!!?」
渦を巻きながら燃え上がる業火に身を焼かれながら、キロンが絶叫を上げた。
——舐めていた。
私たちは舐めていたのだ。
人間と言うものを。
その本性を。その測り知れない“魔性”を。
それがいかに恐ろしいバケモノであったか。
それはまさしく、人の皮を被った悪魔そのものだった。
ああ、姉さま——
その時、私は悟った。
ああ。国が——『ニヴルヘイム』が、滅ぶ。




