第33話 迷惑な懺悔
「さすがに失礼ではありませんか? 夜に勝手に女性の部屋に侵入するのも、勝手に瞬間移動の魔方陣を敷いておくのも」
ショールを羽織ってソファに掛ける。
闇の中から現れた人物は「申し訳ありません」と悪いとも思っていなさそうな声音で謝罪した。
「魔法陣はあなたが聖女になられるずっと前から敷いてあったのです。緊急時にしか使いませんのでどうかご心配なく」
「今が緊急時だとでも?」
「今は違いますね。あまりの動揺に眠ることすらできないので、聖女様に懺悔を聞いてもらおうかと」
「懺悔でしたら教会の懺悔室へ」
「大神官が教会で神父に懺悔を聞いてもらうわけにはいきません」
芝居がかった仕草で首を振り、向かいのソファに腰掛ける大神官。
まったくこの人は、夜に聖女の部屋に侵入して何故悪びれていないのかしら。
こんな状況でも、この人が相手だと危機感のようなものがまったくわいてこないのも困ったものだけれど。
とそこで、ノックの音が聞こえる。
「聖女様。何事もありませんか」
レオの声。
すごい、と言わざるを得ない。
レオには魔力がないから魔法に対する感知能力もないのに、部屋の中で何かがあるとすぐに感づく。
どういう仕組みで気づくのかしら。今度レオに聞いてみよう。
大神官がいったん防音結界を解いたので、私は「問題ありません」と返す。
先日部屋に入ってまで確かめたのを悪いと思っているのか、今回はレオはあっさりと引き下がった。
大神官が再度防音結界を施す。
「レオ助けてーって叫んでもよかったのですけどね」
「聖女様は大神官が怖い副団長に斬り捨てられるのをご覧になりたいのですね」
冗談だか本気だかわからないことを言う大神官。
……こんな人だったかしら。
「お話があるのでしたらお早くどうぞ。懺悔でしたかしら? わたくしが聞く義理はないと思うのですけど」
「……子ができていたことは知らなかったのです」
結局懺悔が始まってしまった。
「そのようですわね」
「驚きました。まさか、私のような生活をしている人間に子ができるとは。それも、たった一度の……」
うわっ聞きたくない。
「遊びで貴族のご令嬢に手を出されたのですか」
「遊びではありません。私はこの上なく美しく、人間らしい性格の悪さを持つフィリーナに心惹かれました。フィリーナもたしかに私を愛していました」
美しさはともかく、人間らしい性格の悪さ?
「そのような関係になったのは彼女が……いえ、さすがにその言い訳は男らしくありませんね」
「それ以前にそんなお話を聞きたくありませんわ」
「聖なる乙女にお話しすることではないですね」
ため息をついて長い長い髪をかき上げる。
たしかにこうして見るとかなりの美男子だと言えるわね。
神秘的な雰囲気も、女性を惹きつけるのかもしれない。私にはどうしようもない男にしか見えなくなったけれど。
「彼女と最初に会ったのは教会の懺悔室です。たまに他人の人間らしさや醜さを感じたくて、趣味で懺悔室に入るのですが」
悪趣味としか言いようがない。
人とは違う生活をしていると、趣味もおかしなものになるのかしら。
「そこで今日も侍女をいじめてしまったとか、ほかの候補者ばかりひいきされて腹が立つとか、わたくしの顔を見れば絶対にわたくしを選ぶのに、といったことを話していたのがフィリーナでした。私は興味をひかれ、懺悔室のカーテンを開けて彼女の素顔を見てしまいました」
「候補者? 選ぶ? どういうことですか」
「彼女は当時の王太子殿下……現国王陛下の妃候補の一人、侯爵令嬢でした。見慣れない貴族の女性だったので、なんとなくそうではないかと思っていましたが」
「ええっ!?」
そんな人に手を出したの!?
「立太子した際、近隣国との縁談がない場合には、社交界デビューしていない家柄の良い国内の令嬢を王宮に集めてひと月生活をさせるそうです。顔も王太子殿下の前ですら隠し、容姿ではなく国母となる資質で王太子妃を選ぶのだとか」
ダミアン殿下がやたら容姿にこだわっていたのは、そういう特殊な選定方法があるからなのかしら。
自分の好きな容姿の女性を選べないから。
まあ彼なら国母の資質以前に一番美人を選んでしまいそうだから、顔を隠して選ばせるというのもある意味理にかなっているのかも。
それにしても、そんな話は初耳だわ。
殿下が立太子していないとはいえ、年齢的にはそういう話を両親から聞いていてもおかしくなかったはずなのに。
伯爵家では候補に入らないのか、その選定方法がもう使われていないのか。
なんにしろ、社交界デビュー前ということは、フィリーナ様は当時私と同年代っていうことよね?
