第18話 破壊と創世のコンチェルト
~レオン~
「——行け!行け!行け!!恐れるな!振り返るな!!」
ザックの怒号が木霊した。
全軍二千。
おれたちの全ての戦力がここにいる。
総員突撃。いや、もはや特攻だ。
知略に富んだ作戦などあったものではない。
二千人が鬨の声とともに、自らの命を凶器に変えて、全速で緩やかな草原を駆け下りる。
人がまるで紙切れのように空を舞う。
同じ釜の飯を食ったやつらが、敵の爆撃で次々に脱落していく。
ひとり、またひとりと、鮮やかな赤い花を咲かせて人生を散らしていく。
——まだだ。
ともに死線を潜り抜けてきた仲間たちがいとも簡単に死んでいくのを見ながら、おれは歯噛みして新月の夜のことを思い出していた。
魔水晶越しでの、“やつら”との会話だ。
「……『黄金の魔剣』を奪い返せと言うのは分かった。しかしその”魔人”とやらは一体何なんだ」
『ふむ。まあ、人と魔族の間の存在といったところだな。いや、”人の皮を被った悪魔”と言った方が正しいか。……もっとも、“人”といっても“人間”とは限らぬがな』
「良く分からんが……言葉が通じるなら、交渉の余地があるということじゃないのか?ならば必ずしも奪う必要はないだろう。そいつらの首領をおれが説き伏せて『黄金の魔剣』を返してもらえば、それでも“王の器”の証明になるんじゃないのか」
おれは一縷の望みを懸けてそう尋ねたが、
『愚かな。そのようなことは不可能だ』
やつらはおれの期待を一笑に付した。
『彼奴等は太古の大悪魔が『光に祝福されし子ら』の胎児に憑りついて生まれた怪物ぞ。その姿かたちがいくら人類に似ていようとも、その魂は魔族そのものなのだ』
「魔族か……だがそのうちの一人が昨日、リコの母親を……おれ達の仲間の命を救ったぞ?」
『そんなものは一時の戯れに過ぎぬ。分からぬか?人間の心を揺さぶって楽しんでいるのさ。魔族の中でも特に悪魔種はその手の遊戯が大好きだからな』
やつらは鼻で嗤った。
『現に、他の者にそのリコとやらは殺されるところだったのだろう?』
「それは確かにそうだが……」
『勇者よ。貴殿はそもそも何故やつらが人々から『黄金の魔剣』を奪ったのだと思うかね?』
「……」
おれは何も答えなかったが、その表情に満足したのか、やつらはそのまま続けた。
『彼の魔剣は絶対なる王の証。つまりは統一の象徴なり。それを失えば、争いは必然。彼奴等は我ら人間同士が争うのを見たいのさ。魔人とはそう言う性を持って生まれた者ども。まさに”魔性”と言うものだ。……よいか?『黄金の魔剣』を奪い返すことはすなわち彼奴等の王を斃すことにほかならぬのだ』
「……」
『“勇者が魔王を斃す”からこそ意味があるのだ。斃さなくては意味がない。例え『黄金の魔剣』を手にしようともな。それは盗んだのと変わらん。『黄金の魔剣』は王者の証。強者の証。……逃げてはならん。戦い、調伏して始めて真の王となるのだ』
——爆音が木霊した。
否が応でも現実に引き戻される。
敵の爆撃で仲間が七人か八人、一気に吹っ飛んだ。
確認しなくても分かる。全員死んだ。
『高位魔法』どころじゃない。
間違いなく『大魔法』クラスだ。
「化け物だ……!レベルが違い過ぎる」
ザックが吐き捨てるように呟いた。
「おい、レオン!まだか!?」
少し離れたところで指揮を執っていたジェラルドが、こちらを振り返って怒鳴る。
「このままじゃ王城どころか、街にすら入れずに全滅だぞ!」
「まだだ!もう少し耐えろ!耐えてくれ!」
おれは血がにじむほど拳を握りしめて、怒鳴り返した。
「しかし、レオン!いずれにせよ、日が暮れたら終わりですよ!」
おれの隣で、『学者』が珍しく余裕のない顔で言った。
「——魔王?」
『さよう。その名をメイザ―という。『魔王メイザ―』だ。我らは【蒼貌の魔王】と呼んでいる。貴殿が超えねばならぬ邪悪の名だ』
「ハナからおれに選択肢などないということか……いいだろう。だがその魔王とやらは、間違いなく強敵なんだろう?その部下の魔人たちもな。知っての通り、おれたちは風前の灯火だ。戦闘員も残り少ない」
『なに、心配ない。貴殿にはもう一つ、我らが貸し与えた偉大なる神の御力があるではないか』
「……!おれにあんなものを使えと言うのか!」
『……これから『大地の民』を皆殺しにしようというのに、今さら神の御力を使うが怖いと申すのか』
「ふざけるな!おれは皆殺しなど望んでいない!おれはもともと『大地の民』だ!同じ人間同士、本当は誰も殺したくなんかないんだ」
『ハッ。散々人を殺めておいて、今さら聖人を気取るとは片腹痛い。貴殿がその手で直々に奪った命の数だけでも、すでに百はくだらぬであろう』
「人殺しの罪から逃げるつもりはない!言い訳もしない!だがそれもすべて争いのない新時代のためだ!誰にどんな誹りを受けようと、この信念にだけは一片の揺るぎもない!あんな兵器を、おれは決して人に使わない……!」
