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聖女リーリアはわがままに生きたい【電子漫画化】  作者: 星名こころ
本編(完結済)

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第35話 聖女ミリア、聖女リーリア


 一体これはどういう状況なのかしら。

 神官長を通して大神官から「教会に来てほしい」という連絡があったから来てみたのだけど。

 狭い懺悔室の中、私の目の前には小窓とカーテン。

 その向こうには大神官が座っている。

 ふざけてるの?


「大神官様。わたくしは何かの遊びに付き合わされているのでしょうか」


「いいえ。これから懺悔をしたいと思い……」


 この人の懺悔室好きはなんなの。

 いい加減面倒くさくなったので、カーテンを全開にした。


「ああっ、懺悔室なのですからカーテンを開けてはいけません」


「もう帰ってもよろしいでしょうか」


「お待ちください。私に懺悔をさせてください。ミリア様とリーリア様に」


「……」


 腰を浮かせていたけれど、再び椅子に座る。


「聖女を作るという話ですか」


「……はい」


 そんな大事な話をこのふざけた環境でしようと思うこの男は、一体どういう頭の構造をしているのかしら。

 でも話を聞かないわけにはいかない。聞かずにはいられない。


「聖女継承の儀で作るということですよね。継承の儀とはいったいなんなのですか」


「それを話すには、まず聖女の元になる光の魔力保持者についてお話ししなければなりません」


 全部説明しなければ気が済まないのか、この人の話は長くなりがちな気がする。

 結論から聞きたいのに。


「人々の負の感情や無念の死といったものが地脈を汚し、それが瘴気となることはご存じですね」


「はい。だから戦争があると瘴気が増えるのでしょう」


「その通りです。ですがそれだけだと瘴気が増え続けるということになります」


「そのために聖女がいるのでは?」


「その通りなのですが、もともと地脈には自浄作用があります。人々の幸福感といった感情が地脈に光気をもたらします。それが瘴気を打ち消すのです」


 瘴気によって生まれるのが魔物。

 なら、光気によって生まれるのが……?


「光の魔力保持者は、地脈の光気の影響を受けて生まれると?」


「さすがです。さらに、光の魔力保持者は死ぬときに、一生をかけて育てた光気を地脈に返します」


 それは知らなかった。

 光気の影響を受けて生まれ、地脈へと光気を返して死ぬ。

 それが地脈の自浄作用である光の魔力保持者なら、女神の祝福を受けた聖女とはまったくの別物ということだわ。


「その光の魔力保持者に、聖女継承の儀を行って生まれたのが、作られた聖女?」


「……はい」


 大神官が神妙な面持ちになる。


「具体的にはどういう手法ですか」


「……」


「大神官様」


「女神様にこれ以上作るなと言われた以上、もはやこの方法は使えませんね。ならば女神様の御使いであるあなたにはお話ししなければなりません。“女神は聖女に言葉を持たせてこの世へ送り出し、人としての生を終えた聖女の魂の記憶をもってこの世を知る”のですから」


 ふう、と大神官が大きく息を吐く。

 緊張した面持ちで、何度か口を開いたり閉じたりした。


「……あなたの聖なる力は、大きな光の魔力と小さな四属性の魔力からなっています」


「そう言われてみればそうなのかもしれません。力に目覚めた日、光の魔力と微弱な四属性の力を授かりましたから。……まさか」


「はい。光の魔力の保持者に四属性の魔力を付与する。それが聖女継承の儀です」


「どうやって?」


 胸が不快にざわめく。

 薬を飲んで、目が覚めたときには聖女になっていた前世。

 その眠っている間に、いったい何が……。


「紋章です。四属性の紋章を、目には見えない染料で……」


「前世では四属性の魔力は使えませんでした」


「不全の紋章なのです。完全な紋章では四属性の力が大きくなりすぎるので、発動と増幅に関する部分だけをあえて彫らず、わずかな属性の魔力だけが体の中をめぐるように……」


 そう。

 紋章術を開発したのはこの人だった。

 開発者ならそれくらいの技術を持っていてもおかしくない。

 そしてその技術と秘密を守るため、その人生のほとんどを眠って過ごすという異常な生活をしている。

 ミリアは知らない間に、紋章を彫られていた。それが聖女継承の儀。

 なら、聖女を火葬するのは、その秘密が万が一にも漏れないようにするため?