何年生きてるんだか分からないようなこの人が、そんな年齢の子に手を出すなんて。
「フィリーナ様は当時わたくしと同じくらいの年齢だったのですか」
「少し上で、十八歳ですね。候補になることを見越して社交界デビューはしていなかったようです」
「ひと月の間に二~三回しかお会いになれなかったのでは?」
「彼女に会うために……そのひと月の間は結晶石に入らず起きていました。ひと月の間、彼女は一日おきくらいに教会に私に会いに来ました。だいたいは夜です」
誰にも見とがめられなかったのかしら。
おそらくこの人は教会へ瞬間移動していたのだろうけれど、フィリーナ様は当然そんなことはできなかったはず。
教会とはいえ、妃候補が夜にふらふら出歩くのを誰も止めないというのもおかしな話ね。
そうやって自由にしておくのも、妃としての資質を見るためなのかしら。
「あなたとフィリーナ様の関係を陛下はご存じなのですか?」
「はい。関係を持った後に彼女は自分の身分と名を明かして姿を消しましたので、その後陛下……当時の王太子殿下に謝罪に行きました。既に別の方を選ばれた後でしたので、あまり問題にはなりませんでした。侯爵家からは厳重な抗議が入るだろうと思っていたのですが、特に何もなく」
なぜこの人はこんなに他人事のように話すの?
もう彼女への思いはないの?
「……フィリーナ様はセティの父親を決して明かさなかったということです」
「何故なんでしょうね。子供ができたことすら私に明かさず……」
「十数年前、フィリーナ様が教会にいらしていたことがあるそうですけれど。大神官様がお会いになるのを拒否されたのでは?」
「私が? いいえ、知りませんでした。彼女が会いに来ていたなんて。結局、彼女とはその後一度も会っていません。私のことは忘れたのだろうと思っていました」
あの神官長の妨害かしら? 確信はないけれど。
いずれにしろ、侯爵家のご令嬢と中途半端に関係を持ってその後は知らんぷりだったなんて。
浮世離れしているからで済まされる話ではないわ。
腹が立ってきた。
「彼女が会いに来ていたことも、子供ができたことも。あなたは“知らなかった”ではなく“知ろうともしなかった”のでしょう」
権力も桁外れの魔力もありながら、本当に何もできなかったはずはない。
その気になればこっそり侯爵家に会いにだって行けたはずだわ、この人なら。
……ああ、そうか。
「フィリーナ様は、待っていたのではないでしょうか。子供ができたからという理由ではなく、ただフィリーナ様に会いに来るのを。だからあなたに子供ができたことを知らせなかったのでは?」
いくら人生のほとんどを眠って過ごす異常な生活リズムとはいえ、会いに行くこともせずその後どう過ごしているかを確かめもせず。
会いにいけば、子供ができたことだってわかったでしょうに。
「なぜ会いにいかなかったのですか」
「私には大神官としての役目があります。誰にも代わることはできません。人生のほとんどを結晶石の中で過ごす人間ですから、夫や父親になどなれないのです。彼女にもそれは伝えました」
「なら中途半端に関係を持たなければよかったでしょう!」
思わず声を荒らげてしまう。
どこまでも他人事なこの男に、腹が立って仕方がなかった。
こんな男がセティの父親だなんて。
幼いセティがどんな風に生きてきたと思っているの。
フィリーナ様がここにセティを置いて行ったのは、この男への怒りゆえだったのかもしれない。
いつか自分そっくりのセティと大神官が会って、驚愕すればいいと。
父親母親、どっちも身勝手極まりない。
「仰る通りです。私は誘惑に負けた弱い人間です」
思わず大きなため息が漏れる。
「もうお帰りください。あなたと話していたくありませんわ」
「あの子……セティというのですか」
「……セティウスです。それを聞いてどうしようというのですか」
「今更何も出来ません。私が何かしたところでかえって彼の神経を逆なでするだけでしょう」
「そうでしょうね。あなたが私のところに来て最初にしたのは、言い訳ですから。少しでも父親という意識があるなら、セティのことをまず聞いたでしょう」
収めようとした怒りが再燃する。
こんなにイライラするのも久しぶりだわ。
「そもそも何故私に懺悔しようなどと思ったのですか」
「貴女は怒るでしょうが、あの子を引き取ってくれた方ですから、真実を知っておいてほしかったのです」
引き取ってくれた方?
