第26話 神聖騎士団副団長(グレン視点)
※流血描写、多少?の残酷描写あり
苦手な方は後半飛ばしてください(途中まで読めば流れはわかると思います…)
ここは地獄の団長室。
正面にはデスクの前に立つ団長。
右側には壁に背を預けて腕を組んでいるレオ。怖くてそっちは見られない。
左側には応接用のソファに図々しく寝転がっているセティウス。
そしてその真ん中に正座するオレ。
ああ、頬が痛む。血の味がする。口ん中切れたな。
「アイラが手引きをし、禊の間に潜んでいた近衛騎士が、聖女様を襲ったということで間違いないな」
低く抑揚の少ない団長の声。
本気で怒ってるときはこういう話し方するんだよな……。
「はい」
「一服盛られたカレナの容態は今は安定しているんだな?」
「はい。やはり遅効性の毒だったそうです。急に具合が悪くなったので、詰所に交代要員を呼びに行く途中に倒れてしまったとのことです」
頬が腫れてるらしくしゃべりづらい。
殴られた頬がジンジン痛む。
レオにはやられるかなと思ったが、まさか報告と同時に団長から裏拳くらうとは思ってなかったわ。
「そもそも今回の警護も禊の間のチェックも本来アイラではなかった。カレナと同じくベテランで魔力もあるエレンが担当するはずが、なぜ勝手に交代していた?」
「昨日の朝からエレンの体調が悪くて、アイラに交代しました。そっちも盛られてたのかもしれません」
「アイラがここまで愚かだとは」
頭痛がするとばかりに額を押さえて団長がため息をつく。
「……で、お前はというと。聖女様が禊の間で恐ろしい目にあっている間、気づきもせず突っ立ってたわけか」
「は、い」
団長がいつになく怖い。青い瞳が氷のように冷たい。
オレ死んだかも。
この中の誰にやられるんだろ。
「団長。グレンのドジについてはひとまずいい。セティウス、聖女様は……無事だったんだな」
レオが言いたいのは女性としてということだろう。
大きな怪我がないのは報告してあるし。
「顔とかに少し触れられて腕をつかまれただけだってさ。僕がその場で見た限りは少なくとも脱がされてたりとかはなかった」
レオが長く息を吐く。
団長も少し表情が和らいだ。
「聖女様がそれ以上のことされてたら止められてもひき肉にしてたよ」
「感謝するセティウス」
「別にレオのためじゃないけど素直に受け取っとく」
「ああ。本当に助かった」
「あ、でも聖女様キスされそうになってた」
ぴくりとレオの体が動く。
や、やめろ、レオを煽るな!
ああっ団長も目が怖い!
「ギリギリ間に合ったけど、ひどく震えて怯えてた。かわいそうに……やっぱあいつ焼肉にしてやればよかった」
ひき肉じゃないのかよ。
「団長。今罪人二人は?」
そう言うレオは無表情で、怒りをあらわにしてるよりかえって怖い。
「城の地下牢だろう」
「いつ結論が出ますか」
「もう出るころだろうな。陛下も近衛騎士団長もお怒りだったしラッセルの方は結論も早いだろう。父親である子爵にも連絡が行っている」
「そうですか。貴族相手というのは色々と面倒ですね」
「あまり前例がないことだ。手間を省かないほうが後々のトラブルも少ない」
「わかっています。では俺はひとまず聖女様に帰還のご挨拶に行ってきます」
二人ともついさっき城に戻ったばかりだからな。
ほんとは一番に聖女様にご報告をしたかったんだろうけど。
てか、B級の魔獣の魔石をとってきたってのにたいした怪我も負ってないよなぁ、レオ。バケモンか。
「わかった。ご挨拶が済んだら部屋で少し休んでおけ。結果が出たら知らせるから」
「はい」
「じゃあ僕もこれで」
「じゃ、じゃあオレも」
うまいこと流れに乗って退室しようと思ったんだが。
「グレンはもう少し私と話をしていかないか?」
団長が俺ににっこりと笑顔を向ける。
あれ、オレもしかして死ぬ?