「光以外に四属性のどれかの魔力を、もともと持っている人は……? 例えば水とか」


「もともと四属性いずれかの魔力を持っている聖女候補を聖女に選んだことはありません。聖なる力を発現させるには光の魔力と四属性の魔力のバランスが非常に重要ですから」


 たしかに、ミリアは光の魔力しか持ってはいなかったけれど。

 もともと持っていた光の魔力に、紋章で四属性の魔力を加えて、聖なる力としたってことよね。

 ……四属性?


「待って。男性の騎士ですら、ひとつの紋章しか刻まないはずよ。体に負担が大きいから」


「……はい」


「不全とはいえ、それを四つ……刻んでいた?」


「はい」


「短命は、そのせいですね」


「仰る通りです。祈りの間での浄化は、光の魔力に加えて不完全とはいえ四つの紋章術を使っている状態ですから、体への負担がかなり大きい。そんなことを繰り返すため、寿命は短くなり、子供も……望めない体に」


 胃のあたりが熱い。

 だから結婚も禁じていたの?

 子供ができないから。聖女に子供ができないことを気づかれたくないから。

 それとも三十と少しで死んでしまうから!?

 なぜ。どうして。今までの聖女たちが、どんな思いで……!

 目の前にあるテーブルを、力任せに拳で叩いた。


「何故っ……! 何故そんなことを! 聖女は女神様が遣わすはず。なぜ聖女を作るなんて真似を!」


「生まれなくなってしまったのです、聖女が。この国は一度女神様から見放されたのです」


 見放された?

 どういう、こと?


「戦乱の時代以降、この国だけに聖女は生まれ続けていました。しかしある事件をきっかけに生まれなくなってしまいました」


「ある、事件?」


「もう百年以上も前になりますが。当時の王子が、聖女に無体な真似をし……聖女が自死してしまったのです」


「……!」


「女神様はたいそうお怒りになられたのでしょう。よりにもよって王子がそんな真似をしたのですから。ぱったりと聖女が生まれなくなってしまいました。聖女が生まれなくなった場合、どうなるでしょう」


 大国二つに挟まれて無事でいられるのも今戦争がないのも、聖女がこの国にのみ生まれるから。

 女神が遣わす聖女という存在の上に、この国は……この大陸は危ういバランスで成り立っている。


「地脈の自浄作用、は? 自浄作用があるのでしょう」


「はい。ですが、それだけでは足りないのです。人間が皆心から平和に暮らしていれば光の魔力保持者だけで事足りるのでしょう。ですが、たとえ戦争がなくとも人間の世界から争いがなくなることはありません。だから、聖女が遣わされるのです。地脈のバランスをとるために」


 そのバランスを保つための聖女がいなくなれば。

 大陸に瘴気が増え、魔獣もあちこちに出現するようになる。

 そんな状況が続けば、この国はもう聖女を生まないただの小国として、どちらかの大国に攻め滅ぼされてしまうかもしれない。


「だから聖女を作ったと」


 大神官は沈痛な面持ちでうなずいた。


「許されないこととはわかっていました。ですが他に道はなかった。当時は今よりずっと物騒な時代で、瘴気も多く生まれていました。聖女がいなくなり、大国に滅ぼされるのが早いか、大陸中に魔物があふれるのが早いか。それならば、聖女を作ろうと。真の聖女がまた生まれるまでは……」


 初代聖女とそれ以降に生まれていた聖女も、私と同じく女神によって遣わされた聖女だった。

 だから短命ではなかった。

 けれど聖女が生まれなくなって、ここ百年程は作られた聖女が瘴気を浄化していた。

 たしかに、他に方法がなかったのかもしれない。

 他にどうすればよかったのかと問われても答えられない。


「もうこの大陸は限界でした。作られた聖女ではもうもたなかった。ギリギリで、あなたが生まれてくださった」


「限界、とはどういうことでしょうか」


「真の聖女にあって作られた聖女にないもの。それは浄化の力です」


「……?」


 どういうこと?