……ということは。
「セティとの会話を盗み聞きしていたのですか」
「申し訳ありません」
この人に前世がばれてしまったということね。
よりにもよって大神官に知られたくはなかった。何か面倒なことにならなければいいのだけど。
「その気の抜けた悪いとも思っていない謝罪は余計に腹が立つだけですからやめてください。もうお帰りになって? 迷惑ですわ」
「わかりました。これも怒るでしょうが、あの子を引き取ってくださってありがとうございます」
ビンタでもしてやりたい衝動を必死で抑える。
立ち上がって、大神官が深々と頭を下げた。
長い髪が少し床につく。
ハゲればいいのに、この男。
「レオ、レーーオーーー、不審者よーーー」
「帰ります、帰りますから……」
「もううちのセティには会わないでください。そして二度と部屋に侵入しないでください」
「承知いたしました。懺悔が済みましたので戻ります」
どこまでも身勝手な。
大神官が部屋の中央に歩いていき、魔方陣があるらしい場所に立つ。
ふとその時、頭の中が真っ白になった。
一面、白に包まれた世界。
そこで私は。
あの方の、あの言葉を――。
魔法陣が赤く光る。
大神官の姿が消える直前、私は、彼を魔法陣から強引に引っ張り出した。
部屋の中に盛大に転がる大神官。魔法陣から光が消えた。
「いたた……どうなさいましたか。一発殴らないと気が済まないのでしょうか」
「そうではなくて。今唐突に思い出しました」
「何をでしょうか」
「女神様のお言葉です」
「!! それは……」
大神官がその場に正座する。
なぜ床に正座。
「女神様は何と仰っていましたか」
「これ以上、聖女を、“作るな”と」
自分で言っていて、ひどく奇妙な感じがする。
聖女を作るなってどういうこと?
そう言った女神様は、どこか悲しそうだった気がする。
「聖女を作るなというのはどういうことですか。あなたが行っている聖女継承の儀のことですか」
「……」
「何もせずとも唐突に聖なる力に目覚めたのは、初代様と私の他に何人いたのですか。光の魔力の保持者に継承の儀を施して生まれるのは一体何なのですか!?」
「……聖女ですよ、それも」
「それが女神様が仰る“聖女を作る”ということですか」
「……」
「黙っていてはわからないでしょう」
「女神様の祝福を受けた聖女と、私の継承の儀で生まれた聖女。その両方を経験したあなたには誤魔化しは通じなさそうですね」
「どういうことでしょうか」
「……ひとつだけ。寿命の件をおそらく一番気にされているかと思いますが、今のあなたは何事もなければ短命で終わることはないでしょう」
「それが本当ならありがたいですが。それよりも、聖女を作るということの説明を」
とそこで、再びノックの音。
「聖女様。何かありましたか」
ああっ、もう、なんでこんなに鋭いのレオ。
今はその鋭さが恨めしい。
この状況をどうしたらいいの。
大神官を振り返ると、彼はひどく驚いたような顔で、口元を覆っていた。
「どうかしましたか? いえ、今はそれよりも、防音結界を解いてください」
「そうか。リーリア様がミリア様だったのなら、……なんということだ。私はなんということを……」
ぶつぶつと何かを言いながら、完全に自分の世界に入ってしまっている。
今はそれどころじゃないのに!
「大神官様、結界をもう一度解いてください」
「……」
「大神官様!」
引っ叩いてでも正気に戻そうかと思ったとき、激しい音とともに扉が開いた。
ああ……。
「何者だ」
扉を蹴破ったレオが、素早く剣を抜いて大神官に向ける。
「レオ待って。怪しい者ではないわ」
怪しいといえば怪しいけれど。
神聖騎士団の副団長が大神官に剣を向けるのはまずい。
「名乗れ」
「……大神官シャティーン」
正座したままレオを振り返ることなく大神官が言う。
レオは本当か? というように私を見る。
私はうなずいた。
「剣を収めて、レオ」
「……」
レオはしぶしぶというように剣を鞘に収めた。
レオの後ろでグレンがあわわ……と言いながらひどい顔をしている。
「聖女様が大神官様をお呼びになったのですか」
レオが声をかけたときに問題ないと言ってしまったし、私が怯えたり戸惑ったりしていないのはおそらく見てわかっている。
また男を引き入れていると思われるのもつらいし、かといって大神官が勝手に来たと言えば大神官の立場がないし、どうしたら。
「私が聖女様の許可なくこちらへ来たのですよ。瞬間移動の魔法を使って。どうしても話したいことがありましたので」
「夜に聖女様の部屋に侵入されるとは。緊急事態でもない限り、いかに大神官様であろうと許されぬ行為だと思いますが」
「そうですね」
はあ、とため息をつく大神官。
「聖女様に来ていただくか、せめて扉から入るべきでした。邪な目的があったわけではないのでそのあたりは聖女様に確認してください」
大神官が立ち上がり、ようやくレオを振り返った。
「私の魔力は戦いにはまったく向かぬものなので、許せないとあれば簡単に斬り捨てることができますよ、副団長殿」
「聖女様に実害がなければ大神官様に危害を加えられるはずもありません」
長い衣装を引きずって大神官がレオに近づく。
何をするつもり?
