第34話 告白
最近気づいたことがある。
私は、レオの前だと弱々しくなる。
説教モードのレオはたしかに怖いけれどそういうことじゃなくて、なんというか……。
つい頼ってしまうし、守ってくれていることに甘えてしまう。
駄目ね。なんだかかっこわるいわ。
私のレオに対する感情が恋心だとするなら、レオはどうなのかしら。
あんなに心配して守ってくれているのは、聖女だから? それとも少しは私のことが気になっている?
後者なら嬉しいけれど、同時に、ひどく罪悪感を感じる。
ミリアであったことを、黙っていることを。
私がミリアだったと知ったら、レオはどう思うのかしら。
前世では親子のような関係だった人間が、自分を男性として見ていると知れば気持ち悪いと思うかもしれない。
私自身、その部分が引っかかっているんだから。
でもそう思われるのが怖いからといって前世のことを話さずにいたら、きっとあとでもっとショックを受けるはず。
思えば、私は今まで前世に関わることにすべてレオを遠ざけてきた。
セティの侵入騒動もそうだし、大神官との話も。
前世で縁があったからといって全てを話さなければいけないわけではないけど、自分だけが私の前世を知らなかったとなればきっとレオは傷つく。
恋愛云々は別にしても。
気になっていた寿命の件は、短命で終わることはないと大神官が言っていた。
何事もなければというのが気になるけれど。
でも、短命ではないというのなら。
やっぱり、レオに前世を話そう。
レオに対して誠実でありたい。
その結果レオが私をミリアとしてしか見られなくなっても。
なぜ黙っていたのかと怒っても。
それは受け止めなくちゃ。
夜勤のレオが起きているであろうティータイム。
私は、レオを部屋に呼び出した。
前回と同じようにクッキーとお茶を用意して待ったけれど、心情は以前と随分違う。
ノックの音がして、私は飛び上がるように立ち上がった。
「どうぞ」
「失礼します」
レオが入ってきて、一礼をする。
部屋を見回して一言、「侍女はどうしましたか?」と尋ねた。
「ルカもエイミーも別室で待機してもらっています。少し……大事な話がしたかったので。まずはお掛けになって」
「……わかりました」
何かを言いたげなレオだったけれど、素直に座った。
レオに紅茶を注いで出すと、「恐れ入ります」と一口飲んだ。
「何か悪いお話ですか?」
「何故?」
「リーリア様が緊張をしていらっしゃるようなので」
「……」
たしかに緊張している。
ひどい顔をしているかもしれない。
でも言うと決心したのだから、言わなくちゃ。
私は両手の平を上に向けて、聖なる力で防音結界を張った。
「?」
「防音結界を張りました。ここの会話は外には漏れません」
「そうなんですね。余程聞かれたくないお話なのでしょうか」
「そうかもしれません」
カップをソーサーの上に置く。
その手が少し震えているのが情けない。
「レオ。わたくしはあなたに秘密にしていたことがあります」
「なんでしょう」
「……」
「リーリア様? 大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい。……本当は、言うつもりはなかったのです。あなたを苦しめるかもしれないし、あなたには忘れてほしかったから」
「……?」
「でも、セティが自分で気づいてしまった今、あなたにだけ言わないのは誠実ではないと思いました。だから……」
膝の上で自分の手を強く握りしめる。
ここで言うのはただのエゴなのか、それとも正しいことなのか。この期に及んでまだ迷いがある。
けれど、時間が経てば経つほど、こじれてしまいそうだから。
「レオ。わたくしには、前世の記憶があります」
「前世の、記憶?」
「前世の名は……ミリアです」
レオの目が、驚愕に開かれる。
時間にして数秒の沈黙が、永遠のように感じられた。
「あなたが、ミリア様だと……そう仰るのですか」
「はい」
「俺とセティウスを引き取った、ミリア様だと?」
「……はい」
「本当、に? いや……あなたがそんな嘘などつくはずもないが……」
「孤児院の地下からあなたを引き取った時の話をすれば信じますか? それともお風呂が嫌いで最初は大暴れした話? よく夜中に目が覚めるセティのために一緒の部屋で寝ていたこと?」
再びの沈黙。
レオの表情には激しい動揺が見てとれた。
「あなたは、本当に……。だとしても何故、今になって俺に話したのですか」
「セティが気づいたのならあなたも気づく日がくるかもしれないからです。その時に、自分だけが知らされていなかったと傷ついてほしくなかった。あるいは、わたくしが隠し事をしている後ろめたさから逃れたかっただけかもしれません」
これが再び出会ったばかりの頃なら、レオ会いたかったわと抱擁して、レオもそれを喜んだかもしれない。
けれど、リーリアとして接する時間が長すぎた。
レオは戸惑って、どこか傷ついた顔をしている。
最初から言っていればよかったの?