 ミリアだったとき、祈りの間で何度も力を送り続けていた。

 あれが浄化ではないと?


「便宜上浄化と言っているだけで、祈りの間で大陸に送っていたのは抑制の力なのです」


「どういうことでしょうか」


「あなたが力に目覚めた日、地脈に瘴気を押し戻しましたね。その力と同じです」


 たしかに、地脈に瘴気を押し込んだような、そんな感覚があった。

 それが浄化ではないとすれば。


「では浄化とは?」


「ご自分ではお気づきではないかもしれませんが、あなたは瘴気を体の中に取り入れ、それを無害化……つまり浄化してわずかな光気とともに吐き出しています。呼吸のように、ほんの少しずつ」


「それは真の聖女にしかない力だと?」


「はい。聖女様は体力がないと感じられたことはありませんか?」


 たしかに、私は前世よりもなお体力がない。

 それは常に浄化にエネルギーを割いているからだったの?


「それは感じていました。では祈りの間で行っていたのは、地上に染み出てくる瘴気を……押し込んでいただけ?」


「はい。何度も瘴気を押し込まれ、地脈は限界に近い。百年と少し、一切浄化が行われていないのに瘴気だけは増え続けて百年分の瘴気が溜まっている状態です。地脈は瘴気があふれる寸前なのです」


 前聖女の時代の終わり頃、私が力に目覚める少し前。

 魔獣が増え始め、討伐隊が出たほどだった。

 それは単に前聖女の力が足りなかっただけでなく、瘴気が限界まで増えていたから抑制の力が及ばなかったの?


「私が力に目覚めたときに、地上に出ていた瘴気をかなり押し込んだと思うのですが。それは大丈夫なのですか?」


「かなりギリギリの状態ですが、なんとか保っています。あなたが祈りの間で力を使わないよう祈りの間を封じていたのはこのためです。これ以上は耐えられませんから」


「そこまで地脈が危険な状態だと……」


「ですがあなたが生まれてくださった。今までの真の聖女がそうだったように、これから生涯にわたって少しずつ瘴気を浄化してくださるはずです。まだ力に目覚められてから二か月も経っていないので油断はできませんが、戦争でもない限りあと一年もすれば危険な状態は脱するでしょう」


「そうですか……」


 思わず安堵の息を吐く。

 思ったよりも深刻な状態だったのね。

 この大陸はまるで綱渡りをしているようだわ。

 聖女。作られた聖女。光の魔力保持者。戦争。負の感情。瘴気。魔獣。

 様々な要素が絡み合って、ギリギリのところで無事でいる。

 そのバランスが大きく崩れるか、地脈が壊れてしまったら。

 もう人の住める地ではなくなるかもしれない。


「お話はわかりました。あなたもお辛い立場だったのでしょう」


 大神官の赤い瞳から、涙が流れる。


「ようやくあなたが生まれくださいました。ここまで長かった。私が作った何人もの聖女には、お詫びのしようもない。人とは思えぬ生活をしながら罪を犯し続けた私の役目も、ようやく終わります」


 大神官のしたことは、責められない。

 彼一人の判断でしたことではないだろうし、他に方法がなかったから。

 彼は国と大陸を守るために、人生を捧げてきた。

 聖女廟に頻繁に訪れていたのも、心から申し訳ないと思っていたからだろうし。


「ですが。まだ最大の懺悔が終わっていません」


 えっ、まだあるの?