セティウスはそんなオレには一瞥もくれずさっさと出て行った。おーい。
心の友レオは足を止めてくれる。
「グレンは俺と来い。聖女様にもう一回ちゃんとお詫びしとけ」
団長を見ると、しっと手を振った。
行って来いと。
助かったけど、雑だなーオレの扱い。犬か。
いや、かなり深刻にドジッたのに裏拳一発で済んだんだからまだ見捨てられてないってことか。
この傷も周囲を納得させるためでもあるんだろうしな。
お咎めなしじゃ文句言うやつも出てくるだろうから。
「あーレオ、助かった」
団長室を出てからお礼を言う。
さっきのはオレをかばってくれたんだろう。
「団長が殴ってなきゃ俺がやってたけどな」
「あ、やっぱり? ……すまない、本当に」
「俺に謝っても仕方がないだろ。アイラの裏切りと防音結界の魔石は予想外とはいえ、セティウスがいなかったら大変なことになってたんだぞ」
歩きながら、振り返らずにレオが言う。
その声に怒りは感じなかったけど、オレはぐうの音も出なかった。
「……。聖女様にもう一度お詫びするよ」
「ああ」
「レオの大事な聖女様を危険な目にあわせてすまなかった」
「俺の大事なってなんだよ」
「ぶっちゃけ好きでしょ?」
レオが一瞬足を止める。
しばらく黙り込んで、無言のまま歩き出した。
「いいじゃん別に。悪いことじゃないだろ」
「あの方はただの女性じゃない。この大陸で唯一の聖女で、俺は一介の騎士にすぎない」
「でも聖女様が騎士を恋人にするのって珍しくないんだろ? 前聖女は乱れすぎだけど、聖女様の合意があれば深い仲にすらなれるってことだろ」
「そんな話はやめろ。それにあの方はまだ十六歳だ。若すぎる」
「いつからそんなに消極的になったんだか。数年前までは」
「やめろ」
若気のいたりをつつかれるのは嫌みたいだな。
それが聖女様の耳に入ろうもんなら発狂するんじゃないのこいつ。
「そんな悠長なこと言ってると横からかっさらわれるんじゃねーの。セティウスとか」
「いいからもう黙れ」
これ以上言うとレオからも裏拳をもらいそうなので素直に黙った。
両頬が腫れるのは勘弁願いたい。
聖女様の部屋に入ると、聖女様はまずレオの顔を見てほっとした顔を見せた。
そして続いてオレを見てぎょっとしていた。派手に腫れてるらしいな、俺の顔。ルカさんもびっくりした顔で見てるわ、はは。
聖女様がすぐに表情を取り繕う。
「聖女様。試練を終え先ほど帰還いたしました」
レオが一礼をする。
「無事でよかった。怪我はしていませんか」
「かすり傷程度です。まったく問題ありません」
「そうですか。よかった……」
聖女様が心底ほっとしたように微笑む。
あー、それそれ。そういう表情。
そんな顔向けられたら、そりゃレオだって惚れるよな。
聖女様もレオが好きなんかなー。オレはそれっぽいと思うんだけどなあ。
レオがこっちを振り返る。
オレはその場に膝をついて、深々と頭を下げる。
「聖女様。お守りできなくて申し訳ありませんでした」
「神聖騎士団全体の不手際です。裏切者まで出してしまい、申し開きのしようもございません。恐ろしい目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした」
レオも膝をつく。
聖女様は何かを言いかけていったん言葉を飲み込んだ。
「……謝罪は受け取ります。今後このようなことがないよう」
「はっ」
「肝に銘じます」
聖女様はあえて少し厳しい言い方をしてくれたんだな。
聖女の護衛という最重要任務でドジッた神聖騎士に、「気にしないで仕方がなかったんだから」とでも言えば、騎士としてのプライドをかえって傷つけかねないと思ったんだろう。
貴族の教育を受けているとはいえ、十六歳とは思えないな。
「……ウィリアム・ラッセルとアイラはどうなりましたか」
「城の地下牢にいます」
レオが答える。
「今後は?」
「まだ判決は出ておりませんが、ラッセルは国外追放、アイラは監視と戒律の厳しい修道院行きかと」
「そう」
国外追放、ね。
聖女様はどこかほっとした顔をしている。
もう会わなくて済むから? それともあんなやつらでも死刑になるのは嫌だから?
