第25話 セティの実力
※多少の流血表現あり
「もう大丈夫ですよ、リーリア様。下がってて」
安堵のあまりその場に座り込んでしまう。
足に力が入らない。
エイミーの無事を確認したくて這うように彼女のほうに行く。
落ちたカーテンのそばで倒れていた彼女は、たしかにちゃんと息をしていた。
ひとまずほっとするけれど、薬によって気を失っているから、私にはどうすることもできないのが歯痒い。
「邪魔をするな……っ!」
ラッセルの悔しそうな声が聞こえて、そちらを見る。
彼は紋章術の力でツタの手枷と氷の足枷を破壊した。
それを見ても、セティの表情は動かない。
ラッセルを見据える瞳は、氷のように冷たい。
「下衆が。聖女様に対する下劣な振る舞い、死をもって償え」
セティがラッセルに向かって手を突き出す。
「お前なんかにやられるか!」
剣を抜いて、セティとの距離を詰めようと身を低くするラッセル。
けれど、ラッセルは急に体勢を崩した。
彼の足元の床が凍っている。
さらに、背中から血しぶきを上げてのけぞった。
ラッセルの背後に、ふよふよと水の玉がいくつも浮いている。それが水の槍となり、ラッセルの背中を突き刺した。
聖なる泉の水を利用した、水と……たぶん風の複合魔法。
すごい。あんなに次々と魔法を展開できるなんて。
ラッセルは浮いている水の玉を剣で次々と斬ると、セティに向かって手を突き出した。
「おおぉぉっ!」
ラッセルの咆哮とともに岩の槍がセティへと伸びる。
セティは身をかわすけど、腕にかすったらしく出血をした。
思わず叫んでしまいそうになるけれど、ぐっとこらえる。
セティの邪魔になってはいけない。
「死ねぇぇぇ!」
今度は両手から岩の槍を出す。
セティは横に飛んで避けるけれど、やはり避けきれずに傷を負う。
けれどセティはひるまず、崩れた体勢のまま剣を振った。
「どこで剣を振って」
馬鹿にしたようなラッセルの声は、途中で途切れた。
彼の体から、斬られたように血が噴き出したから。
「ち、浅かったか」
もう一度セティが剣を振ると、ラッセルの体から再び血が噴き出す。
どうやら剣を振ることで風の刃を出していたらしい。
ラッセルの息が乱れる。
出血と大技の連発で“気”の力が限界に近付いているのかもしれない。
それでもラッセルは地面に手をつき、セティの足元にいくつもの岩の槍を出現させた。
セティはジャンプし、空中の何もないところでもう一度ジャンプして避けた。
そのまま見えない足場をとんとんと渡り、ラッセルの前に降り立つ。
限界を超えて紋章術を使ったであろうラッセルは、体が硬直していてセティの動きにとっさに反応ができなかった。
セティがラッセルの手を蹴り、ラッセルの剣が壁際まで滑って行った。
さらにセティはラッセルの右肩に剣を突き刺すと、そのまま雷の魔法を流し込んだ。
「~~~~っ!」
びくびくと体を痙攣させながら、ラッセルが膝をつく。さすがと言っていいのか、完全に倒れこまない。
「とりあえず」
セティはそう言うと、ラッセルの左腕に剣を突き刺した。
左の二の腕……土の紋章がある場所。
ガキンと金属同士がぶつかり合う音がした。
「さすがに紋章のある場所は防具で守ってるか。なら」
セティがそのまま剣でラッセルの袖を切り裂く。
そして現れた二の腕を守る金属の防具に素手で触れる。
金属が真っ赤になり、煙があがった。
「うがぁぁあ!」
肉が焦げるにおいに、思わず顔をそむける。
「これで紋章術は封印っと」
「うぐうぅぅぁ」
「さっきからぎゃあぎゃあうるさい」
いばらのツタで、ラッセルをぐるぐると縛る。
もう紋章術が使えない彼に、もはや抵抗の術はなかった。
さらに氷の塊を口の中にねじ込む。
「ふぐっ……」
「じゃあサヨナラ」
セティが剣を振り上げる。