「許してくださいとは言いません。私はあなたに対しても女神様に対しても、謝罪のしようもないほどの罪を犯しました」


 どうしてかしら。

 まだ何も聞いていないのに聞きたくないと思うのは。

 涙を流しながら、大神官が私の目をじっと見つめて――。



 懺悔室を、どうやって出たかも覚えていない。

 久しぶりに護衛として付いてきてくれたレオが、私を見て驚いた顔をしていた。


「聖女様、大丈夫ですか!? 顔が真っ青です。中で何が……」


 足に力が入らない。

 段差で思い切りつまずいたところで、たくましい腕が私を支えてくれた。

 転ばずには済んだけれど、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。


「聖女様」


 私も鈍いわね。

 ミリアの死後、生まれなくなった光の魔力保持者。

 ただ単に地脈が瘴気にまみれて光気を放出できないのかもしれないけど、いきなりゼロになることなんてないはず。

 きっとそれは「これ以上聖女を作るのは許さない」という女神様の意思表示。

 どうやってかはわからないけれど、この世に生まれた私を通じておそらく光気を排出する穴をふさいだ。

 なら、死んだ聖女の魂を通じてしかこの世のことを知ることができない女神様が、どうやって聖女が作られていたことを知ったのか。


 ――ミリア様もまた、真の聖女だったのです。私がその運命を歪めてしまったのです――


 女神様はリーリアの前にも真の聖女をこの世へ送っていた。

 それがミリア。

 赦しだったのか地脈の限界のせいだったのかわからないけれど、女神様は真の聖女たるミリアを送り出した。

 けれどリーリアのように力に目覚める前に聖女継承の儀で紋章を彫られてしまい、その不自然な属性の力が本来の聖なる力の目覚めを阻害した。

 そして真の力に目覚めることもないまま、作られた聖女として三十四歳で人生を閉じた。

 ううん。本当は三十三歳だった。

 真の聖女は十五歳か十六歳で目覚めるという。だから候補者は十七歳までは継承の儀を行わない。

 けれど。

 ミリアは孤児だった。だから、戸籍が正確ではなくて、年齢も本当はひとつ下だったのではないか、と……。

 