まあ、聖女様なら後者かな。
「では、俺たちはこれで失礼いたします」
「ええ。お疲れ様でした」
オレたちは立ち上がって一礼し、部屋を出る。
レオとはそこで別れた。
その日の夜は口の中が痛くて飯もろくに食えなかった。威力ありすぎだろ団長の裏拳。
そんなオレになんと! ルカさんがスムージーとかいうドロッとしたものを作って持ってきてくれたんだ。
味はマズ……いやニガ……じゃなくて健康に良さそうな草って感じだったけど、その心遣いがうれしかった。ルカさんマジ天使。
オレああいう明るくてかわいい子好きなんだよなー。
もちろん聖女様みたいな神秘的な美人も好きだけどさ。
あの方はもう雲の上の存在で女の子としては見られないんだよな。並の男じゃあの方に対して憧れはしても恋愛感情は抱けないだろう。
そもそもレオやセティウスと張り合うなんて無理無理。
翌日。
レオの副団長任命式が朝から執り行われた。
神聖騎士全員の前で団長から徽章と深い青色のマント、聖十字槍が授与され、レオが誓いの言葉的なのを言ってわりと短時間で終わった。
制服もオレらと比べてちょっとだけ豪華になるんだよな。
マントも団長と副団長しか身に着けないし。
で、髪もちょっと後ろに流しちゃったりして。いやー、悔しいけどめちゃくちゃかっこいいわ。
解散したあとレオの姿を見て、詰所の下働きの女性たちがきゃあきゃあ言ってた。
かっこいい騎士ランキング一位ねっ! とか言ってたけど、あんたらついこないだセティウスがそうだって言ってなかったっけ。
女って変わり身が早いというかなんというか。
そういえば以前団長の正装を見た時もランキング一位とか言ってたな。何人いんだよランキング一位。
その日の夕方、団長自らオレの部屋に来て指令を授けていった。
あ、やっぱりオレになるよね、その役割。
で、空に月が浮かぶ頃には、オレは王都から少し離れた荒野にいた。
荒野の真ん中には聖十字槍を持ったレオ。
あれはクソ重いし催事用だと思ってたんだけど、わざわざ使うんだな。
別に聖十字槍を使わなきゃいけない決まりでもないだろうに。
まあいい槍には違いないし、レオは剣も槍もどっちも同じくらい使えるんだけどさ。
しばらくすると、護送用の馬車に乗せられたラッセルが現れた。
その後ろには、騎乗している近衛騎士が一人。
檻の中に座っているラッセルは、目隠しをされて手を後ろ手に縛られている。
馬車が止まり、ラッセルが近衛騎士によって降ろされた。
近衛騎士が御者に声をかけ、馬車は城のほうへと帰っていく。
あの黒髪の近衛騎士見たことあるな。なんだっけ……ジークだかシークだか・フランなんとか?
次期近衛騎士団副団長候補だったはず。
「ここはどこですか」
ラッセルがフランなんとかに問う。
彼は答えずにラッセルの目隠しを取った。
ラッセルが息をのむ。
「お前……聖女様にまとわりついてた赤毛の騎士」
まとわりついてたとかお前が言っちゃうの。
どこまでもどうしようもねーな、こいつ。
「神聖騎士団副団長殿に敬意を払え。立場を弁えるがいい」
堅物そうなフランなんとかが厳しい声で言う。
「これはどういうことなんですか、ジークさん。私は国外追放なんじゃ。まさか……」
「城の中や王族の情報まで知る近衛騎士が、国外に出されると本気で思っていたのか。そして近衛騎士という立場でありながらこの大陸の至宝である聖女様を襲っておいて、追放で許されると?」
かつての同僚に冷ややかな視線を向けるフランなんとか。
その表情にも声にも同情は微塵も感じられない。
なるほど、この役に選ばれるわけだ。
「忠告したはずだ。聖女様はただの女性ではないと。騎士としての本分を忘れるなと」
「私は聖女様を汚していません」
「未遂だからと許されるわけがない。大陸唯一の聖女なんだぞ」
「聖女様とは両想いだったんです! もうすぐ恋人同士に」
「妄想もたいがいにしろ」
そんな二人のやりとりを聞くレオの顔はどこまでも無表情で、寒気がするほどだった。
「フランダール卿、ラッセルの縄を解いてくれ」
そう言うと、レオは腰から鞘ごと剣を外し、ラッセルの足元に投げた。
レオ愛用のクソ重い剣じゃなくて一般的な騎士の剣だけど……いやいやちょっと待て。
「おいレオ何やってんだ」
「副団長殿。それは……」
さすがのフランダール(というらしい)も動揺を見せる。
少し顎を上げて見下ろすようにラッセルを見据えるレオは、傲慢なほど自信に満ちていた。
「新任ながら聖女様の警護責任者、そして執行官としてこの者の最期は俺が決める」