それとも最後まで言わなければ?
「レオ。聞きたくありませんでしたか」
「……わかりません。ミリア様がこの世によみがえって嬉しくないはずがない。どれほどミリア様に会いたいと願ったか。でも同時に、……」
大きな手が額を覆う。
は、と乾いた笑いをもらした。
「どうりで、俺を子供のように扱う時があったわけだ。俺を最初から信用したのも……前世があったからか……」
「レオ」
何を言っていいかわからない。
「申し訳ありません。自分の感情を整理できません。少し……時間をください」
「わかりました」
レオは一礼すると、逃げるように出て行ってしまった。
たくましい広い背中が、傷ついた子供のように見えた。
――やっぱり、言うべきじゃなかった?
もう何が正解なのかわからない。
前世の記憶なんて、すべて忘れてしまいたい。
両手で顔を覆う。
どれくらいそうしていたのか。
ふと気配を感じて顔を上げると、セティがすぐ側に立っていた。
「セティ? どうして」
「ノックしましたよ。防音結界で気づかなかったんですね」
そっか。
私の結界はセティのように外の音は聞こえるという便利な機能はなくて、ただ中と外の音を遮断してしまうから。
レオと入れ替わるように入ってきたということは、レオが立ち去ったのを見たのね。
「レオがひどい顔して出てきましたよ。あ、もしかしてフラれたんですかあいつ」
「そんなんじゃないわ」
「じゃあミリア様だったと言った?」
「……」
「そうなんですね」
無言でうなずく。
「リーリア様。そんな顔をしないで。後悔してるんですか?」
「わからない。言ってよかったのか、言わなかったほうがよかったのか、それさえ……」
セティが頭をぽんぽんと撫でてくれる。
顔をあげると、彼は優しく微笑んでいた。
「セティに頭を撫でられる日が来るとは思わなかったわ」
「もう僕のほうが年上ですからね」
セティの優しい手に、少しずつ心が落ち着いてくる。
「レオは僕ほど感覚が鋭いわけじゃないけど馬鹿じゃない。いずれは気づいたでしょう。ただ僕みたいにもしかして、と思いながら徐々に真実に近づいたわけじゃないから、心の整理が追い付かないんでしょう」
「自分で気づくまで黙っているべきだったかしら」
「それはそれで盛大にいじけたでしょうから、もうどうしようもないですよ。あれでも大人です、そのうち自分で折り合いをつけるでしょう」
「そういうセティも大人になったわね」
「いい男になったでしょ」
思わず笑みがこぼれる。
「そうね。本当にそう思うわ」
「そうそう、リーリア様は笑っていたほうがかわいいですよ」
「かわいいって……」
「僕にとっては年下の可憐な少女ですから」
そう言うことで、セティは“今の”私を見ていると教えてくれている。
たくさん思うところがあったろうに、ミリアに対する気持ちを私にぶつけてくることがない。
「ありがとう、セティ」
セティは強くなった。
最初は子供っぽいと思っていたけど、もうすっかり大人だわ。
私よりも。
「じゃあ警護の騎士が中の様子を窺っているようなので、僕はこれで失礼しますね」
そう言われて扉のほうを見てみると、少し扉を開けて騎士がこちらを見ていた。
目が合うと、あわてたように扉が閉まった。
レオは飛び出すしセティは入っていくし、なのに会話の声は聞こえないし、警護の騎士としては確認せざるを得ないわよね。
「元気出してくださいね。なんならダンゴムシとってきてあげますから」
「それはまた今度にするわ」
「僕には強制的に色々くれるのになぁ」
「ふふっ、そうね」
セティが再度微笑する。
「レオがどうするのであれ、僕はリーリア様の味方ですから」
「ありがとう、本当に」
セティはひらひらと手を振って部屋を出て行った。
彼のおかげで少し元気が出たわ。
レオがどういう結論を出すにしろ、私はそれを受け止めようと思った。
その結論がすぐに出ると思っていたわけではないけれど。
まさか、一週間まるまる避けられ続けるなんて。
そういえば以前にもこういうことがあったわ。セティのことで心配をかけた時。
あの時はまだ気持ちの整理がつかないレオを追いかけて感情を爆発させてしまったけれど、今回はちゃんと待たなくちゃ。
一切会話はしていないけれど、前回と違って変わらず夜間の部屋の外の警備にはついてくれているみたい。
顔を合わせることはないのだけれど。
きっと今夜も会うことはないわね。
扉を開ければそこにいるけれど、レオの気持ちの整理がまだできてないならまだ会わないほうがいい。
そう、思うけど。
でも……一週間って。
ひどくないかしら? そんなあからさまに避けるなんて。
なんだかちょっと腹が立ってきたわ。
いやいやダメよ、怒ったりしちゃ。私の事情で振り回しているんだから。
でも……。
ああだめだわ、思考が延々とループしそう。
まだ早いけどもう寝てしまおう。
そう思ってベッドに入ろうとしたとき。扉の外で、声が聞こえた。
少し言い争うような……レオとセティ?
