第17話 魔人の王のレチタティーヴォ
~メイザ―~
「陛下!武装した人間どもがニヴルヘイムに侵入しました!その数二千!」
伝令兵が室内に駆け込んでくるが早いか、余に向かってそう報告した。
「なんてこと……!」
立ち上がって報告を待っていたレノラが、想像しうる限り最悪の内容に席に着くこともままならず、床に頽れた。
「ああ、よりによって、どうして今日なの……!どうして……」
華やかに着飾ったドレスとその悲愴な表情があまりにも不釣り合いで、何とも不憫に思った。
力なく項垂れる彼女を、息子のルイーズがそっと支える。
「……やはり分かり合えぬものか」
余は我知らず、そう呟いていた。
……いや、しかしまだ———
余の微かな期待は、伝令兵の続く報告であっさりと霧散する。
「敵に交渉の意志はなし!口々に”魔王を討つ”と」
「……”魔王”?」
「はっ。恐れながら、陛下のことを指していると思われます。また人間達はこうも言っております。”魔族に盗まれた『黄金の魔剣』を人の手に取り返す”と……!」
それまで淀みなく報告を続けていた伝令兵が、言葉を切って僅かに唇を噛み締めた。
そして怒りを押し殺した声で、決定的な事実を告げた。
「……すでに不意を突かれた警ら中の衛兵一名が殺されています!」
「なんだと……!」
ルイーズが短い悲鳴を漏らし、
「ああ……!」
レノラは両手で顔を覆った。
「愚かな……!ご先祖が聖王から押し付けられたガラクタなど、いつでもくれてやったものをっ!!」
余は拳を円卓に叩きつけた。
——殺した、だと?
我が同胞を?我が国の民を?
「今はマルティナ副総長もキロン将軍も不在ですが……いかがなさいますか、陛下!」
伝令兵は直立したまま余に指示を仰ぐ。
余は静かに目を閉じた。
「……是非も無し。——所詮は殺し合う運命であったということだ」
もはや他に道などない。
いや、恐らく初めからなかったのだ。
「全て排除せよ。……任せるぞ、ルイーズ」
「……御意」
ルイーズが悲痛な面持ちで答えた。
母親の傍から立ち上がり、そして直立不動で控えていた兵たちを見回す。
「……〈戦士〉たちは武器をとれ」
兵たちは無言で頷いた。
「——全軍出撃だ。直ちに侵略者たちを殲滅する」
険しい表情のまま、ルイーズは部下を引き連れて会議室を出ていった。
我が国の軍事総長にして、今宵、我が息子になるはずだった男。
余を継いで、この国の新たな王となるはずだった男。
その後ろ姿を哀しげな表情で見送ってから、レノラが音もなく立ち上がった。
「レノラ。そなたは中で休んでおれ」
「……いいえ、陛下」
しかし、レノラは静かに首を振った。
「わたくしも〈戦士〉のひとりですわ」
その瞳はすでに、不安に怯える若い母親のものではなかった。
——歴戦の〈戦士〉のそれだ。
一人ひとりが一騎当千の猛者たるニヴルヘイムの〈戦士〉たちの中で、前線から退いた今なお、”序列二位”の女。
先代の筆頭〈戦士〉にして、元軍事総長。
「……よかろう」
余は頷いた。
レノラは強く頷き返すと、優雅に一礼してから身を翻して部屋を出ていく。
余はその気丈な背を見送ってから、次の命令を待って残っていた伝令兵に告げる。
「月桂樹の塔にはマルティナとキロンもいる。心配はないだろうが、念のためあちらにも人を送れ」
「はっ」
「……それから、戦えぬ者どもは城門の前の広間へ集めよ。余は彼らとともにいよう」
「承知致しました」
伝令兵は短く答えると、敬礼の後、駆け出した。
「我が娘よ……やはりお前は間違っていた」
誰もいなくなった部屋で余は独り、ここにはいない者たちに語りかける。
「……人間と我々とは相容れぬ者同士。所詮、我らとて運命には逆らえぬのだ。夢を……叶わぬ夢を見るのも、もう終わりにしよう」
むなしくて、何故だか笑いがこみ上げてきた。
「……愚かで強欲なる人間どもよ。たかだか二千で我らを討てると驕ったか。お前たちが一体何を敵に回したのか、存分に思い知るがいい」
——余を『魔王』と呼ぶならそれも良かろう。
この『魔王メイザ―』の逆鱗に触れた罪、死後の世界でせいぜい後悔するがいい。




