第3話 田中、決闘する
「しかしまた一緒にあのダンジョンに入ることになるなんてな」
「そうね。生還できた時は二度と入りたくないと思ったのに」
「はは、違いない」
俺は天月と共に自宅に戻りながらそう会話する。
俺やイセケンさんたちを仲間に入れるのが、今日の最後の業務だったみたいだ。
他の職員はまだ働いていて、いつ寝られるのか分からない状態だ。天月も本当ならまだやらなきゃいけないことが山積みなんだと思う。
だけど天月はダンジョンの攻略班でもある。ダンジョン攻略のためにも体力は残しておかなければいけない。早く帰れたのは堂島さんのせめてもの計らいだろう。
「そういえば凛は大丈夫か? あのダンジョンが活性化して取り乱したんじゃ……」
「大丈夫よ。最初こそ動揺したけど、その後は冷静さを取り戻して働いてくれている。きっとあなたと両親に挨拶できたことがいい方向に働いたのね。あの子はもう、一人で歩ける強さを手に入れた。あの子の保護者として感謝するわ、誠」
「別に俺はたいしたことはしてない。凛が強かっただけだ」
「ふふ、あなたならそう言うと思ったわ」
おかしそうに笑う天月を見て、少し恥ずかしくなる。
俺の考えることなどお見通しみたいだ。
「とにかく。皇居直下ダンジョンのアタックは魔対省が全面的にバックアップするわ。欲しい物とかがあったら遠慮なく言ってちょうだい。可能な限り協力するわ」
「分かった。考えておく」
そんなことを話しながら、俺たちは帰る。
家の前に着き中に入ろうとするが、家の前に一人の人物が立っていたことで俺たちの足は止まる。
「……来たか。希咲の弟子よ」
立っていたのは八十は超えてそうな老人であった。
頭髪はないが、顎には立派な白髭を蓄えている。鋭い眼光には、歴戦の猛者らしい風格があった。着流し姿で、手には長い刀を提げている。明らかに普通の老人ではない。
普通なら即通報案件だが、俺はその人を知っていたので対話を試みる。
「こんばんは、咲エ門さん」
橘流剣術総師範、橘咲エ門。
生ける伝説と呼ばれるほどの剣士であり、俺の師匠橘希咲さんの師匠に当たる人物だ。
俺はこの人に直接剣を教わってはいないけど、この人の愛弟子である希咲さんに剣を教わっている。なので言ってしまえば、俺はこの人の孫弟子みたいなものだ。
まあ、話したことは数回しかないんだけど。
なんでこの人がここに? と思っていると、隣にいた天月が俺にだけ聞こえるくらいの声量で話しかけてくる。
「咲エ門さんは、ダンジョン攻略班に入ることを志願してきたの。年齢や体力を加味して断ったのだけど……」
「なるほど、そうだったのか」
咲エ門さんは凄腕の剣士だが、老体ではあのダンジョンの過酷な環境には耐えられない。孫娘である橘希咲さんの命を奪ったあのダンジョンが憎いんだろうが、だからといって許可を出すわけにはいかないというわけだ。
「夜分遅くに訪ねてすまないな」
「いえ、構いませんよ。私になにか用でしょうか?」
「……儂はダンジョン攻略班への参加を断られた。この老体には、あそこを攻略するのは不可能だとな。そのこと自体は、納得した。希咲が命を落としたダンジョンだ、儂のような老人では足手まといになるだけかもしれん」
その言葉には少しだけ悲しみ、そして苦悩のようなものが混ざっているように感じた。
「儂はダンジョンに入ることを諦めたが、それでもまだ一つ、心残りがあった。それがお主じゃ」
「え? 自分ですか?」
突然の指名に驚く。
俺と咲エ門さんはそれほど親交がないはずだけど。
「お主はあのダンジョンに入るのだろう? 希咲が命を落としたダンジョンに、弟子のお主が入る。聞こえはよいが、無謀な行為だ。あの子の祖父として、それは看過できん」
咲エ門さんはそう言うと、刀を抜いて構える。
八十歳を超えているようには見えない、堂々とした隙のない構え。
……そうか、この人は俺があそこに行くに相応しいか、確かめに来たんだな。
「誠、無理に受ける必要は……」
「いや、やるよ。あの人には納得して送り出してもらいたい」
俺は天月を後ろに下がらせて、前に出る。
「すまないな。老人の頼みを聞いてもらって」
「いえ。咲エ門さんとは一度手合わせしてみたかったですから」
そう言うと咲エ門さんは初めて表情を少し緩め、「そうか」と笑みを浮かべる。
しかしその次の瞬間には再び戦士の顔になり、刀を構える。俺も柄に手を添え、いつでも戦えるようにする。
「行くぞ」
「はい」
しばらくの沈黙。
その後咲エ門さんは予備動作なく駆け出し、俺に接近する。
あの歩法は剣道で使われるすり足だ。着物を着ていて足が見づらいせいで、歩行のタイミングが全然掴めない。いきなりこれを使われた人は動きが読めなくて驚くだろうな。
「橘流剣術、三羽烏」
同時に放たれる、三つの剣閃。
それらはまるで鳥が飛ぶ軌跡のように、鋭く曲がりながら俺に襲いかかる。
俺はその剣閃をしっかり目で追い、剣を引き抜く。