さすがに放っておけなくて、ショールを羽織って扉を開ける。
そこには予想通りレオとセティ、あとはグレンがいた。
「どうかしましたか?」
「なんでもありません」
「リーリア様、僕とお出かけしよう」
セティがレオの言葉にかぶせ気味で言う。
「セティウス」
少し苛立ったレオの声。
「お出かけって……今から?」
「はい。夜に出かけたことはないでしょう? いいものを見せてあげますから」
「聖女様を夜間に外出などさせられない。お前も騎士なら馬鹿なことを言うな」
一段と低いレオの声。
普段の関係性がどうであれ、副団長として命令されればセティは従わざるを得ない。
でも。
「行くわ。着替えるからちょっと待っててね」
聖女に命令はできないわよね。
ぽかんとしたレオが何か言う前に、私は部屋に戻る。
そして聖女の衣装ではないワンピースと少し厚手のショールという姿になって再び部屋を出た。
「聖女様……! いけません」
当然反対するわよね、レオなら。
グレンがあわわわになっている。
「わたくしは行きますわ。いいものが何か気になるもの」
「菓子につられる子供じゃないんですから」
「警護してくれる人に迷惑をかけないようにと夜に外に出たことはなかったけれど。わたくしは好きなように生きると決めていますので」
前世と違って。
ただただ迷惑をかけないようにとやりたいことを全て我慢するなら、前世と同じだわ。
いつでもどこでもわがままを通せるとは思っていないけれど、たまには自分の心のままに動きたい。
「反対するのは聖女様を危険からお守りするためです」
「わかっていますわ。でもセティウスが守ってくれるのでしょう?」
「もちろんです。僕一人で十分お守りできます。じゃなきゃ誘いません」
「だからといって夜に聖女様と二人で出かける気か?」
「そうしたいのは山々だけど、リーリア様の立場もあるからね。グレン一緒に来い」
「えっ、オレ!? ていうか命令!?」
「僕に借りがあるよね?」
ぐっとグレンが言葉に詰まる。
禊の間でのことよね。
それを言われたら何も言い返せないだろうし、ちょっと気の毒。
「元気がないリーリア様を励ますためだよ。そう遠いところじゃないから安心して。じゃあそういうことで」
今度はレオが言葉に詰まる。
言外に元気がないのはお前のせいだと言われたから。
セティに促されて歩き出したけれど、レオはもう止めなかった。
……ごめん、レオ。
でも、今はわがままを許して。
セティに連れられてやってきたのは、聖女廟の近くにある広場だった。
ここに何があるのかしら?