「待ってセティ」
剣を止めて、ゆらりとこちらを見る。
私は立ち上がって一歩彼に近づいた。
「何? まさか同情なんてしてませんよね? ここに侵入して聖女様を汚そうとした男ですよ? いや僕も人のこと言えないけど」
「同情はしないわ。でもその男は近衛騎士で貴族なの。裁判を経ずに殺してしまってはあなたが責められるかもしれない」
事態が事態だけに、たとえこの場で斬り捨ててもセティが罪に問われることはないはずだけど。
セティが貴族に恨みを買うかもしれないと思うと、止めずにはいられなかった。
「別にそんなのどうでもいいですけどね。でも汚い血をあなたに見せることもないか」
セティがラッセルの後頭部に思い切り蹴りを入れる。
無防備な状態でそれをくらったラッセルは、そのまま気絶した。
セティが剣をおさめてこちらに近づいてくる。
「……助けてくれてありがとう、セティ」
セティの傷に触れ、癒す。
彼が来てくれなかったら、私は今頃どうなっていたんだろう。
辱められたのか、さらわれたのか。下手をしたら、あの謎の思考回路で殺されてすらいたかもしれない。
そう考えると体が震えだした。
セティは置いてあった大きなタオルを手に取ると、私に頭からかぶせてくれる。
「大丈夫? ……なわけはないよね。もっと早く気づいてあげられなくてすみません」
セティがタオルの上からそっと私を抱きしめる。
その温かさに涙が出そうになった。
「セティ……っ」
「怖かったでしょう」
私を抱きしめる腕に力が入る。
震えが止まらない。弱々しい自分が情けない。
でも。
こわかった。
本当にこわかった。
あんな風に歪んだ愛情やあからさまな欲望を向けられたことなんてなくて。
そんなものを向けてくる男相手に、私はあまりに無力で。
情けなくて悔しくて、こわかった。
セティの胸にすがりついて泣きじゃくりたいのを、必死でこらえる。
「ありがとう……セティ。もう大丈夫。エイミーをお医者様のところへ連れていかないと」
「名残惜しいけど離れておきますよ」
そんな軽口を言いながらセティが体を離して、頭をかるく拭いてくれる。
「着替えられますか? さすがにそれじゃあ風邪をひきますよ」
「でもエイミーが……」
「呼吸は安定してるようだし、吐いてもいないから大丈夫ですよ。まず着替えてくれたら僕が運びますから」
「わかったわ」
カーテンはボロボロになってしまったので、セティが壁際まで離れて壁のほうを向く。
私は急いで着替えた。
「終わったわ」
「うん……じゃあ行きましょうか」
心なしか頬を赤く染めたセティが言う。
「ああそうだ、侍女を運ぶんでしたね」
セティがしゃがみこんでエイミーを背負う。
「そういえばセティはどうしてわたくしが危ないって気づいたの?」
「僕も離れて警護についてたんですけどね。リーリア様の魔法の気配がかすかにした気がしたんです。僕がさんざん食らったやつですから。それに儀式のことは知らないけど、さすがに時間がかかりすぎな気がしたし」
並外れた感知能力ね。
やっぱり魔力の高さに比例しているのかしら。
他人の魔力を感知するのって、よほど近い位置にいないとできないはずなのに。
「それでセティは正面の扉から入ってきたの?」
「そうですよ」
扉を開ける音はしなかったけれど、防音結界のせいね。
彼が張る結界のように外からの音は聞こえるけど中の音は聞こえない、なんていう便利な機能はなかったみたい。
「そのとき護衛は?」
「若い女騎士……アイラだかアイシャだかが一人で突っ立ってました。いるはずのもう一人はいませんでした」
セティが扉を蹴り開ける。
そこには蒼白になったグレンと別の騎士三人、そして縛られて座り込んでいるアイラがいた。
いつの間に集まってきたのかしら。
セティが呼んだの?