「瞬・三連」
三本の真っ直ぐな剣閃が奔り、三羽烏を撃ち落とす。
剣閃を弾かれた咲エ門さんはわずかに体勢を崩すが、すぐに持ち直し、跳躍する。
そして空中で体を捻ると、体を横に回転させ、勢いそのままに斬りかかってくる。
「……ここっ!」
襲いかかってくる剣を見極め、俺は弾く。
ガキィン! という音と共に火花が散り、咲エ門さんの体が後方に飛ぶ。
軽やかに着地した咲エ門さんは、剣を構えながら口元を緩ませる。
「……愉快。ここまで使えるとはな」
「恐縮です」
「次で終いにする……行くぞ」
咲エ門さんは再び駆け出し、俺に接近してくる。
その刀は鞘にしまわれており、咲エ門さんは居合の構えを取っている。
俺もそれにならい、同じ構えをする。
そしてお互いの体が刀の届く距離になった瞬間、同時に剣を抜く。
「「橘流剣術、閃」」
無数の剣閃が奔り、空中で激突する。
咲エ門さんの剣閃は鋭く正確で、そして多い。
しかし安心してもらうためにも無様なところを見せるわけにはいかない。俺は咲エ門さんの剣閃を全て正面から叩き落とし、そして一瞬の隙を突き、咲エ門さんの喉元に剣を突きつける。
「……見事」
咲エ門さんはそう言うと、刀をしまう。
どうやら満足してくれたみたいだ。俺も剣をしまい、咲エ門さんに向き合う。
「お主は強かった、儂よりずっとな。お主ならあのダンジョンを攻略できるであろう。老人の我儘に付き合ってもらってすまなかったな」
「いえ、気にしてませんよ」
「……斬り結び、確信した。お主の中には希咲の剣が生きている。その強い剣で、どうかあの子の無念を晴らしてくれ。頼む」
「当然です。師匠の仇は俺が取ります。安心してください」
そう言うと、咲エ門さんは満足したような、晴れやかな表情をする。
こんな優しい顔もできるんだな。
「希咲はよい弟子を持った。堂島の言う通り、後は若い世代に託すとしよう」
咲エ門さんはそう言うと、ゆっくり去っていく。
満足してくれたみたいでよかった。
「お疲れ様。納得してくれたみたいでよかったわね」
「ああ。あの人の分も俺たちが頑張らないとな」
俺の言葉に天月は頷く。
思わぬ来客の相手を終えた俺たちは、今度こそ家に帰るのだった。
◇ ◇ ◇
「さっきので少し服が汚れたな。俺もまだまだだ」
荷物を置き、スーツから着替えようとしていると、ドタドタと二階から誰かが降りてきて、勢いそのままに俺にタックル……じゃなくて飛びついてくる。その勢いは凄まじく、バシィ! という音と共に周囲に衝撃波が飛び散る。普通の人が食らったら骨がバキバキに折れることだろう。
「田中さん! あのダンジョンに潜るって本当ですか!?」
目を潤ませながらそう聞いてきたのは星乃だった。
俺が皇居直下ダンジョンに行くという話はまだ公表されてない。というかそもそもさっき決まった話であり、漏れるはずがない。
ということはそういった憶測がネットに広まっているってことだ。
「落ち着け星乃。その情報はネットの憶測だ」
「え、じゃあ潜らないんですね!?」
「いや潜りはする」
「やっぱ行くんだぁ!」
星乃は安堵しかけた表情を一転させ、再び涙目になる。
表情がころころ変わって可愛い。
「私詳しくないですけど、あそこってすっごい危ないんですよね? 田中さんが強いことはもちろん分かってますけど……それでも私、心配です。本当に田中さんが行かなくちゃいけないんですか?」
「心配してくれてありがとう。だけどあそこには俺が行くべきだと思う。いや、行かなくちゃいけないんだ」
そう言うと星乃は「そうですか……」と肩を落とす。
心配をかけてしまうのは申し訳ないけど、誰かが行かなくちゃいけない。
「じゃ、じゃあ! 私も行きます! どうですか!?」
「だめだ」
「えぇ!? それは私じゃ実力が足りないからですか!?」
「そうだ」
「うう……私も強くなったのにぃ……」
「確かに星乃は強くなった。全ての探索者の中でもかなり上位の位置にいると思う。だけどあそこに行くにはまだ足りない。あそこは少しの油断で命を落とす場所だ」
猪突猛進で恐れ知らずなところは星乃の長所だが、あのダンジョンではそれが裏目になってしまう。
星乃があと少し、経験を積めばあそこに挑戦できるレベルになると思うけど、まだ足りない。
いくら星乃の頼みとはいえ、命を捨てるような真似を許すわけにはいかない。
「……分かりました。田中さんがそう言うなら、我慢します。すっっっっごく不満ですけど……」
星乃は頬をぷくーっと膨らませながら納得してくれる。
「その代わり、絶対絶対帰ってきてくださいね! 私、待ってますから」
「ああ。絶対に帰ってくる。約束だ」
俺は星乃と指切りして帰ってくることを約束する。
星乃は父親をダンジョンで亡くしている。だから俺が危険なダンジョンに行くことを恐れているんだろう。
それでも不安な気持ちを抑えて送り出してくれたんだ。絶対に帰らなくちゃいけないな。