「リーリア様!」


 大きな手が私の頬を挟んで、上を向かせる。

 切羽詰まったようなレオの顔がそこにあった。


「どうなさったのです。まさか大神官に何かされたのですか」


 首を振ろうと思ったけれど顔を両手で押さえられているのでかなわなかった。


「違います。違うの」


「なら何故そんな顔をなさっているのですか」


「だいじょうぶだから」


「そんな顔で大丈夫もないでしょう。話したくなければ話さなくて構いません。ですが無理はしないでください」


 レオが手を離す。

 ぽろりと、涙がこぼれた。

 一度涙を流してしまうともう止められず、次から次へと涙があふれてきた。

 レオが私を引き寄せ、抱きしめる。

 簡単に振りほどけるくらいの優しい抱擁と広い胸の温かさに、また涙があふれた。


 ミリアが作られた聖女だと言われたとき、腹が立った。

 それでも話を聞いて納得はできた。

 仕方がなかったことだし、聖女になっていなければレオにもセティにもランス卿にも会うことはなかったから。

 けれど。

 本当の聖女だったということは、あの時死んだのはまったくの無意味だったということ。


 ミリアが真の聖女だったと言われたその瞬間、ミリアとして死んだ後のことを思い出した。

 魂だけの存在になって、肉体が灰になって魂との結びつきが完全に切れるまでそこにいた。

 声がかれるほど泣きじゃくるレオとセティ、涙を流しながらミリアを棺に入れたランス卿。

 ランス卿に棺から引き離される二人。泣きながら走り去るセティ。歯を食いしばって涙を流しながら棺ごと灰になるミリアを見ていたレオ。

 大きくなるまで見守れなくてごめんなさいと、何度も謝りながら天に還って行った。

 だからリーリアとして二人に再会したとき、あんなにも申し訳ない気持ちになったのだと納得した。

 本当はあんな思いを、させなくて済んだはずなのに。


「レオ……」


「はい」


「勝手に引き取ったのに、たった三年で死んで放り出してしまってごめんね。傷つけてごめん……」


「何を仰るんですか。ミリア様に拾われなきゃ俺なんて路地裏でくたばってましたよ」


「だけど」


「あなたは何も悪くない。短い時間でも、俺は幸せでした」


「でも、本当はもっと……長生きできるはずだったの。あなたたちが大人になるまで、見守れるはずだった……!」


 私はレオにミリアが真の聖女だったことを話した。

 リーリアと同じように力に目覚めるはずだったのに、聖女継承の儀で運命が歪んでしまったことを。

 そのせいで短命で終わってしまったことを。

 レオは話が終わるまで黙って聞いてくれた。


「……。あなたが運命を歪められて許せないと思う気持ちは当然ですが、俺たちに対して申し訳ないとは思わないでください。たしかにその話を聞いて悔しいしミリア様が気の毒でならない。けれど、あなたは再び俺たちの前に現れてくれました。だから俺はやっぱり幸せなんです」


 レオを見上げると、手で涙をぬぐってくれた。


「ミリア様が大好きでした。心から感謝しています。でも、あなたにはリーリア様として生きてほしい。ミリア様だった過去に囚われず、今を幸せに生きてほしい」


「……みんなそう言います。ミリアを忘れてリーリアとして生きてほしいと」


「俺はミリア様を忘れません。決して。俺がずっとミリア様を憶えていますから、あなたはミリア様としての苦しみも後悔も忘れてしまってください」


 子供をあやすように、背中を撫でてくれた。

 優しい手が心地よくて、少しずつ、心が落ち着いてくる。


「そもそも、あなたには子供の頃の俺なんて忘れてほしいですしね」


「どうして?」


「あなたの前では大人ぶってかっこつけてきたのに、子供の頃の俺を知ってるなんて。恥ずかしくて情けなかった。だからあなたを避けてしまいました。申し訳ありません」


「子供のレオも、ちょっとやんちゃとはいえすごくかわいかったのに」


「それが嫌なんですよ。ミリア様に暴言吐いたし、風呂に入る時だってあなたの前でも自分で丸出しにしてたし、食い意地張ってたし、うんこつついて遊んでたし、もう恥ずかしいところなんて数えきれない」


 思わず笑みがこぼれる。

 そう、過去なんて変えられない。だからもう受け入れるしかない。

 みんながミリアもその死も過去として受け入れている。

 だから私も前に進まなければ。


「ごめんなさい、急に泣いたりして。動揺してしまったのです。でももう大丈夫です」


「リーリア様の大丈夫は信用できませんね」


「ほんとうに大丈夫です。人前で泣くことなんてなかったのに」


「なら俺が初めてリーリア様の泣き顔を見たんですね。得した気分です」

 

 そう言われて顔を伏せる。


「みっともないから見ないでください」


「泣き顔もきれいですよ」


 急に恥ずかしくなってきた。

 そういえばまだレオの腕の中だった。

 

「レオ」


「はい」


「あの、もう大丈夫なので」


「はい」


「離してもらえますか?」


 顔をあげると、レオの顔が近くにあった。

 琥珀の瞳が、揺れる。

 レオが私の頬にそっと手をあてて、親指で涙のあとをぬぐう。

 指が顔のラインをなぞるように顎の下まで下がると、背筋にぞくりとした感覚が走った。

 怖いわけでも嫌なわけでもない。ない、けど……これはどういう……。


 ガチャ。


 懺悔室のドアが開く。

 そこには気まずそうな顔をした大神官の顔があった。


「あ、すみません。懺悔室の中から外は見えないもので……タイミングが悪かったですね」


「……」


「……」


「魔法陣は懺悔室の中にないんです。出るタイミングを失って……いえ間違えてしまいました。では私はこれで」


 それだけ言うと、大神官は祭壇の裏に回り込んでしゃがんだ。

 赤い光が放たれ、今度こそいなくなった、らしい。


「……部屋にお送りします」


「そ、そうね」


 なんとも言えない空気のまま、部屋まで送ってもらう。

 心臓が爆発するかと思った……。


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