『綺麗ごとだな。……だが良いだろう。そうであれば尚更都合が良いではないか。貴殿がこれを使う相手は人間ではないのだからな』
「ぐ……」
『いや『光に祝福されし子ら』ですらない。『闇に魅入られし子ら』と同列の者ども。言ってしまえば魔物の類だ。貴殿のその高尚な信念とやらも傷つかんだろう。それに、今しがた自分でも申したばかりではないか。貴殿に選択の余地などないとな』
「……!」
『どの道、神の御力は一度しか使えん。その後は再充填までに五十年は掛かるからな。精々、使いどころをしっかりと見極めるがいい』
「レオンっ!!!」
——それは誰の悲鳴だったか。
目も眩む閃光、そしてそれまでを遥かに凌駕する轟音が響いた。
立っていられないほど大地が激しく振動する。
おれの十メートルくらい先にいた仲間たちが数十人、一瞬で爆散した。
血と臓物と肉片の雨がおれや隣の『学者』に降り注いだ。
「レオン!」
もう一度、おれの名を呼ぶ声がした。
ザックだった。
すぐそばにジェラルドもいる。
ふたりとも、今のところはまだ生きているようだ。
今のところは、というだけだが。
「……とんでもねえのが出て来やがった」
ジェラルドがかすれた声で言った。
彼が顎で指す先。
それは敵軍勢の中心にして、最奥。
奴らが馬代わりに使う竜から降り、ひとり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
大波を割ったように、周りの魔人たちがそいつのために道を開ける。
青い肌は他の者と変わらない。
もともと恵まれた体躯の者ばかりの敵軍勢の中では、体格は平均よりわずかに優れている程度。
だが分かる。
まだここからは数百メートルも距離があるが、それでも一目でわかってしまう。
——あれはヤバい。
人間には滅多にいないような整った造形だが、その面持ちはまさに修羅の形相。
その底知れぬ怒気が辺り一帯を支配していた。
その凄まじさと言ったら、この距離ですら、少しでも気を抜けばあの男の放つ殺気だけで憑り殺されそうなほどだ。
そしてもう一つ。
魔力のないおれでも分かるくらい、全身からあふれ出す強烈な——瘴気。
これが。
これが、大悪魔の末裔。
強大な魔物を遥かに超える瘴気を纏うアレは、確かにやつらの言う通り“魔性”そのものなのだろう。
「バケモノ中のバケモノだ……」
ザックがゴクリと喉を鳴らして呻いた。
Ψ
「……来たか」
おれはその修羅の怪物を見て、人知れず呟いていた。
来た。
敵将が来た。
それはつまり——その時が来た、ということだ。
今しかない。
——死んだ。
仲間が、たくさん死んだんだ。
二千人いた仲間は、すでに半数以上が死んだ。
たったの一時間足らずで。
このままただ戦いを続ければ、あと一時間と持たずに全滅する。
みんな死ぬ。殺される。一人残らず。
当たり前の話だ。
侵略者は、おれたちのほうなのだから。
死んだ仲間の半分近くは、遺体の損傷が激しく死に顔すら判別できないだろう。
みんな、仲間たちの未来のために、その命を消費したんだ。
「レオン……」
『学者』が心配そうにおれを見た。
大丈夫だ。
おれは頷いた。
——やるしかない。
あいつらの死に、おれたちの行いに、意味を与えるためには。
修羅の怪物が、両手をこちらに向ける。
まだここから百メートル以上は距離がある。
でもそんなことは、やつには関係ないんだろう。
さっきはもっと距離があったのだから。
またあの攻撃が来る。
あれが発動すれば、また一撃で何十人もが肉の雨を降らせることになる。
——させない。
おれはそれを手に握りしめ、ゆっくりと瞑目した。
『——今や幽き 古の光明
絶えて久しき 清廉の大志』
そして忌まわしき呪文を唱え始める。
その間にも、修羅の周りの魔人たちの爆撃で、仲間が次々に死んでいく。
『眼は曇りて 耳は塞がり
喉は潰れ 手は血に染まり
その御霊は 泥濘に沈む
——闇 満ち足りし』
魔法など使えないおれの声に、外部から強制的に付与された強大な魔力が、暴力的な響きを重ねる。
『其は
天の怒り
神の審判
日輪の矢
滅びと再生の浄炎』
目を瞑っていても、自分の身体が光を放ち始めたことが分かる。
体が、燃えるように熱い。
おれは首からさげたそれを、もう一度強く握りしめた。
これがなければ、『星の民』ではないおれの身体は持たない。
『目覚めよ
時は来たれり』
十分に精神を集中させてから、おれは目を見開いた。
その光景を、
己の業を、
生涯この目に焼き付けるために。
『我が呼び声に応じ
全ての闇を打ち祓え——』
そして全霊を込めて、おれはその禁断の兵器の名を口にした。
『——【創世の光】』
——次の瞬間、破滅の輝きが世界の全てを飲み込んだ。