セティが手のひらの上で灯していた炎を消して、辺りは闇に包まれた。
グレンが息をのむ。よく見えないけど、警戒して剣に手をかけたような気がする。
「目的地はもうちょっと先だけど。上を見てください、リーリア様。ここは星がよく見えますよ」
グレンの警戒などどこ吹く風で、のん気な口調でセティが言う。
「わぁ……」
きれい。
窓から星を眺めることはあったけれど、こんなに広い空に散りばめられた星を見たことがない。
星空ってこんなにきれいだったのね。
そういえば夜に外でこんなふうに星を見上げるなんて初めてだわ。
令嬢時代も夜は外に出してもらえなかったし。
「きれいね。寝転がってずっと見ていたいくらいだわ」
「今度そうしましょう。敷物と温かい飲み物を持ってきて、夜のピクニック。飲み物が冷めたら僕が魔法で温めなおしますから」
再びセティが手に明かりの炎を生み出しながら言う。
「楽しそう!」
「でしょう? 僕はリーリア様にたくさん楽しいことをしてほしいんです」
心臓がぎゅっとつかまれるような感覚。
不快なわけじゃなく、嬉しいはずなのになぜだか泣きたくなるような。
「じゃあ目的地まで行きましょう。このあいだ探索の魔法で見つけた場所があるんです」
そう言ってセティは、あの鉄のアーチではないところから森に入った。
あれ、こんなところに道があったかしら?
舗装されているわけじゃないけど、木がなくて地面も平ら。
「このへんの木を少し焼き払って地面も均しておきました」
えっいいのそんなことして!?
……まあいっか、黙っておこう。
セティが木を焼き払った道を歩いていくと、やがて開けた場所が見えてきた。
「じゃあグレンはここで待ってて。僕たちの姿も見えるから問題ないよね」
「いやそういうわけには」
「僕に借りがあるよね?」
「またそれかよ! 性格悪いぞ、ちくしょう」
文句を言いながらも、グレンはそこで止まった。
気の毒に。
「ほら、リーリア様。見えますか?」
「あ……」
開けた場所には、小さな泉があった。
そして、その上を飛び交う無数の小さな光。
「これは……もしかして、蛍?」
「そう。時間的にまだ間に合ったみたいでよかった」
「初めて見たわ。なんてきれい……」
図鑑でしか見たことがなかったけれど、これが蛍なのね。
月明かりの中、黄色い小さな光が、水の上を飛び回っている。
こんなにきれいな光景が、この世にあるなんて。
「ありがとうセティ、こんなにきれいな場所に連れてきてくれて」
「どういたしまして」
ここ最近の鬱々とした気持ちが晴れていくみたい。
心が洗われるってこういうことを言うのかしら。
しばしその光景に見とれていたけれど、ふと視線を感じて横を見るとセティが嬉しそうに私を見ていた。
「リーリア様が楽しそうで嬉しいです」
「本当に楽しいわ」
「よかった。僕はもっとリーリア様に楽しんでほしい。幸せになってほしいんです。今まで見たことがないたくさんのものを、僕が見せてあげたい」
セティがおもむろに私の手を取って、その甲に口づけた。
「!! セ、セティ」
「好きです、リーリア様」
「えっ……」
今、なんて。
「前世も何も関係ない。あなたが好きです。恋人になりたい。一緒に生きていきたい」
「……っ」
あまりのことに、声が出ない。
慕ってくれているのはわかってはいたけれど、そういう意味で私を、好きだなんて……。
鼓動が早い。頬が熱い。
私はセティのことを、どう思っているの?
私は――
「答えは今は聞かないでおきますね」
「え?」
「急すぎましたよね。元気になってほしくてここに連れて来たのに悩ませてしまってすみません。でも後悔はしたくないんで、予定外だけど言っちゃいました」
「セティ……」
「今、他のやつが好きでも構いません。リーリア様の気持ちが僕に向くまで何年でも待ちます。今は答えを出さなくていいですが、考えておいてくれると嬉しいです」
「え、ええ……」
頭の中がぐるぐるしている。
考えがまとまらない。
くらくらして、倒れてしまいそう。
「もう戻りましょう。あ、でも僕を避けたりはしないでくださいね。今まで通りでいいですから」
そんなことができるのかしら。
もう混乱しすぎてどうしたらいいのかわからない。
そういえば、男性に告白されたのなんて前世を含めてもこれが初めてだわ。
前を歩く背中を見る。
恋人。セティと恋人に……?
でも、私は、たぶんレオに恋をしている。
木に背を預けて待っていたグレンと目が合う。
たれ目がより一層たれて、困ったような顔をしている。
「お待たせ。部屋に戻るよ」
「あ、ああ。しかしセティウス、お前……」
「レオには内緒ね」
セティがいたずらっぽく自分の唇に人差し指をあてる。
告白のこと?
そう思うと、また頬が熱くなった。
「この軽口の騎士様に黙ってろって?」
「僕に借りがあるよね?」
「三回目ぇ!」
ようやく緊張が解けて、声を出して笑ってしまった。