「……承知した」
フランダールは自分の剣でラッセルの縄を切ると、二人から距離をとった。
ラッセルが戸惑いながら足元の剣を拾う。
「男子禁制の神聖なる禊の間への侵入、聖女様凌辱未遂および誘拐未遂、女性騎士カレナへの殺害未遂の罪をここで償ってもらう。ただし侵入以外は未遂であったことを考慮し、処刑ではなく騎士として戦って死ぬ道を与える。俺の手にかかりたくないのなら自害するがいい」
「はは、は。誰が自害など。お前を殺して逃げ切ってやる!」
ラッセルが剣を抜き、鞘をレオに投げつける。
レオがそれをはじいている間に、ラッセルが距離をつめた。
お、うまいこと剣の間合いに持ってったな。
「いつも当たり前みたいな顔で聖女様の側にいやがって……!」
振り下ろされる剣を、レオが槍の柄で受ける。
レオが強く押し返すと、ラッセルが少し体勢を崩した。相変わらず馬鹿力だな。
レオが素早くしゃがみこんで柄で足を払い、ラッセルが倒れこむ。
突き下ろされる槍を、ラッセルは転がって避けた。
そのままレオの足を狙って剣を振るが、レオは下がって避けつつ槍を繰り出した。
ラッセルの肩のあたりが血に染まる。そんなに深くはなさそうだが。
やつは後方に転がって起き上がり、さらに距離をとった。
風も吹かない静かな夜に、ラッセルの息遣いだけが響く。
なかなか腕がいいんだなあの変態男。レオ相手にあそこまでやるとは。
「くっ……」
やつが悔しそうな声をもらす。
実力差を感じたかな。
レオがすう、と槍を構えた。
距離を詰めつつ繰り出される鋭い突きを、ラッセルが体をひねりながら避ける。今度は二の腕から出血した。
それでも剣の間合いに持っていこうとレオに近づいたが、石突で顎を打ち上げられ、動きが止まったところで槍を逆手に持ちかえたレオに胸を刺し貫かれた。
「あ……」
ラッセルの口から血があふれ出る。
レオがさらに強く突き入れると、剣を落とし、膝をついた。
槍が引き抜かれ、ラッセルはそのまま声もなく倒れこむ。
レオが槍を振って、血を払った。
最後まで紋章術は使わなかったんだな、レオ。相手が使えない状態とはいえ、別に合わせてやる必要もないだろうに。
騎士としてのプライドか、あるいは情けか。
「近衛騎士ジーク・フランダール、確かに見届けました」
そう言うフランダールの声はどこか沈んでいる。
見届け役をやるくらいだから根性は座ってるんだろうけど、若い同僚が死ぬのを見ていい気分はしないだろうな。
「神聖騎士グレン・バートン、同じく」
そういえば姓なんて何年ぶりに名乗ったかな。
気まぐれに手を付けた母と生まれた俺をほったらかしてかろうじて認知だけした貴族の姓なんてどうでもいいんだが、こういう場面では正式な名前を名乗らなきゃいけないからなあ。
「見事な腕前でした。処刑ではなく一騎打ちをしてくださった恩情に感謝します」
「近衛騎士団および神聖騎士団のすべての騎士にラッセルの死は伝えられる。言うまでもないが、騎士以外にその情報が漏れることがないよう徹底を。漏らした者はラッセルと同じ道をたどる。今回の件が、決して聖女様のお耳に入ることがないよう」
「承知しました」
当面は聖女様に近づくやつも減りそうだな。
レオの槍の錆にはなりたくないだろうからな、誰も。
もちろん今回の執行は王様のご命令に基づくものだから、聖女様がこの国においてどれほど重要視されているか皆再認識するだろう。
未遂で死刑になるなんて王族相手くらいなものだからな。つまり王族と同等である、と。
「この出来事が騎士全体の戒めとなり、同様の事件が二度と起きないことを願う」
レオだって嫌だよな。若い騎士に手を下すなんてさ。
聖女様をお守りし、聖女様を傷つけるものを排除する。それが神聖騎士団副団長の役目とはいえ。
けれど、レオは今回の件では終始冷静で、一度も感情をあらわにしなかった。
怒りも同情も躊躇いも見せず、あくまで仕事として今回の件を終えた。
汚れ仕事を淡々とこなすレオに、副団長としての覚悟が見えた。
聖十字槍を使ったのもその覚悟のあらわれか。
「帰還する。グレン、後始末を頼んだ」
「承知」
団長直々に見届け役と死体片付け係を仰せつかったからな。
嫌だと言う選択肢はない。これも罰か。
レオは馬にまたがるとさっさといなくなった。フランダールもラッセルを一瞥し、馬に乗って去っていく。
オレは短く祈りの言葉をささげると、うつ伏せに倒れるラッセルを仰向かせる。
案外、満足したような穏やかな顔をしていた。