そういえば騎士は緊急事態を知らせる笛を持っているのよね、たしか。
「中に変態近衛騎士がいる。連れてけ」
騎士二人が素早く中に入り、気絶しているラッセルを運び出した。
「この女騎士、今回の件に一枚かんでる可能性が高いから縛っておきました。そこそこ魔力があるくせに、扉のすぐ外にいてリーリア様の魔法を感知できないのはおかしい」
ああ、そうか。そうよね。
離れた位置の魔法感知は難しいけど、扉一枚隔てた程度の距離で、アイラくらい魔力がある人間が魔法の発動に気づかないはずがない。
それに、ラッセルは水が流れる穴の石をひとつ外して侵入したと言っていた。
その外した穴を外からはめ直した人物がいる。
儀式開始前の禊の間のチェックでも、おそらくカーテンの間かどこかに隠れていたラッセルをあえて見逃した人物が……。
いくら私が嫌いでも、そこまでするなんて。
「で、もう一人の女騎士……カレナだっけ? あの人はどこいったんだ?」
セティが不機嫌そうな顔でグレンに問う。
「さっき詰所の近くで発見された。ひどく吐いていて倒れていたとか」
「ふーん、じゃあそっちはお仲間じゃなかったんだ。最初は問題なくここで護衛をしてたってことは、夕食に遅効性の毒でも盛られたかな」
「ああ。重症らしい」
「そんなっ……!?」
アイラが声をあげる。
セティがグレンにエイミーを預け、アイラの前にしゃがみ込む。
凄惨な笑みを浮かべて。
「やっぱりお前は変態騎士の仲間か」
「ち、ちがいます……っ!」
「女騎士に一服盛ったのは間違いなくお前だよね。睡眠薬とでも言われたか?」
「そんな……そんなつもりじゃ……!」
アイラがセティの視線から逃れるようにうつむく。
セティはアイラの前髪をつかんで無理矢理顔を上げさせた。
「聖女様を汚させ殺させるつもりだった?」
「ちがうっ……!」
アイラがボロボロと涙をこぼす。
でもかわいそうという気にはならなかった。
いくら私が嫌いでも、してはいけないことを彼女はしたのだから。
「セティウス、もう結構です。真相は裁判の場と真実の口によって明らかになるでしょう」
真実の口を施せば嘘はつけない。
裁判の場では黙秘は許されない。黙秘すればすべて罪を認めたことになる。
セティが手を離した。
「聖女様の仰せのままに」
セティが立ち上がり、騎士に視線を送る。
騎士がアイラの側に立ち、無理矢理立たせた。
「なによっ……私が聖女になるはずだった! 栄誉も騎士も私のものになるはずだったのよ! 私は殺そうとしたわけじゃない! ただあの男が聖女をさらってくれるって!」
私がさらわれて行方不明になれば聖女の座は自分に転がり込んでくると?
また随分短絡的ね。
で、さらわれた私はどうなってもいい、と。
アイラが騎士にずるずると引きずられる。
「色んな男に愛想振りまいてるからこうなるんじゃない! あんたなんてあの変態に汚されればよかったのに!」
これはさすがに傷つく。
特にラッセルになんて、愛想よくした覚えはないのだけど……。
セティがアイラを運ぼうとする騎士を止めて、アイラの目の前に立った。
そして彼女の口元を乱暴に鷲掴みにする。
「これ以上たわ言抜かすなら口から喉にかけて焼き切るけど?」
「……っ」
さすがにアイラも蒼白になって黙り、今度は大人しく騎士に連れられていった。
それを見届けてから、エイミーを抱きかかえたままのグレンが深々と頭を下げる。
「団長に聖女様の警護を任されていながらこの不始末。申し訳ございません」
ここでいいのよ気にしないでなんて言えば、騎士のプライドをかえって傷つけかねない。
「このことに関してはランス団長とレオが戻ってからお話ししましょう。そのままエイミーを医務室へ運ぶのを手伝っていただけますか」
「承知しました」
「聖女様は部屋に戻ってください」
とセティ。
「でも」
「聖女様が侍女を眺めていても助けにはなりません。それよりも風邪をひきますから部屋に戻って風呂にでも入ってください」
「聖女様。セティウスの言うとおりです。オレが医務室に残ってこの女性の様子を見ますので。どうか」
エイミーが心配だけど、私が熱でも出せばルカ一人で面倒を見なければならなくなるし、目を覚ましたエイミーも気に病むかもしれない。
「……わかりました。エイミーを頼みます」
「お任せください」
「聖女様は僕が送ります。行きましょう」
「ええ」
そのままセティに部屋まで送ってもらい、セティがルカに事態の説明をした。
ルカは気絶せんばかりに驚いて、涙を流しながら私をぎゅうっと抱きしめてくれる。その柔らかさと温かさがうれしかった。
セティはそのまま部屋の外の警護について、私はルカが既に用意してくれていたお風呂に入った。