レオは無表情。
こんな人にこんな状況で近づかれてよく動揺しないわね。
「実害があれば斬り捨てるということですね。いいですね、その覚悟、信念。美しいです」
レオが眉根を寄せる。
「私にも、覚悟も信念もあるのですが……それももう終わりかもしれませんね。そして……これからどう償っていけばいいのか……」
終わり?
償い?
「どういうことですか、大神官様」
尋ねると、大神官は静かに微笑んだ。
「では今夜はこれで失礼しますね聖女様」
「えっ、ちょっと、肝心なところのお話が」
「近いうちにお話し……いえ懺悔いたします。今度は侵入はしませんのでご心配なく、副団長殿」
「……」
「では」
大神官はそれだけ言うと、魔法陣を発動させて消えてしまった。
驚いたグレンがひえーと変な声を出した。
「なんだあの魔法。聖女様の部屋の中まで自由自在に移動できるってか。じゃあ警護の意味ないじゃん、はは……」
「……」
「……」
薄暗い部屋の中、沈黙が下りる。
どうしたものかと迷っていると。
「グレン、出ていろ」
「え、レオってばいくらなんでもそんな大胆な」
「アホなこと言ってないで出ろ。俺も話が終わったらすぐ出る」
……これは。
まずいパターン。
レオの怒りがくる。お説教される。
グレンに行かないで、と視線を送るけど、ぺこぺこしながら出て行った。
グレンに見捨てられた。
「聖女様」
「は、はい」
「俺が何を言いたいかわかりますか?」
うわっ、この切り出し方。
一番嫌なパターンだわ。
正解じゃなかったらもっと怒られるんでしょう?
「なんとなくわかりますがレオがはっきりと仰ってください」
「……。大神官がここにいたこと自体については何も申しません。ですが俺が声をかけたときに、何故問題がないと仰るのですか」
「それは……。大神官様は決して不埒な目的で来たわけではありませんし」
「それはお二人の様子を見ればわかります」
「大事なお話をしていたので……」
最初は聞きたくもない話だったけれど。
核心にせまったところで、大神官は逃げてしまった。
「それも理解できます。聖女様と大神官の話を聞き出そうとも口を挟もうとも思いません。俺が聞きたいのは何故正直に話さず問題ないと言って俺を追い払うのか。それだけです」
「……大神官が聖女の部屋に夜中に侵入していたとなれば、どちらの立場としてもまずいかと」
「俺が口外すると?」
「思いません」
「聖女様。警護に関することだけは俺を蚊帳の外にするのはやめてください。おかげで聖女様の部屋の扉を蹴破るハメになりました。俺に知らせておいてくだされば、あとは誰と何を話そうと一切首は突っ込みませんから」
「……警備責任者としてのレオの立場を考えない、愚かな言動でした。反省します」
レオは夜の間じゅう気を張って警護してくれている。
だからこそ、ちょっとした異変でもすぐに気づいてくれるというのに。
私はそのことを、いつの間にか当然のように思ってしまっていた。
レオにだけは大神官が来ていることを話すべきだったと本当に反省している。
「ごめんなさい、レオ」
「……いえ、俺のほうこそ言いすぎました」
「そんなことはありません」
「申し訳ありません。立場も弁えずいつも説教じみたことを」
たしかによく怒られる。
でも、それは。
「レオが怒るのはいつもわたくしを心配してのことですから。だから……ありがとう」
笑顔を向けると、レオが少し目を見開いた。
レオは何か言いかけたけれど、唇を引き結んで目をそらした。
「聖女様は俺の限界を試しておられるわけではないですよね」
「なんの限界ですか?」
「いえ……馬鹿なことを言いました。忘れてください。俺はこれで失礼します」
「? ええ」
レオが踵を返して出ていく。
彼が閉めた両開きの扉の隙間から外の光が漏れていて、ああ壊れたんだなと思った。
大神官の話の肝心な部分を聞きそびれてしまった。
聖女を作るな? ……なんだか怖い。
結局聖女継承の儀って何なの?
そういえば大神官にも前世を知られてしまった。
前世で関わりのあった人で私がミリアだったことを知らないのは、レオだけになった。
レオだけが、知らない。
それでいいの?
後で自分だけが知らなかったとわかったらきっと傷つく。
だけど。
どうしてかしら。
レオには知られたくないと思ってしまうのは。私をミリアではなくリーリアとして見てほしいと思うのは。
やっぱり私は、レオのこと……。