氷のように冷え切った体に温かさがしみわたる。
ふと手首を見ると、あの男に握られた部分が赤くなっていて、ぞっとした。
一刻も早く忘れたくてその部分を癒すけれど、あの強く握られた感覚が消えてくれない。
頬から肩にかけて触れられた感覚も、あの男の乱れた息も、思い出したくないのに思い出してしまう。
早く、忘れたい。忘れなきゃ。もう終わったんだから。
お風呂から上がって着替え、あとは眠るだけだけど、誰かが侵入してくるような気がしてベッドに入るのすら不安だった。
「あの、リーリア様」
「なあに?」
「私、今日はずっとこのお部屋にいてもいいですか?」
すぐに、ルカが不安げな私に気を遣ってくれているのだとわかった。
一人になるのが怖いのだとばれてしまっている。
今日の私は、まるで幼子だわ。
「ルカが大変でしょう。わたくしは大丈夫だから」
「私がここにいたいんです。ダメですか?」
「ううん……ありがとう。一緒に寝る?」
「さ、さすがにそれは!」
「じゃあせめてソファで眠ってね。寝心地が悪いかもしれないけれど」
「高級ソファだし大丈夫ですよ! じゃあリーリア様が眠るまで側にいますね」
「ありがとう」
子供みたいな自分が恥ずかしくて、赤くなってしまう。
ルカはそんな私に優しく微笑んだ。
いつもは年上ながらも妹のように感じていたルカが、今日は姉みたい。
私がベッドに入ると、ルカが椅子を持ってきてすぐ側に座ってくれた。
「疲れない? ちゃんと横になって眠ってね。私は大丈夫だから」
「はいはいわかってますよ~。いつも思うんですけど、リーリア様は甘え下手ですよね」
「えっそう?」
「はい。こんなにお若くて身分だって高くておまけにすごくお美しいのに。もっとわがままで人に甘えたっていいんですよ」
「わがままに生きているつもりだったけれど……」
「全然ですよ」
「そう……」
「もっと! 欲のままに! 生きてください」
「ふふっ」
私はわがままに生きるという目標を全然達成できてないのね。
でも「今からわがままに振る舞おう!」というのも何か違うし。
「今日はセティウスに助けられたの」
「すごいですよね、近衛騎士を一人でやっつけちゃったんでしょう?」
「ええ。あんなに強くなって……すごいわセティ」
「ってリーリア様、その言い方お母さんみたいですよ」
「えっ」
どうもミリアとしての意識が抜けない。
二人とももう大人で今の私よりも年上だとわかっているのに。
前世の記憶を持っているというのは、厄介なものね。
その一方で、前世の記憶がなければあそこまでしてセティを助けようと思わなかったかもしれないし、そう考えるとやっぱり記憶があってよかったとも思う。
「ルカ、実はね。色々あってわたくしの中身は五十歳なのよ」
「えーなんですかそれ。でもわかる気がします。すっごく落ち着いた母性のある女性のような時もありますし、年相応でいらっしゃってかわいい時もありますし」
「わたくしってどこか変でしょう? アンバランスというか」
「そこも魅力ですよ!」
「ふふ、ありがとう」
ルカと話していると、気分が明るくなってくる。
本当に素晴らしい人に侍女になってもらったわ。
そして、もう一人の大事な侍女、エイミー。大丈夫だといいのだけど……。
「聖女様寝てますか?」
扉の外からセティの声。
「起きているわ。どうしたの?」
「侍女が目覚めたそうですよ。おそらく問題ないけど一応今夜は医務室で様子を見るって」
「よかった……! それで女性騎士……カレナは?」
「そっちも命に別状はないそうです」
「そう、安心したわ……」
「今夜は僕がずっとここにいますし、安心して眠ってくださいね。感知能力ならレオよりありますから」
「ありがとう」
エイミーとカレナの無事が確認できて、思わず安堵の息を吐く。
ルカもよかった、と涙目になっていた。
現金なもので、安心すると急に眠くなってきた。
そういえばレオは今どのあたりかしら。
大きな怪我をしていなければいいのだけど。
でも、レオは魔獣なんかには負けないという確信めいたものがある。どうか無事に帰ってきてね。
ああでも、帰ってきたら今回の件、また無防備とか言って怒られるのかしら。
今回は私に非はないと思うのだけど……。
でも、いろんな男に愛想振りまいてるからと言われてしまった。ラッセルに対しても私はそうだったの? だからあの男は勘違いをしたの?
もう陛下と女性以外ほとんど関わらず引きこもっているのが正解なのかしら。
でもそれじゃあ前世と同じだし。
もう、どうするのが正解なのかわからない。
もやもやとした思いを抱えながら、私はゆるゆると眠りに落ちた。




